【試し読み】鋼鉄秘書ですが、女嫌いなCEOの恋愛教育係を拝命いたしました!(下)
あらすじ
時生になにか異変が起きている!? 彼からの連絡にそう悟ったまどかは、まっしぐらに時生のもとに駆けつける。するとそこには時生の女嫌いの原因となった幼馴染の女性が……! 時生を馬鹿にした態度をとり続けるその女性に、まどかは時生の素晴らしさを力説。そんな姿を目の当たりにした時生はまどかへの愛しさをしっかり自覚して──「もっと俺に恋を教えてほしい」 さらに甘く深いレッスンに身を蕩かすふたり。恋人同士になり充実した毎日だけれど、実はまどかにも気がかりなことがあって……!? 女嫌いCEOと鋼鉄秘書の未来は──「もう誰にもこんな可愛い顔を見せるなよ?」
登場人物
勤務先の会長夫人を助けたことがきっかけで、子会社のCEOの第三秘書として働くことに。
大手IT企業の御曹司。女性への苦手意識を克服するため、まどかのレッスンを受けるが…
試し読み
第五章 傷ついた彼を癒やすのは…
時を遡り、時生からの電話が切れたあと、まどかは自宅で考えた。
(おかしい……)
普通の恋人のデートなら、朝までホテルに一緒にいて、その後それぞれの自由時間を過ごすのだろう。
そして声が聞きたいと思って、あとから電話を掛けてもおかしくない。
けれど自分と時生は恋人ではない。
しかし昨晩の行為で時生がキスをしたがったところから、彼は自分に〝役〟以上の感情を持っているのかもしれない。
仮の話として、それは頭に留め置く。
(普通なら、どういう思考で電話を掛けたくなる? 『笑える話を頼む』と言う?)
時生からの電話に違和感を覚えていたからこそ、まどかは懸命に彼の思考を読み取ろうとしていた。
(自分一人では楽しい気持ちになれないから、私に助けを求めた? 社長はあのあと、人に会いに行くと仰っていた。その方と会いたくないと思い、気が重たくなっていたから、紛らわそうとした?)
他にも色々な可能性は考えたが、どうにもそのセンが強いと確信する。
家族の事かと思うが、勘で「違う」と判断した。
時生は表向き祖父母や両親のやる事、言葉に嫌そうな素振りを見せても、心の底から嫌がっているようには見えなかった。
神宮司家の家族と一緒に食事をしたからこそ、まどかは彼らの家族仲や絆を確認できていた。
だから時生が祖父母や両親に会いに行くのに、笑わせてほしいなど、まどかに言うはずもなかった。
(だとしたら……)
仕事相手だとしても、幾ら女性が苦手とはいえ、今まで商談などもきちんとやってのけた彼がそこまでの拒否を示すとも思えない。
(なら、梅田さんが仰っていた、久寿田美玲さまという方? 社長に何らかの影響を与え、苦手意識を持たせたという方と会うのなら、あり得る)
最初から予感はしていたものの、彼女にすぐ結びつけるのは早計だと思っていた。
念入りにあらゆる可能性を考えた結果、そこに帰結した。
「嫌な予感がする。社長が傷つかなければいいけれど」
どうしよう、と考えるより前に、まどかは行動していた。
**
そして協力者から情報を得て、まどかは朝に出たホテルに駆けつけた。
タクシーから降りて、五つ星ホテルに走って駆け込んだので、ホテルスタッフには不審に思われたかもしれない。
(あとから詫びなければ)
ロビーに駆け込んだあと、まどかは協力者の姿を見つけた。
「諸川さま!」
神宮司家に仕える初老の男性を見つけ、その名前を呼ぶ。
ロビーのソファに座っていた彼は、人差し指を立てて「しぃ」と静かにするよう窘めてから、まどかに時生の居場所を告げた。
「時生さまはラウンジカフェにいらっしゃいます。美玲さまとご一緒です」
「ありがとうございます」
諸川に礼を告げ、まどかはラウンジカフェに急ぐ。
あのあと、まどかはすぐに悦子に連絡をした。
