【試し読み】おはようからおやすみまで、変態王子に溺愛執着されています!?
あらすじ
ノイエンドルフ王国との戦争に敗れ、父王と同じく兄も目の前で処刑されようとしている。次は私だ。レニエ王国の王女アナイスが覚悟を決めていたところ、ノイエンドルフの第二王子フィオンが駆けつけ助けてくれた。それは次期国王となる第一王子の妻になることが条件の目こぼしだった。だが、耐えがたい扱いに追い詰められたアナイスが再び窮地に陥ったそのとき! 「その姫、俺にくれませんか?」ゆるっと現れアナイスを引き取ったフィオン。アナイスを待ち受けていたのは寝ても覚めても怒涛の溺愛攻撃──救ってくれた王子は基本優しいですがちょっとした変態でもあって!? 困惑のアナイス。しかしそんな様子すらフィオンにはご褒美……!?
登場人物
レニエ王国の王女。ノイエンドルフ王国との戦争に敗れ、処刑されそうになっていたところをフィオンに助けられる。
ノイエンドルフ王国の第二王子。窮地に陥ったアナイスを救った優しい人物だが実は──?!
試し読み
序章 王女の処刑
一段。また一段。
私は裸足で石段を上がってゆく。
ノイエンドルフ王国の王都中央広場では、五年にわたった戦争が終結し、敵国王家の処刑が行われていた。
狂乱した広場には民衆が押し寄せ、正気とは思えない光を宿した目で処刑台を見上げている。拳を天に振り上げ、罵声を浴びせ──。
我がレニエ王家が、いったい何をしたというの?
彼らにそう尋ねても、きっとろくな答えは返ってこないだろう。
民というものは基本的に富める貴族や王家を憎み、自分たちの身に理不尽な何か──今回なら戦争による飢餓や家族を兵士として取られたという恨み──があれば、〝攻撃していい存在〟に怒りをぶつけなければ気が済まないのだ。
彼らの生活を自由に左右できる王族や貴族。その存在は民からすれば、あまりに巨大すぎて、中に一個人がいるなど考えも及ばないのだろう。
だから私とお兄様に優しく、愛妻家で国を誰より愛していたお父様が処刑されても、彼らは心を痛めないのだ。
最近気になる方ができて、嬉しそうに手紙をしたためていたお兄様が、引っ立てられて断頭台に首を載せられても、彼らは面白いショーが行われたかのように喝采を浴びせる。
お母様は、捕らえられる前に城で自害された。
ノイエンドルフ王の目的──お母様を側室にすること──を知っていたからこその、ご決断だったのだと思う。
最初こそお母様は、自分がノイエンドルフに向かえば戦争が終わるのでは……、と仰っていた。しかし誰より深くお母様を愛していたお父様は、最後までそれを許さなかった。
そしてお兄様のご活躍により、ノイエンドルフ王は討ち取られた。
あと一歩で戦争に勝つというところで、お兄様はノイエンドルフの第一王子ルーカスに倒された。互いに顔を知っていて、親友のような関係だったというのに、レニエ王国とノイエンドルフ王国は互いの血を流したのだ。
王を失い、ノイエンドルフ王国では新しく第一王子ルーカスが王座につこうとしている。
牢獄に囚われたお父様は、私の目の前で処刑された。最期まで堂々と前を向き、立派だったと思う。
お兄様は粗末な格好をして断頭台に首を置き、ジッとエメラルドグリーンの瞳で民衆を見据えていた。
これから私も、レニエ王家の誇り高き王女として処刑される。
国王の処刑が終われば、王子と王女の処刑が同時に行われるのだ。
お父様の首を奪った断頭台は血に濡れていた。その隣にある火刑台は、女性である私のためのものだろう。
処刑台の上には騎士たちが並び、目元を隠したヘルムからは何も感情が窺えない。
もう民衆の罵声も何も聞こえない。
頭にあるのは、この苦しみが終われば優しい家族の元へ行けるという思いのみだ。
粗末な生成り色のワンピースを着せられた私は、吹き荒ぶ風にストロベリーブロンドの髪をなびかせる。
家族が綺麗だねと褒めてくれたこの髪は、火刑と共に燃え尽きてしまうのだろう。
私は、自分の見た目を結構気に入っていた。
ふんわりとしたストロベリーブロンドは、世にも稀な色のようで、見る人みんなが褒めてくれる。エメラルドグリーンの瞳も、大好きなお母様から受け継いだ色だ。
少し大きすぎる胸こそ恥ずかしくてコンプレックスだったものの、スタイルだって悪くないと思う。
願わくば、二国が平和なままであったなら、嫁いだだろうルーカス殿下に優しく愛されたいと望んでいた。女としての幸せを得たかった。
──けれど、それはもう儚い泡となって消えてしまう。
彼にとって私は、憎い敵国の王女なのだから……。
火刑台に私の手足が縛られ、油を撒くために処刑人が動き出す。
