【試し読み】平凡な女官が美貌の魔導師様を誘惑なんてできません!
あらすじ
皇妃付きの女官として働くマリッサは真面目な性格が唯一の取り柄。ある日、彼女は女官長から美貌の魔導師・パラディアスを誘惑し、こっぴどく振るように頼まれる。皇帝付き魔導師の彼はどんな女性とも一度の関係なら進んで持ち、しかし二度目はない。それが原因で辞めていく侍女やメイドが後を絶たないのだという。「皇宮の安定的労働力がかかっています! 頼みますよ!」──そんなこと言われても、こんな平凡な私が魔導師様を誘惑なんて無理! しかし反論は黙殺され、パラディアスのそばで働くことになったマリッサだったが、あまりの美貌に直視することもできない。一方、自分に微塵も関心を示さない彼女がパラディアスは気になりはじめ……
登場人物
皇妃付きの女官。真面目さを買われ、魔導師・パラディアスの問題行動を鎮めるよう頼まれる。
皇帝付きの魔導師。銀髪碧眼の類稀なる美貌で数々の女性を虜にし、奔放な恋愛を楽しむ。
試し読み
プロローグ
ラスロック帝国は大陸で一番魔法が栄えた国。
帝国では庶民から王侯貴族まで、ほとんどの人が大なり小なり魔法を使える。
しかし魔法で生活するのが当たり前のこの国にも、ごく稀に魔法が使えない人がいる。
そんな魔法が使えない稀な体質なものの、手先の器用さと真面目な性格とを生かして皇宮で働く女官。
それが私、マリッサである。
皇宮に出仕して六年、皇妃付き女官になって早四年。
皇妃様付きになったのは、ちょうど皇女様がお生まれになった頃。
公私共に忙しい日々を送る皇妃様を陰で支え、時には皇女様の乳母と共に皇女様のお世話もこなしていた私。
今では四歳になった皇女様にも覚えめでたく望まれており、忙しい日々を送っている。
今日は朝早くから、公務である朝議に皇帝陛下と共に並ぶ皇妃様のための身支度に奔走していた。
今、私は皇妃様のメイクに神経を集中させている。
最後のアイラインを引き終えて、小さく息を吐き出した後、ニコッと笑って皇妃様に目を開けるように促す。
「お待たせいたしました。身支度整いましてございます」
私の声掛けに皇妃のアイリッセ様は目を開き、自身の仕上がりを確認すると微笑んで言った。
「本当に、マリッサは手先が器用ね。自分でやると、どうしてもこうはならないのよ? マリッサがいなくては私、公務に出られないわね」
そんな美貌のアイリッセ様ににこやかに返事をする。
「大丈夫ですわ。私は行く当てもないのですもの。ずっとお側で仕えさせてくださいませ」
そんな私の言葉と態度に、皇妃様はいつもむっとして返すのだ。
「マリッサはよくできた子よ。あなたを知れば誰だって、あなたに嫁に来てほしいって言うわ。魔法大国ではあるけれど、あなたにはあなたの良さがあるのよ」
皇妃様は仕える主であるだけに、私がどうして皇宮に来たかを知っている。それを知ってなお、こう言ってくれる心根の優しい主に日々感謝している。
「そう言ってくださる皇妃様にお仕えするのが私の幸せなのです。さぁ、お時間ですよ」
こうして私は公務に無事皇妃様を送り出すと、今度は昨日約束していた皇女様の元へと向かうのだった。
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さてその頃、別室では皇宮に仕える女子たちの上司である女官長とメイド頭が揃って深いため息をついていた。
「モーリア、メイドは今月だけですでに四人の辞表が上がっています……」
メイド頭のアドミアは倒れそうな表情を浮かべて、女官長であるモーリアに告げた。
「メイドたちもですか? こちらは女官見習いである侍女が三人辞表を出しています……」
二人は揃って深いため息をつくと、互いに顔を見てまたため息をこぼす。
