【試し読み】仕組まれた婚活で出逢った社長から遠慮なく独占されてます

作家:花音莉亜
イラスト:澤村鞠子
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2019/12/24
販売価格:700円
あらすじ

渡辺萌香、26歳。「彼氏が欲しい」とは確かに言ったけれど。同期との女子会のつもりで足を運んだ先が婚活パーティーだなんて。真剣に結婚を考えているわけじゃないのに。罪悪感で悶々とする萌香だったが──「うそっ! なんで社長が……!」 真下隆一、自社の社長も思いがけず参加していた。実力で外資系証券会社のトップに立つやり手でクール、見た目も経歴も完璧な彼がなぜ? けれど会社での印象と違い親しみが感じられて盛り上がる会話。まさか選ばれないだろうとカップル希望に隆一の名を記したら、見事に成立!? 真剣な気持ちで彼を指名したわけじゃないことを悩む萌香。なのに隆一はかなり積極的にアプローチしてきて……!?

登場人物
渡辺萌香(わたなべもえか)
彼氏が欲しいとは思うが、恋に積極的になれない奥手女子。嫌々ながら婚活パーティーに参加することに…
真下隆一(ましたりゅういち)
外資系証券会社社長。仕事とは関係のない場所で出会いを見つけるために婚活パーティーに参加。
試し読み

 なんで、こんなことになっているのだろう。どうして、私は『13』の番号札を持たされているのか。
「婚活パーティーって、初めてですか?」
 不意に隣の席の女性に話しかけられ、ハッと我に返る。そして、作り笑いで彼女を見た。
「はい、そうなんです。えっと……、失礼ですがお名前は?」
 名前が分からず、確認できるのはナンバーのみ。だからといって、『12番さん』なんて言えない。
 せっかく話しかけてくれたのだから、名前を聞いておこう。そう思い、尋ねてみた。
「私は、田中たなかと言います」
「田中さんなんですね。私は、渡辺わたなべと言います。婚活パーティーは、初めてなんですよ」
 田中さんは、いかにも女の子といった雰囲気で、パステルカラーの服装に、アクセサリーも目立つ華やかなものを着けている。
 ざっと一列に並んでいる女性陣を見ると、彼女のようなフェミニンな格好か、露出のあるセクシースタイルのどちらかに分かれていた。
 十五人いる中で、ごく普通のオフィスカジュアルで来ているのは私くらいじゃないか。それもそのはずで、今夜は同期のめぐみと飲みに行く予定だったから。少なくとも、そう聞いていた。
 金曜日の夜に、女二人でプチ贅沢をしようと、ここ──、フランス料理のレストランに誘われたのだった。
 それが来てみれば、お店は貸し切りで、ドアの前には『第十三回 運命の婚活パーティー』という立て看板がある始末。
 驚いて急いで恵に電話で確認をすると、最初から仕組まれていたらしく、とにかく私に彼氏を作ってほしいからと言われた。
 たしかに彼氏を欲しいと散々言ってたけど、ここまでして欲しいわけじゃない。だいたい婚活パーティーだなんて、ハードルが高すぎる。
 私はまだ、結婚を覚悟しているわけじゃないのに。
 未だ納得できず悶々としていると、田中さんが話を続けた。
「私は、三回目のパーティーなんです。あの……、大丈夫ですか? 顔が強張ってますけど」
「えっ!? あ、大丈夫です。ちょっと緊張しちゃって……」
 いけない、いけない。今はなにを考えても、恵への愚痴に変わってしまう。私を誘い出した張本人は、この場にいないのだから、余計に腹が立つというもの。
 苦笑いをしながら誤魔化すと、彼女は声を潜めて言った。
「その気持ち、分かります。緊張しますよね。この衝立ついたての向こうに、男性陣がいると思うと、ドキドキしちゃいますもん」
「そうですね……」
 なにか勘違いされているみたいだけど、話を合わせておこう。さすがに、ここへ来た本当の理由を、真剣に来ている人へ言えるわけがない。目の前にある白い壁は衝立になっていて、パーティーが始まるまで、男女の顔合わせができないようになっている。
