【試し読み】友達宣言から始まる恋~スパダリDr.は私の脚に魅せられる~
あらすじ
「葉さん、キスしてもいい?」キスって、脚?唇?どっちに!?――高野葉は、仕事に集中するあまり、突然彼氏に振られてしまった! 失恋に落ち込む葉は、友人と訪れた店で魅力的な男性を見かける。葉の好みド真ん中な人だったが、縁はないだろうと思っていたそんなある日。いなくなった飼い猫の捜索中に大けがをし、搬送先の病院で医師をしているあの時の男性・園田に再会する! しかし運命的な再会に喜んだのも束の間、彼が素敵な女性と歩くのを目にし、二度目の失恋に落ち込む葉だったが……またも運命的な再・再会で、失恋した者同士だと発覚し意気投合! 友達関係になった二人だけど……園田の挙動に、葉はドキドキしっぱなしで……!?
登場人物
彼氏に振られたショックで引きこもり気味になっていたが、一念発起して自分磨きを始める。
物腰が柔らかく爽やかな脳外科医。意中の女性にプロポーズする機会を失い、失恋した。
試し読み
1.ありえない元カレの話
風薫る五月。遮光カーテンの隙間から、真っ白な朝日が射るように部屋を照らした。
「……ん……眩しい」
高野葉は、浮腫んだ瞼を半分開くと、光から逃れるように体をずらし、枕元に転がったスマホを手にした。時間を確認したところで、寝ぼけ眼がぱちっと開く。
「えっ、十一時!?」
金曜の残業が終了したのが午後十時。帰宅して横になってから、ほぼ十二時間が経過していた。このまま寝転んでいると、背中から根が生えて一生起きられなくなりそうな気がする。
大きな伸びをして、のろのろとベッドから降りた。カーテンを開けると、いやおうなしに眩しい太陽の光に晒される。あまりの明るさに、目を開けていられない。目を閉じて瞼の奥にゆらゆらとそよぐ赤い光を感じると、温かい腕に抱かれているような、妙な安心感に包まれた。
「植物になりたい……」
願いが叶うはずもなく、いくら日光を浴びたところで、葉は人間のままだ。しばらく太陽を堪能した後、思い切って窓を開けると、涼やかな風が部屋をスーッと走り抜けた。
(あ、気持ちいい)
春は名のみの三月から、無我夢中で日々を過ごしている間に、すっかり初夏になってしまった。目を細めて外に視線を向ければ、ベビーカーを押した若い夫婦の姿が目に入る。産後なのだろう、少しふっくらした母親は、抜けるように白い肌を日差しに晒して歩いている。その傍には、夫が寄り添ってゆっくりと進む。お互いが慈しみあう姿は、幸せの絶頂にいるように見える。それをボンヤリと眺めているうちに、葉の胸の中に、訳もなく激しい羨望が沸き上がってきた。
「……っ!」
逃げるように部屋に入り洗面室で顔を洗う。冷たい水のおかげで目がシャキッと覚めた。タオルで顔を拭いて、鏡に映る自分の姿を正面から見すえる。
そこには、やつれた顔のデブ女が映っていた。
「これ……私……!?」
髪の毛や眉毛はボサボサ。色白の肌は甘いものの食べすぎでニキビの花が咲き、浮腫みのせいで枕の跡がくっきりと残っている。笑えるくらいに醜い。鏡に映る姿を見ているうちに、これが自分のどん底なんだ……。と、葉は理解した。
(私……終わっている。こんなんじゃダメだ)
