【試し読み】オネェな彼と地味系メガネ女子の恋愛事情

作家:饕餮
イラスト:水野かがり
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2020/4/3
販売価格:600円
あらすじ

小さい頃に受けたいじめがきっかけでイケメンが苦手になり、大人になっても自分の容姿に自信が持てないままの沙雪。ビン底のような分厚いメガネをかけ、前髪も顔を隠すように長く伸びている。もちろん恋愛なんてしたこともない。そんな女子力ゼロの沙雪はある日、車に轢かれそうになったところをハーフ顔のイケメン・崇に助けられる。プラチナブロンドの髪と青い瞳に、イケメンが苦手な沙雪でさえもつい見惚れてしまうが……「ねえ、アタシと付き合わない?」――崇から突然の告白! それに今、アタシって言った? こんなにイケメンなのにオネエなの? 恋愛初心者の地味系メガネOL・沙雪とオネエ系イケメン・崇、二人の恋の行方は……?

登場人物
霜川沙雪(しもかわさゆき)
自分の容姿に自信が持てず、眼鏡と前髪で顔を隠している。恋愛経験ゼロの地味女子。
黛崇(まゆずみたかし)
プラチナブロンドの髪と青い瞳のハーフ顔イケメン。油断するとオネエ口調になる。
試し読み

 社会人とはとても面倒なもので、社員ではなく派遣ともなるともっと面倒なもの。その会社にとって必要な技術を持っていたから私が派遣されたというのに、やっかむ人はどこにでもいる。
 自分の能力がそこまでいっていなくて悔しいのか、上から頼ってもらえなくて悔しいのか知らないけれど、そんな感情が仕事の邪魔に、そして上からの評価にも響いているってどうしてわからないんだろう……と思うこともしばしば。
 視線の先で、問題児の彼女とその取り巻き三人、そしてよく調べもしないで一方的に彼女を擁護した主任が、この部署の部長に叱られているのが見える。部長の横には人事部長、そして第二営業部の部長までいて、険しい顔で五人を睨み付けていた。
「まったくもう……。とんだとばっちりよね、霜川さん」
「ですよね。まあ、知ったこっちゃありませんが」
「そうね。さっさと入力してしまいましょうか」
「はい」
 この部署の社員で、私に仕事を教えてくれた中田なかたさんも、問題児たちを見て溜息をついている。中田さんも彼女の被害にあった人なのだ。
 そして彼女の取り巻き三人のうち、海外事業部に所属している二人がやるべき仕事がなぜか私と中田さんに回ってきて、入力しながらも小声で話をしていたというわけ。

 私こと霜川しもかわ沙雪さゆきは、マユズミコーポレーションの派遣事務をしている。それなりに資格を持っていることから、この会社では重宝されていた。
 仕事をしている部署は海外事業部で、マユズミは国内外の家具や装飾品などを扱っている会社だ。ホテルチェーンとも取引があり、中小企業ながらも、なかなかいい売り上げを叩き出している会社だった。
 最近、四代目として就任した新社長がまだ三十代後半とあってか、かなり活気がある会社でもある。新たに雑貨を扱い始めたことで業績が伸び、人手も足りないからと募集と同時に私が所属している派遣会社にも連絡が来たのだ。
 ちょうど、以前派遣されていた会社との契約が切れ、別の派遣先を探すか、自分のスキルを活かして社員として応募するか……と悩んでいたところだったから、思い切って飛びついた。
 この会社が派遣やバイト、パートから社員登用があるというのも魅力的だったから。
 面接して、すぐに来てほしいと言われて嬉しかったし、一年勤めてその仕事ぶりを見て、社員登用してもいいという話だったので頷き、今に至っている。

