【試し読み】鋼鉄秘書ですが、女嫌いなCEOの恋愛教育係を拝命いたしました!(上)

作家:臣桜
イラスト:cielo
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2022/2/25
販売価格:700円
あらすじ

目標にまっしぐらに向かう性質の鉢谷まどか。ある日、勤める会社の会長夫人をテキパキと助けたら会長夫妻にまどかのきっちりした性格を気に入られ、子会社のCEOを務める孫の神宮司時生の女嫌いについて相談を持ちかけられた。『時生が女性に慣れるようレッスンしてほしい』事情を鑑みてその心配する気持ちを理解したまどかは、交換条件をのんでもらいその任務を引き受け、時生のもとで第三秘書として働くことに。そんなまどかを渋々受け入れる時生だったが、女性が苦手になるのにはそれ相応の理由があるわけで……。依頼通りレッスンを進めるまどかに少しずつ心を開き始めるが──「俺がすべてを許したと思うなよ」

登場人物
鉢谷まどか(はちやまどか)
勤務先の会長夫人を助けたことがきっかけで、子会社のCEOの第三秘書として働くことに。
神宮司時生(じんぐうじときお)
大手IT企業の御曹司。女性への苦手意識を克服するため、まどかのレッスンを受けるが…
試し読み

第一章 人助けをしたら、社長の教育係に

 今年の春で二十七歳になった鉢谷まどかは、IT業界でメキメキと頭角を現している『JINGOOG』に勤めていた。
『JINGOOG』は企業、個人から依頼を受けてのサイトやアプリ開発、他は独自の生活お助け系アプリや、ビジネス向けアプリ、子供でも楽しめる気軽なゲームアプリなども開発していた。
 その他はJGのロゴで知られている『ジグ』のスマホシリーズや、パソコン、周辺器機なども製造している。
 子会社には電子書籍や動画、本格的なスマホゲーム、携帯電話の格安プランを提供する『JIN-COM』もあり、概ね業績は右肩上がりで好調だった。
 そこに勤めるまどかは、学生時代から今に至るまで、外見がほぼ変わらない。
 スカートは滅多に穿かず、パンツスタイルに三センチヒールを履きスタスタと歩く。
 学生時代はスキニーにポロシャツだったが、現在はパンツスーツに変わり、ボリュームのある胸元をツンと尖らせている。
 男性の視線をもらおうが、まったく気付かずに自分の目標に向けてまっすぐ歩く姿は、大学生時代に友達から『ハチまっしぐら』と呼ばれていた。
 常に勉学を最優先にする融通の利かないまじめな性格に〝忠犬ハチ公〟を混ぜられ、半ば揶揄と呆れの籠もった感情でそんなあだ名を付けられた。
 まどか本人は大して深読みせず、「鉢谷だからハチなのだろうな」と思っていた程度だ。
 胸元に掛かるほどの髪はいつもポニーテールにし、彼女が歩くたびに左右にピョコピョコ揺れる。
 キャンパスに向かう時も春夏秋冬その姿は変わらず、社会人となった今も港区にある『JINGOOG』本社に向けて、今日もスタスタ歩く。
 新卒で入社して以降、まどかはずっと経理部に所属していた。
 その仕事の速さや正確さで上司からも一目置かれ、周囲に媚びない性格で男女問わず信頼されていた。
「友達としてワイワイ付き合うには向いていないけれど、人として信用できる」という意味なのだが、そのせいかお局的な女性からも気に入られていて、日々を大した波もなく淡々と過ごしていた。
 転機があったのは、二十六歳の冬だ。
 年末近くになり社内も慌ただしい雰囲気になっていた時、まどかは上司にお使いを頼まれ、本社ビル一階にあるコンビニエンスストアまで足を運んでいた。
 買い物を済ませ、そのままエントランスを通り、また上に戻ろうとしていたのだが──。
(あっ)
 ガラス張りの壁の向こう、本社前で老婦人が転んだのが目に入った。
