【試し読み】攫われた花嫁は騎士団長の愛に真実を知る

作家:木野美森
イラスト:角砂糖
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2017/10/3
販売価格:500円
あらすじ

継母と義妹の贅沢の末、リディアは年の離れた資産家のもとに援助のかたとして嫁ぐことになってしまう。だが、結婚式が始まる直前、教会に盗賊のような一団が押し入り、リディアは攫われてしまい――!?ようやく自由になったかと思えば、そこは船の上だった!誘拐を目論んだのはオーブランス王国の王子、実行したのは騎士団長。しかし、ここでリディアは人違いだったことが判明してしまう!王子は騎士団長に「コンラート、そなたが責任を持ってこの娘を妻にするとよい」と告げ、当のコンラートもあっさり了解。困惑のリディアは逃亡を図ろうとするが、その意図は見透かされていて……?「私の妻だということを揺るぎないものにしてあげましょう」

登場人物
リディア
結婚式直前に誤って誘拐される。人違いだと分かった後も解放されず、逃亡を図るが…
コンラート
オーブランス王国の騎士団長。間違えて誘拐した責任をとるためにリディアを妻にする。
試し読み

「遅いわね」
 ニナがため息をつきながら窓の外を見る。
 時刻はもうすぐ正午。
 教会の鐘が鳴り響く時間だ。
 そしてそれは、リディアの結婚式がはじまる刻限でもあった。
「そもそも家族なら、朝から花嫁に付き添うものなのに」
 ニナが振り返り、花嫁衣装を身に纏ったリディアを見つめる。そして、そっとベールの裾を整えまたため息をつく。
「いいのよ、ニナ。わたしはあなたがこうしてそばにいてくれれば」
 幼なじみのニナは、なにかとリディアのことを気にかけてくれている。彼女が付添人を買って出てくれたおかげで教会の控え室でもひとりにならずに済んだ。
「でも……」
 ニナはいつもリディアの境遇に同情してくれるし、継母と異母姉妹からの仕打ちに憤ってくれる。大事な親友だ。
「それに仕方ないわ。だって、今日は、あの……なんとかという大国の王子さまが帰国される日なんでしょう?」
「ああ、オーブランス王国のセルジュ王子ね」
 私も人から聞いたのだけど、とニナが話しはじめた。
「外遊でいろんな国をまわりながら花嫁を探してるって聞いたわ。それで今日、船でこの国を離れるらしいけど、どこかの令嬢を攫っていくつもりだって噂よ」
 その噂に色めきたって多くの貴族の娘たちが今日は港に押しよせているということだった。そして、その娘たちの中にリディアの異母妹マルグリットもいるはずで、おかげで姉の結婚式もそっちのけになっているのだ。
「まったく、あんな大国の王子がマルグリットを花嫁に選ぶわけないじゃない」
「でも、マルグリットは舞踏会で王子さまと言葉を交わしたと言ってて……」
 そう言うと、ニナが大げさに肩を上げて見せた。
「いま港に集まってる子たちはみんな言ってるわよ、そんなこと。目が合っただの、微笑んでくれただの、気のせいよ、気のせい」
「そうなの?」
 リディアも話に聞いただけでその舞踏会には行っていない。
