【試し読み】完璧女子!?をつかまえて~過保護にいっぱい愛されたい~
あらすじ
女子大生の小田原麻帆は、文武両道、容姿端麗、華道の天才――と、揃った「完璧女子」である。が、とんでもなく恋愛が下手で、泣いた恋愛数知れず――!そんな麻帆を支えているのは、隣家に住む年上の幼馴染「あっちゃん」こと琴平彰大。二人は傍から見たら「仲の良いカップル」なのだが互いにその自覚がない模様。なにせ、麻帆は彰大がイケメンであることに気が付いていないし、彰大は麻帆を妹のようだと思っている。ある日、性懲りもなく麻帆が新しい彼氏を作ったと言う。しかも、ネットで知り合ったらしい。その恋、大丈夫なわけがない! 彰大はお持ち帰りを阻止すべく立ちあがった! 麻帆は彰大の想いに気付くことができるのか!?
登場人物
容姿端麗で家柄も学歴も良い完璧女子だが、男を見る目がなく極度の恋愛下手。
麻帆の幼馴染。恋愛で失敗ばかりする麻帆を時には慰め、時には窘める兄的立場。
試し読み
◇プロローグ・完璧女子の失恋◇
その時、江戸時代から続く由緒正しい華道・文久小田原流の本部ビル七階にある大広間は、沈黙で満たされていた。
重苦しいほどの沈黙とはこのことか、と、末席に端座した琴平彰大は思ったが、それを顔にはださずじっと正座を続ける。
ここに集まった人々──文久小田原流のとても偉い幹部たちは、固唾を飲んで『彼女』を見ている。
一同の注目をものともせず、花ばさみがリズムよく茎を切り、蕾や葉が遠慮容赦なく落とされていく。
畳三〇枚はあろうかという広間が、なんともいえぬ花の香りで満たされる。
立派な大黒柱を備えた床の間の前にはバケツがいくつも並んでいて、そこに入っていた花材はすべて、一本残らず、彼女の手によって活けられた。
「できました。完成です」
凛とした声と共にすっ、と姿を現した作品は、花器から花や枝が四方八方に飛び出している、立体的で斬新なものだった。
剣山に適当にぐさぐさと突き刺した──としか、彰大には思われなかった。
だがしかし『華道の天才』との呼び声高い、由緒正しい『華道文久小田原流次期家元』である彼女が、適当に花を活けるはずがない。
活けた本人の表情をそっと伺えば、やはり、とてもとても満足そうである。ここ最近、活けても活けても満足がいかないと溢していたのが信じられない。
「あー……麻帆さんや……」
「パパ……じゃないや、家元、見てください。上手に活けられました」
当代家元・麻太郎氏は、眉間を揉み解しつつ我が娘と作品を見比べている。
彰大も、膝で作品ににじり寄って眺めてみた。
やはり適当に活けたとしか思えない。だが、凡人には理解しかねる天才的な感性の末生み出された作品なのかもしれない。
だから、華道家ではない彰大は意見をさしはさむことを控え、ううむ、と唸る程度にとどめておいた。
「ね、家元。どう? すごいでしょう?」
「来週からの展示会に、これを並べていいんだな?」
「もちろんよ! わたし、お花を活け始めて今年で一七年くらいたつけど、これが一番の出来だわ」
「本当に、本当に、これでいいんだな?」
ええ、と麻帆は胸を張ったが、座敷に、何とも形容しがたいため息がいくつも落ちた。
眉間の皺を揉み解しながら、家元が、彰大のほうへ膝を向けた。
「……彰大くん、これで『鑑賞ノート』を頼む。いや、無理なら断ってくれても構わない。今回ばかりは……」
彰大は、隣家の息子である。本業、作家。副業、大学講師。何かと忙しい小田原家を支えている執事……いや、長女・麻帆の子守係というか兄的立場というか。
近所で──いや、この市で一番の豪邸である小田原家に、突如として赤子の声が鳴り響いたのは彰大が一〇歳の時だった。
物干しざおに干されていたベビー服が風に飛ばされて彰大の部屋のベランダに到着したのをお届けに行ったとき、麻帆がぴたりと泣き止んだ。
黒目がちの瞳に吸い寄せられて麻帆の頭を撫でて以来、かれこれ一九年の付き合いになる。
「ぼくは曲がりなりにも物書きですし、鑑賞ノートを書くとお引き受けした以上、書けませんとは言いません。……しかし、家元」
「ん?」
彰大は、細身の銀縁メガネを押し上げて花をじっと見つめた。
「どれもこれも……生け花の作品で見たことのない花ばかりなんですが……」
なにせ、花器の上は真っ黒だ。いや、厳密には濃い紫であったり濃い茶色であったりするのだろうが、どうみても「黒い」のである。
