【試し読み】過保護な副社長の溺愛独占欲は解けない魔法

作家:花音莉亜
イラスト:稲垣のん
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2020/4/21
販売価格:600円
あらすじ

大手飲料メーカーに勤める杏は上司から普段頑張っているご褒美に船上パーティーのチケットを貰った。しかし豪華客船に集うセレブたちの雰囲気に圧倒され、落ち着こうとデッキへ。そこで甘いルックスの男性・亮一から心配そうに声を掛けられ一緒にパーティを過ごそうと誘われる。王子様のようにスマートで優しい亮一のエスコートに杏は夢のような時間を楽しむが、彼に惹かれるのを振り切りその場をあとに。けれど偶然、職場近くで亮一に再会! 彼が大企業の副社長と知り杏は立場の違いに距離をとろうとして──「今度は、逃げちゃダメだよ」亮一からの積極的なアプロ―チ。過保護で独占欲の強い彼との甘い時間。なのに亮一の元カノが現れて!?

登場人物
嶋田杏(しまだあん)
上司にもらったチケットで船上パーティーに参加。亮一のエスコートにより夢のような時間を過ごす。
下山亮一(しもやまりょういち)
優しく、立ち振る舞いもスマート。再会した杏に積極的なアプロ―チをし独占欲の強い一面を見せる。
試し読み

嶋田しまださん、このチケットを貰ってくれないか?」
 業務終了後、杉山すぎやま課長から声をかけられ、退社準備をしていた手が止まった。課長から差し出されたものは、船の写真が印刷されているチケットだ。
 それも、有名な豪華客船の写真で、思わずチケットを凝視してしまった。
「課長、これはなんでしょうか?」
「船上パーティーのチケットなんだ。実は取引先から、いただいたものでね。明後日あさって、日曜日に開催されるものなんだけど、俺は急遽仕事が入ってしまったんだよ」
 がっくり肩を落とした課長は、心底残念そうにチケットを眺めている。これ自体、非売品と書いてあるし、装飾の感じからして特別なもののようだ。
「パーティーに参加できない、ということなんですよね? でも私がいただいて、いいんでしょうか? これって、まさかVIP向けとか……?」
 恐る恐る課長を見ると、彼は首を傾げた。
「もしかしたら、そうかもしれない。俺も、参加したことがなくてね。人脈作りには、もってこいだと思ってたんだ。無駄にするのは勿体ないから、嶋田さんに行ってもらえたらいいと思って」
「私に……? 本当の本当に、いいんですよね?」
 そういえば、この船は十日間ほど日本に停泊して、世界一周の旅に出るとテレビで報道されていた気がする。
 その間に開かれるパーティーということなら、参加する人たちもステータスの高い人が多そうだ。
 部長や別の課の課長が行くならまだしも、私のような一般社員でいいのだろうか。不安に思いながら再度確認すると、課長は大きく頷いた。
「もちろん。嶋田さんは、普段とても仕事を頑張ってるじゃないか。そのご褒美だ。思い切り楽しんでおいで」
「課長……。ありがとうございます」
 そんな風に言われたら、受け取るしかない。嬉しさを感じながら、課長からチケットをもらった。
 課長はホッとしたように、笑顔を見せてくれる。私は課長の気持ちに、はにかんだ笑みで答えた。
 杉山あつし課長は、去年から私が所属する営業部へ配属された。大手飲料メーカーである「コウノ飲料」の本社で、課長はとても有名な存在だ。
 三十歳独身の課長は、紳士的で気遣いのできる人。語学が堪能らしく、海外勤務を希望していると噂されていた。
 営業成績もよく、今でも頻繁に海外出張に出かけているので、課長の海外赴任は来年ではないかと言われているほどだ。
 課長は部下のことをよく見ていて、とても信頼が厚い。仕事に不器用で、なかなか会社から高評価を得られない私のことを、「同期が一段飛ばしで進んでいる中で、嶋田さんは一歩づつ確実に進んでいるよ」と評価をしてくれたことがある。
 お陰で、自信をなくしかけていた私の心は前向きになれたし、その同期が仕事に息切れして退職していく中で、私はこうやって頑張れている。
 杉山課長は私の尊敬する上司だし、その上司の頼みならパーティーに行くしかない。どんな雰囲気のものなのか緊張するけれど、せっかくだから楽しんでこよう。

「なんだか、凄い人たちばかり……な気がする」
 日曜日の十八時から始まった船上パーティーで、私はただ圧倒されるばかりだった。船が停泊しているのは、オフィス街のある中心部から、車で二十分ほどの場所にある港だった。船に入る前から、駐車場には高級車ばかりが並び、乗船する人たちからは今まで見たことのないオーラが放たれている。
 ドレスコードを確認すると、カジュアルでなければOKとのことだったので、以前友人の結婚式で着たピンクのドレスを身に着けてきた。
 だけど、そんな私が子供っぽく見えるほど、ゲストの女性たちのドレスやアクセサリーは高級そうなものばかりだ。
 ほとんどがパートナー同伴で、一緒にいる男性もスーツを着こなしセレブな雰囲気だった。
 入口でチケットを見せホールに入った瞬間、脳裏を過ったのは〝場違い〟の三文字。とても、楽しめる雰囲気ではなかった。
「しかも、みんな知り合いっぽいし……」
 顔を合わせるたびに、歓声が上がり近況報告をしている。ちらちらと聞こえてくる限りでは、大企業の御曹司やスポーツ選手が多い。
 一緒にいる女性は、その人たちの奥さんや恋人だ。
(あ、あの人……。有名なサッカー選手じゃない!)
