【試し読み】竜の専属紅茶師2

あらすじ

ウィリセリアから自分の世界に戻り、セルファと交際を始めて二か月、毎日が楽しくて幸せな茉莉花。気づけば五月、茉莉花の誕生日が近づいていた。プレゼントを贈ると言ってくれたセルファにアンティークショップにあるフォーチュンティーカップをお願いすることに。けれど、なぜかセルファは同じ柄のもっときれいなカップを探して贈ると言い出して――目の前に欲しいカップがあるのになぜ? 茉莉花はセルファに内緒で、こっそりそのカップを買ってしまう。だが、そのカップにはなにやら妖しいものが……※過去にWEBサイトで配信した内容に加筆・修正&書き下ろし番外編を加えたものです。

登場人物
辻茉莉花(つじまりか)
大の紅茶好きで、紅茶専門喫茶で働く。事故がきっかけで魔法世界に召喚される。
セルファ
褐色の肌と艶やかな黒髪を持つイケメンだが、生真面目で無愛想。実体は竜。
試し読み

◇ワタシのパパとママのはなし

 ワタシが卵から出たときに、パパとママがいてワタシをジッと見つめていた。
 ──はじめまして! パパ! ママ! とにかくゴハン頂戴! お腹空いた!
 って、ママのとこまで一生懸命歩いたの。でも、パパからゴハンもらったけど。
 パパの名前は、セルファパパ。
 ママの名前は、マリカママ。
 それで、ワタシの名前は、キュー、っていうの。
 マリカママが付けてくれたの! カワイイでしょ?

 仲間たちは「あの二人は、アナタの本当のお父さんとお母さんじゃないわよ」って言うけど、ワタシのパパとママだよね?
 だって、ゴハンもくれるし遊んでもくれる。一緒にネンネもしたよ。
 それだけじゃなくて、ワタシがいけないことをしたら「駄目よ」って叱ってくれる。
 これってとっても大事なことだって、ヤシュムオジサンが言ってたよ。
 大切なひとには、ちゃんと良いことと悪いことを教えるものだって。
 だからワタシは、セルファパパとマリカママの大切なひと、つまり子供なんだ!
 ヤシュムオジサンの子供の、レグルスお兄ちゃんとルゥルゥお姉ちゃんとおんなじなの!

 それでね、マリカママは他の世界から来たひとなんだって。
 ルゥルゥお姉ちゃんが間違って、こっちの世界に呼んじゃったんだって。
 何と間違えたんだろうね?
 それでね、ワタシのママになったんだよ。

 マリカママは、自分の世界で『キッサテン』っていう所で働いてるんだって。
『コウチャ』が大好きなんだって。
 ワタシもコウチャの葉っぱが大好きなの! 今度食べてみて! とっても美味しいよ!

 セルファパパとマリカママは、最初、仲良しじゃなかったみたいなの。
 マリカママがよく「真似しちゃ駄目、越後屋の言うこと聞いたらずる賢いトカゲになっちゃうからね」って言ってた。
 ……『エチゴヤ』って何だろ?
 でもセルファパパは、ワタシにとても優しいのにな。
 マホウを使う一番偉いひとの次に偉いひとなんだって。セルファパパは。
 セルファパパの茶園に行って飛び方を教えるために、ワタシと同じ仲間をマホウで創ったり、空いた時間があればワタシと遊んでくれたり。
 マホウって面白いの! お洋服作れたり、乗り物に乗らなくても移動できたり、色々できるんだよ!
 そうそう、マリカママはその移動のマホウでこっちに来たんだって。
 マホウって面白いけど、間違った使い方すると危ないんだって。
 ワタシが伸び縮みする自分の翼を使うときくらい、使い方に気をつけなきゃ駄目みたい。
 セルファパパとはよくお話しするの。
 言葉が分かってるんだ! 「同族だから」って言ってた。
 マリカママと同じ姿してるのにワタシと同族って何だろ? って思ってたら、本当の姿は、大きすぎるからこの姿でいるんだって。
 ワタシも一回見たことあるの! すごく大きいんだよ!
 マリカママもビックリして、お口アングリしてたもん。
 ワタシのパパってスゴーイ!
 それに、とっても強いの! コワイ虫もあっという間にやっつけたんだ!
 ワタシも大きくなったら、絶対にお口から電撃出すんだ!
 ワタシがお空を飛べるようになった頃にね、マリカママとセルファパパが喧嘩したことがあるんだ。
 それからマリカママが忙しくなって、あまりワタシと遊んでくれなくなっちゃった……
 コウチャを美味しくするお仕事で、毎日あちこちのお国に行ってるって。
 寂しかったけど、忙しくても毎日ワタシに会いに来てくれた。
 お休みの日には、一日一緒にいてくれたんだ!
 でも、マリカママ倒れちゃったの……
『カロウ』になっちゃったって。
 ──カロウって虫? 虫ならワタシが食べてマリカママを元気にしてあげる!
 って、一生懸命、セルファパパにお願いしたら、
「傍にいてあげなさい。いるだけで元気になるでしょう」
 そう言ってくれたから、マリカママが寝ている傍についていてあげたの!
 ワタシがいるだけでカロウの虫が逃げてくんなら、ずっといてあげるんだ!