 時折、ひそひそ声が聞こえるのは、向こう側の会話だろう。そういえば最初は、自分の正面に座っている同じ番号の男性と、話すことがルールになっているんだっけ。
 パーティーの所要時間は二時間で、軽食とドリンクあり。最初の男性との話が終われば、最後まで誰に声かけしようが自由と、さっき説明された。
 私と同じ番号の人は、どんな人だろう。参加している限りは、それなりに場に溶け込まないといけない。
 だからせめて、話しやすい人ならいいと思ってしまう。一対一ならだいぶマシになるけれど、大勢の人の中から誰か一人と話すのは苦手だ。そんな性格のせいで、コンパにも滅多に行かない。
 今夜だって、本当は帰りたいところだったけど、恵が勝手にパーティーに申し込んでいたから、出席せざるを得なかった。男女の人数にズレが出てくるから、とても欠席するとは言えなかったのだ。
「それでは皆さま、お待たせいたしました! 十九時になりましたので、男女ご対面とさせていただきます!」
 突如、マイクを持って現れた女性スタッフに驚いてしまい、体がピクンと跳ねる。それまでのアップテンポな洋楽は止められ、彼女の甲高い声がエコーとなった。
「いよいよですね」
「はい……」
 田中さんが、落ち着かない様子で声をかけてきて、私も一気に緊張した。
 まるで心の準備ができていない中でのパーティーの参加で、正直どう相手と接していいのか分からない。
 みんな結婚に本気なのだろうから、思わせぶりな態度だけはやめよう。それを固く決心し、覚悟を持ってスライドされていく衝立を見つめる。目の前には、どんな人がいるのか不安ばかりだ。
 隣の番号の男性が見えてくる。田中さんの相手は、少しふくよかだけど優しそうな人だ。
 次は、私の番……。息を呑みながら彼の姿が現れるのを待っていると、ようやく男性の姿が見えてきた。
 その人は、誰もがため息を漏らすほど眉目秀麗な人……。
(うそっ! な、なんで社長が!?)
 声を上げそうになり、慌ててそれを呑み込んだ。なぜなら私の目の前にいる人は、自社の社長だったからだ。
 彼は真下ました隆一りゅういちといって、私より三歳年上の二十九歳。その若さで社長という役職に就いているのは、私たちの会社が超実力主義だからだ。
 外資系証券会社に勤務していて、私は本社で経理を担当している。彼が赴任してきたのは今年の春で、半年ほどになる。
 それまで親にあたるニューヨークの本社で働き、そこでの経営手腕や営業成績を評価されて、日本法人の社長に就任したという華々しい経歴の持ち主。
 さらに、社長はその経歴だけでなく、均整の取れた甘いルックスと広い肩幅、そして手足の長いスタイルで見た目も完璧だった。
 短く切られた髪は、清潔感と知性が同居していて、社内でとても人気がある。そんな人が、なぜ婚活パーティーに来ているのだろうか。
「こんばんは。真下隆一です。あなたは?」
「えっ? あ、はい。渡辺萌香もえかといいます。よろしくお願いします」
 目の前の社長は静かな口調で、社内で見かけるときよりは幾分柔和に見える。さすがに、社長は私を分かっていないようだ。
「緊張……しますね。席の移動はOKみたいなんです。ソファ席へ行きますか?」
 彼が視線を向けた先には、ソファ席が用意されている。パーティー用にしつらえられたのか、席の間隔がかなり開いている。
 その分、ゆっくり話せそうな場所でもあった。
「そうですね。じゃあ、あちらに……」
 二人で席を立つと、ソファへ座る。カップルシートになっていて、否が応でも社長と隣同士で座らないといけないことに、必要以上に緊張した。
 どうやら、長テーブルは落ち着かないのか、参加者のほとんどがソファ席へ移っている。
「萌香さんは、なにか趣味はありますか? 俺は、ドライブが好きで」
「そうなんですか? 社長は運転がお好きなんですね……」
 と言って、思わず両手で口を覆う。彼のほうも、怪訝な顔を見せた。
「社長って……、俺のことを知ってるんですか?」
 さすがの社長も少なからず動揺しているようで、さっきよりだいぶ表情が強張っている。