巻物を持った者が私とお兄様の罪状を読み上げるのを、私はぼんやりと聞いていた。
戦争なんて起こしたくて起こしたんじゃないわ。ノイエンドルフの王が私のお母様を無理に求めようとしなければ、二国は仲良くやれていたんじゃない。私の国は、私の家族は、絶対に悪くない。
きっぱりと唇を引き結び、私は油が撒かれる様子を見やる。松明を持った男が歩み寄り、進行人の声を待つ。
──あぁ。私は死ぬのね。
──焼かれて、美しいと讃えられた肌も髪も目も、すべて燃えてただの肉塊となる。
──怖くないわ。……怖くないったら。
──これで両親のもとへ行けるもの。
──だから……、どうか私に勇気を。
目から涙がこみ上げ、頬を濡らしたとき──。
「その処刑を中止しろ!!」
凛とした男性の声が聞こえたかと思うと、その場にいた全員がざわつき始めた。
足音も荒く処刑台に上がってきたのは、ノイエンドルフ第二王子のフィオン殿下だ。走ってきたのか、金髪は乱れ、呼吸も荒々しく私のもとへ駆けつける。
磨き上げられたブーツが油に濡れるのも構わず、フィオン殿下は私を縛っている縄をナイフで切った。
「で、殿下。しかしジョシュア殿下とアナイス王女の死刑は決められておりまして……」
困惑する処刑進行人に、フィオン殿下はなぜか酷く怒って巻物を投げつけた。
「そこに撤回の文面が書いてある! 黙って受け取って読み上げろ!」
びっくりして固まっている私に、フィオン殿下は打って変わって優しい声で言う。
「アナイス王女。長きに渡る盟友であるはずの我が国の裏切り、ここにお詫び致します。積もる話は後にして、今は早くここを離れましょう」
そして彼はヒョイッと私を抱き上げると、断頭台から下ろされたお兄様に頭を下げた。
「ジョシュ。君には申し訳ないことをした。そしてさせてしまった。これから辛い時間があり、君は王子らしからぬ場所で過ごすだろう。しかし希望は潰えていないと信じてほしい」
牢獄でさんざん痛めつけられたお兄様は、整った顔に痣を作り、体も痩せて痛々しい。それでも手枷と足枷の鎖を外され立った姿は、一国の王子のものだ。
私と同じ色のエメラルドグリーンの瞳でフィオン殿下を見て、お兄様は微かに笑う。
「すべて君に任せよう、フィン。〝その時〟が来るまで、僕は耐え抜いてみせるとも」
小さく頷き合い、フィオン殿下は私を抱いたまま刑台を下りる。お兄様も続き、三人は馬車に乗り込んだ。
渦巻く民衆の不満の声を後ろに、馬車は軽やかな蹄の音をさせて進んでゆく。
「ああ……、華奢な肌に縄の跡がついていますね。お可哀想に」
私を膝の上に乗せたまま、フィオン殿下はあろうことか私の手首に口づけてきた。
「なっ……!」
バッと手首を胸元に引き寄せ、私は唇をパクパクと喘がせる。
「なに……を、するのですか」
「あなたの身柄を引き受けます。死ぬよりいいでしょう?」
目の前で、晴れ渡った空のような青い瞳が私を見つめる。サラリとした金髪が綺麗……と思いかけ、私は首を振る。
「わ……私は死ぬ覚悟をしていました! 慰み者になるぐらいなら、王家の娘として潔く散らせてください!」
彼の腕を振りほどき離れようとしても、細身な印象なのにびくともしない。圧倒的な筋力の差に、なぜだか急に恥ずかしさを覚えた。
それでも尚も暴れていると、グッと顎を掴まれる。
青い双眸が目の前に迫り、低く囁かれた。
「こんなに震えている癖に、死ぬ覚悟があったなんて言うな」
「……えっ」
言われて自分の体を顧みてみれば、全身が酷くガタガタと震えていた。頬は涙で濡れ、歯の根も合わない。
「……怖かっただろう。……本当にすまない……」
フィオン殿下は私をギュウッと抱き締め、背中をポンポンと撫でてくれる。温かい掌を背中に感じれば、両親に抱き締められた記憶を思い出す。
「……うっ……、ふ、……うぅっ……」
食い縛った歯の間から絞り出すように嗚咽が漏れ、私は馬車が停まるまでフィオン殿下の胸の中で泣いた。
お兄様はとうに気絶し、馬車のシートにもたれかかって目を閉じていた。
第一章 囚われの姫と暗殺未遂
つれて来られたのは、まだ戦後の疲弊を強く窺わせるノイエンドルフ城だ。
フィオン殿下は私をしっかり抱いたまま、階段を上がり婦人用の部屋で私を下ろした。
「侍女が来ますから、とりあえず身なりを整えてください」
その頃になると、馬車の中で見せた親しさはどこかへ、フィオン殿下は丁寧な口調に戻っていた。
「私は……どうなるのですか? お兄様は?」
私の問いに、フィオン殿下は穏やかに微笑み答える。