事情を話し、「社長が傷ついて、より心の傷を深めるのを見たくありません」と必死に訴えた。
すると悦子は、諸川という執事が時生を見守っていると教えてくれた。
諸川は本来、時生とまどかがどう進展しているか、こっそり見守る係だったらしい。
『あなた達が上手くやれているか心配で、諸川に見守ってもらっていたの。コソコソとした真似をごめんなさい』
悦子は自らの行いを恥じて謝ったが、まどかは謝る事はないと否定した。
『私は悦子さまからご依頼を受けておりますし、きちんと報告する義務があります。タイミング的にスムーズに報告できない時もあるかもしれませんし、社長の事を何より心配されている悦子さま達からすれば、当然の行為です』
その答えに悦子は『ありがとうね』と言い、それからすぐに諸川に連絡を取ってくれた。
時生のマンションの向かいにある喫茶店にいた諸川は、彼がマンションを出たのを見てすぐにタクシーを拾い、あとを追ったそうだ。
そして行き着いた先が、昨日まどか達が宿泊したホテルだった。
悦子から連絡を受け、まどかはすぐにホテルに向かう。
そして悦子から諸川の外見や服装を聞き、ロビーにいた彼と接触した、という事だった。
「お待ちください!!」
ラウンジカフェで時生の姿を見つけ、まどかはそこまで駆けつけるとバンッと両手をテーブルについた。
コーヒーカップとソーサーが僅かに跳ね、硬質な音を立てる。
「何、あなた」
眉をひそめた女性は、恐らく久寿田美玲という女性だろう。
(本当に綺麗な方だ)
まどかは素直に美玲の美を認め、けれど……と腹を括る。
「わたくし、神宮司の秘書をしております、鉢谷まどかと申します」
急いで家を飛び出たので、まどかはついパンツスーツを選んでいた。
ジャケットの内ポケットから名刺ケースを取り出すと、名刺を美玲に差し出す。
「……ど、どうも。私はこういう者よ」
美玲もブランド物のハンドバッグから名刺を取りだし、差し出してくる。
白い名刺には、英語で彼女の名前が書かれ、金融コンサルタントや他の肩書きも書かれてあった。
「ご丁寧にありがとうございます。そして大変失礼ながら、私は神宮司会長の奥様の、悦子さまより社長の事を任されております」
「は? 何が言いたいの?」
美玲は怪訝な顔をし、まどかを胡散臭そうに見る。
「本日、久寿田さまは社長にどのようなご用件だったのでしょうか?」
まどかの問いに、美玲はピンとくるものがあったようだ。
「私と結婚しないかって話をしたわ。あんた、口出しするつもり?」
赤いルージュを塗った唇で微笑まれているのに、彼女の怒りを感じる。
表面上優美に笑っているように見えて、この美玲という女性は己の内側にある激情を押し込め、必要な時に言葉の刃として出してくる人だと判断した。
幸か不幸か、まどかはそういう人物を知っていたので、直感で分かったのだ。
「おい、まどか。俺の事はいい」
時生はまどかの腕に手を掛け、テーブルを離れるように促す。
だが彼女は引かなかった。
「ご自身の結婚を決めるのは、社長自身です。私が関与すべき事ではありません」
「なら……」
「ですが。私は現在、悦子さまから社長の女性関係について一任されております。社長が何らかの原因により、女性を苦手としている事をご存知ですか?」
まどかの言葉に、時生が「おい」と周囲を気にする。
「知らないわ。私が関与すべき問題じゃないもの」
美玲は脚を組み、腕までも組んで言い返し、まどかを尊大に見上げる。
「失礼ながら、それは社長と結婚しようとする方の言い分ではありません」
「は? 何様? あんた」
ギロリと睨みつけた美玲に、まどかは直立不動のまま胸を張って答える。
「私は秘書です」
その辺の一般女性と大差ない、むしろ地味なまどかが頑として引かないのに、美玲は苛立ちを覚えたようだ。
明らかに自分よりも女性としても、社会的にも〝格下〟のまどかに、ここまで食い下がられるのが気に食わないのだと、まどかも分かっていた。
