【試し読み】デキる上司が狙うは恋愛戦力外のシンデレラ
あらすじ
暗色スーツと銀縁メガネ。自他ともに認める地味スタイルで、転職早々カースト最下層の愛梨。そんな愛梨が任命されたのは、女性社員から圧倒的人気の高倉主任の営業補佐だった! 疎まれるはずのポジションだが、地味すぎてライバル視もされない愛梨。ところがある日、補佐と一緒に行動しないはずの高倉が、愛梨に営業先への同行を求めてきた!? 「この後は時間ある?」同行をきっかけに、勉強と称し食事をするだけの逢瀬を重ねる二人。優しいがスキンシップ強めな高倉に胸をときめかせ、恋心を自覚した矢先に、社内公認の婚約者の存在を知ってしまい!?「結構頑張ってアピールしてたんだけどなぁ」二人の不思議な関係の向かう先は――?
登場人物
高倉主任の営業補佐。銀縁メガネに極薄メイク、地味なスーツで目立たないように仕事に励む。
爽やか系イケメンで女子社員にモテる。営業補佐となった愛梨を仕事のためと称して頻繁に食事に誘う。
試し読み
一章 恋愛戦力外女子
──早く帰りたいな……。
夕食を楽しむ客たちで賑わう週末のレストランの中で、園田愛梨はお酒をチビリと飲み、そっとため息を零した。
面前にあるテーブルにはグリルチキンやサラダなど、おつまみ系の料理が彩りよく盛られたお皿と、お洒落なカクテルのグラスが並んでいる。
お酒は飲めない方ではない。むしろ好きな方で、家でも簡単なおつまみを作って飲むことが多い。勤めているところもアルコール飲料のメーカーである。新卒で入った会社を辞めて、好きなものを扱う会社に再就職できたのはとても幸運なことだった。
その好きなはずのお酒が楽しめないのは、この場の雰囲気のせいだ。
同席しているのは同世代の男女数人。みんな楽し気にお話ししているけれど、愛梨はたまにおつまみに手を伸ばす程度で会話に加わることができない。
女性は愛梨の同僚たち。お洒落な服を着て、美しい笑顔を浮かべて愛想よくしている。
対する男性たちは一流企業に勤めるエリートな人たちらしく、しわのないスーツをビシッと着こなしており、見た目も高レベルな人たちだ。
いわゆる合コン。お互いにほんの数十分前に自己紹介をしたばかりの面々で、同僚たちは男性の品定めをしている最中なのだろう。たまに隣同士でひそひそと話をしているのが分かる。
そんな中で愛梨は、どうやったらこの場を抜けて早く帰れるかと、そればかりを考えていた。
大人しくて引っ込み思案なうえに、とあることがきっかけで男性が苦手になった愛梨にとっては、合コンは億劫なイベントでしかない。
普段から誘われることは滅多にないのだけれど、今回はランチタイム時に社員食堂で突然声をかけられたのだった。
「メンバーが足りなくなったから、あなた来て。どうせ暇なんでしょ?」と。
相手は女子社員の中でも、リーダー的な存在の飯塚真紀だった。
とても押しが強い人で、愛梨の知っている範囲内では彼女に逆らっている女子社員など見たことがない。実際に、彼女には逆らわない方がいいと忠告されてもいる。
それゆえにひと月ほど前に中途入社したばかりの愛梨には断ることができず、そのまま強引に約束させられたのだった。
けれどいざ来てみれば、男性は四人で女性は五人。人数は愛梨がいなくても十分足りているようだった。
男性側はひとり都合がつかずに来られなくなったと、男性幹事が最初に謝っていたのだけれど。
──だからって、即行で帰るわけにもいかないよね。
今日愛梨が誘われたのは、メンバーが足りなくなった理由のほかに、みんなの引き立て役になれる最適な人材ということもあると思うのだ。
いつも真黒な髪をひとつに束ねて銀縁メガネをかけ、メイクは極薄めにしている。おまけに今日の服装はグレーのリクルートスーツという合コンらしからぬ姿である。
綺麗な色の服を着た華やかな同僚たちに比べ、地味を絵に描いたような容姿では男性の興味を引くはずもなく、しかも人数が合わないとなれば余計に半端もので、ひとりだけ蚊帳の外にいる状態だ。
──こっそり帰っちゃダメかな?