県庁勤務の葉にとって、年末から今年の四月にかけては、仕事が最も忙しい時期だった。部署によっては、『若いうちの苦労は買ってでもしておけ』などという、ハラスメントめいた言葉が頭上を飛び交うが、葉の上司はそれほど厳しい人ではない。それでも昨今では、公務員の人件費削減は当然の事で、人員補強などは夢のまた夢。入庁三年目の若手の葉に与えられた仕事は煩雑になり、確実に本人のキャパを超えていた。特に三月は恐怖の年度末だ。仕事は超多忙を極めていたのだった。
付き合っている彼にも、自分の仕事がいかに大変か、デートの時には言える範囲で丁寧に説明したつもりだった。その度に、「頑張ってね」と激励されていたし、少しくらい会えなくても彼はわかってくれる。我慢した分、五月のゴールデンウィークには二人で旅行も良いかもしれない……。などと、彼とのデートをキャンセルするラインを送りながら、葉はそう考えていた。ラインが既読のまま返事がなくても、それを気にする余裕さえなかったのだ。
そんな自分の考えが、いかに一方的で甘かったかを、その一か月後に思い知る事となる。
残業が早めに終わった日、待ち合わせたコーヒーショップに彼は珍しく早めに来て、店に入ってくる葉を固い表情で迎えた。いつもと違う彼の不機嫌な様子が気になったものの、久しぶりに会えた嬉しさで葉の気持ちは浮き立っていた。
「遅刻してごめんなさい。あのね……今抱えている仕事が、もうちょっとで落ち着くから、そうしたら……」
「いいよ、もう。葉の仕事のスケジュールに、なんで僕が合わせなきゃいけないわけ?」
「えっ……?」
「仕事仕事って、一度でも残業をやめて、僕と会おうとか思わなかったの? もう、そういうのダメ、もう沢山だ」
最初は、頭が彼の言葉を受けつけなかった。
「た、卓也さん、なにを言って……」
「君は僕より仕事を優先するだろう? そういうのって無理なんだよね。結婚しても、ウチの家業より仕事を優先されたら、両親になんて言われるか。僕は両親とは仲良くやっていきたいし、家風に合う女性と結婚する義務があるんだ。……という事で、別れよう」
ソイラテをカウンターで受け取って、彼の隣のスツールに腰を掛けた途端にそう言われた。あまりの言葉に、葉は絶句したままだ。
「それにさあ……葉って太っているから、連れ歩くのがちょっと恥ずかしいし。まあ、そんなこんなで、僕達は合わないと思うんだ」
「はぃ?」
葉の頭は真っ白だ。ポカーンと口をOの字にして、彼の真面目腐った顔を凝視していた。彼はため息をつくと、おもむろに立ち上がる。
「じゃ、元気でね」
丸一年付き合った仲だというのに、彼はあっさりと去っていった。茫然とする葉をコーヒーショップに置き去りにして……。
じゃあ元気でね? そんな簡単に切ってもいい関係だったっけ? 私達って、結婚を前提とした付き合いじゃなかった? え、ちょっと待って、どういう事……? 葉はまだ現状を理解できないでいた。自分たちの関係は、一方的に別れる事にしたなどと、簡単に言えるようなものではないはず……。自分の両親への紹介は、多忙な父が帰ってきてからという事でまだだったけれど、彼の両親へは挨拶をしていたし、二人のなりそめを知っている商工会の会長さんには仲人を頼もうか。などと話してもいた。それなのに……。
葉は突然告げられた別れに動揺して、腰が抜けたような状態になってしまった。すぐに席を立つことができない。目の前には、彼の甘ったるいキャラメルマキアートの飲み残しがポツンと残っていた。
仕事と体形を理由に振られてしまった……。
付き合い始めの頃は、あんなに「カワイイ、キレイ」って言ってくれていたのに、あの言葉は嘘だったの? 恥ずかしいって、私はそんなにみっともない女だった?