 それどころか、もう何年もそんな華やかな場所とは縁がなかった。
 リディアが五歳の時母が亡くなり、やがて父が再婚した。その継母の連れ子がマルグリットだった。リディアは、新しい母親には戸惑ったものの、妹ができたことはうれしかったのだ、はじめは……。
「大体、結婚するならマルグリットがするべきなのよ、リディアじゃなくて」
 リディアはその言葉に曖昧に微笑んだ。
「マルグリットはまだ十六歳だから……」
 また窓の外を見ていたニナが振り返る。
「リディアとふたつしか変わらないわ。十分結婚できる歳よ」
 ニナはもうずっとそのことについて憤っている。
 リディアが今日結婚する相手は、三十歳年上のシモンという資産家だ。継母とマルグリットによる散財で、すっかりクレール家は傾いてしまい窮地に陥っていた。そこに援助を申し出てきたのが、シモン氏だった。彼は援助の見返りに、娘のどちらかと結婚させること、と条件をつけ、差し出される形になったのが、姉のリディアだったのだ。
 マルグリットの母親は、なにかにつけてリディアとマルグリットの扱いに差をつけてきた。年に何着もマルグリットのドレスを新調し、宝石を買い与え、舞踏会に送り出していたが、リディアにその機会はほとんどなくなっていった。
 そのことで父と継母は諍いが絶えなかったが、ついに父が病を理由に田舎に引っ込んでしまい、リディアはいいように蔑ろにされてきた。
 だから、ニナは怒っているのだ。
「三十歳も年上の人に嫁ぐなんて……」
「でも、ずっと亡くされた奥さまを想って再婚されなかったそうだから、愛情深い方なのかも」
 リディアの言葉に、ニナが悲しげな目を向ける。
「だとしても、やっぱり……」
 話の途中で突然ふたりの背後の扉が勢いよく開いた。
 やっと継母とマルグリットが到着したのか、と思いリディアとニナのふたりは振り返った。
 だが、そこに立っていたのは覆面で目から下の部分を隠した黒ずくめの姿の男たちで、あまりの唐突さにふたりは思わず呆然としてしまった。
「あなたたち……」
 気丈にも不審な男たちを咎めようとしたニナをリディアは止めようと立ち上がった。
 すると、覆面の男ひとりと目が合い、なぜか男がそのままつかつかとリディアに近づいてきた。
「ちょ、ちょっと、なにをするつもり!?」
 リディアをかばうように立ちはだかろうとしたニナをするりと避け、男はあっという間にリディアを肩に担ぎ上げてしまった。
「きゃ……っ」
 かすかな悲鳴が漏れただけで、リディアが恐怖に硬直していると、そのまま男は控え室を出て行こうとした。
「待ちなさい! リディア! 誰か! 誰かきて!」
 ニナの叫ぶ声が遠くなり、リディアは我に返って身をよじった。
「は、放して!」
 だが、リディアを肩に担ぎ上げた腕はたくましく、ビクともしない。男はあたりを警戒しながら素早く教会の廊下を通り抜け裏口へと向かっていく。そして、裏口の扉を開けると同時にリディアの身体を麻袋に押し込んだ。
「な……っ!」
 たっぷりと贅沢に布が使われているドレスが邪魔で、リディアはもがく間もなく麻袋の中で身動きが取れなくなってしまい、そのままやすやすとどこかへ運ばれて行ったのだった。