 でね、マリカママが元気になったらセルファパパと仲良しになったんだよ。
 きっと仲良くなかったのは、カロウの虫のせいだったんだね!
 ワタシのパパとママだから、ずっと仲良しでいてほしい。

 と思ってたら、ある日マリカママと朝の散歩に出かけた後、いきなりマリカママが眩しい光に包まれて消えちゃった……
 ビックリして泣いちゃったけど、きっとお仕事で行ったんだ。ちょっと忙しいだけ。
 マリカママはどんなに忙しくても、毎日ワタシに会いに来てくれた。
 大丈夫! きっと今日も──!
 きっと今日も……
 今日も……
 …………
 ……
 
 
 ……会いに来てくれなかった。
 
 
 ──マリカママ! マリカママ!
 一生懸命、呼んだけどマリカママは来てくれなかった。
 仲間たちは、
「ほら、本当のお母さんじゃないからだよ。諦めなよ」
 って、言ってきた。
 違うよ、絶対に違う!
 ──マリカママは、ワタシのお母さんだもん!
 そう鳴いても、本当はワタシのママじゃないって分かり始めてた。
 認めなかっただけ。
 姿も違うし、マリカママはフワフワな羽も持ってない。
 でも!
 ──マリカママは、ワタシのお母さんだもん!
 そう言いながら泣いてたら、セルファパパがやって来てワタシを抱き上げてくれた。
「マリカは、自分の世界へ戻りました」
 ──もう、会えない?
 泣きじゃくるワタシにセルファパパは、
「会えますよ。『また来るよ』と言っていたでしょう?」
 とワタシの頭を優しく撫でた。
 セルファパパは、どうしてか嬉しそうだった。
 ──本当に信じていいの?
 セルファパパは、頷いた。
「そのときが来たら、マリカがこちらの世界に来るのではなくて連れていきますよ。だから、しばらくの辛抱です」
 ──うん! 分かった!
 我慢する!
 いい子にしてる!

 そうして、マリカママのいない生活に慣れていって。
 セルファパパも忙しいのか、次第に会いに来る時間が減って──

 ワタシも分かってる。
 ワタシは仲間と仲良くして、仲間同士と生活しなきゃいけないってこと。
 それがダイジなんだってこと。
 だから、受け入れていったの。
 この生活に。

「キュー、行きますよ」
「キュッ?」
 あ、セルファパパ!
 ワタシは嬉しくてパパに抱きつく。
 やっぱりパパの腕の中はキモチが良い。
 ──ねえ、しばらく来なかったけど、どうしたの?
 そうパパに尋ねる。
「色々、準備で忙しかったのです」
 と言いながら、パパはワタシに向かって手をかざす。
 ワタシの身体が一瞬光って消えた。
 ビックリした! 何だろう? 今の。
「向こうの何がキューには毒なのか分かりませんから。抗菌バリアを張りました」
『コウキン』って何だろう?
「さあ、行きましょうか」
 パパに抱っこされたまま温室から出ると、レグルスお兄ちゃんとルゥルゥお姉ちゃんが待ってた。
 目指した先は、セルファパパのお部屋みたい。
 今夜は、セルファパパとネンネかな?
 と嬉しくて羽を動かしてたら、その先にあるドアを開けたの。
 あれっ? また廊下?
 セルファパパは、気にしないでドアから出て廊下を進む。
 ……何か空気が違う。それにお部屋も。
 見たことない景色に、ワタシはキョロキョロしちゃう。
 そのときだったの。
「……キューちゃん」
 !?
 懐かしい、声。
 ワタシは、その声の方を振り向いたの。
 そこにいたのは、涙ぐむマリカママ!
「キューちゃん、茉莉花だよ……? マリカのこと、忘れちゃった……?」
 ──忘れてなんかないよ!
 マリカママの方がワタシのこと、忘れたんじゃないの?
 違う。
 マリカママもワタシのこと、忘れてなかった!
 忘れなかった!
 マリカママはやっぱりワタシのママだ!!