 老婦人は手にしていた幾つもの紙袋をちらばせ、本人も膝を打ったのか痛みで動けないでいる。
(お助けしなければ!)
 まどかは迷わずきびすを返し、自動ドアを通り外に出た。
「大丈夫ですか!?」
 季節は冬真っ盛りで、コートを着ていなければ風が冷たい。
 だがまどかは構わずに老婦人の顔を覗き込み、立てるかどうか様子を見る。
「お怪我をしましたか? 歩けますか?」
「ありがとう。もともと膝が悪かったから、少し痛んでしまっただけなの」
 顔を上げた老婦人は品があり柔和な雰囲気の人で、身につけている物は高価そうだった。
(どこかの奥様なのだろうな)
 人の繋がりはどうなっているか分からない。
 だからこそ、まどかは祖父母に教わった通りすべての人に平等に、丁寧に接していた。
 親切は巡り巡って、自分の所に届くものだと思っている。
 けれどその教えがなくても、まどかは人が困っていれば迷わず助ける性格だった。
「どちらまで行かれますか? 足が痛むのなら、タクシーを呼んで参ります」
 まどかは老婦人が持っていた紙袋を集め、その中に横になってしまったケーキの箱を認めて、少し表情を曇らせる。
「いえ、いいの。ありがとう。目的地はあなたが出てきたこのビルなのよ」
 老婦人はまどかの手を借りて立ち上がり、膝をさする。
「弊社のお客様でしたか! わたくし、経理部に勤めております鉢谷まどかと申します。受付までご案内致しますね」
 ビシッと頭を下げたまどかは、老婦人の荷物を持って彼女の歩幅に合わせて歩き、一緒に本社ビルに入る。
 受付嬢二人は老婦人の顔を見て、サッと立ち上がり頭を下げた。
(受付の方、こちらの女性を知っている……?)
 まどかが目を瞬かせた時、エントランスまで出て女性を迎えたのは意外な人物だった。
悦子えつこ、もう来ていたのか」
 秘書を従えて現れたのは、『JINGOOG』の会長である神宮司浩二こうじだ。
「会長! お疲れ様でございます!」
 まどかは悦子というこの女性が会長の妻なのだと察し、きっちりと頭を下げる。
「どうした? また膝が痛んだか?」
 浩二は頭を下げたまどかに軽く手を上げ、ぎこちなく歩く妻を心配そうに見やる。
「車で来たのだけれど、ビル前で転んでしまったの。それをこのまどかさんに助けてもらったのよ」
 悦子に紹介され、まどかはもう一度頭を下げる。
「妻を助けてくれて礼を言う。えぇと……」
「経理部の鉢谷まどかと申します」
 もう一度頭を下げ、まどかは気に掛かっていた事を口にした。
「奥様がお持ちになっていたケーキ、大丈夫でしょうか? 会長のために買われてきたのでは?」
 言われて悦子がケーキの箱を開けて確認すると、まどかが予想していた通り、綺麗なケーキはグチャグチャになっていた。
「仕方がないわね」
 苦笑いした悦子に、まどかは向き直り提案する。
「僭越ながら、ご購入されたお店を教えて頂けましたら、私が買い直して参ります」
「そんな、悪いわ」
「いいえ、大事なケーキですから」
 まどかがジッと悦子を見つめると、彼女はその真摯な瞳に負けたように微笑んだ。
「じゃあ、お願いできるかしら? タクシー代とケーキ代は私が出します。お使い、お願いしますね?」
「はい!」
 悦子に一万円を渡されてケーキ店がどこにあるか教えられる。
 まどかが持っていた荷物は、浩二と一緒にいた秘書が受け取ってくれた。
 まどかはコンビニに行くためにたすき掛けにしていたショルダーバッグに、預かった金を大切にしまった。
「ケーキを買ってきたら、直接会長室まで来てくれ。君の上司には私から言っておくから」
「はい!」
 浩二に声を掛けられ、まどかはもう一度きっちりと頭を下げてから外に向かって走った。
「ゆっくりでいいのよ!」
 後ろから悦子の声が聞こえたが、まどかは与えられた使命を一分でも早く遂行するために、まっすぐ駆けた。