 麻袋に詰められたリディアは、その物音から馬車に乗せられたようだった。結婚式の直前に花嫁を攫った者たちがのんびりしているわけはないが、馬車はとにかく恐ろしい速さで走り出しリディアは生きた心地がしなかった。
 なにより、このままどうなるのかわからない。
 花嫁が攫われる理由といえば、結婚相手から奪いにきた恋人くらいしか考えられないが、残念ながらリディアには心当たりはない。
 だとすれば、身代金目当ての誘拐ということも考えられた。なにしろリディアの結婚相手はかなりの資産家だ。ただ、彼はリディアの貴族としての身分を必要としているので、身代金を払ってくれるほどリディア本人に執着するとは思えない。ニナが言っていたように、結婚するのなら妹のマルグリットでもいいのだ。
 しばらくして馬車が止まり、リディアが息を詰めて耳をすましていると、また抱え上げられた。
 このまま川にでも投げ捨てられたらどうしよう、と不安になっていると、遠くでざわざわと騒がしい音がしている場所を通り過ぎ、やっとリディアは地面に下ろされた。
「……っ」
 あたりの気配をさぐると、革の硬い靴底の足音が聞こえてきて、リディアの前で止まった。
 しばらくの間、なにも聞こえなくなる。
 もしかしたら、このまま麻袋ごと剣で串刺しにされてしまうのかも……! と麻袋の中でリディアが恐怖に身を縮めていると、ふいに声が聞こえてきた。
「……ご苦労だったな」
 それは、やわらかい抑揚の落ち着いた声で、決して乱暴なものではなかった。そして、やさしく誰かを労っている。
 どきどきと胸の鼓動が不安に乱れるが、なんとか抑えリディアはじっと様子をうかがった。荒縄が擦れる音がして、ぎゅうぎゅうに押し込められていた身体が少し楽になったと思った途端、リディアは袋から出ることができた。
 眩しくて目がくらむ。
 だが、リディアの前に立っている誰かに目を凝らすと背後からまた別の声がした。
「ご命令通り、今日の正午、東の丘の教会で結婚式を挙げるはずだった花嫁をお連れしました」
 しばしの沈黙の後、困惑した声が答えた。
「……誰だ、これは」
 その言葉はリディアにも意味がわからなかった。
「……え?」
 ようやくまわりの景色が見えてくる。
 リディアの目の前に立っているのは、ひとりの青年だった。黒ずくめでもない、覆面で顔を隠しているわけでもない、一見して高い身分をうかがわせる豪華な装いに整った顔立ち。ゆるやかに波打つ金の髪を背中に流し、少し気怠げに立っている。
 呆然と青年を見上げながら、リディアはますますこの不可解な状況に混乱するばかりだった。
「誰、とは……この方は殿下の想い人ではないのですか?」
 リディアの背後から進み出てきた男が口元を覆っていた布を取り去った。それは、とても強引に見ず知らずの花嫁を攫っていく無法者とは思えない誠実そうな青年だった。
「残念ながら、この花嫁は私の恋人ではないな」
 黒ずくめの青年が絶句して立ち尽くし、はじめはわけがわからなかったリディアも、これはもしかして……と思う。
「娘よ、そなた名は?」
 殿下、と呼ばれた青年が、リディアに声をかけてきた。顔立ちはやさしいが、その瞳の奥には命令することに慣れた傲然さがわずかに潜んでいる。
「え……わ、わたしは……その、リディアと申します」
 青年の瞳の力強さに緊張しながら答えると、黒ずくめの青年が、唖然としてリディアを見た。
 やはり、リディアはもしかしなくても誰か他の花嫁と間違われたのだ。
「コンラート、間違いは誰にでもある。おまえにしては、めずらしいがな」
 コンラート、と呼ばれた青年はさっと膝をついて項垂れた。
「申し訳ありません、殿下……」
 コンラートの謝罪に殿下と呼ばれる青年が鷹揚にうなずく。このふたりはきっと主従の関係なのだ。
「こうなっては仕方がない。もはや私の恋人は今ごろ式を挙げ、誰かの妻になってしまっただろう。だが、これも運命なのかもしれぬな。せめて海の向こうの彼女の幸福を祈ろう」
「う、海!?」
 リディアは勢いよく立ち上がった。耳をすませば波のような音が聞こえているし、足元もかすかに揺れている。
 あわてて殿下と呼ばれる青年の横をすり抜け、その背後にあった扉を思い切り開け放つ。
 そこには広い甲板と、見渡す限りの海があった。
「そんな……」
 リディアはよろよろと甲板へ出た。目をすがめると、遠くに霞んだ陸地が見える。にわとりのトサカのような稜線はよく見知った山のもので、陸地はリディアの生まれ育った地、リニス王国だとわかった。
 へなへなと膝から崩れ落ちたリディアの背後から足音が聞こえた。
「私の部下が間違いをおかしてしまった。すまぬ」
 リディアは膝をついたままゆっくりと振り返った。
 殿下と呼ばれた青年がリディアを見下ろしている。
「……あなたたちは、誰なんですか」
 青年は答えず、その背後から現れた黒ずくめの青年が口を開く。
「この方はオーブランス王国の世継ぎの君、セルジュ王子殿下です」
「オーブランス……」
 まさか、とリディアは青年、セルジュ王子をまじまじと見つめた。
 つまり、ニナが話していた、セルジュ王子が攫っていくと噂されていた恋人と、リディアは間違えられたのだ。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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