「はい……。実は、私も社長と同じ会社に勤めています。経理部所属なんです」
「そうだったのか。うちの社員だったとは……。俺がいて、びっくりしたろう?」
 素性を明かせばホッとしてくれたようで、肩の力を抜いた社長が苦笑した。普段、社内で見かける彼はクールな感じで、顔を合わせたときに挨拶を交わす程度。
 近寄り難いイメージがあるだけに、たとえ苦笑いでも〝笑顔〟を見せられたことが新鮮だった。
「はい。とても……。社長でしたら、こういう場所でなくても、出会いはたくさんありそうですが……」
 エリートでイケメン、それに彼のお父さんも大企業の社長をしていると聞いたことがある。そんな彼なら、黙っていてもたくさんの女性が寄ってきそうなものなのに。
「きみの言うとおり、出会いならたくさんあるんだが……。仕事絡みのご縁ばかりでね。どうしても、損得勘定でお互い動いてしまうから、仕事とは関係のない場所で出会いを見つけてみたかったんだ」
「そういうことだったんですね。それなのに、最初から社内の人間で申し訳ないです」
 肩をすくめると、彼はクスッと笑った。目を細めると、さらに甘いルックスになり、思わずドキッとしてしまった。
「そういう意味じゃないんだ。俺と付き合ったり結婚をすることで、なにか大きな得になるという、そんな関係にならない人に出会いたかったということだから」
「社長というお立場だと、きっといろいろな事情があるんでしょうね」
 彼の言っていることが、なんとなく分かる気がする。社長ほどの人なら、どこかのご令嬢たちが競い合いそうだと、容易に想像ができるからだ。
「根本は、いたって単純なことなんだよ。ステータスだけをクローズアップして、俺を見てほしくない。それだけなんだ」
「よく、分かります……。肩書きだけを見られるなんて、悲しすぎますもんね」
 妙に納得してしまうのは、日ごろから社内で彼の噂話を耳にしているせいだろう。私の周りにも、同期から先輩後輩まで、社長を狙っている女性社員は多い。
 それは、単に彼の容姿が華やかだからではなく、その地位も輝いて見えるからだと知っている。
 二言目には、「社長夫人になりたいよね」だ。きっと社長は、そういったところを言っているのだろう。
「ここでは、経歴を誤魔化せないから、職業を聞かれたら社長であることも話さなければいけない。そのときの、相手の反応がとても気になるところなんだが……」
「たしかに、そうですよね。社長はここで、ご自分の立場とは関係ない出会いがされたいんですもんね」
 社長という立場である以上、ついてまわる悩みなんだろう。少なくとも、ここにいる女性たちは、社長の肩書き目当てではないけど。真実を知れば、目の色が変わる人もいるかもしれない。そうなれば、社長としては不本意なんだろうな……。
 もし、私が彼の立場でも、肩書きやお金目当てで近づかれたら、しまいには女性不信になってしまうかもしれない。
「ああ、そういうことだ。素敵な出会いがあるといいんだが」
 ふうっと小さく息を吐いた社長に、思わず体を近づけていた。それは、物理的に彼と接近したかったわけではなく、どうしても聞いてみたいことがあったからだ。
「その……、社長は結婚をお考えなんですよね?」
 仕事一筋なイメージがあったせいで、こういう場所に来てまで、結婚願望が強いのかと不思議に思ってしまったからだ。
「そうだよ。きみだってそうだろう? 俺は、自分が家庭を持つということに憧れを持っていてね。両親が、仲良かったのも好影響したんだろう。俺も父のように、一人の女性を愛し抜くという生き方をしてみたいんだ」
「社長……」
 だから、出会いを求めてここへ来ている……。それに比べて私は、恵に仕向けられて嫌々参加しているだけだ。
 結婚願望が強いわけでもないし、切羽詰まって彼氏が欲しいと思っていたわけでもない。ただ少し、独り身でいる自分を愚痴ったら、こうなっただけ。
 そんな本気でない自分が、この場にいることが本当によかったのか、今さらながら罪悪感でいっぱいになる。
 できるだけ早めに、社長との話を切り上げよう。私と話す時間が勿体ない。