黒いチューリップ、黒いバラ、黒いユリ、黒いカーネーション。このあたりは見た目で判断できる。
「……この、猫の顔のような、触手、いや、髭の生えたような花は……?」
お世辞にも可愛いとは言えない花が、作品の中央に鎮座している。作品の主たる花材はこれだと思われるが、肝心の名前がわからない。
「これは、東南アジア原産の花だね。麻帆、説明しなさい」
はーい、と可愛らしく返事をした麻帆がすっと立ちあがった。その瞬間、座敷が一瞬どよめいたのは無理もないだろう。
麻帆の突飛な行動には慣れている麻帆の父も、子守係の彰大も、一瞬動きをとめてしまった。
なにせ、麻帆が着ている黒地の着物、なんと、髑髏や十字架、散った薔薇がデザインされているものだったのだから。
「あー、麻帆さんや……その斬新な着物はどうしたんだね?」
「これ、彼とおそろいなの」
彼、という単語に、麻帆は自分でうっとりし父は眉を吊り上げ母は頭を抱えた。
「まだあの男と交際をしているのか!」
「うん」
メールなら間違いなく、語尾にハートがいくつも並んでいるに違いない。
「お友達として、だろう?」
「彼氏彼女の関係だけど、まだデートは三回だけなの。それも、ぎゅーってしてもらっただけだし」
「ぎゅ、だとぉ!? 我が小田原家の娘と知っていての所業か!」
「パパ、落ち着いてよ。もー……。それも、あたしからオネダリしてやっと触れた感じ? もう、そそくさと顔を背けちゃって……」
可愛いんだからぁ、とくねくねする麻帆に、同情とも哀れみともつかぬ視線が突き刺さる。
彰大は、その彼氏にちょっとだけ同情した。
なにせ麻帆は、完璧な美貌と完璧なスタイルの持ち主なのだ。長い手足に大きな胸、しかし健康的に引き締まった身体はさわやかさすら感じさせる。
そこらのタレントやモデルが霞んでしまうほどに美しく、道行く人が次々と振り返る。
形の良い眉と長いまつ毛に縁どられた大きな目がとくに印象的だが、陶器のような白い肌にピンクのふっくらした唇、すべてのパーツが卵型の顔にバランスよくのっている。
その圧倒的な美貌を前にしたら、平々凡々な男の腰が引けてしまうのも、頷ける。
それはともかく、その麻帆が着ている着物の柄を見てから生け花を見れば、わからなくもない。
彼氏は、なにやらパンクなバンドのメンバーであるらしい。
週末ともなると、駅前広場で大音量の音楽を流して、頭をぶんぶん振り回している。そんな彼に麻帆が興味を持ち、猛アタックの末お付き合いするに至った。
そんなパンクな彼に感化された結果、麻帆の着るものが髑髏柄になりネイルやメイクが黒や赤っぽくなり、生け花が真っ黒になった──らしい。
「まっ、麻帆ちゃん!?」
「ん、なーに? ママ」
「さっきその着物……おそろいって言わなかったかしら?」
「うん、おそろいだよ! 特注品! この世に二つしかないんだよ」
彰大も、ぎょっとして麻帆の肩を掴んだ。
「まさかとは思うが……麻帆、落ち着いて答えるんだ」
「あっちゃん、真剣な顔してどうしたの?」
「貢い……いや、彼氏に、その着物をプレゼントしたのか?」
うん、と。満面の笑みが弾けた。
その笑顔はたとえようもなくまぶしいが、彰大は天井を仰ぎ、父の麻太郎は目を剥いたまま硬直してしまった。
決して安くはないオーダーメードの着物をプレゼントする麻帆も麻帆だが、受け取る方も──。
「麻帆! すぐその男に電話してみろ」
「へ? なんで?」
「あー……その、彼氏をイメージしてお花を活けました、って知らせてやれ。きっと喜ぶ」
うきうきとスマホを手にする麻帆。だが次第に、その笑顔が曇っていく。
必死で端末を操作する麻帆の目から、たちまち涙が溢れる。
ひっくひっく、と啜り泣くその姿から想像される単語は一つのみ。
「……あっちゃん……」
麻太郎が、彰大の肩をぽんぽん、と叩いた。
「おじさん!?」
「後は頼んだ!」
「そんな! ねぇ、おばさんも、母親ならちょっとは……」
麻帆の母も祖母も、おほほ、とわざとらしい、しかし引き攣った笑顔で顔を背ける。
「あっちゃん、よろしくねぇ」
麻帆は、両親の冷たい反応をものともせず、畳の上にぺたんと座って幼稚園児のように大泣きしている。
琴平彰大、二九歳。
彼のもう一つの役割は、『失恋した麻帆の慰め係』なのである。
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