【試し読み】偽装結婚ならお断りです!~ドSな社長の秘密のいいつけ~
あらすじ
カリスマ社長雅臣にプロポーズされた眼鏡秘書京子。「鉄のパンツを履いている」と噂され自分でも一生独身だと思っていたジミ女に突然落ちてきた極上ロマンス。遅れてきたロマンスに浮かれ気味な京子だが、雅臣の弟に「これは偽装結婚だ。お前みたいに貧相な女お兄様にはふさわしくない」と言われてしまい、たちまち気分はどん底に。「雅臣さまは大好き。でも愛のない結婚はしたくない……!」神様のように雅臣をあがめ何でも言うことを聞いていた京子だが、偽装結婚だけは受け入れられず、ある行動を決意する。地味だが真摯に生きるキャリアウーマンの初めての恋はどんな決着を迎えるのか。雅臣の真意は?胸キュン溺愛系オフィスラブストーリー。
登場人物
真面目で仕事はできるが「鉄のパンツを穿く女」と不名誉なあだ名をつけられる地味女子。
眉目秀麗で頭もよく、若きカリスマと呼ばれる。秘書である京子を突然婚約者として紹介する。
試し読み
◆プロローグ
それは突然のことだった。
「……本日は株式会社キャリングの創立記念パーティーがございます。午後6時に迎えの車が参りますので、30分前にお声がけいたしますね」
スケジュールの確認を済ませ、ふと顔をあげた笠野京子は、真田雅臣の視線が己の顔を凝視していることに、やっと気づいた。
「どうかなさりましたか? 雅臣さま」
京子にメイクの習慣はなく、口紅がはみ出しているという可能性はゼロだ。
何か失態でもしでかしたか、と脳内であれこれ考えているうちに、肩を掴まれ、壁に強い力で押し付けられた。
悪魔のように整った美貌が目前に迫る。
「……綺麗な唇の形をしてるな。キスしていいか?」
突然そう言われ、京子は激しく動揺した。
彼の秘書に抜擢されて1年になるが、セクシャルな行為を仕掛けられたことは1度もなかった。
「何を突然……私をからかってらっしゃるのですか?」
「……いや、違う」
唖然としている間に、雅臣は首を斜めにして京子に迫り、熱い唇を重ねてきた。
27年間生きてきて、初めてのキスである。
今まであまりに縁遠かったため、自分の唇が、言葉をしゃべったりものを食べたりすること以外に使われるなんて、一生ないと思っていた。
「ん……ふっ……」
彼のコロンの香りが鼻腔をくすぐり、目の奥がつん、と痛くなった。しっとりとした舌が閉ざされた口唇をこじ開ける。歯列を、ざらりと舐めあげられ、未知な行為に体が強ばる。
「……そんなに緊張するな……妙な気分になってくる」
ほんの少し距離をあけ、雅臣は囁きかけてきた。
「それは……無理……んんんっ」
また唇が重ねられ、背中を彼の手が往復した。
優しくされているのに、体の強張りは解けないままだ。
ここは社長室で、キスの相手は直属の上司だ。
こんなこと許してはだめだと、理性が激しく警鐘を鳴らしている。
それなのに、押し返すことも逃れることもできなかった。
どんな無体も拒めない。
そんな風に躾けられている。
「……お前は本当に従順だな」
彼がほんの少しだけ唇を離し、熱い吐息が唇に触れる。
瞬きのたびに、長いまつげが京子の頬に風を運ぶ。
「……あの、これはどういうことでしょうか?」
たった今起きた出来事を、自分の中でどう処理していいかわからずに、京子は震える声でそう尋ねた。
「……お前が欲しくなった。いい加減我慢の限界だったからな」
(我慢の限界……?)
それはどういう意味だろう。
(もしかして、欲求不満とか?)
