【試し読み】もふもふな幼なじみと素直になれない恋心
あらすじ
幼いころのルーカスは弱虫でレイチェルの後ろで泣くことが多かった。しかも彼は人間と兎族とのハーフで、感情によってウサギになってしまったりする。レイチェルはそんなルーカスの世話をずっと焼いていた。ところがいつの間にかルーカスはレイチェルよりも大きく、強くなり、今では騎士団に所属する立派な騎士だ。しかも優しげな顔立ちで整っている上、ウサギの姿になって場を和ませるため女性たちの間では大人気だ。好きなのに、モテモテのルーカスを見ると素直になれない。優しくされてもつい意地を張ってしまう。そんなある日、レイチェルの態度にルーカスが珍しく声を荒げて怒り出し、そして強引にキスを!――もふもふウサギ物語第三弾!
登場人物
幼馴染のルーカスのことが好きだが、軟派な行動で女性にちやほやされる姿につい嫌味を言ってしまうことも…
人間と兎族とのハーフ。幼い頃は弱虫でよく泣くためレイチェルに庇護されてきたが、立派な騎士へと成長。
試し読み
プロローグ
サク、サク、と静かな森の中に足音が響く。
自分の腕にしがみつく幼なじみのルーカスと一緒に、レイチェルは目印となる場所を求めて歩いた。
青々と茂る木の葉の間から差し込むわずかな光は、二人の幼い子供たちには心もとない。
「ねぇ、レイチェル。ここどこ? 早く帰ろうよ」
ルーカスが怯えた様子でレイチェルの腕を引っ張る。
彼女は自分が泣きたい気持ちをなんとか呑み込んで、彼の手にそっと触れた。
「わからないけど、あまり動かないほうがいいわ。ルーカスのお父様に教わったでしょう? 行き先もわからないまま歩いていても疲れてしまうだけよ。それに、きっと今頃、みんな私たちを捜しているもの。この大きな木の下で待ちましょう」
「でも、ここは暗くて怖いよ……帰りたいよ……」
レイチェルが一生懸命慰めようとするが、ルーカスはとにかく怖がっている。
その証拠に、彼のふわふわの髪の毛からぴょこっと長いうさぎの耳が生えた。ぷるぷると震えて大きな瞳いっぱいに涙を溜めている。
「ルーカス、大丈夫。大丈夫だから、泣かないで」
レイチェルの幼なじみ、ルーカス・ラインマイヤーは特殊な体質の持ち主だ。
彼は兎族の母親と人間の父親の間に生まれたハーフで、うさぎに変身することができる。彼の兄であるアベルも同じ体質だが、ルーカスは兄よりも頻繁にうさぎの姿になっていた。
というのも、感情の浮き沈みがうさぎ姿に変身してしまうきっかけになるらしいのだ。
この幼なじみは根っからの弟気質で甘えん坊。同い年のレイチェルが呆れてしまうほどに怖がりの臆病者で、感情の振り幅が大きい。
ちょっとしたことでもすぐにうさぎに変身してしまって困る──そう、ルーカスの母が言うのを聞いたことがあった。
「……父上、母上……どこ……キュッ」
ルーカスはぷるぷると小刻みに震え、とうとう泣き声を上げたかと思うと、ぽふっともこもこの毛玉に変身してしまった。
茶色と白が混ざった毛色で、ハチワレの顔が特徴的な小さなうさぎ。レイチェルはしゃがみ込んで彼を抱き上げ、木の根に腰を下ろした。
「ルーカス、大丈夫だよ。私が一緒にいるからね」
薄暗い森の中で不安なのはレイチェルも同じだ。しかし、人間の姿を保てないほど怯えているルーカスを見ていると、自分が守ってあげなくてはいけないと思えた。
それに、可愛らしいうさぎ姿には癒やされる。彼が怯えているのに不謹慎かもしれないが……迷子になって不安な気持ちが少し和らぐ気がした。
