【試し読み】制作者として責任を持ってヤンデレルートを潰します!

作家:日向そら
イラスト:笹原亜美
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2022/1/21
販売価格:500円
あらすじ

公爵令嬢エリシアはある日、『この世界』が前世で自分がシナリオを書いた同人乙女ゲームだと思い出す。しかしメインヒーロー・セドリックの義妹である『エリシア』は病弱で、シナリオ通りなら数年以内に死んでしまう脇役。――いや、死ねない! なぜならこのゲーム、バッドエンドでは攻略対象達はみんな〝ヤンデレ化〟するのだ。妹思いの優しい義兄セドリックも、エリシアの死がきっかけで『監禁ヤンデレ』に……! ヒロインもヒーロー達も我が子同然。彼らを不幸にするわけにはいかない! エリシアはヤンデレルートを潰し、彼らをハッピーエンドに導くと決意するが……?

登場人物
エリシア
病弱な公爵令嬢。前世を思い出し、兄のヤンデレ化を阻止するために奔走する。
セドリック
エリシアの義兄。優しく妹思いだが、エリシアの死によりヤンデレ化する予定。
試し読み

 初夏と呼ぶには些か抵抗があるほど、むしっとしたぬるいワンルームで、私達は祝杯を上げていた。
「カンパーイ! ウィークランキング一位おめでとーー! そしてありがとーー!」
 すっかりできあがって地下アイドルみたいなノリで、手にしていたチューハイの缶を掲げたのは高校時代からの友人だ。そして二人しかいない同人乙女ゲームのサークル仲間でもあり、ちなみに彼女がイラストとシステム周り、私がシナリオ担当である。
 今日は二年かけて完成したオリジナル同人乙女ゲームの打ち上げという事で、必要以上にハイテンションになり、お互い競うようにチューハイの缶を次々と空にしていた。
「いえーい!」
 私が持つチューハイに、自分の缶をぶつけてくる友人に負けじとぶつけ返し、あと少しだけだった中身を一気に飲み干してテーブルに置いた。そして何気なく後ろに積んである段ボールに手を伸ばした。中から取り出したのはビニールでコーティングされた薄めのパッケージ。
 真ん中にはつたに絡みつかれたピンク色の髪を持つ美少女。彼女を取り囲むのは、臙脂えんじ色のお揃いの制服を着た黒髪長髪の王子様然とした貴族令息、金髪のモノクル眼鏡の次期宰相候補、鮮やかな緋色の髪を持つショタ魔術師である。
 金属的な質感で装飾されたタイトルは『君がいるから世界はうたう』。銀色のR18マークもいい感じに馴染んで世界観を壊さない素晴らしい仕上がりだ。
 ほんと、ウチの絵師は天才だな! 何十回見ても飽きない顔の良さ。そもそも試行錯誤して生み出したキャラクター達なのだから、みんな可愛くない訳がないんだけど。
 ふひひ、とニヤついて丁寧に元の場所に戻す。楽しんでくれる人のところにお嫁に行ってね、間違っても転売なんてされるなよ、と祈りを込めていると、肌がじんわりと汗ばんでいる事に気付いた。立ち上がって、酔っぱらいの千鳥足でふらふらと窓へ向かう。
 防犯対策の格子が嵌っている窓は、開けると圧迫感は出るけれど、マンションと雑居ビルの間にあるおかげで、きついくらいのビル風が部屋の中に入ってきて涼しいのだ。安さだけが売りの学生アパートだから、所々赤錆あかさびが浮いて鉄くさいのが難点だけど、まぁ住めば都。少し冷たいくらいの風がお酒で火照った身体を冷やしてくれて、ほうっと一息ついた。
 私は窓のさんに浅く腰かけ、友人に振り向く。
「あのさ! 気早いけど、次回作は──」
 勢い余ってバランスを崩し、思いきり掴んだ鉄柵だったけれど、妙に感触が軽い。え、と呟いた時には、私の身体は宙に放り出されていた。サワーの甘い香りも、部屋も、驚いた顔をした友人も、ぐんぐん遠ざかっていき──そして暗転。

