【2話】亡霊騎士と壁越しの愛を
■第一章
古くから、魔法使いを生み出してきた国『ヘイム』。この国の民は皆高い魔力を持ち、魔法の扱いに長けてきた。
魔法――今は扱える者が少なくなったその不思議な力は、世界を構成する元素に直接干渉し、様々な事象を引き起こす事が出来るというものである。
火を灯し、水を出現させ、風を呼び寄せ、大地を隆起させる。そんな事を、魔法を使える者たちは軽く指をふるだけでやってのけるのだ。
人によって使える魔法の規模は違うものの、王族ともなると人を殺めてしまうほど強力な魔法を使えると言われている。
しかしヘイムの人々は、争いを好まぬ平和な者たちだった。むしろ世界から魔法が消えつつあると知ると、魔力なしで魔法を扱う事が出来る道具『魔導具』を創り出し、その生成によってヘイムは長いこと栄えてきた。
ヘイムの人々が作る魔導具は、生活に寄り添うものが主だ。明かりを灯すものから電気を蓄えるもの、近頃は映像を記録するものやそれを映す特殊な鏡、触れるだけで音楽を奏でる蓄音機や馬より速く走る『魔導車』という乗り物など、便利な道具が次々発明されている。また魔導具には武具の類いもあるが、戦争の火種になるからと大きな兵器は決して作らない。
それもまたヘイムの人々が世界の平和を願っているからだが、残念ながら穏やかで優しい国民を近頃は脅かそうとする者も多い。
魔法の魅力に取り憑かれ、その力を狙おうとする者はいつの時代にも現れるのだ。
そして運が悪い事に、王女ミシェルは生まれてすぐ悪しき者たちに目をつけられてしまった。
生まれた瞬間から、ミシェルの魔力はあまりに強大だった。微笑むだけで風が揺れ、泣くだけで大地が震え、ぐずれば天から星が降るほどだったのだ。
その魔力を奪おうとした魔法使いの手によってミシェルが攫われたのは三才のときだ。
魔法使いは彼女を攫うと、逃げ出せないよう日の光に当たると激痛が走る『太陽の呪い』をかけ、ミシェルの魔力を強引に剥ぎ取ったのだ。
運良くすぐ助けられたものの剥ぎ取られた魔力は元に戻せず、魔力の枯渇が原因で太陽の呪いも消えずに残ってしまった。あげく、月に一度は熱が出て倒れてしまうほど身体も弱くなったのだ。
その上感情が高ぶると勝手に魔法が発動してしまい、自分では制御さえ出来ず自由に魔法が使えなくなってしまった。
だから彼女は日の光が差し込まない城の奥で、心を乱さないように生きてきた。
魔法の暴発に関しては、父が開発してくれた魔導具によって押さえ込めるようになったが、身体の方は何年たっても良くならない。結果ミシェルは十八になるまで部屋からほとんど出る事もなく、社交の場に出るのもまれだった。
けれど部屋で過ごすのはミシェルにとっては当たり前の事だったし、長いこと感情を抑え込んでいた彼女は人とのコミュニケーションを取るのも下手なので、引きこもり生活自体は苦ではなかった。むしろ人と会うたび、自然と感情を内にこもらせてしまうミシェルは無口で表情が豊かではないため、周りは彼女を気味悪がった。
その上、外に出ないミシェルは極端に肌の色が白く、何より彼女はあまりに美しすぎたのだ。そこに夜にしか出歩かない体質が加われば不気味さは増し、人々は生き血を吸って生きながらえる空想上のバケモノ『吸血鬼』をミシェルに重ねるようになったのである。
そしていつしか彼女は『吸血姫』というあだ名で呼ばれるようになってしまった。両親は嘆き憤慨したが、ミシェル本人は内心喜び、おとぎ話の登場人物に例えてもらえるなんて光栄だとさえ思っていた。
引きこもりのミシェルは読書と音楽が好きで、中でも怪奇小説が大好きだったのだ。自分が人と違うからかもしれないが、彼女は不気味なものを好んでいた。中でも吸血鬼のお話は大好きだったから、むしろ光栄だとさえ思っていたのだ。
ミシェルがそんな有様なので両親も怒るに怒れなくなり、『吸血姫』という呼び名はすっかり定着してしまった。
お陰で縁談の一つも来ず、社交の場にもほぼ出ないので出会いもない。
とはいえミシェル自身が人と関わるのは嫌なので、文句はなかった。むしろこのまま城の奥でひっそり生き、ひっそり死んでいきたいとさえ思っていたほどだ。
しかしそんな平和な日々は、ある日突然終わりを迎えた。
「ミシェル、お前にぴったりの結婚相手が見つかった」
父が、突然そんな事を言い出したのである。