「もともとノイエンドルフとレニエの間には、生まれた王子と王女を結婚させるという約束があったでしょう。戦争が起こってしまいましたが、あなたさえ兄上の妻になり従うというのなら、レニエ王家の最後の生き残りとして目を掛けましょう……という話です。ジョシュア殿下については、我が国の国王を討った人物なので、まだ牢にいて頂かなくてはなりません。処刑はされないものの、囚われの身になるのは仕方ありません」
「ルーカス殿下の……妻に……。お兄様は……また牢に……」
そう呟き、私は一応安堵の息をつく。
死は回避されたのだ。それを思えば、お兄様が牢に戻っても、私が望まない人の元へ行っても、まだ望みはある。
戦争が始まる前にお会いしたルーカス殿下は、フィオン殿下とよく似た、金髪碧眼の美男だ。まじめで国のことをよくお考えの方だった記憶がある。言葉を交わした時は、隣国の王子と王女という関係でしかなかったけれど、それとなく将来を意識し合った仲だった気がする。
私は彼に気に入られようと努力したけれど、何が悪かったのかルーカス殿下にあまり好かれていなかった記憶がある。高貴でとっつきにくいルーカス殿下を、控えめに想いながらもどう接していいのか分からなかった。
けどいつかは指輪を交わし、お互い分かり合いながら夫婦になってゆくと思っていたのだけれど──。
そんな彼に家族の命を奪われ、私自身も死にかけただなんてショックが大きすぎる。
それでもいずれ結婚を……と言われていたお方なので、寸前で私の処刑を止めてくださったに違いない。感謝しなければ。
「そうですよね……。私はもともとルーカス殿下に嫁ぐ予定でした。本当に戦争さえなければ、私はノイエンドルフ王家に正式に迎えられていたのだと思います」
人の気配がしたかと思うと、私より少し年上の侍女が控えていた。
「彼女はハンナ。これからこのノイエンドルフ城で、アナイス姫の身の回りの世話をします。誠心誠意アナイス姫にお仕えしますので、ハンナのことをどうぞ信頼してください」
ハンナを見ると、栗毛に茶色い目の彼女はお辞儀をしてみせた。
「アナイス様、これからお手入れをさせて頂きます」
「ええ……、ありがとう」
牢獄での生活が一週間ほど続き、私はろくな食事も得られず髪や肌の手入れもされていない。今になってフィオン殿下に抱き上げられたのが恥ずかしくなったが、彼は特に気にしていないようだった。
「俺はこの部屋で待っていますから、アナイス姫はどうぞごゆっくり」
フィオン殿下はソファに座り、髪を掻き上げた。彼としても急いで王宮から処刑場まで駆けつけたので、お疲れなのだろう。
「さあ、アナイス様」
ハンナにいざなわれ、私はバスルームでたっぷりと湯を浴び、髪も肌もピカピカになるまで磨き上げられた。
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バスルームを出た部屋には、いつのまにかクリーム色のドレスが用意されてあった。
清潔な下着に身を包んだ私は、綺麗になったストロベリーブロンドを生かすようハーフアップに髪を纏められ、ドレスを身に纏う。
久しぶりに胴を締め付けるコルセットの感覚に、背筋が伸びる思いだ。ドレスの生地はとても高級で、肌触りがいい。要所にあるリボンやフリル、レースに小花柄のシフォンと、すべてが私好みだ。まだ肌寒い季節なので、仕上げに毛皮のマントを羽織ってお終いだ。
鏡の中の〝アナイス王女〟は、やつれているものの以前の風体を取り戻した。
「素敵ですよ、アナイス王女」
支度が調ってフィオン殿下の元へ行くと、彼は立ち上がって喜びを顔一杯に浮かべる。細められた目には素直な気持ちがあり、彼が私を歓迎してくれているのが分かった。
「では慌ただしいですが、参りましょうか。兄上がお待ちです」
「はい」
窓の外はもう夕暮れを過ぎていて、王宮のあちこちに明かりが灯り、庭には篝火が燃えている。
処刑は正午から始まっていたので、本当に驚くべき急展開だ。
フィオン殿下が廊下を進み、そのあとを私もついて歩く。さらに後をハンナ、そして護衛なのか見張りなのか、衛兵が二人ついてきた。
黒と白のタイルが続く廊下は、永遠に続くような気がした。両側に扉が沢山あり、明かりが幾つも灯っている。春が終わったばかりでまだ寒く、廊下の途中に作られた暖炉には火が燃えていた。
どこかかつてのレニエ城を思い起こさせ、胸の奥がギュッと締め付けられる……気がした。でも私の気持ちはすでに麻痺していて、国が破れたことや家族の死を上手に受け止めきれていない。
十九歳と言えば立派なレディで、嫁いで子をなす年齢だ。けれど思い描いていた幸せは訪れず、私はこれから敵国の城で囚われの身となるのだ。
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