 隣には、つい最近メディアで熱愛が発覚した女優さんがいる。周りを見れば見るほど、自分はここにいるべき人間じゃないと思ってしまった。
「課長から、楽しんでおいでって言われたのに……」
 もし課長なら、この場を有意義に過ごせたのだろうか。そう考えると、申し訳なくなってくる。
 だけど、パートナーも肩書きもない私では、とてもこの場をやり過ごす自信はなかった。誰からも話しかけられなければ、こちらから声をかける勇気もない。
「ちょっと、冷静になろう」
 人の集まりから抜けると、階段で上のデッキへ向かう。この船は、デッキが十二層あるらしい。だけど、このパーティーではデッキ三までしか開放されていないとか。
 それでも十分すぎるほど広くて、レストランやラウンジ、それにシアターも上映されていると聞いているけれど、どこも利用する勇気がない。
「風が気持ちいい……」
 デッキへ上がると、海の風が頬をかすめてくる。すっかり陽は沈んで、海は真っ暗にしか見えない。それでも、デッキはイルミネーションが施されて明るい。
 しばらくここで、時間を過ごそうか。どこかで食事を……とも思うけれど、一人は嫌だな……。手すりにうなだれ、漆黒の海を眺めていたときだった。
「大丈夫?」
 ふと男性に声をかけられて、慌てて振り向く。すると、そこにスーツ姿の姿勢のいい男性が立っていた。一瞬、息を呑むほど整った顔立ちをしていて、甘いルックスの中にも男性らしさのある人だった。
 背が高く、肩幅が広い。すっかり圧倒された私は、彼に会釈するのが精いっぱいだ。
「気分悪い? 医務室へ案内しようか?」
「えっ? いえ、大丈夫です」
 なんで体調不良と勘違いされているのだろうと考え、自分がこんなところでうなだれていたからだと気づく。
 眉を下げて心配そうな顔をする彼に、私は急いで弁解した。
「実は、パーティーの雰囲気に気圧されてしまって……。ここで、時間を潰していたんです」
「そうだったのか。誰か、一緒に参加している人はいないのか?」
「はい。会社の上司からもらったチケットだったので。一人で参加しているんです」
 一人でこんな場所にいると、人に心配をかけるようだ。どうしても馴染めないなら、おとなしく帰ったほうがいいのかもしれない。
「そういうことか。それは心細いな。失礼だが、会社はどちら?」
「コウノ飲料です」
「コウノ飲料か。大手の飲料メーカーだな。俺も、よく購入させてもらっているよ」
 彼は口角を上げると笑顔を見せてくれる。なんて優しい人だろう。
「本当ですか? ありがとうございます」
 こういうとき、せめて会社だけでも知名度があってよかったと思う。やっぱりここには、課長クラス以上の人が参加するべきだった。
「新商品は、毎回チェックしてるから。それじゃあ、せっかくだから俺とパーティーを回ってみないか?」
「え? で、でも……」
 彼の親切心には感謝でいっぱいだけれど、彼こそパートナーはいないのだろうか。とても一人で参加しているようには見えない……というか、女性が放っておくはずがない。怪訝な顔で見ていると、彼は苦笑した。
「怪しまれてる? 大丈夫だよ。俺もパートナーがいなくて、一人でウロウロしていたから」
「い、いえ。そんな、怪しんでいるなんて……。私がご一緒してもいいなら、ぜひ……」
 心の内を見透かされたようで恥ずかしい。だけど、それだけ彼が魅力的に見えるから、余計に気恥ずかしかった。少なくとも、外見は非の打ちどころがない。
 見れば見るほど、目が離せなくなる。鼻筋は通っていて、唇は適度な厚さ。長いまつ毛と綺麗な二重の目で、まるで芸能人みたい。