「そうそう。萌香さん……、というか萌香ちゃんでいいか? 同じ会社の人というだけでも、随分親近感が湧くものだな」
「はい、もちろん大丈夫です。逆に同じ会社だから、社長がやりにくいんじゃないかと、心配ではあったんですが。そんな風に思っていただけて、嬉しいです」
「きみこそ、俺が最初の話し相手で、気を遣わせただろう。今は会社ではないから、隆一でいいよ。社長と呼ばれると、仕事モードになってしまう」
 社長の笑みはとても穏やかなもので、こんな表情をする人なのだと初めて分かって嬉しくなる。普段は仕事だから、威圧感のあるオーラを身に纏っているだけなのかもしれない。素顔の社長は、親しみが持てる人なのかも……。
「私は、とても光栄です。それでは、ここでは隆一さんと呼ばせていただきます。名前で呼ぶのは、かなり照れくさいですね」
 相手を社長だと思うからだろうけれど、本当に恥ずかしい。だけど、彼の気持ちを思うなら、『社長』の連呼はとてもできなかった。
「俺を社長だと思うからだよ。難しいかもしれないけど、今は普通に一人の男として見てほしい」
「はい……。あ、そういえば、さきほどの質問に答えていませんでしたね。私の趣味は、カフェ巡りなんです。小さなお店を回って、まったりとカフェをするのが好きで」
 この話をコンパですると、意外なほどに引かれてしまう。自分としては、どこがおかしいのかと思うのに、同世代の男性から見ると、内向的な性格に映るらしかった。
「へぇ」と言われるのがオチで、その後はまったく話しかけられもしなくなる。それでも自分を理解してもらえないのは不本意だから、趣味を聞かれたら包み隠さずこれを話している。
 社長も引いてしまうだろうか。覚悟を持って反応を窺っていると、彼は目を見開いて私を見つめた。
「俺も、カフェ巡りは好きなんだ。一人でドライブがてら、ふらっと寄ってみる店が、思いがけずいいところだったりするんだよな」
「そ、そうなんですよ。一度は、森の中の山小屋のようなカフェに行ったこともあって。手作りの陶器を買ったこともありました」
「それどこ? 俺も行ってみたいな」
(あれ? もしかして、会話が盛り上がってる……?)
 いつの間にか、社長との距離が近くなっている気がする。それは、物理的にも精神的にも。腕と腕が触れる程度に近づいていたとき、突然ベルが鳴った。
 それは、ペアを変える合図で、ここからはパーティー終了まで、誰と話をしてもいいことになる。もう少し、社長と話がしたかった……。思いがけず会話が弾み始めたのに、ペアを変えないといけないことを残念に思った。
 社長も同じように思ってくれたかは分からないけれど、名残り惜しそうな顔をしてくれた。
「チェンジの時間だ。萌香ちゃん、また話せたらいいな」
「はい。私も、そう思います」
 会釈をして立ち上がると、その隙を突くように女性が数人、社長に声をかけている。肩書きを知らなくても彼は目立つようで、あっという間に囲まれていた。
「十三番の男性は凄いな。男から見てもカッコイイと思うから、女性から見ればなおさらか」
 と、不意に背後から声をかけられ、驚いて振り向く。すると、そこにはインテリ風の男性が立っていた。
 たしか、九番辺りにいた男性だ。涼しげな目元と薄い唇で、知的な雰囲気はあるけれど、どこか冷たそうで苦手なタイプだ。
「そうですね。目立つかもしれないですね」
 作り笑いをしながら辺りを見回すと、すでにみんな話し相手ができている。ということは、私はこの人と会話をしなければいけないというわけか。
「サクラかな? あれだけルックスよくて、ここに来る必要あるか?」
 ふんっと鼻で笑った彼に、内心ムッとしてしまった。正直、社長のことをよく知っているわけではないけれど、サクラであるはずがないと言い切れる。
 さっきの会話で、それはよく分かった。社長は、結婚願望が強いだけなのに。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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