「モーリア、原因は彼で間違いないでしょうか?」
「えぇ、間違いなく彼ですね……」
最近の侍女やメイドが辞めていく原因は、皇帝付き魔導師であり、皇妃様の実弟。
魔導師パラディアス様が原因だった。
美貌の魔導師で、皇帝付きと身分が高いうえに皇妃様の弟。
お近づきになりたい女子は両手では足りない。
そんな彼に近づくことができるのが皇宮で働く若い女子たちだ。
そして、そんな女子たちは結構な確率で本人にアタック。
すると、パラディアス様も応えてくれるのだ。ただし、一度限りで。
それが厄介で、一度だけで終われない子たちは再アタックするも、二度目はないのだ。
そうなると同じ職場にいるのも気まずく、辞職していく。
そしてそれはどんどんと数を増やし、ついには人員の余裕を失うまでになってしまう。
とうとう女官長とメイド頭が揃って頭を抱えるほどに、大問題となっていた。
悩める二人の元に、そうと知らない私はいつもの仕事完了報告に女官長の執務室を訪れ、そして上司に無茶ぶりをされることになったのだ。
ノックをして入室を促されて入った先で、頭を抱えた女官長とメイド頭に遭遇した私は、とりあえず聞くしかないので聞いてみた。
「本日も、無事に皇妃様の身支度を終え、皇女様の朝食に付き添い終えました。ところで、何か問題でも?」
もしや自分の行いに何かあったかと、私は問いかけた。
するとそれまで頭を抱えていた二人は私を見て、そして聞いてきた。
「マリッサは皇帝付き魔導師であるパラディアス様をご存じ?」
その問いかけに、もちろん知っていると答える。
私は皇妃付き女官であるから、皇妃様の弟である魔導師様のことも知っていた。
そして、最近の動向とそれを知って憂えている皇妃様の様子も。
「アイリッセ様も、最近の弟君の動向をご存じです。今度呼び出して説教しないといけないかしら? などと言っておりました」
モーリアはそれに一縷の光を見たと言わんばかりの顔をしたものの、アドミアは渋さを残したまま。
「アイリッセ様が説教などとなったら、皇宮の一部壊滅もあり得ます……」
そんなアドミアの言葉に、私とモーリアは同意の頷きしか返せなかった。
あの姉弟の魔法は規格外の強さと規模を誇る。
帝国随一の魔導侯爵家の姉と弟なのだ。
説教=魔法対戦になりかねない。
「あぁ、マリッサ! あなたがいたわ! これから会う機会も増えるでしょうから、マリッサが誘惑してこっぴどく振ってやればいいのです」
にこやかに、思いついたといった表情のモーリアの一言に私はピタッと止まってしまう。
「まぁ、確かにいつも女性が寄ってくるのが当たり前の魔導師様には、振られるのは衝撃的かもしれません! マリッサ、皇宮の安定的労働力がかかっています! 頼みますよ!」
まさか、続いて元上司のアドミアまでそんな提案をしてきた。
「どこにでもいるような平凡女子の私が美貌の魔導師様を誘惑って……。無理ですよ?!」
そんな私の悲鳴に近い反論すら黙殺されて、女官長たちの依頼は半ば強引に取り付けられたのだった。
いや、会う機会があったとしても向こうから話しかけられることもなければ、こちらが誘惑できるはずもない。
ここは皇妃様からやんわり言ってもらうくらいがいいのではないかと、私はこの場での反論を諦めると皇妃様の私室へ午後の準備に向かうのだった。
美貌の魔導師、登場
女官長とメイド頭と話してから三日。
特に何事もなく過ごしていた私は、とある人物を目の前にして三日前の無茶ぶりを思い出し、内心でびくびくとしていた。
おかげで、皇妃様そっくりの銀髪に碧眼を持った美貌の魔導師様を前にした緊張から、彼を視界に入れることもできない有様だ。
いやだって、婚約者もいない、恋だってしたことない私が美貌の魔導師様を誘惑する?
天地がひっくり返ってもあり得ないでしょう?