**

 行きは迅速に、帰りはケーキを崩さないよう慎重に、けれどいつものように早足で戻り、まどかは会長室に急いだ。
 普段は足を踏み入れない重役フロアは、歩くだけで身が引き締まる。
 エレベーターを降りた前にあるフロアマップを見て会長室の場所を覚えたまどかは、重厚そうな木のドアを前に呼吸を整え、ノックした。
 すぐに先ほどの男性秘書が顔を出し、「どうぞ」とまどかを招き入れる。
「まどかさん、ありがとう」
 会長室の応接ソファに座っていた悦子は、まどかの姿を見ると立ち上がって迎えようとする。
「お膝が痛いのでしたら、どうぞ無理せず」
 悦子が立ち上がる前にまどかは言い、彼女は「そう? ありがとう」と一度浮かしかけた腰をソファに落ち着かせる。
 テーブルの上には見合い写真らしき物が置いてあり、まどかは家庭内の事だと察する。
 これ以上立ち入ってはいけないと思い、この場を辞する事を決めた。
「こちら、お釣りと領収証になります。ご確認ください」
 帰りにコンビニで買った茶封筒の中に釣り銭と領収証を入れ、持っていたペンで封筒の表に金額も書いた。
「丁寧にありがとう。まどかさんはきっちりしているのね」
「いいえ。当然の事です」
 まどかの性格を見越してか、悦子は封筒の中身を確認し「確かに」と微笑んだ。
 ケーキの紙袋は秘書に渡したので、これにて役目は終わりと立ち去ろうとしたのだが、浩二に声を掛けられた。
「鉢谷さん、もし良ければ少し話をしていかないか? 勿論、君の上司には許可を得ている」
「はい? ……はい、喜んで」
 何の話か分からないが、上司の許可があり会長直々に声を掛けられたのなら、断る理由はない。
「そこに掛けてくれ」
 浩二に言われ、まどかはソファに腰掛ける。
「その前に、まどかさんのほっぺが真っ赤だから、温かい飲み物をお願い」
 悦子が秘書に頼むと、彼は一礼をして続き部屋に向かった。
 まもなく湯気を立てた緑茶が出され、まどかは「いただきます」と会釈をしてからありがたくお茶を飲む。
 湯飲み茶碗に指を添えていると、芯まで凍ったように思えた皮膚がぬくもりを取り戻してゆく。
「とても美味しいです。お心遣い、ありがとうございます」
 お茶を半分ほど飲んで頭を下げると、二人がやけにニコニコしてこちらを見ているのに気付いた。
「ねぇ、まどかさん。立ち入った話でとても失礼なんだけれど、プライベートについて質問してもいいかしら?」
「はい、どうぞ」
 一瞬自分の両親の事が頭をよぎったが、聞かれたのなら包み隠さず話さなければと決めた。
「まどかさんには、今お付き合いしている方はいらっしゃるのかしら?」
「いいえ、恋人、好きな人共におりません」
 素直に返事をすると、悦子の笑みが深まる。
「とても失礼だけれど……、その、男性経験はおありかしら?」
(なるほど、立ち入った話だな)
 そう思ったが、特に恥ずかしく思う事ではないし、今求められているのならと思って答える。
「今まで合計二人とお付き合いをしました。一人は学生時代の清いお付き合いでしたが、社会人になってから付き合った方とは、男女の関係になりました」
「そう。答えてくれてありがとう」
 悦子は微笑んで頷いてから、しばし何か言いたいが迷っているという様子を見せる。
「どうかなさいましたか?」
 彼女の言葉を促すと、悦子は実に言いにくそうに口を開いた。
「孫の時生の事で悩んでいるのだけれどね……」
 この会社の社長は、浩二の息子であるわたるだ。
 だが電子書籍や動画などの大手である『JIN-com』の社長が、確か孫の時生だったという覚えがある。
「『JIN-com』の社長が、どうされたのでしょうか?」
「実は……。時生にはそろそろ結婚してほしいのだけれど、あの子、色々あって女性が苦手なの。今日も夫に良さそうな方のお見合い写真を見せに来たのだけれど、今回も孫が断りそうね……という話をしていたわ」