だが──引かない。
「私にこいつと結婚する資格がないっていうの? 私以上にこいつを分かっている女はいないっていうのに?」
「私がおります!」
まどかは声を張り上げ、胸に手を当てる。
「へぇ? あんた、こいつの隠してる趣味も、筆おろしの相手も知ってるの?」
挑む口調に、まどかはすべてを理解した。
筆おろしとは、男性が童貞を捨てる時の言葉だ。
美玲がこのように意味深に言うという事は、十中八九、彼女が時生の初めての相手なのだろう。もしくは、美玲が深く関与していると思って間違いない。
時生は自分が何を言っても聞かない女性二人を前に頭を抱え、口を挟むのを諦めていた。
「存じております」
「ふーん? それで平気なふりしてるの? 本心では気持ち悪いって思ってるのに? 嫉妬してないの?」
視界の端で、時生の手がピクッと動いたのが見えた。
まどかに受け入れられたからとはいえ、時生がオタバレするのを恐れているのは、今も変わっていない。
(この方は、時生さんの傷をすべて理解した上で、効果的に傷付ける術を知っているんだ)
まどかは怒りに似た感情を胸に抱き、美玲の目をまっすぐ見据えて訴える。
「素敵なご趣味だと思います。私も同じアニメを見てゲームをプレイしていますが、とても深い世界観で魅力的だと感じました。ゲームは世界中にユーザーがいますし、スマホアプリでは、何百万というダウンロードがあり、立派な商業コンテンツとなっています。多くの方が認める作品であり、それに価値を見いだすのは当たり前の事だと思っております」
美玲の眉根が、不機嫌そうに寄せられる。
「あんたそれで時生を理解したつもりでいるの? 善人ぶって『あなたの趣味を理解してます』って顔をして、時生の心に踏み込んだつもり?」
「理解したとは思っていません。人が人の心を完全に理解するなど、到底無理なお話です。ですが社長の好きなものを知り、どのようなものに価値を見いだすのか共有するのは、大切な事だと思っております。失礼ですが、美玲さまはその努力をされていないように思われます」
「だから何なの? 私は時生の幼馴染みよ? 誰よりもこいつの事を分かってる。こいつだって私の事を好きだわ。神宮司家と釣り合わない一般人が、口を挟まないでくれる?」
そこまで美玲が言った時、時生が立ち上がった。
勢いよく立ち上がったので、思わずまどかも美玲も彼を見る。
二人の視線が集まったところで、時生は苛立ちを隠さずに美玲に自身の気持ちを伝えた。
「お前は昔から何も変わっていないな。傲慢で、相手を何も思いやらず、自分が望めばすべて叶うと思っている。お前はお姫様じゃないんだよ。現実を見ろ。久寿田家の令嬢だろうが、三十歳になっていまだ独身の女だ。それだけお前は〝難あり〟なんだよ。自覚しろ」
「っ何ですって!?」
「確かに昔はお前に憧れていた。だが、それは近くにいた美人な年上だったからだ。お前の他にもっと優しくて淑やかな幼馴染みがいたら、俺は確実にそっちを好きになっていただろう。そしてあの事があり、俺はもうお前への恋心は消え失せている」
時生の言葉を聞き、美玲は自分が彼に「結婚してやる」と申し出たのが自惚れだと言われたと感じたのか、柳眉を逆立て赤面した。
「まどかの言う通り、相手の大切なものすら理解しようとせず、常に自分を上位において人を従わせようとする女とは結婚できない。昔から知っていても、途中から道は分かたれた。俺たちはいま立派な大人になり、それぞれの人生で大切なものがある。互いを尊重できない二人が、結婚して長続きすると思えない」
美玲はあまりの怒りに顔を引き攣らせ、精一杯の皮肉を言う。
「じゃあ何? そこの芋臭い秘書ならあんたを理解してるって言うの? おじ様もおば様も、一般人が相手でもいいって言っているの? どうせ金の匂いを嗅ぎつけて、あんたにすり寄って理解しているフリをしているだけで────」