「ごめんね、ルーカス。私が追いかけっこに夢中になっちゃったから……」
レイチェルは自分の不注意を謝罪する。
慣れない土地で走り回ってしまい、彼女を追っていたルーカスと一緒に森の中に迷い込んでしまった。
レイチェルは昨夜から、ルーカスとともにラビアルグ王国の国境付近にある兎族の村に滞在している。彼の母方の実家に預けられているのだ。
理由はふたつ。ひとつはレイチェルの父親が騎士団の仕事で遠征中であるから。もうひとつは母親が予定よりもかなり早く産気づいてしまったため。
近くに住んでいる彼らは、よくお互いに子供を預け合っているが、今回はルーカスの父親も遠征先へ赴いているので、彼の母親は二人の兄弟とレイチェルを一人で抱えることになってしまう。さすがに大変だということで、馬車を手配し、みんなで彼女の実家へやってきたのである。
レイチェルの父親にはすでに連絡がいったので、間もなく娘を迎えにくるだろう。
そして、二人がいなくなったことに気づいたルーカスの母親も……
レイチェルがぎゅっとうさぎルーカスを抱きしめたとき、その耳がピンと立ち、彼がぴくぴく鼻を動かしながら顔を上げた。
レイチェルがその様子に気づくのとほぼ同時にカサカサと落ち葉が擦れる音が聞こえ始める。
だんだんと大きくなるその音は、間隔が短く急いでいるようだ。
レイチェルは音がする方へ顔を向け、目を凝らした。
ぴょこぴょこと丸い毛玉が跳ねながら近づいてくる。真っ白なもふもふには長い耳が生えていて、彼女はホッと胸を撫でおろす。
ルーカスよりも大きな身体のうさぎは、レイチェルのもとへ到着するのと同時にぼふっと人間の姿に変わった。
「レイチェル、ルーカス! もう、心配したのよ。こんなに遠くまで……」
「ご、ごめんなさい」
「母上!」
レイチェルが謝ると、ルーカスも人間の姿に戻り、母親に抱きついた。
「ルーカス、貴方はまたうさぎ姿になって……レイチェルを守ってあげなければいけない立場でしょう? もっとしっかりしなくてはダメよ」
ルーカスの母親は息子を抱きしめて背を撫でつつも、困ったようにため息をつく。
「ごめんなさい……でも、怖かったんだ」
「それはレイチェルも同じでしょう?」
涙で濡れた頬を両手で包み込み、彼女はルーカスの目を覗き込んだ。
「うん……レイチェル。ごめんね。僕、頼りなくて……」
母親に促され、ルーカスはレイチェルに向き直ると、しょんぼりとした様子で謝罪の言葉を口にする。
「こんなんじゃ、父上みたいな立派な騎士になれないよね……」
「そんなことない。ルーカスのうさぎ姿は可愛くて、不安な気持ちを和ませてくれたわ。強くなるのはこれから訓練すればいいの。でも、うさぎ化はルーカスの特技で、皆にできることじゃない。その特技を生かす方法もきっとあるよ」
落ち込む幼なじみを励ますため、レイチェルは一生懸命うさぎ姿の利点を考えた。
「ジャンプしたり、小さい身体で素早く走ったり、それに……そう! みんなを笑顔にできるんだから! しかめ面の騎士様はちょっと怖いもん。可愛いうさぎ姿でみんなを癒やすのも、大事な仕事よ。ルーカスはきっと立派な騎士になれるわ」
ルーカスは目を丸くしながらレイチェルの熱弁を聞いていたが、すぐに笑顔になり、彼女に抱きついた。
「ありがとう。レイチェル……大好き!」
もふもふな幼なじみと素直になれない恋心
「きゃ~! 可愛い!」
レイチェルが通りを歩いていると、女性たちの色めき立った声が聴こえ、彼女は顔を顰めた。騒ぎの元は彼女の目的地──城下町にある騎士団の駐在所だ。