雅臣のプライベートについて、京子はほとんど知らない。
特定な女性はいないようだが、雅臣さえその気になれば、お相手はすぐに見つかるはずだ。
手近な秘書に手を出す必要はない。
戸惑っていると、また唇を塞がれた。
タイトスカートの縫い目にぴったりと添わせた硬直しきった手のひらが、彼の温かい手に包まれる。
「んっ……んんっ」
柔らかい手のひらが、愛しげに京子の指を撫でていく。
恋人じみた振る舞いに頭の中がくらくらする。
「……いい子だったな」
長いキスが終わった後、雅臣は冴えた目で京子を見つめながらそう言った。顎をつままれ、上向かされる。京子の瞳が、もの問いたげに揺れる。
至近距離で目線をあわせたまま、雅臣は言った。
「昨日身内から連絡があった。今夜のパーティーにはどうやら会長が出席するらしい」
仕事の話だと気がつくのに、数秒を要した。
「……会長がいらっしゃるのですか。珍しいですね」
「まだ会ったことがなかったろう? お前も出席しろ。紹介するから」
会長とは、雅臣の祖父であり、真田コンツェルンの創始者、真田耕作のことだ。
今年90歳になる彼は、高齢なため滅多に表舞台に出てこない。しかし、いまだに一族の実権を握っているという噂である。
その彼に会わせてもらえるとは、光栄だが、今は正直それどころじゃない。
(雅臣さま……どうして私にキスしたのですか?)
京子はその言葉をぐっと飲み込む。
雅臣は己の行動を詮索されるのをとても嫌う。
秘書ならば、何も言われなくても、彼の思考を読み取るべきなのだ。
「……それでは、パーティー用の支度をいたしませんと」
とりあえず京子は話をあわせた。
「顔出しだけだ。そのままの格好でいい」
「……かしこまりました」
雅臣はくすりと笑い、京子の頭を片手で撫でてきた。
京子は顔を赤らめる。
だめだ。
彼の意図が読み取れない。
◆一話
キスくらいただの挨拶だ。
アメリカでは、みんな、普通にやってる。
(いや、違うでしょ。ここ、日本だし。ああ、無理だわ、これ……今日は私、使い物にならない……)
社長室で背中を丸め、ノートパソコンの狭い液晶で、赤くなった顔を隠しながら、京子は煩悶を繰り返した。
27歳。
恋愛経験ゼロ。社内では鉄のパンツを穿く女と、不名誉なあだ名をつけられている。
そんな冴えない自分に、いきなり降ってきたキスのハプニング。それも、お相手は日本の経済界を背負って立つ、若きカリスマCEO、真田商事の真田雅臣だ。
社長秘書に抜擢され、初めて言葉を交わした日のことは忘れられない。
すっと背筋の伸びた長身と、彫りの深い端正な顔立ち、そしていつも笑みの形に口角があがる薄い唇、その唇から流れるよく通るバリトン。
もともと美しい人だとは思っていたが、近くで見るとその美貌は圧倒的で、京子は彼に見とれるあまり、息をするのも忘れてしまった。
「社長秘書といっても、ただのお飾りじゃない。事務仕事や、営業もこなしてもらうことになる。俺の右腕として、支えてくれ」
そう言われて、京子は心から感動した。
(この人は、私の能力を正当に評価してくれている……)
思春期からずっと、地味顔の不細工と呼ばれてきた京子だが、本人に醜形コンプレックスはほとんどない。
自分と同じく薄い顔の両親から、たっぷり愛情を注がれてきたし、見た目は地味でも、その他の能力は人並み以上だという自負があるからだ。
しかし、同年代の男性は、できる女より可愛げのある女がいいとこぞって京子を敬遠した。
だから、雅臣に認められたのは、驚きだった。
老舗総合商社、真田商事の三代目CEO真田雅臣。
ケタ外れなIQの持ち主で、10カ国語を操り、猛スピードで様々な決断を下し、複数のタスクを難なくこなす。
日本のビジネス界では若きカリスマと呼ばれる存在である。
突出した才能は疎まれるのが世の常だ。
しかし、出過ぎた釘は、かえって嫉妬の対象から外れるらしく、業界内に彼を悪く言うものはほとんどいない。
堂々とした立ち振る舞いのせいだろうか。
それとも神からのギフトとしか思えぬ美しいビジュアルのせいだろうか。
彼は、常に周囲を圧倒し、着実に信奉者を増やしていた。
彼の仕事ぶりを間近で見るにつれ、尊敬はある種の信仰へとかわっていった。
27年間、男に縁がなかった自分はきっと一生独身だろう。
ならば一生を雅臣に尽くそう。
京子はそう決めていた。
※この続きは製品版でお楽しみください。