パンッと乾いた音がし、美玲が言葉を止める。
時生の手が振り上げられた時、まどかは彼が美玲を殴るのかと思い、必死になって腕にしがみついた。
──が、時生は美玲の目の前で、相撲の猫騙しのように手を叩いて鳴らしただけだった。
驚いて呆然としている美玲の前で、時生は完全に彼女への興味を失った顔で告げる。
「もうそれ以上喋るな。耳障りだ。久寿田家の令嬢とも思えない恥さらしをするな。家ぐるみで付き合いのある神宮司家まで、周りに格下扱いされる」
「な……っ」
気色ばんだ美玲をそのままに、時生はまどかの腕を掴み「行くぞ」と歩き出した。
「しゃ、社長……!」
まどかはたたらを踏んでから、慌てて時生のあとを歩く。
時生はテーブルを去り際に伝票を掴み、カードで会計してからスタッフに「お騒がせ致しました」と詫びた。
ロビーを歩いている途中、まどかは諸川の姿を探す。
が、先ほど彼が座っていた所に、諸川はいなかった。
「……とりあえず、俺ん家行くか」
時生は疲れたように呟き、「いいか?」とまどかに尋ねてくる。
「はい」
そのあと、ホテルの玄関前に停まっていたタクシーに乗り込み、時生の家まで移動した。
**
「巻き込んで悪いな」
時生の家に着き、まどかはコートを脱ぐといつものようにソファに座る。
彼は普段着に着替えたあと、キッチンでコーヒーを淹れてくれていた。
「いいえ、私が自分で望んでした事です。私こそ、差し出がましい真似をして、大変申し訳ございませんでした」
室内にはドリップコーヒーのいい匂いが漂い、その香りにまどかも昂ぶった気持ちが落ち着いてゆくのを感じる。
「しかし……。こんな時までパンツスーツで来なくたっていいだろう」
まどかの姿を見てクックックッ……と笑い出した時生に、彼女は言い訳をする。
「その、昨日のデートとは違う目的ですし、失礼にならないような格好……と思うと、つい無難に選んでいました」
「まぁ、お前らしいけど」
やがて運ばれてきたコーヒーには、ちゃんと小鍋で温められたミルクもついていた。
最初は牛乳を家においていなかった時生も、まどかが来た時のためにわざわざ買ってくれている。
その変化と気遣いに、胸の奥が温かくなった。
まどかはミルクをたっぷりめに入れてカフェオレにしてから、無糖のそれを飲む。
「……ありがとうな」
「いいえ」
時生はブラックコーヒーを飲み、ソファに身を預けてしばらく口を閉ざす。
少ししてから、彼は語り出した。
「美玲は、昔から負けん気が強かった。周りから美少女だと褒められ、久寿田家の娘である事も相まって、人一倍プライドが高かった。バカにされないように、周りから褒められるように、常に優秀であろうと努力した。その意味では、凄い女だと思うよ」
「はい。深くは存じ上げませんが、見るからに才気溢れる方に感じられました」
「学生時代は、金持ちの子供が通うエスカレーター式の学校で、あいつは常に支配者として君臨していた。付き合う彼氏も美玲の家柄や学校でのカースト的なものを気にして、美玲そのものがブランド化していたんだろう」
時生が一度間を置くと、リビングにある壁時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。
「だが社会人になって、自分は日本に留まる存在じゃないと思った美玲は、海外に出て行った。そこで恐らく人生で初めての挫折を味わったんだろう。自分がすべての頂点にいると思い込んでいた世界は、幻想だった。本当の〝世界〟は、美玲に優しくなかった」
そこまで言って、時生は溜め息をつき、もう一口コーヒーを飲む。
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