おりしも席は通路側の端だ。こんな様子ならば、トイレに行くふりをして帰ることができるんじゃないか。
けれどいくら空気のような存在であっても、勝手に帰ったらみんなが愛梨を探してしまって、迷惑をかけることもある。それならば「先に帰る」と告げれば問題ないとも思うけれど、せっかくの楽しい場の雰囲気を壊してしまいかねない。
──やっぱり、最後までいなきゃダメだよね……。
結局どうすることもできずにそっと肩を落とし、なるべく男性たちの視界に入らないよう、身を小さくして静かに過ごすことにした。
「きみ、園田さんだっけ。大人しいね?」
「へ?」
不意に声をかけられて驚いた愛梨は、びくりと肩を揺らして顔を上げた。
テーブル越しに笑顔を向けてくるのは、男性メンバーの中で一番年上だと言っていた人だった。目鼻立ちの整った顔は爽やか系で、そこそこの美形さんである。
話しかけられるなんて思っておらず、しかも「大人しいね」と言われてどう返答すればいいのか分からない。
「え、あ、あの」
口から零れるのは言葉にならない声ばかり。あたふたしてなにも言えないで困っていると、隣に座っている真紀が愛梨の肩をぎゅっと抱いた。
「ダメですよ~。この子純情なんですから、あんまり困らせないであげてください。それに……森永さんのお相手をしてるのは私でしょう?」
最後の台詞を甘えるような口調で言う真紀に、森永は一瞬きょとんとした様子だったがすぐに元の笑顔に戻った。
「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ。でも、飯塚さんは優しいんだね」
甘えられた森永はまんざらでもない様子で、優しいと言われた真紀は嬉しそうに笑っている。
すぐに愛梨の肩から手を離した真紀は森永に向き直った。
「だって、弱い子を守るのは当然ですから~。あ、森永さん。こちらの料理は取りにくいでしょう? 取りますから、お皿かしてください~」
真紀は自分の手前にある料理を盛りつけながら、森永に新しい話題を振っている。
彼女はとても積極的だ。普段の合コンでもこんなふうに男性に接しているのだろうか。
でも、笑顔も話し方も服装も会社で見かける雰囲気と違っていて、なんとなく彼女がこの合コンに力を入れているような気もする。
地味な愛梨の隣に座っていることを鑑みると、やはり人数合わせでなく自分の引き立て役として呼ばれたのかな、などと思う。
こうなればもう割り切って好きなお酒を楽しむしかない。
同僚たちの楽しそうな様子を感じながらひたすらお酒を消費し、合コンが終わるまでの時を過ごしたのだった。
週明けのオフィスでは、女子社員たちが先日の合コンの話をしていた。お団子ヘアの加奈子とショートボブの弥生だ。
ふたりとも声を潜めているけれど、デスクが真向かいにあるため自然と愛梨の耳にも届いてくる。
連絡先の交換をしたという加奈子と、話は盛り上がったけれどいまいち好みじゃなかったという弥生。成果はそれぞれのようだ。
結局愛梨が合コンで交わした会話は『大人しいね?』と言われた、あの一度のみで、話をしたとはとても言えない状況。言葉として発したのはお開きになった時の、『お金いくら払えばいいですか?』だけだったのだ。
だから加奈子と弥生は愛梨に話を振ってくることはない。
──もう誘われないといいな。
そうなれば、気になるのは合コン幹事を担うことが多い真紀の成果だが、みんなの話題には上っていない。店を出た際、森永に連絡先を聞いていたのを見たが、その後どうなったかは知らない。
真紀に恋人ができたらきっと誘われることもない。森永とうまくいけばいいなと思いながら、パソコンモニターに向かう。
デスクに山と積まれた書類を黙々とデータ化していると、背後に誰かが立っているのを感じた。途端に真向かいにいる加奈子の目がきらきらと輝いて、その隣にいる弥生も嬉しそうな表情になっている。
愛梨は苦笑いしそうになるのをこっそり堪えて、作業をする手を止めた。このオフィスフロアで女子社員にこんな表情をさせるのは、ただ一人だけだ。
「園田さん、ちょっといい?」
案の定、爽やかな美声が上から降ってきた。
「はい。なんでしょうか?」
振り向くと、そこに立っているのは営業部の高倉健太だった。百八十はあろうかと思われる身長の彼を、椅子に座ったまま見上げるのは結構きつい。
立ち上がろうとする愛梨を制して、健太はデスクにポンと手を置いて視線を下げてくれる。途端に彼のつけているコロンの香りが鼻をくすぐった。ほのかに香る爽やかな香りは嫌いではない。
愛梨と目が合うと、形のいい唇がカーブを描いた。サラサラの前髪にアーモンド形の目、すっきりシャープな顔のラインはモデルでも十分に活躍できそうな容姿である。ふたりの目が輝くのも無理はないのだ。
外回りが多い彼は同じフロアにいても滅多に会えないし、営業補佐でなければ接触もない。そういうことから、姿を見れば余計にときめくのに違いない。
「データ化の作業中にゴメン。急ぎなんだけど、いいかな」
愛梨は健太の営業補佐だ。彼に仕事を頼まれれば、そちらを優先するのが当然である。にもかかわらず、毎回健太はすまなそうに仕事を振ってくるのだ。
優しい性格なのか、それとも愛梨の作業処理能力を測りかねているのか、どちらだろうか。彼の営業補佐となって一ヶ月という状況ならば、後者かもしれないが……。
愛梨の作業能力は上中下で言えば、普通のOLが中なところ上の下くらいだ。前職でも仕事の速さとミスの無さには一定の評価を貰っていた。今現在デスクに積まれた書類は多いが、このまま作業を続ければ明日の昼には終わる量だ。
「データ化は水曜までなので余裕あります」
健太は愛梨のデスクに積まれた書類の量に目を向けた後、少しの間を置いてから口を開いた。
「それなら、俺が担当してる店舗の売り上げを拾い上げてグラフにしてほしい。店舗別で、三年間の月別にして」
「種類も分けますか?」
「できるならそうしてほしい」
できますと答えると、健太は明日まででいいからと言い残して外回りに出掛ける準備を始めた。その姿を加奈子はじっと見つめてほうっとため息をついている。
「高倉さん、いつ見ても素敵だよねぇ。彼女になりたいなぁ」
「なに言ってんの。加奈子は合コンで連絡先交換したでしょ。あの彼にしときなよ。高倉さんは私がもらうからさ」
「高倉さんの彼女になれるなら、あの人なんか即行振っちゃう。ていうかさ、弥生には絶対無理っしょ! 釣り合わない。ダメダメ」
加奈子は失礼なことをきっぱりと言ってのけるから、弥生は口を尖らせて「加奈子だって無理だよ」などと呟いている。
合コンで出会った彼らは一流企業のエリートばかりだったはずだ。見た目もそこそこによかったと記憶している。それでもふたりは健太の方がいいらしい。
レベルが同じくらいのエリートならば、容姿が良い方がいいのだろう。性格の良い悪いはあまり関係ないらしい。
まあ愛梨も、決して健太の性格が悪いとは思っていないのだけれど、見た目だけでお付き合いする人を決めるのはどうかと思っている。
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