 だけど、問題児がいるとは聞いてない!
 それが今叱られている彼女こと、石川いしかわさん。
 なんというか……お姫様体質とでもいうのだろうか。とにかく自分が一番じゃないと気が済まない。そして男にちやほやされないと拗ねる。
 自分の失敗はテヘペロで済ませるくせに、別の人が間違いをすると、親の仇や鬼の首を取ったかのように責める。それは上司たる部長や課長も問題視していて、叱っても注意しても直らなかったことから、一年でいくつもの事業部を渡り歩いているという。
 どうしてそんな人が未だに会社にいられるのか不思議だったけれど、中田さんや他の男性社員や女性社員によると、専務の娘でコネ入社だから、らしい。それを鼻にかけて好き放題しているんだとか。
 その話を聞いたとき、いまどきコネ入社があることに驚いたっけ。
 そんな石川さんのせいで社員だけではなく、優秀なパートや派遣が何人も辞めていったというんだから、さらに驚きだ。ただ、それが何回も続くと、会社としても困るわけで……。
 私が就職して二か月くらいたったころにも同じようなことをして注意されたとき、「今度やったらクビだ」と上司に言われ、別の事業部に異動していった。
 にもかかわらず、石川さんは二か月とたたないうちに、別の案件で再びやらかした。
 ちょうどその日、私は休日だった。もちろん、前述の通り、石川さんと私は働いている部署が違う。
 それなのに、自分がやった入力間違いや失敗を私のせいにしたというのだ。
 用事があるなどの、個人的な休日は表になって貼り出されているし、個人にも配られている。
 それなのに、私が入力したと言い張ったのだ、彼女は。それに賛同したのが彼女の婿の座を狙っている男性三人の取り巻きと、営業二課の主任だった。
 それを聞いた部長と課長が激怒。彼女の父親である専務や人事部長、そして社長と話し合った結果、彼女はクビになることが決定。専務は一応擁護したようだけれど、今までのやらかしや彼女の言動など、ボイスレコーダーで録っていた人がいたらしく、そのすべてを聞いて専務は黙り込んだそうだ。
 そして「育て方を間違えた。実力で入社させるべきだった」と、ポツリと零したという。
 それが昨日の出来事で、今日出社すると室内がギスギスしていて、それに首を捻っていたら石川さんたちが目に入る。石川さんの取り巻きのうち、うちの事業部の人員である二人以外はここでの仕事じゃないのに……と不思議に思っていたら、まだ時間前だからと、中田さんや他の男性社員からその出来事を教えてもらったというわけ。
 アホだよね。休んでいる人のせいにしてどうする。
 特に二人は私と同じ部署にいるんだから、昨日いなかったことはわかっているだろうに。
 この部署にいる人たちはきちんと仕事ができて、彼女たちの性悪さを知っているからこそ、溜息をついていた。
 しばらく中田さんと入力業務をしていると、部長に呼ばれた。
(今度はなに? 私はなにもしていないぞ!)
 そんなことを思いつつ、部長と人事部長の間に挟まれると、うちの部長が話し始める。もうね……彼女たちに対する部長たちの目がすっごく冷たい。
 これはアカンやつだ……。
 内心で溜息をつき、部長の話を聞く。部長の状況説明を聞くところによると、中田さんたちが話していた通り、昨日と一昨日、そして一週間前に第二営業部で入力ミスがあり、それが私のせいになっているという。
 そもそもの話、私が契約しているのは海外事業部で、その機密性から他部署に行って入力業務を手伝うなどあり得ない。そういう契約になっていないともいう。
 手伝うのであればまた別の契約が発生することになるので、二重契約になっちゃうんだよね。さすがに会社はそれはダメだとわかっているだろうし、手伝いを契約に入れるのであれば、今度の契約更新でそのことを盛り込むだろう。
 まあ、海外事業部はとても忙しい部署なので、まず他の部署に行くことはあり得ないのだけれど。
 おっと、話が逸れた。
「霜川さん、昨日はなにをしていたか聞いてもいいいかな」
「はい。昨日は健康診断で、一日休日でした」
「だ、そうだ」
「え……」
「「「「え?」」」」
 彼女が驚いたように呟き、取り巻きと主任は信じられないという顔をして彼女を見ている。
「そもそも私は、この海外事業部での入力業務をするということで契約していますので、他の部署──第二営業部で入力をするなど、あり得ません」
「そうだな。そちらに行くとなれば、また別の契約が発生することになる」
「え……」
 人事部長の言葉に、サッと顔色が変わる石川さん。
 おいおい、普通に考えたらわかるでしょうに。私は彼女と違って派遣なんだから。
 社員ならあちこちに行く可能性はあるだろうけれど、派遣があちこち行ったら困るでしょ。
 そういう契約ならまた違ってくるだろうけれど、私は海外事業部オンリーです。
「英語力に関して、君よりも霜川さんのほうが優れている。他にもスペイン語やフランス語など、この事業部には欠かせない資格を持っている霜川さんが、第二営業部に行くなど考えられない」
 海外事業部長にこき下ろされて、石川さんは怒りで顔が真っ赤になっている。
 そして部長たちの話はなおも続く。
「そもそも、君は英語ができると豪語しておきながら、まったくできないじゃないか」
「だからこそ、何度も他の部署に異動になったというのに、うちの第二営業部の仕事ですらも、できていない」
「……っ」
 部長二人が辛辣に、そして冷たく彼女に話す。認められたいのであれば仕事をしないとダメじゃない。彼女は社員なんだから。
 この場で嘘泣きをしたところで百戦錬磨の部長たちに通じるはずもなく、引っかかるのは取り巻きと主任だけ。まあ嘘泣きをさせてもらえるような雰囲気でもないけれど。
「ああ、それと。今まで君が訴えていたミスなどに関しても、調べさせてもらったよ」
「すべて君の嘘だと判明した」
「えっ?」
「おいおい、まさか知らないとでも言うのかね? なんのために社員IDを入力してから業務に入っていると思う」
「以前もいたんだよ、君のような嘘つきがね」
 とうとう顔色を真っ白にした彼女に、上司たち三人は冷たい視線を投げかけるばかり。「詳しい話は別室で」と言う営業部長に、力なく頷く石川さんは、他の問題児と一緒に別の部屋へ移動した。
 私がいなくてもよかったんじゃ……と思ったけれど、私の口から確認したかったのだろう。
 健康診断は業務命令だからね。無視も拒否もできませんって。
 結局彼女は自主退社という形をとらせて辞表を書かせ、残っていた二十日間の有給を使う形で即退社。父親である専務も責任を取って辞めると言い出したが、仕事ができる人なのでそのまま会社に留まった。
 定年まであと二年あるし、それまで頑張れということなのだろう。
 懲戒解雇でもよかったんじゃ……って意見もあったようだけれど、若いことと反省を促して次の職場を自力で探してもらうためにも、そういった措置を取ったみたい。
「コネで入社した子が、勉強や面接ができるとは思えないけれど」
「今も実家にいるんだろ? 親と一緒に車で会社に来ていたから、電車やバスにすら乗れなかったりして」
「あとは結婚しか残っていないけど、料理できんの?」
「あいつらの中の誰かが嫁にもらうんじゃね?」
「「「無理無理無理~! 幻想も覚めたでしょ!」」」
「……」
 中田さんや他の人の辛辣な言葉を、私は黙って聞いていた。