◇再会

 やっと、やっと会える……
 緊張と嬉しさで、私の胸がトクトクと早鐘を打っている。
 久しぶりに会える……あの子に。
 卵から孵って、私が母親代わりをつとめたあの子。
 同じく父親代わりのセルファさんに抱かれて、リビングに入ってきた羽根トカゲのキューちゃん!
 真っ白な羽毛の素敵な羽を綺麗に折り畳んだキューちゃんは、初めて来た部屋に忙しなく頭を動かして、キョロキョロと視線を彷徨わせていた。
「キューちゃん……」
 私は祈るように手を重ねて、そっとキューちゃんに呼びかける。
 ピクン、と身体が揺れて、キューちゃんが声に引き寄せられるように私の方を向いた。
 固まって、ジッ、と私を見入るキューちゃん。
 あれ? 忘れちゃったかな?
「キューちゃん、茉莉花だよ……? マリカのこと、私のこと、忘れちゃった……?」
 三ヶ月近く会えなかったから仕方ないのかな?
 悲しくて涙腺が緩みかけたそのとき──
「キュー!!」
 高い鳴き声を上げて、セルファさんの腕の中から飛び出した。
「キュー! キュー!」
 そして羽毛の長い羽を羽ばたかせ私の元へ!
 私のこと、忘れずにいてくれた!
「キューちゃん!!」
 感涙に咽びながら私は両手を広げ、キューちゃんを招く──途端。
 ギュルン!
 と音がして、キューちゃんの羽が伸びた。
「──えっ?」
 驚いたのも束の間、キューちゃんの羽は私の顔に巻きついて、グルグル巻きのミイラ状態にされた。
 ビタン! と、顔面に何か貼り付きましたね……。この感覚はキューちゃんのお腹でしょうか?
「キュー、キュー!」
 うん、キューちゃん再会に喜んでるね。それで、もう離れまいと私をグルグル巻きにしたのかな? 顔だけね。
 でも、キューちゃん……これ、苦しい……
「キュー! 離れなさい! とにかく巻きつけた羽は外しなさい。マリカが窒息します」
 近くでセルファさんが、必死にキューちゃんを説得しながら羽を外しているのが分かります。
 うん。羽根トカゲの羽は伸縮自在だしね。私を持ち上げるほど力があるんだよね。
 やばっ、気が遠くなりそう……