そこまで考えが及ぶと、やっと波立った気持ちが落ち着いて仕事をしっかりこなした。
一向に自分に視線をよこさない私の態度がきっかけで、逆に魔導師様から関心を寄せられることになるとは気づきもせずに……。
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皇宮の侍女やメイドからさんざん送られてくる視線に、気まぐれに付き合ってはみた。
だが、この人という人がいないので関係は一度きりで終わる。
そんな関係ばかり続けていたら、とうとう護衛対象であり、上司であり、義理の兄でもある皇帝にくぎを刺された。
「そのままでは、いつか本気の人に巡り会えてもお前の気持ちは届かなくなるぞ」
さすがにそれはまずいと思うものの、今もって巡り会えていない相手が出てくる気配もない。
魔力が大きい俺にとって、一夜の発散は魔力の解放にも繋がるのだ。
かと言ってこれがいいことでないのはわかっている。
俺と同様に魔力の大きな父は自分と似たようなことをして、母とは現在屋敷で生活を共にしているが、つい先日も何度目になるかわからぬ愛人騒動で大喧嘩をして屋敷が半壊した。
それでも、それですっきりしたのか仲直りができているのがすごいとは思う。
よくない、これは非常によろしくない。しかし、ほかにうまい手がないので、そのままずるずると生活していたのはよくなかった。
いったん、この皇宮での事態収拾のため姉である皇妃からの命令を受け、メイドや侍女の配置を最低限に抑えた皇妃の宮で慎ましく生活している姉のそばで過ごすことになった。
その部屋のそばにはもちろん、皇子や皇女の部屋もある。
そんな皇子や皇女に魔法の指導をするという名目で、しばらく皇帝付きを離れることになった。
魔法を教えるのは好きだし、甥っ子と姪っ子も可愛いものだ。
魔力の解放だって、なんなら姉にお願いして宮の裏手で魔法をぶつけ合えば解決するだろう。
そんな気持ちで出向いた姉の宮には、どこにでもいる平凡な容姿の女官がいた。
しかし、その女官は明らかに様子が違う。
自分と一切視線を合わせないのだ。
顔はほぼうつむき加減で、しかし手元はテキパキと正確に動き仕事をこなしている。
そして姉とのお茶の準備が整うと、早々に部屋を辞してしまった。結局、その女官の顔をしっかり見ることはできなかった。
いつも、こちらに顔を向けて微笑むような侍女やメイドばかりだった俺にとって、姉のところにいた今日の女官の反応は新鮮なものに映った。
「パラディアス、ここに来た意味はわかっているのでしょうね?」
そんな考えに耽っていた俺にかけられた姉の言葉。
それに肩をすくめて、答える。
「あぁ、わかっている。大人しくしておけということだろう?」
俺の返事に姉はこめかみを揉みほぐしつつ、小言を続けた。
「あなたも、いい歳になったのだし、そろそろ落ち着いてほしいわ。まさか、メイド頭と女官長の二人から苦言を申し入れられるなんて……」
あ、まずいと思ったとき。
姉の顔は久しぶりに怒りを通り越した上での、冷めた笑みを浮かべている。
「ねぇ、パラディアス。あなたの魔力は私以上に膨大で、それを制御しつつ陛下の護衛をすることが大変なことはわかっているわ。でも、このままでは本当に愛した人にあなたの気持ちが届かなくなるかもしれないわ」
姉は、夫である皇帝と同じことを言って俺をたしなめてきた。
「確かに、そうかもしれないな。そんな人が現れれば、の話だが……」
そう濁す俺は、この身に溢れる魔力を制御できるまでにかなりの時間を要した。
その間は実家の屋敷にある隔離棟で過ごしたほどだ。
溢れ出る魔力は、強ければ毒みたいなもので周囲に影響を及ぼす。
それは俺には色気となり、異性を引き付けるものだった。
強制的な魅了、それでは人の本当の気持ちなどわからない。
この体質が効かないのは血の近い姉や母、皇女などの近親者のみ。
出会った異性はことごとく秋波を送り、自分との深い関係を望むのだ。
そのような状態で、本気の相手など見つけられるはずもない。
この頃の俺は、ほとんど諦めていたのだ。
そんな俺が、久しぶりに訪れた姉の宮で出会った女官。
俺に関心を示さない、視線すら合わせなかった珍しい存在。
※この続きは製品版でお楽しみください。