 なんだかんだと仕事を終え、定時で会社を出る。マユズミコーポレーションはよっぽど急ぎの案件でない限り、定時で会社を出ることを推奨している、めちゃくちゃホワイトな会社なのだ。
 ちなみに定時は六時で、始業が九時なので、遅いというわけではない。
 残業がないわけではないけれど、それは本当に忙しい人や外回りから帰ってきて急いで提出しないといけない書類を書くための時間であり、きちんと残業代も支払われる。
 ただし、月に四十時間を越えての残業はできない。
 定休も土日祝日、夏休みと冬休みがしっかりある。その他に有給休暇が取れるんだから、本当にいい会社に入社できたよねぇ……と思う。
 あと一か月半で半年勤務したことになり、もう一度契約更新するつもり。そして一年頑張った暁には、派遣として続行するか社員として登用されるか判断されるんだけれど、どうなるのかと心配だ。
 自分の感触としてはいいけれど、上がどう判断するかわからない。
 まあ、まだ半年ちょっとあるし、なるようにしかならないよね……と小さく溜息をつき、ロビーから出た。
「さて、今日のご飯はどうしようかな」
 ぶっちゃけた話、洗濯や掃除はともかく、料理がとても苦手な私は、食事ともなると外食かデパ地下の惣菜に頼りっぱなしだ。昨日は惣菜だったから、今日は駅ビルに入っているレストランでなにか食べようと決めた。
 自宅近くの最寄り駅のほうがいろいろあるし、そっちで食べようと駅に向かう途中で、信号待ちをする。すると、隣に綺麗な面立ちの男性が並んだ。
 北欧系なのか、髪はプラチナブロンドに青い目。柔和な印象を受けるとても綺麗な男性だ。手足も長く、身長も高くて百八十を超えていると感じる高さ。
 瞳の色に合わせたのだろうか、ちらりと見えた耳たぶには、シンプルなデザインのピアスに青い石がついている。暗くなってきているから、どの宝石かわからない。
 イケメンは苦手だけれど、ここまで綺麗な男性だと苦手を通り越してしまうのが凄い。
(こんなに綺麗な人がいるんだなあ……)
 スーツを着ているから、ビジネスで日本に来たんだろう。スマホで話しているけれど、英語ではないし。
 フィンランド語かな? と思うくらいで、その言語を勉強していない私には、なにを言っているのかさっぱりわからなかった。
 だからと言って盗み聞きするなんて以ての外だけれど。
 つい見惚れていたら、電話を終えた男性と目が合ってしまった。にっこりと微笑んだ男性に、つい顔が赤くなってしまう。
 なんとか笑って誤魔化し、前を向いたときだった。いきなり、後ろからドン! と強い力で押される。
「きゃあっ!」
「危ない!」
 目の前は車が走っている交差点で、車道はまだ青信号。このままだと車に轢かれる! と思ったけれどそんなことはなく、それと同時に腕を強く引っ張られた。
 そして、聞き覚えのある声が耳に入る。
「離してよ!」
 その声は石川さんのものだった。確かめてみれば確かに石川さんで、なんというか鬼の形相をしていて非情に怖い。
「離すわけないでしょう! アナタは大丈夫?」
「は、はい」
「そう。誰か! そこの交番に行って、お巡りさんを呼んで来て!」
 そして私を気遣ってくれたのは、見惚れていた男性のもの。声もテノールで、私好みだ。
 そんな彼が〝お巡りさん〟と言うと、石川さんがさらに暴れる。けれど、彼は見た目に反して力強く彼女の腕を掴んでいるのか、びくともしなかった。
 そうこうするうちにお巡りさんが二人、駆けつけて来る。
「どうしました!」
「この女性が、こちらの女性を、車道に向かって突き飛ばしました。手を引っ張るのがあと少し遅かったら、轢かれていました」
「ほう……そうですか。申し訳ありませんが、お話を聞かせていただけますか?」
「いいですよ。アナタも大丈夫?」