重い足取りで自宅に向かいながら、葉はポロポロと涙を零していた。横断歩道で立ち止まった時に、ふと思いつく。もしかしてコーヒーショップでの言葉は嘘で、彼が電話口で笑って『ごめん』と言ってくれるかもしれない……。そんな一縷の望みを抱いて、彼に電話をした。
しかし、一旦繋がった電話はすぐにプツンと切れた。数回電話をしてみたが、やはり同じように切れてしまう。これは、着信拒否をされているに違いない。
(やっぱり、卓也さんは本気なんだ……)
葉は絶望的な気持ちで通話アプリを閉じたのだった。
一旦別れると決めた男は残酷だ。葉は完全に打ちのめされた。彼と過ごした一年や、自分自身が全否定されたと感じてしまった。ちなみに彼は葉の初めての本格的な彼氏で、『一生大事にするよ』と囁かれて本気にした。素直で世間知らずの葉は、「私達きっと結婚するんだ」と、信じきっていたのだ。
葉が彼と出会ったのは、県とNPO法人がコラボした婚活パーティーだった。彼は、県内では誰もが知っている老舗菓子店の五代目で若き経営者。ドイツの高級スポーツカーを乗り回し、洋服にこだわりを持つオシャレさん。のんびりした性格の割には、たまに子供っぽい我儘を言う……絵に描いたようなボンボンだったけれど、葉の目にはキラキラと輝いてみえた。そんな彼が婚活パーティーに出席していた理由は、商工会の会長さんに頼まれての数合わせ。葉も職場主催の行事だからと、数合わせの為に上司に拝み倒されての出席だった。
上司と会長さんにそろって紹介され、お互い苦労が絶えないね? なんて意気投合して付き合う事になったのだ。いわば上司公認の仲、それなのに……。
一人暮らしのマンションに帰って、玄関で崩れ落ちた後から記憶がない。気が付いた時にはベッドで布団に包まって泣いていた。朝には機械じかけの人形みたいに洋服を着て職場のデスクにたどり着く。感情は死んだまま淡々と仕事をこなすが、目の下には真っ青なクマができていた。実家の家族には、説明をするのが辛くて別れた事を言い出せなかった。
数日が過ぎ、さすがに涙も枯れはてた頃、彼からのラインもメールも電話も来ないスマホを手に、「やっぱり、私は振られたんだ」と、ようやく納得した。そして彼のデーターを全て削除して、プレゼントも袋に入れてクローゼットの奥に押し込んだ。彼に返す勇気も、捨てる決心もつかなかったからだ。
そうやって、日常から彼の存在を消してからも、しばらくの間は振られたショックに悩まされた。別れ際の心無い言葉がずっと頭に残って、自分に自信が持てなくなったのだ。
振られたのは自分のせいで、一体何がいけなかったのかを、ヒマさえあれば考え込んでしまう。仕事以外では外出がおっくうになって、何もする気が起こらなくなった。軽いウツ状態の引きこもりだ。
残業を終えてヨレヨレで帰宅してからのやけ食いが始まって、気分が悪くなるまで続く。普段あまり眠れないものだから、たまの休みにはベッドから出ることができずに浅い睡眠を貪る。そんな日々が一月ほど過ぎていった……。
そして今朝、どん底の自分を直視して、葉の中で何かのスイッチがカチッと入った。
五月の爽やかな風のせいだろうか? それとも、幸せそうな家族連れを見たせい? 理由はわからないが、とにかく今の自分をどうにかしたい! という思いに突き動かされていた。
まず初めに、埃まみれの部屋を掃除して、クローゼットの奥に押し込んだままの彼からのプレゼントをゴミ置き場に移動した。そして、禊をするようにお風呂に入った。汗まみれの体の隅々を磨き上げ、香りの良いシャワーソープで丹念に洗ってムダ毛も剃った。ボサボサの髪の毛も優しくトリートメントをして、指通りを滑らかにした。そして、一番大切な事、『私は惨めに捨てられるべき人間じゃない』と自分に言い聞かせようとしたのだ。
翌日には、部屋に散らばるアルコールとお菓子を全て捨てた。その代わりに、新鮮な食材を買いにスーパーに走る。ひと月の間、食生活はインスタントとコンビニ弁当などの簡単なもので済ませていたから、冷蔵庫は空っぽだったのだ。
久しぶりに、丁寧に出汁から作ったお味噌汁を吸うと、五臓六腑に染み渡った。
「美味しい……」
お味噌汁って、こんなに美味しかったっけ? と、今更驚いたりする。炊き立てのお米も美味しくて、しっかりと咀嚼する。
(これが、幸せって事……だよね?)