「お察し致します」
 こういう話は自宅でするものでは……と思ったが、大企業の会長クラスならば常に忙しく、こうして仕事の空き時間に悦子に来てもらっているのかもしれない。
「お知り合いのお嬢さんに友達になってもらいたくても、時生はいかにも女性らしい方がとても苦手なのよね。それで……と言ったらとても失礼だけれど、まどかさんってとてもビジネスライクで、色んな事を割り切ってそうだから……と思ってお願い事をしたくて」
 段々雲行きが怪しくなってきたが、まどかは背筋を伸ばして座ったまま、悦子の話を聞く。
「時生が女性に慣れるよう、レッスンしてほしいの。勿論、私たちでまどかさんに個人的なお礼をします。祖父母として、時生には女性と目を見て話せるようになったり、手を握ったりハグをしたり、人並みにできるようになってほしいと願ってしまうのよ」
「なるほど……」
 確かに、悦子の言いたい事は察した。
 ロングヘアを緩く巻いて、スカートを穿いたいかにもな女性だと、時生には辛いのかもしれない。
 そこで常に就職活動中のような、色気のない自分が抜擢されたのだ。
 第三者的に考えれば失礼な話かもしれないが、まどかは自分が〝そう〟である自覚をしているので、特に不快にはならなかった。
 自分の外見的魅力が、女性としてどれぐらいのレベルかを理解しているからこそ、いつも分相応な役割を担っていた。
 そしてそれを「寂しい」と思った事はなく、淡々と自分の仕事、求められた立場をこなして生きてきた。
 なので今回、悦子が〝最適な人材〟として自分を見いだしたのも、何らかの意味と運命的なものを感じた。
「まどかさんにも、プライベートの時間や予定があると思うから、無理にデートしてほしいとは言わないわ。でももし可能なら、あの子に女性を慣れさせてくれたら……と思うの」
「会長夫人が本当に困っていらしてのご相談なら、話をお受けするのもやぶさかではございません。ですが本社と『JIN-com』は離れていますし、そもそも時生社長のご意志はいかがなのでしょうか? 本意でないのに私が纏わり付けば、きっとご迷惑になると思います。会長夫人のお望みとは言え、人が嫌がる事をするのは本意ではありません」
 会長、そして夫人を前にしてもへりくだらず、自分の意志を貫いたまどかを、二人はより気に入ったようだ。
「鉢谷さん、聞きたいんだが、現在の自分の仕事、キャリアをどう思っている?」
 浩二に尋ねられ、まどかは正直に答える。
「入社した時は、どの部署に配属されても一生懸命取り組んでいこうと思っていました。現在の経理部での仕事は、やりがいのある仕事と思っています。職場の方々にも良くして頂いており、満足しています」
 やはり素直に答えると、その返事に満足したのか浩二は深く頷いた。
「では、もっとやりがいのある仕事があったら、どうするかね?」
 尋ねられ、まどかは一瞬考える。
「異動……という事でしたら、新たな場所でも一生懸命働かせて頂きます」
 まどかは終始視線を迷わせず、話している相手をまっすぐ見ている。
 その迷いのなさを、二人はさらに気に入ったようだ。
「身内の不甲斐なさを理由に、権力を盾にしてしまってすまない。時生は今二十九歳で、この辺りで女性への苦手意識を克服しなければ、神宮司の跡取り息子とあろうものが独身で終わってしまう。……勿論、独身である事を否定したい訳ではない。だが神宮司家や会社の存続のためにも、一人っ子である時生の子供には期待している」
(神宮司家ともなれば、一人息子に掛ける期待も一般家庭とは比べものにならないんだ)
 浩二と悦子の心配を理解でき、まどかはできる範囲でなら協力したいと思い始めていた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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