(でも、テレビで観たことはないよね……)
 こうやって声をかけてくれて優しそうな人なのに、パートナーがいないなんて不思議だ。それに、彼の周りに人がいないなんて……。誰か声をかけてきても、よさそうなのに。
「俺は亮一りょういち。きみは?」
あんです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
 ペコリと頭を下げると、彼も同じように挨拶を返してくれる。初対面なのに、彼の人懐っこさにホッとしてしまった。
「杏ちゃん、食事はまだだろう?」
「はい」
「それじゃあ、レストランに案内しよう。今夜は、トルコ料理が提供されているんだ」
「そうなんですか? トルコ料理なんて、初めてです」
「本当? それなら、楽しみにしていて」
 亮一さんが歩き出し、私も彼の一歩後ろをついて歩く。明かりがあるとはいえ、夜のデッキに他に人はいない寂しい場所だ。亮一さんはどうして、ここへやって来たのだろう。私を見かけたからとはいえ、デッキへ出なければ分からなかったはずだ。
 彼も一人になりたくて、ここへ来たのだろうか。謎めいた感じがするけれど、初対面の人に、あれこれ聞けない。
 疑問は胸にしまって、亮一さんの好意を素直に受けてみよう。それに、せっかく課長がくれたチケットなのに、楽しめないまま帰るのは失礼にも思えるから。一人だと不安だったから助かったかもと思っていたとき、ふと彼の歩みが止まった。
「りょ、亮一さん……?」
 どうしたのだろう。声をかけると、彼が振り返った。
「せっかくだから、並んで歩こうか? そのほうが、楽しいから」
「え? は、はい」
 彼の言葉にドキッとしながらも、平静を装って彼の隣に立つ。すると亮一さんは、さっきより緩めの歩調で歩き出した。
(気を遣ってくれてるのかな……)
 初対面なのに、こんなに優しいなんてまるで王子様みたい。それなら私はお姫様……というのは図々しいか……。
 でも、魔法をかけられたみたいに、胸が躍りそう。さっきまでは、一人寂しい時間を過ごしていて、帰ろうかと思ったくらいなのに。
 思いがけず亮一さんに声をかけてもらえてよかったと、素直に思えていた。彼も一人のようだから、時間が許すまで一緒に楽しませてもらおう。
 そして、彼にも楽しんでもらうことが、私からのお礼になるかもしれない。
「この廊下の奥に、レストランがある。世界一周旅行のときは、日替わりでいろいろな国の料理が楽しめるみたいだよ」
「そうなんですか!? 凄いですね。亮一さん、船の事情に詳しいみたいですけど、パーティーは初めてではないんですか?」
 レストラン事情だけでなく、場所も迷いなく案内してくれていた。不思議に思っていると、亮一さんが答えてくれた。
「何度か、このパーティーには参加しているから。でも、旅行に行ったことはないけどね」
「そうですか……」
 何度か参加しているということは、亮一さんもステータスの高い人なのだろうか。改めて彼を見ていると、靴は傷ひとつなく艶がある革靴で、スーツもパリッと糊がきいている。身なりがきちんとしている上に、袖口から覗く腕時計は高級ブランドものだ。私と同じ二十代くらいに見えるのに、高級なものを身に着けているところを見ると、お金持ちの息子さんなのかもしれない。
 でも、そうだとしても、彼の周りに人がいないのは謎だな……。セレブな人たちは、同じような人たちに取り囲まれているイメージがあるのに。
 若くて魅力的な亮一さんなら、女性や仕事と関係するような人たちが囲んでいても不思議じゃなさそう。
(実は、私と同じで普通の人とか……?)
