【試し読み】溺愛社長は奥手乙女にご執心

作家:桐野りの
イラスト:にそぶた
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2016/10/14
販売価格:400円
あらすじ

オクテなOLあゆは、ある日仲良しの清掃員キヨの計略により、宗介という規格外なイケメンとお見合いすることに!なぜかあゆに関心を寄せる宗介。だが、ネガティヴなあゆは歩み寄ることができない。ある日上司頼まれて向かった大手企業の社長室にはなんと宗介が…!?ますます住む世界が違うと頑なになるあゆに「口では君を説得できない。なら、別の手を打たなきゃな」と強引に迫ってきた。二人っきりの社長室で制服を脱がされ淫らな愛撫を受けるあゆ。執拗に口説かれ、彼の優しさに心惹かれるものの、ライバルの出現にますます臆病になってしまい…。ちょっぴりポジティブになれる、蕩けるように甘くロマンティックな溺愛ラブストーリー。

登場人物
戸田あゆ(とだあゆ)
見た目にコンプレックスがあり恋には奥手でネガティヴ。計略にはまり、お見合いすることに…
高山宗介(たかやまそうすけ)
大手企業の社長。不意打ちのお見合いであゆを気に入り、情熱的なアプローチをする。
試し読み

◆一話

 日曜日の携帯ショップは、かなり混み合っていた。
「あの、機種変更にきたんですけど、待ち時間はどれくらいになりますか?」
 10と印字されたペーパーを手に戸田とだあゆは、受け付けの女性に問いかけた。
「一時間半はかかりますね。昨日人気機種の新型が出て、いつも以上に混み合っているんですよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
 あゆは振り向き、後ろにいる連れに話しかけた。
「キヨさん、待ち時間が結構あるみたい。一時間ほどどこかで休んでてくださいよ。私、順番待ちしてますから」
 篠田キヨしのだきよは背筋をぴんと伸ばし、首を上向けてあゆと目線を合わせた。
「私の用事に付き合ってもらってるのに、そういうわけにはいかないよ。年寄り扱いはやめとくれ」
 キヨはあゆの勤める通販運送会社「株式会社ソードオン」の派遣清掃員。
 簡単に言えば清掃のおばちゃんだ。
 83歳なのに元気一杯なこの人と、あゆは世代を超えた友情を結んでいる。
「でもキヨさん、座りっぱなしは苦手でしょ? 無理するとまた倒れちゃいますよ。ここは私に任せてください」
 柔らかな表情で伝えると、キヨは一瞬言葉につまり、そしてうるうると瞳を潤ませた。
「泣かせるね。あんたって本当に優しい子だよ」
「キヨさんったら……大げさすぎ」
 あゆは頬を赤らめる。
 こんなに人が多い場所で、いつものアレをやられるのは恥ずかしすぎる。
「謙遜も大概におし。あんたはね、この世に舞い降りた天使なんだよ」
 あゆの予感は的中し、キヨはどこか陶酔したような表情で、いつもの決め台詞を口にした。
「あ、いた。キヨさん」
 そのとき後ろから男性の声がした。
 目線をあげたキヨの顔が、ぱっと華やぐ。
「おや、早いね。もう来たのかい」
(ん……?)
 何気なく振り向いたあゆは、背後にいた男性を見た瞬間、自分の目を疑った。
(わあ……すごくきれいな人……!)
 何かを見て、呼吸が止まるかも、なんて思ったのは初めてだった。
 それぐらい、その人のルックスは常人離れしていたのだ。
 白シャツにジーンズ、そして黒いダウンジャケットというカジュアルなスタイルが、長い手足や、完璧なほどに整った小さな顔を、程よく引き立てている。
 背筋の伸びた立ち姿からは、そこはかとない品があって、まるで彼の周りだけスポットライトが当たっているみたいだった。
 ぼーっと見とれていたら、キヨが話しかけてきた。
「あゆちゃん、紹介しとくわ。この子ね、宗介そうすけって言うんだ。27歳独身彼女なし。どうだい。いい男だろ」
 なんと、イケメンはキヨの知り合いだった。
「あー、もう、そういう雑な説明の仕方はやめてほしい」
 宗介と呼ばれた男性は苦笑いしながらそう言うと、今度はあゆに視線を向けた。
「初めまして」
 よく通る声で挨拶をされ、あゆはドギマギとしながら、
「初めまして」
 と挨拶を返した。
 男性はあゆをまじまじと見つめてきた。
 切れ長の目と視線がぶつかり、それだけで心臓がどくん、と跳ねる。
(本当にきれい……自分と同じヒト種族だとは思えないよ……)
 あゆは思春期の一時期容姿をネタにいじめられたことがあり、自分の見た目にコンプレックスがある。
 だから美しい人に遭遇すると、憧れと同時に激しい気後れも感じてしまう。
「君って、戸田あゆさん?」
 だから、彼が自分の名前を呼んだとき、あゆは心から驚いてしまった。
「はい……あれ? どうして……?」
「キヨさんに聞いた。この人さ、君の熱烈なファンだから。最近はいつも君のうわさばかりだよ」
 宗介はそう言ってキヨに親指を向けた。
「その通り。こんないい子は滅多にいないからね」
 キヨは大きくうなずいている。
「なんか、想像していた感じと違う……もっとごつい人かと思ってた」
 そんなことを言いながら、宗介はとても友好的な表情であゆを見つめている。
(……キヨさんったら、一体どんなことしやべってるの……?)
 不安にかられながらも、あゆは曖昧に微笑んだ。
 どうやら宗介はキヨに呼び出されてここに来たみたいだった。
(キヨさんってすごいな……こんなハンサムな人と友達になるなんて……前にいた会社の人かな?)
 ソードオンに勤めて三年間。
 未だランチを共にする相手さえ見つからない、気弱な自分には、考えられない芸当だ。
 キヨはあゆと宗介を交互に見ていたが、そのうち満足そうににっこりと笑った。
「こうして並んでみるとさ、あんたたち、ものすごくお似合いだわ。そうだ! 二人ともどうせ今日は一日暇なんだろ? いい天気だし、今からどこかに遊びに行けばいいよ。年寄りはここで退散するからさ」
 キヨはいたずらっぽい顔でそう言うと、くるり、とあゆたちに背中を向け、店を出て行ってしまう。
「え?」
 あゆは唖然あぜんとし、
「ふーん……なるほど、そういうことか」
 宗介は何かに気づいたらしく、あゆに視線を向けた。
「ってことらしいけど、どうする?」
「どうするって言われても……」
 ドア向こうに、タクシーに乗り込もうとしているキヨが見えて、あゆは我に返った。
「あ……行っちゃう……」
 あゆは慌てて店を飛び出した。
「キヨさん、待って!」
 後部席に乗り込んだばかりのキヨに、あゆは叫んだ。運転手が気をきかせてくれたらしく窓がするすると開く。
「キヨさん、機種変更はどうするんですか?」
「ああ、それね、待ち時間も長いしやめとくわ。また今度付き合って。じゃあ」
 窓がするすると閉じられ、キヨを乗せたタクシーは朝方の道をゆっくりと走り去っていった。