 羽はどうにか外れ、キューちゃんは私にベッタリ。膝の上、占領中です。
 いや~、愛を感じます!
「キューちゃん、離れないね~」
「うん。でも、しばらくはこうしてあげたいから……」
 紅茶をいれたトレイを両手に持って、ルゥルゥが私に話しかけてくる。
「セルファも残念だね。マリカの膝は今日はキューのものだ」
「なぜ私が、マリカの膝を借りなければならないんですか?」
 レグルスさんの茶々にツッコミを入れたセルファさんは、ルゥルゥの後ろについてケーキスタンドを手にしていた。
 本日はキューちゃんだけじゃなく、異世界ウィリセリアで友達になったルゥルゥとレグルスさんをアフタヌーンティーに招待しました!
 白のクロスを掛けたテーブルに陶花を飾り、可愛らしいキャンドルを設置して、ウェルカムティーをルゥルゥにいれてもらった。
 日本人はダージリンを好むけど、今回はアッサムファーストフラッシュ。ミルクティー向きなんだけど、ファーストフラッシュだけはストレートで飲んでみて!
 三段の皿には、下からサンドイッチのような軽食から始まり、二段目にはスコーン。一番上にはペストリー(ケーキ)とかの焼き菓子などが載る。
 順番としては下から食べていくのがお約束なので、食事は一番下の皿なんです、はい。
 最近では見栄えを良くするのに多少順番を入れ替えている店もあるけど、下から食べていけば問題はない。
 だからといって、順番を守らなきゃ駄目! なんて、眉をつり上げたりしなくてもいいと思う。
 せっかくの食事の時間だもの、ピリピリしないで楽しく食べたい。
 合計で四人いるのでケーキスタンドが一つだけじゃ足りなくて、二つテーブルに並んでいます。
 作るのが大変だったけど、セルファさんも手伝ってくれたし、デザートは有名菓子店からの購入で手抜きをしたけど、それはそれで良し!
「私がもてなす側なのに、任せちゃってごめんね、ルゥルゥ」
「いいよ、キューちゃんがまとわりついて邪魔になっちゃうでしょ? キューちゃんにうんと構ってあげて」
 準備のためにキューちゃんから離れようとすると、
「キュー! キュー!」
 って鳴いて、伸縮自在の羽で私を拘束するからキッチンに入れなくて……
「ごめんね、キューちゃん。寂しい思いしてたんだね」
「キュー」と鳴いて膝の上で後ろ足立ちして、身体全体で甘えてくるキューちゃんが愛しい。
 背中を撫でてやると、キューちゃんはウットリと目を瞑って私の温もりに浸っているようだ。
「では! 再会を祝して!」
 レグルスさんの音頭で紅茶で乾杯!
 お酒は未成年ルゥルゥがいるので人気が出ている大人向けの「シャンパン・アフタヌーン」はなしに。
 私は元々、お酒は飲む方じゃない。お酒飲むなら紅茶を飲んでいた方がいい人なんで。
 そう言えば、セルファさんはお酒飲むのかな?
 私といるときは私が好きだからいつも紅茶飲んでるし、セルファさんも紅茶好きだから気にしてなかったけど……
 普通、何か飲むときには尋ねるよね……。私、気が利かないな……
 以前、お付き合いしていた藤井ふじい悠人ゆうとを思い出してズーンと憂鬱になった私。
 二股かけられた上に私が浮気相手だったので、参考にはならないとは思うけれど、あのときも『自分を好きになってくれた。自分の紅茶好きを認めてくれた!』で陥落して付き合ったから、悠人の言うことを素直に聞いて、彼のことをよく知ろうともしなかった。
 セルファさんとこっちの世界で再会して、正式にお付き合いを始めたんだけど……
 悠人と同じ轍を踏みつつない? 私?
 私の横に座り、姿勢良く紅茶を飲んでいるセルファさんを横目で見る。
 浅黒い肌に癖のある闇のような髪は額を隠して揺れて。そして春摘みの茶葉のようなファーストフラッシュ色の琥珀の瞳は紅茶を飲むたびに閉じる。伏せた瞳に毛ぶるように生える睫毛の濃さ。
 彫りの深い顔立ちに見あう通った鼻梁。そして品のある薄めの形良い唇。
 ああ……こっちの世界でも、充分通じるイケメンですぅ……
 って、ウットリとしてる場合じゃない! 私!
 そう──私、二ヶ月近くお付き合いしてるけどセルファさんのこと、よく知らない。
 知っているのは、魔法が発達している異世界ウィリセリアの魔法組織機関シャリアンの『魔元帥』の地位にいて、魔承師オルイン様の補佐をしていること(現在五十年、有給休暇消化中)。
 ウィリセリアでは、小さいながら茶園を経営していること。
 紅茶はブラックティーが好き。
 甘い物は苦手。
 黒系の服を好む。
 そして──普段は人の姿をしているけど、本当は『竜』だということ。
 後は何も知らない。
 彼の誕生日とか年齢とか。
 食事の好き嫌いとか、趣味とか──何も。
 これって、大問題じゃない?
 ジワリ、と背中に冷や汗をかく私だった。

 お茶会も進み、お腹を満たした私たちはタワーマンションの屋上テラスに出て、そこからの景色を眺めながらお喋りしてる。
 このマンションは、なんとセルファさんが土地を購入して、オルイン様の力を借りて建てたもの。
 最上階は全てセルファさんの居住区なのです。
 そんな訳で、部屋の一つ一つが広いのなんの……
 セルファさんも、全部は使ってはいないみたい。リビングと、このテラスと、寝室くらいらしいの。
 ウィリセリアと繋がっている部屋は今は寝室だけど、書斎にする予定でいるとか。
 ちなみに下の階からは、賃貸契約で部屋を貸してるとのこと。
「オルイン様は、こっちには来られないんですか?」
 今日は、ルゥルゥやレグルスさんだけでなく、二人のお母様であるオルイン様とお父様のヤシュムさんもお呼びしたんだけど、「来れない」との返事。
「来れないことはないけど……う~ん、『ウィリセリアの意志』を背負うから、星が星に遊びに行く感じになるんだ。大きな星の活力同士ぶつかったら、当然危ないんだ」
 ええっと、レグルスさん、さらっと言いましたけど、それは星と星が衝突して滅びる可能性を持つ──という意味でしょうか?
 想像するとブルいます。
 来れないと聞いてガッカリしたけど、理由を聞いたら納得。
 オルイン様はウィリセリアの『意志』を受け継ぐ『魔承師』という人。
 こちらの世界の、巫女みたいな役割を持つと言えば分かりやすいかな?
 しかも、ウィリセリアの『魔法』に関わる全てを統治する偉い人なの。
「今日は、僕の代わりに父さんが業務をこなしてくれるって言うから、お言葉に甘えて来ちゃったんだ」
 レグルスさんが、それはもう楽しそうに話してくれた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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