【試し読み】期間限定の契約フィアンセ

作家:粟生慧
イラスト:えだじまさくら
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2016/3/14
販売価格:300円
あらすじ

「君のことを、俺は気に入ったんだ。短い間でも、俺と君は婚約者だ。俺のことだけを考えて欲しい。」――地味で真面目な絵里子は、野暮ったい服装と黒縁眼鏡で女子力低めなOL。その見た目から手が早いと有名な社長の秘書として入社できたものの、なんとその本人、社長の真田貴也に一目惚れしてしまった。好きになってはいけない人……叶わない恋だと諦め、4年間想いを秘めてきた。ところが、ある日、真田にお見合い話が持ち上がり、結婚したくない真田から、期間限定の契約婚約者になってくれと頼まれてしまう。そばにいたい気持ちのから了承するものの期間限定の関係に苦悩する絵里子。一方、一途な絵里子の姿勢に真田の気持ちにも変化が……

登場人物
進藤絵里子(しんどうえりこ)
真面目だが地味な服装&メイクで女子力低め。「社長好みの可愛い女性でない」ことにより社長秘書に。
真田貴也(さなだたかや)
親から迫られたお見合いを断るため、秘書である絵里子に期間限定の婚約者を演じるよう頼む。
試し読み

 地味で真面目でお固いのが、進藤絵里子しんどうえりこのトレードマークだ。
 秘書の面接の時の合格理由がそれだった。
「とにかく、真面目で地味な子。長く勤めてくれる子ならいいの。それと、社長を好きになっちゃいけないわよ。可愛いと社長が手を出しちゃうのよ……。その後、社長がすぐに辞めさせちゃうの。困ったものだわ。でも、あなたなら、そんなことも起こりそうにないわね」
 絵里子は大学を卒業後、すぐに、スマホのアプリを制作するIT企業に就職した。合格して初出勤した日に、古株の女上司が絵里子に言った言葉がそれだった。
 真面目で地味だけれど、可愛くないと遠回しに言われてちょっと傷ついたが、社長と初めて会った時、自分が可愛いと思われないことがどれだけありがたいことか身にしみた。
 社長室に呼ばれて挨拶した時に、絵里子は初めて社長を間近で見た。
 三十代とは思えないほど若々しく、はつらつとした面差し。爽やかとも言える口元。整った目鼻立ちに、清潔感のある髪は茶色く、ふわりと額にかかっている。
 生まれて二十一年間恋をしたことがない絵里子は、恋してはいけない相手……、社長である真田貴也さなだたかやに一目惚れしてしまったのだった。
 クビになったら、もう二度と真田に会えなくなる。そばにいるためにはひたすら地味でいるしかなかった。
 黒縁眼鏡にひっつめの髪。化粧もせず、おばさんが着るような灰色のスーツ。見ただけで苦笑しそうなほどの真面目で野暮ったい女。それが絵里子だった。
 私生活でもそれほど派手ではない。普段から化粧っけがないし、化粧は苦手だった。服も派手なものよりもシンプルなものが好きで、色も明るめよりも暗いものが好きだ。
 長いクセのある黒髪を後ろでくくっただけ。ダボダボの部屋着のままコンビニに行ったりしてしまうくらい、外見には無頓着だった。だらしないほどではないが、二十一歳には見えなかった。
 そういう絵里子だからこそ、真田は絵里子には無関心でいてくれた。そうやって四年間、ずっとそばにいられたのだ。
 きっと真田は絵里子の年齢も知らないかもしれない。おばさんみたいな格好の真面目な絵里子のことを、見た目の通りの年齢で見ているだろう。真田好みの、派手で可愛い女ではなかったからだ。
 真田の好みは就職してすぐに分かった。真田と付き合う女は一ヶ月も続けば長い方だった。スマホに女性の画像を送られて、プレゼント用のネックレスやリングを買いに行かされることもしばしばだった。
 そんなことまで真田は無神経に絵里子にやってもらっていた。絵里子はそのたびに悲しい思いに駆られたが、そばにいるために我慢した。好きという気持ちを伝えられなくてもいい。真田のそばにいるだけでいいのだ。
 いつか真田も結婚してしまうだろう。そうしたら、恋は終わるだけだ。それまでは大切に胸にしまっておこう、と絵里子は思っていた。
 はかない雪のような、降ってしまえばすぐに溶けてしまうような恋だけど、それでも、この恋は絵里子にとって大切なモノなのだ。