仕事で疲弊しきったところに、彼からの酷い言葉を浴びせられての失恋というダブルパンチで、葉は完全に自分を見失っていた。今までの自堕落な生活を思い浮かべ、そんな勿体ない事なんかしていられない! と、ようやく気が付いたのだ。そうなると、体にムクムクとやる気がみなぎってきた。
「私……太ってみっともない女だなんて、言われたくない!」
とは言っても、食事を変えたくらいでは、すでに付いてしまったぜい肉は落ちてくれない。そこで、折れそうになる心に鞭うって、深夜のウォーキングを始めた。家に一人でいると、TVを見ても音楽を聞いても泣けてくるから精神的にも絶対良くない。日にちクスリが効く頃まで待っていたら、どうにかなりそうだったのだ。
歩いていても、いちいち失った日々を思い出したり、彼の最後の冷たい言葉を思い出しては涙が零れる。夜の住宅街を、女性が一人で出歩いているのに怖い思いをしなかったのは多分、小太りのアラサー女が泣きながらウォーキングしている姿が怪しすぎて、誰も襲う気にならなかったという理由からだろう。
最初の頃は、歩きすぎて足を痛めパンプスが履けなくなったり、下半身の筋肉痛に悩まされたりしたが、次第に慣れて今では三~四キロの行程を週三くらいのペースで歩いている。それに、夜の静かな住宅街を無心で歩いていると、なぜか心が静かに癒されていくのだ。
ヘルスメーターにはしばらく乗らないと決めたから、今の体重はわからない。それでも体が軽くなった事だけはわかる。
それに運動のお蔭か? 振られてからずっと頭痛や眩暈でメチャクチャだった体調が少しづつ上向きになってきた。
そして……六月の初め、葉は久しぶりにヘルスメーターに乗ってみた。全裸になって、恐る恐る足を乗せる。すると、驚くべき数字が表示された。
「うそっ!」
見間違いでは? と、座り込んで目盛りを確認する。
「ギャーッ、六キロも減ってる!」
失恋前よりも体重が減っている。食事を変えて、無心で歩いた効果が出たのか!? 今の今まで、嬉しい事なんかどこにも見当たらないと思っていたから、葉のテンションは一気に昇りつめた。気が付くと、右腕を高らかに上げて叫んでいた。
「よっしゃーーっ!」
誰かと付き合うなんて事は、まだ少し怖い。でも……失恋なんかに負けない! もっと、もっと自分を磨いて、いつか街でアイツに出くわした時に、ビックリされるくらい素敵な女性になるんだ!
2.祝・引きこもり脱出
梅雨が上がった頃から、ますます葉の気分は上向きになってきた。朝、目覚めて真っ青な空を見上げたとき、理由もなく『もしかして今日は良い事が起こるかも?』という予感が湧いてくる。
梅雨明けの乾いた気候のお蔭だろうか? 気持ちが上がったのを良い事に、久しぶりに友達の誘いを受ける事にした。
ずっと葉を元気づけようとする友達の加奈の誘いを、何回も断っていた。振られた報告をした時、何時間も電話で話し続けてしまい、迷惑をかけた。いつまでもダラダラと辛い話を続けてしまうのは、聞く方も疲弊するから止めようと思っていたのだけれど、もう大丈夫な気がする。
『食事会しようよ』のラインに、『する!』と返事を返した。
大好きなフレンチの店だし、加奈と静香という、葉にとって気のおけないメンバーだ。それに何よりも、立ち直った姿を見せて安心させたかったのだ。
「うー」
葉は今、クローゼットを物色しながら唸っていた。実は、今の気分に合う服が一枚もないのだ。去年お気に入りだったピンクのワンピースを出してみたのだが……。
(ピンクの小花柄。気分じゃないなぁ)
今の葉は少し積極的な性格になっている。おまけに体形が変わったので、どの洋服を着てもしっくりこない。葉はなで肩でヒップが大きい典型的な日本人体形で、ぽっちゃりしていた頃は、柔らかい素材のブラウスやワンピースを好んで着ていた。ふっくらした自分の体が好きだったのだ。シフォンブラウスにハイウエストの十一号タイトスカートを合わせてメリハリをきかせたり、広く開いたⅤネックリブニットを着て胸を少しだけ強調したり……と、自分の体形を生かすフェミニンな着こなしを楽しんでいた。