「行っちまったな。相変わらずキヨさんはせっかちだ」
 いつの間にか宗介が、あゆの横に立っていた。
「悪かったな。休日の朝っぱらから呼び出されて迷惑だったろ?」
 宗介はあゆを見下ろすと、自分が悪いわけでもないのに申し訳なさそうな顔をした。
「いいえ、私は昨日会社で約束してましたから……でも、変だな……さっきまでキヨさん、何時間でも待つ、って張り切ってたのに……どうしていきなり気が変わっちゃったんだろう」
 緊張しながらも、あゆはそう言って首をかしげる。
 宗介は不思議そうな顔をした。
「えーっと……もしかして気づいてないのか? 機種変なんて口実で、これは不意打ちのお見合いだろ?」
「お見合い……!」
 あゆは両目を丸くした。
「俺と君とを引き合わせるための小芝居だよ……ほんとよく考えつくよな。普通に会わせてくれればいいのに」
「……あ!」
 確かにそう言われてみれば思い当たる節がある。
(キヨさん、私の恋愛事情をすごく聞きたがってた……もしかしてリサーチされてたの?)
 実家の田舎にも、男女の仲を取り持つのが好きな世話好きマダムは何人かいた。
 持ち前のバイタリティと社交性を使って、キヨがそういうことをやっていても、不思議ではない。
 だが……。
 宗介と改めて視線を合わせ、あゆの頬はかあっ、と赤くなった。
(私とこの人じゃバランスが悪すぎる……! まるで王子と下女じゃない……!)
 自分が女としての魅力に乏しい、えないOLだってことは痛い位に自覚している。二十五年間彼氏がいないのがその証拠だ。
 いたたまれなさにあゆは深く頭を下げた。
「ごめんなさい……そんなこととは知らなくて……私、帰りますね。キヨさんには明日もうこんなことはしないでってお願いしておきますから」
 あゆはそう言ってその場を去ろうとした。が、腕をものすごい勢いでつかまれ引き止められてしまう。
「ちょっと待った!」
 歩いている人が振り向くくらい、大きな声だった。
「え?」
「せっかくだからお茶でも飲もうか」
 宗介は驚きの台詞を口にした。
「お茶なんて、そ、そ、そんな滅相もない!」
 あゆはパタパタと顔の前で片手を振った。
「滅相もない、って……なんか、面白い言い方だね」
 宗介は微笑んだ。
「君、この後予定はないんだろう? 急に呼び出されたから俺、朝ごはん、食べてなくてさ。一人で食べるのは寂しいから付き合ってくれよ」
 拝みたくなるような神々しい笑顔だ。
 あゆはもう断れなかった。

 白壁の小さなカフェには香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。
 宗介はサンドイッチとブルー・マウンテンを、あゆはホットサンドとアメリカンを頼んだ。
 居心地の悪い思いを抱えながら、あゆは宗介と向かい合っていた。店中の女性が宗介に視線を送っている。時折『あれが彼女? ダサすぎ』なんて、とげのある言葉が飛んできて、ぐさぐさとあゆの心をえぐった。
 だけど宗介は注目を浴びることに慣れているのか、全く動じていない。
 優雅な手つきでコーヒーを飲みながら
「君さ、真夏にキヨさんを担いで病院まで運んだんだよな?」
 そんな質問をくり出してきた。
「はい……」
 あゆは肩をすくめながらうなずいた。
「すごいな」
 切れ長の目がざっとあゆの上半身を見下ろしていく。
「意識のない人間って普通のときよりぐっと重くなるだろ? そんな華奢きやしやな体でよく頑張れたな」
 当時、医師や看護師たちも散々そう言って褒めてくれた。だけどあゆには忘れてしまいたい出来事だ。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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