 就職したての頃、こんなことがあった。
 給湯室で、絵里子はドリップコーヒーをれていた。コーヒーをよく飲む社長のために、こっそりドリップコーヒーを一式買って、いつも朝出勤してきた社長に出していた。
 給湯室の外でたむろしている女子社員が、笑い合っているのが聞こえてくる。
「社長、ほんと、かっこいいよね」
「あーあ、あたしも彼女になりたーい」
「ムリムリ。社長は面食いだから」
「だよねぇ。今まで手を出した秘書は皆美人だったし」
「あれって社長が選んでたんだよ」
「まじで?」
「でもそれにキレたお局様が、今回は自分で選んだんだってさ」
「それでぇ? あれは酷いよねぇ」
「ほんとほんと。おばさんじゃん。新卒に見えないよ」
「まじヤバイ。同い年に見えないって」
「あははは」
 給湯室から出られなくなった絵里子は涙目になって彼女たちの会話を聞いていた。
 そこへ。
「おい、人の悪口を言うもんじゃないぞ。誰がどこで聞いてるか分からないからな」
 聞き覚えのある声がした。
「社長! すみません」
「ア……」
 女子社員たちはすぐにその場から離れていった。
 給湯室の影に隠れていた絵里子を真田が見つけた。
「ああ、ここにいたんだ? あんまり遅いからどうしたのかと思ったよ。あれ? コーヒーメーカー使ってないのか? それ、ドリップだろ?」
 絵里子はしどろもどろになって答えた。
「あ、は、はい。あの、社長に美味しいコーヒーを飲んでもらうために、勝手に買って淹れてました……」
「ダメじゃないか」
 急に怒られて、絵里子は首をすくめた。
「ちゃんと経理に領収書を出しておくんだ。自費でそんなことをすることないぞ。それに、これからも、美味しいコーヒー淹れてくれ。君のえ、と……」
「進藤です」
「うん、進藤さんのコーヒーを飲みたいからな」
 思いかけない優しい言葉だった。
「それにおばさんみたいとか言われても気にすんなよ。個性だからな」
 たったそれだけの言葉だけど、その優しさが、絵里子の胸に響いた。素のままでいる自分を認めてくれたのと同じだった。
 それに、自分が淹れるコーヒーを美味しいと言ってくれて楽しみにしてくれている。それだけで、さっきまでの悔しさと悲しさは吹っ飛んでいった。
 あれから、四年間。毎朝、淹れたてのコーヒーを社長に飲んでもらっている。
「このコーヒーじゃないと朝目が覚めなくなったよ」
 仕事で疲れている真田は、よくそんな言葉を絵里子にかけてくれた。
 それだけで、絵里子は一日の仕事がどんなにハードでもこなすことができた。嬉しくて、心の中でいつも歓声をあげていた。
 真田が野暮ったい真面目で地味な自分に女として興味がなくても、自分を認めてくれている部分があると思っただけで嬉しかったのだ。
 真田が社員ひとりひとりのことを気にかけてくれていることも分かる。悪口を言っていた女子社員たちはそれだけのことでクビにはならなかったし、真田の会社ですぐやめてしまう社員はいなかった。
 頑張れば、すぐにそれは認めてもらえて奨励賞として表彰され、昇給につながった。皆社長に認めてもらえるように頑張っていた。
 それを真田はよく知っていた。
 そんな真田を、ずっとそばで絵里子は見てきたのだった。