でも、以前気に入っていた洋服が今の自分の気分に合わなくなってしまった。それに、彼と交際していた時期に着ていた洋服を、今は着る気にならない。
そこで、数年前に買ってはみたものの、一度も袖を通していなかったノースリーブのワンピースを出してみた。腕を出す代わりに喉元は詰まっている。ウエストまではわりと体にピッチリとしているが、膝上十センチほどのスカート部分はふんわりとしたフレアになっている。透けた部分がセクシーで、小悪魔的な雰囲気に見えなくもない。
「うん、これが良いわ」
身につけてみると、以前はパッツンパッツンだった上半身に余裕ができて、意外にスタイルよく見えた。それにパンパンだった二の腕も、少しだけ細くなった気がする。気を良くしてさらにクローゼットを漁り始める。そして、小さなショルダーバッグを奥から取り出した。これは、バーゲンで買った後、後悔してクローゼットの奥深くにしまってあったバッグだ。サイズが小さすぎて、自分の雰囲気に合わなかったのと、鮮やかなブルーなので、割と服を選ぶからだった。でも、このワンピースにはピッタリに見える。
ネックレスもブレスレットもなし、シルバーのアンクレットと遊び心で左の恥骨の上に青い蝶のタトゥシールを貼ってみた。これは誰にも見せない葉だけの密かな楽しみ。
さて、普通ならこんなドレスにはローヒールのバレエシューズかパンプスを履くのだが、ずっと出番のなかった、あのサンダルを履いてみようか?
葉はブルーのカットワーク・スエードサンダルを出してみた。カットワークは蝶の形で、十センチヒールが危うい魅力を放っている。
葉の妹はシューズデザイナーだ。セクシーでコケティッシュなヒール靴が大得意で、アクセサリーデザイナーの彼氏と二人で会社を立ち上げて、全国のセレクトショップに商品を卸している。
妹の靴は葉の足にぴったりで、シーズンの前には試作品が葉の元に集まる。たまに斬新すぎて、引き気味に有難くいただくのだが、この青い蝶のサンダルは一目で気に入った。しかし突然の失恋に落ち込んでいたために、素敵な靴を履いて出かける意欲も消え失せ、もうこの靴の出番はないのだと諦めていたのだった。
鏡に映った自分の姿に満足そうな笑みを浮かべ、葉は自宅マンションを出たが、ふと、聞きなれない音を耳にして立ち止まる。
マンション隣の自販機の側に、小さな段ボールが置いてあった。音はそこから漏れ聞こえてくる。ガサガサと段ボールを掻く音と、ミャーミャーと鳴く小さな声。
(うそっ、もしかして捨て猫?)
行ってはいけない。見ちゃったら最後、離れられなくなるに決まっている。葉のマンションはペット可ではあるものの、残業が多い今の職場では猫を飼うなんて無理だ。
(拾っちゃダメッ! それに友達が待っているんだから。でも、このままだと、ごみと一緒に処分されるかもしれない。そんなの辛すぎる!)
そんな風に葛藤しながらも、葉の足は徐々に段ボールへと吸い寄せられる。閉じられた蓋に手をかけて、そっと持ち上げた……。
「ミャ!」
やはり猫だった。それも、グレーの赤ちゃん猫だ。急に明るくなったので、青い目を細めて葉を必死に見上げている。
「うわーっ、可愛すぎる……」
思わず手を差し伸べると、震える前足で葉の手にガッシリとしがみ付き、手首から腕へとよじ登ってくる。爪が肌に食い込んで痛いのだが、その必死な様子に葉のハートは鷲づかみにされてしまった。しかし、待ち合わせに遅れてはならない。葉はスマホを手にすると、妹に電話をかけ始めた。少しのコールで妹は元気に電話に出る。
「はーい。お姉ちゃん、どしたの?」
「雅ゴメン。今、暇?」
「うん、ひまー」
「あの……今すぐ猫を引き取りに来てくれない?」
「……はぁ?」
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