何か問題が起こったときに人々が駆け込める建物。そんな場所にはふさわしくない浮ついた声に、レイチェルは眉根を寄せて駐在所を覗き込む。
「ルーカス様、可愛い~!」
「ああ~ん。もふもふ! 柔らかいのが癒やされますわ」
そこでは、身なりの良い令嬢二人が机の上の丸い毛玉をうっとり撫でていた。
茶色と白のもこもこした毛に長い耳、鼻の部分が白いハチワレのうさぎ──ルーカスだ。
(またやっているのね……)
背を撫でられて気持ちよさそうな表情をして、尻をふりふり揺する。その仕草に、令嬢たちがさらに興奮してキャッキャッと喜んだ。
レイチェルはムッとして大股で彼女たちが群がる机に近づき、持ってきた竹籠をドンッとうさぎの脇へ置く。
令嬢たちは突然現れたレイチェルの不機嫌な表情を見て眉を顰めた。
「まぁ……なあに、貴女? びっくりしたじゃないの」
「乱暴な振る舞いね。はしたないわ」
二人が唇を尖らせて言うのを睨みつけてから、レイチェルはルーカスにも厳しい視線を向ける。
「ここはうさぎを愛でる場所ではないの。駐在所でこんなふうに騒ぐのは感心しないわね」
「まぁまぁ、レイチェル。そんなに怒らないで。この二人はひったくりにあって被害届を出しに来てくれたんだ。怖い思いをしたから、うさぎ姿で和んでもらっただけだよ」
ルーカスは人間の姿に戻ると、レイチェルの肩を抱き寄せて片目を瞑る。
幼い頃はレイチェルのほうが大きかったのに、いつのまにか見上げなければならないほどに背が伸びた幼なじみ。騎士にしては細身だが、肩幅も広いし首も太くて男性らしさも兼ね備えている。
中性的な顔立ちに大きな瞳。清潔感のある茶色の短髪、甘いマスクと可愛いうさぎ姿、その上親しみやすい笑顔と気さくな性格で女性に人気の好青年である。
「ルーカス様のお知り合いなのですか?」
令嬢の一人がレイチェルを訝しげに見た後、眉を下げ潤んだ瞳をルーカスに向ける。
彼女もルーカスに落ちた一人なのだろう。
「うん。俺の幼なじみで、将来のお嫁さんだよ~!」
ルーカスがそう言うと、二人の令嬢は揃って不満げな悲鳴を上げた。
「ルーカス! 貴方って人はまた──」
ラビアルグ王国の厳格な騎士団の一員とは思えないへらへらした態度。冗談ばかりの幼なじみにレイチェルが声を上げると、ルーカスは彼女の腰をぐいっと力強く引き寄せて胸に抱きしめた。顔が彼の胸板に押しつけられて言葉が途切れてしまう。
見た目は細くとも、密着すれば逞しい胸板を感じられる。レイチェルは耳まで真っ赤になりながらあたふたと手をバタつかせた。
「そんなわけで、彼女が差し入れを持ってきてくれたから、俺はこれから休憩。本部には連絡して警備を強化したから、安心して。犯人が捕まったら連絡するね。捜査へのご協力ありがとう」
ルーカスはそう言ってひらひらと書類をはためかせ、レイチェルが持ってきた籠を腕に引っかける。もう片手で再び彼女の腰を抱き、駐在所の奥の部屋へ入った。
すれ違いで表へ出る同僚の騎士に先ほど令嬢たちに書かせた書類を渡すことも忘れない。
レイチェルを促す腕の力も強く、彼女は押し込まれるまま休憩所として使われる部屋に足を踏み入れる。
ルーカスはレイチェルをソファに座らせ、自分もその隣にぴたりとくっついて腰を下ろした。
「わ~、今日はクロワッサンじゃん! おいしそ~」
テーブルの上にレイチェルが持ってきた差し入れを広げ、目を輝かせる。
「ちょっと、ルーカス!」
バターと苺のジャムを挟んだクロワッサンを掴もうとする手を叩き、レイチェルは彼を睨んだ。
※この続きは製品版でお楽しみください。