 いつもの朝。
「ああー」
 真田がデスクに座っていつになくため息を吐いている。
「どうしたんですか? 社長」
 コーヒーをデスクに置いた絵里子が聞いた。
「ああ、ありがとう。憂鬱なんだ。俺がこの歳になっても結婚しないのは、結婚に興味ないからなんだけど、とうとう逃げられなくなったみたいだ」
 結婚に興味ない、と聞いて、絵里子は少し心が痛んだと同時にホッとした。ということは今まで付き合ってきた女性と結婚するつもりなどないからだ。けれど、とうとう逃げられなくなったとはどういう意味なのだろう?
「どういうことですか?」
「両親がそろそろ身を固めろって言い出したんだ。どうも、相手は取引先のお嬢さんらしくて、箱入り娘のご令嬢らしいんだ。非の打ち所のない美人で、お華からお茶、何でも秀でていて、有名大学を出た後は花嫁修業にいそしんでいたらしい」
「すごいですね」
「そうなんだ。今まで遊びで付き合っていた子なんかとは比べ物にならないんだよ。だから、断る理由が見つからなくてな」
「た、大変ですね……」
「同じくらい非の打ち所のない子がいれば、それを言い訳に結婚せずに済むかもしれないな……」
 真田は顎に手を当てて考えふけっていた。
「社長はどうして、結婚が嫌なんですか?」
 ふとした疑問だった。真田はいろんな女性と付き合っていて、一度も結婚を考えたことなどないのだろうか?
「結婚? ははは、そんな墓場に足を突っ込む気なんかないよ。結婚したら人生の終わりだ。そんな虚しい人生は送りたくない。一人の女性に縛られるのも嫌だね」
「そうなんですか……、結婚は墓場なんですか……」
 なんとなくがっかりして、絵里子はつぶやいた。
 すると、真田がまじまじと絵里子を見つめてきた。
「な、なんですか?」
「そういえば、進藤さんも有名女子大の出だったよね」
「は、はい……」
「ふむ。あのさ、メガネを取ってみてよ」
「え!?」
 絵里子は胸がどきんと高鳴ったのを感じた。なぜ、急に真田がそんなことを言うのか分からなかった。しかし、この四年間、じっと見つめられることも、絵里子自身のことを聞かれることもなかった。ましてや素顔を見たいなんて、絶対になかったのだ。
「ほら、早くメガネを取って」
「あ、あの……」
「焦れったいな」
 と言うと、真田が身を乗り出して、絵里子の顔からメガネを取った。
「あ……!」
 素顔をさらされて、絵里子はお盆で顔を隠した。
「隠さないで見せて」
 絵里子は真田に促されて、恐る恐るお盆を離した。
「ふーん……。素地はいいな」
「??」
 絵里子は訳が分からなくて、真田を見つめた。
「よし、決めた! 今から、君は俺の婚約者だ」
「はい?」
 驚いて、絵里子は素っ頓狂な声を上げた。
「君は明日から化粧をして、そんな野暮ったいスーツを着るのをやめるんだ。服やスタイリングは俺が用意してやる。それに……、そうだな……。同棲していることにすれば、両親も別れろとは言い難いだろうな。よし、それで行こう」
 絵里子の意志とは関係なく、真田が話を進めていく。
「あ、あの……」
「さぁ、文句は聞かないぞ。君は俺の秘書だろ? 秘書は社長を助けるものだ。今日は早退していいけど、今から、俺が言う場所に行ってスタイリングしてもらって着替えてくるんだ」
「えええ!?」
 それはあっという間の事だった。
 真田は、スマホでスタイリストに電話をかけて、タクシーを呼んで、その中に絵里子を押し込んだ。
「社長、仕事は!?」
「そんなことよりも、君は俺の言うとおりにすればいいんだ」
 タクシーに乗せられた絵里子は諦めて、ヘアメイクサロンへ行くことにした。社長はついてこなかった。すべて、スタイリストの言うとおりにしろと言うことだった。
 一体何が起こったのか、絵里子には飲み込めなかった。
 ただ一言……。真田の口から漏れた、婚約者という言葉。
『今から、君は俺の婚約者だ』
 それがどういう意味なのか、そればかりが気になった。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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