「は、はい」
 車に轢かれることがなかったとはいえ、恐怖が襲ってくる。しかも押されたときに眼鏡を落としてしまい、車に潰されてしまったみたいで、グシャっという音がしていた。
「ああ、眼鏡が……」
 もう……一週間前に変えたばかりなのに~!
「すみません、あとからすぐに行くので、この女性を先に交番に連れて行っていただけますか」
「ええ、構いません。さあ、こっちに」
「嫌よ! それに私じゃな──」
 石川さんが否定していたけれど、私と彼の周囲にいた人たちから批難の声が上がる。
「「嘘つくなよ!」」
「「しっかり押してるのを見たぞ!!」」
「俺、動画を撮った」
「俺も」
「……っ」
 彼らの言葉に真っ青を通り越して、真っ白になった石川さん。お巡りさんも興味深そうな顔をして、石川さんを見ている。
 そして、お巡りさんが「動画を見せてください」とお願いをすると、みなさん快く返事をしたものだから、ますます顔色が悪くなっていく。
「では、お待ちしています」
「さあ、君はこっちだ」
 石川さんと動画を撮った人がお巡りさんのあとをついて行き、それを見送っていたらイケメンの彼は潰れてしまった眼鏡を拾ってくれたようだ。手渡してくれようとしていた手がピタリと止まり、息を呑んでから私を凝視する。
 うう……眼鏡を取るとさらにブサイクだから、そんなに凝視しないでほしいんだけれど……。
「あの……ブサイクなので、そんなにジロジロ見ないでくれますか?」
「え……その顔のどこがブサイクなの!? すっごく綺麗よ……ですよ」
「またまたご冗談を。よく言われますから、お世辞として受け止めておきます」
 ほんと、どうしてみんなして眼鏡を外すと私を綺麗だなんて言うのかわからない。
 内心で首を傾げつつ、壊れてしまった眼鏡をケースに入れ、予備で持っていた新しくする前の眼鏡をかけると、彼に向き直る。
「助けてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして。まずは交番に行きましょう」
「はい」
 足がちょっと震えているけれど、無理矢理動かすと、なんとか歩けた。ただ、彼にはバレバレだったみたいで、背中を押してエスコートしてくれる。
 本当にありがたいなあ。
 一分もしないうちに交番に着き、別のお巡りさんから話を聞かれる。そうこうするうちに別のところにいた石川さんが外に連れ出され、パトカーに乗せられていった。
 こっそり見た手首に、手錠がかけられていて驚く。
「彼女についても、お話しいたしますから」
「あ……はい」
 つい石川さんを見てしまったけれど、話の途中だったことを思い出し、お巡りさんに向き直る。失礼なことをしてしまったと反省し、しっかりとそのときの状況を話した。
 恥ずかしかったけれど、彼に見惚れていた話をしたら、「ありがとう」とお礼とともに微笑まれてしまった。うう……その綺麗な顔の微笑みは反則!
 そして石川さんのことを聞かれたので、職場の社員であること、問題を起こしてクビになったことなど、今日起こったことを話した。そして会社の名前などを聞かれたので話したあと、書類を渡されたので記入していく。
「ありがとうございました。もしかしたら、後日またお話を伺うかもしれません」
「わかりました」
 今日は帰っていいと言われたので、席を立つ。すると彼も一緒に席を立ったので、そのまま一緒に交番を出た。
 そして彼に向き直り、改めてお礼を伝えることにする。
「本当にありがとうございました」
「いいえ。そうねぇ……お腹も空いたし、これから一緒にご飯を食べにいかない?」

※この続きは製品版でお楽しみください。

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