 いろいろ聞いてみたいことはあるけれど、初対面の人に詮索するようなことはできない。この先も、彼と会うということはないだろうし、余計なことは聞かないでおこう。彼に案内されたレストランは、オレンジ色のダウンライトで明かりが抑えられた大人の雰囲気の店だった。
 すべてソファ席となっていて、すでに人でいっぱいになっている。亮一さんが店へ入ると、お客さんの視線が彼に注がれた。
(やっぱり、目立つんだわ……)
 特に、女性客の視線が多く、頬を赤らめて見ている人もいる。亮一さんの外見は、この豪華客船の華やかな雰囲気にも負けていない。
「席がありますかね……?」
 見た限りでは、満席になっている。心配に思っていると、亮一さんは涼しい顔で店の奥へ進んでいった。
「おいで、杏ちゃん。こっちが使えるから」
「え?」
 店員さんはなぜか声をかけてこず、私たちに深々と頭を下げるのみ。船の中のレストランだから、自由に使っていいのだろうか。
 勝手が分からないまま彼と歩いていると、店の奥にあるドアを亮一さんが開けた。
「さあ、どうぞ」
「ほ、本当にいいんですか?」
 そこは、見るからに個室で、より大きなソファ席が用意されている。観葉植物が飾られ、バルコニーもある。日中なら、海を眺めながら食事もできそうだ。
「いいよ。今夜は、メニューがコースのみになってる。それを注文していいかな?」
「はい。よろしくお願いします」
 気圧されている私を気にする様子はなく、彼はメニューを電話で注文している。何度かパーティーに参加していると言っていたから、レストランにも慣れているんだろうけど……。それにしても、手際がよくて感心してしまう。
(亮一さんって、いったい何者なんだろう)
「杏ちゃん、座りなよ」
「はい……。失礼します」
 彼が座っている向かいに腰を下ろすと、途端に落ち着かない気分になった。二人きりというのは、とても緊張する。
 だけど、今さら他のレストランへ行きたいとも言えないし、そもそもあるのかも分からない。
 せっかく誘ってくれたのだし、楽しまないと失礼だ。なにか、話を振らないと……。
「亮一さんって、パーティーはいつもお一人で参加なんですか?」
「え?」
 一瞬、時が止まったようになり、冷や汗が流れる。パーティーに一人で来ようが、誰と来ようが関係ないのに。余計なことを聞いてしまったと後悔する。
 亮一さんも困っているようで、答えを考えている。
「あの、すみません。不躾な質問でしたよね。気にしないでください」
「いや、そんなことはないよ。いつも一人参加だから、寂しい男だと思われるかなと思ってね。少し答えに迷っていた」
 苦笑いをする彼に、不覚にも胸がキュンとした。笑うと目が細くなり、甘いルックスにさらに糖度が増す。
 こんなに魅力的な男性がいつもパーティーでは一人ということに、若干の不信感を抱いてしまった。
 といっても、調子よく言っている雰囲気でもない。もっと深く彼に聞いてみたいけど、私はそんな立場ではないからやめておこう。
「そんなことないですよ。それを言ってしまったら、今夜の私も同じですから」
 同じく苦笑して答えると、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「失礼なことを言ってしまったな。すまない」
「いえ、そんなことないです。こうやって、一緒にパーティーを過ごしていただけるだけで有難いんですから」
 初対面なのに話しやすい人だし、どうしてもパートナー同伴でないのが不思議で仕方ない。亮一さんの理想がとても高いとか?
 それとも、恋人はいるけどパーティーに来ていないだけということもある。彼と一緒にいると、いろいろ知りたいことが増えていきそうだ。
「そう言ってくれてありがとう。杏ちゃんって、話しやすいな。社交的な性格なんだろう」
「え? 違うんです……。実は、結構人見知りでして」
 おずおずと言うと、彼は目を丸くした。
「本当に? 全然、そんな風には見えなかったな」
「本当なんです……。今夜は、きっと魔法にかかってるから、亮一さんと普通に話せてるんだと思います」
「魔法……?」
 口にしながら恥ずかしくなってくるけど、言葉にできるのもやっぱり〝魔法〟にかかっているからだと思う。
「はい。だって、こんな素敵な船のパーティーに参加できた上に、亮一さんに声をかけていただいて、こうやってお食事もできるんですから」
 本当は、彼がとても魅力的と言いたかったけれど、そこまでは照れくさくて口にできない。だけど彼は、今夜の私にとっては間違いなく王子様だった。
 彼は私の言葉に、ふっと表情を和らげた。
「それなら、今夜は思い切り魔法にかかってもらおう。きみにとって、今夜が思い出ある一夜になりますように」
 亮一さんの言葉は本当に魔法のように、私の頭の上から振り注がれていった──。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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