 あ、私死んだわ。

     *

「きゃあああっ!」
 自分の悲鳴で目が覚めるなんて、子供の頃以来だろうか。
 心臓がばくばくして身体中の毛穴がぶわっと開ききって汗が噴き出す。衝撃が強すぎて飛び起きるどころか、逆に指先一本動かす事もできなかった。
 深呼吸してそろりと寝返りを打つ。けれど、仰向けになって初めて気付いた天井には、天使がラッパを吹いている宗教画が視界いっぱいに広がっている。何度か目を瞬くけれど絵は変わらない。
 何ここサイ○リア?
 まだ夢を見ているのかと今度こそ起き上がって周囲を見渡す。
 ピンクの小花柄の壁紙に白で揃えられた家具。レースたっぷりのカーテンに、とどめは私が今座り込んでいる天蓋付きのお姫様ベッド……と、どこぞのプリンセスが使っているような、とても可愛らしい部屋だった。
 あ、私の部屋だ。うん、私の──、エリー……エリシア?
 自然と頭に浮かんだ名前を心の中で呟けば、一気にコマ割りされた画像が私の頭の中に飛び込んできた。それは私、エリシア・マクドネルが十年間生きてきた記憶。
 それなりの領地を持つ侯爵家の一人娘だけど身体が弱くて、食も細い。冬は寝台によく伏せっているような病弱な少女だ。
「……」
 えっと……つまり? 私転生して、今前世を思い出したって事?
 まだはっきりしない頭でもそんな結論を導き出せたのは、私が乙女ゲームだけでなく異世界転生もトリップ小説も大好物な雑食性のオタクだったからだろう。
 ちょうどよく寝台の隣の壁に設置された大きな姿見を見つけ、慌てて上半身を起こして移動する。……が、その途中で手が身体を支えられず、がくんっとシーツに突っ伏した。
 小さくて……明らかに細く青白い手を、艶のない亜麻色の長い髪が覆い隠す。
 え、身体、動かないんだけど……。
 戸惑いながらも、某ホラー映画の幽霊のように寝台の端まで這いつくばってズルズルと身体を引きずり、そのまま足から滑るようにして絨毯のうえに降りてみた。
「……っいたた」
 降りたというかほぼ落ちたせいで大きな音がしたけれど、とりあえず鏡、鏡。顔をしかめつつ打ったお尻を撫でながら、寝台の真横に設置している大きな姿見を覗き込んでみた。
 そしてはっと息を呑む。
 かわ……ッ! いや、でも、ちょっと痩せすぎ……のような……?
 鏡の中の私──エリシアはとんでもない美幼女だった。年齢は十歳になってるはずなんだけど、小柄で細いせいかもっと幼く見える。
 ミルクティー色の髪に、長く密に生えた睫毛に囲まれたアンバーの瞳は、大きくてクリクリしていて、我ながら天使のような愛らしさである。ただ、ガリガリで頬が窪んで隈がすごいし、なにより目が三徹夜明けレベルで死んでいる。
 ただ……どこかで見たような気がするんだけどなぁ……あと、マクドネルって名前も……うーん……思い出せない。
 まぁ、可愛い幼女は二次元にいっぱいいるし、と、頬に触れたパサパサの髪の毛が勿体ない……と指で梳いてみたら、髪以前に爪がボロボロだった。さっきから薄々感づいてはいたけれど、間違いなく私は病人である。
 ……え、もしかして、転生して記憶取り戻したのに即デッドエンド?
「それくらいなら記憶なんて戻らなくてよかったんだけど!?」
 ナニソレ。私、前世で村でも焼いたの? いやいや、間違いなく前科なんてないから!
 思いのままに叫んだら、乾いていた喉が耐えきれなかったらしく、思いきり咳込んでしまった。マズい。止まらない。
 必死で何か飲み物を探して部屋を見回し、水差し発見。手を伸ばそうとしたその時、ばんっと勢いよく扉が開いた。
「エリー! 大丈夫……、っ寝台から落ちたのか!? 怪我は……」
 綺麗なボーイソプラノでそう言いながら駆け寄ってきたのは、恐ろしく綺麗な顔をした美少年だった。
 天使の輪っかを載せた艶々の黒髪に、瞳は良く晴れた鮮やかな空の色。年の頃は十二、三歳ほどだろうか。確実に美青年になる事が約束された王子様フェイス……って、あれ?
 華奢な身体つきだと思ったけれど、危なげなく私を抱き上げて寝台へと戻してくれたので、それなりに力はあるのだと感心する。いや、むしろ私が軽すぎるのかもしれない。
「痛いところは?」「咳は?」と、矢継ぎ早に尋ねられ、適当に首を振る。どうにか咳も収まってきた事もあって、まじまじと美少年を見つめてしまった。
「うーん……作画が神!」なんて言ってる場合じゃない。
 だって、この子……いや、このキャラって。
 ──『どこを見てるの……? ふふ、まだそんな余裕があったんだね。じゃあ、最初から君が大好きな奥を突いてあげよう。……ははっ。逃げるの? 無理だよ。地下室の扉の鍵は私しか持っていないし窓すらない。ああ、そんなイヤらしい顔をして──ほら、ほらっ、ロザリー。いつまでも追いかけるよ。その度に奥を抉ってあげる。嫌なら腰を振って、もっと欲しがって──』
 頭の中で再生されたのは、甘くドロドロに蕩けた声と、彫刻めいた端整な顔立ち。艶やかな長い黒髪を鬱陶しそうに掻き上げ、空中で揺れる細く白い足に唇を落とし恍惚とした表情で微笑んでいる──と年齢制限とボカシまったなしのエロスチルだった。
 ごくりと唾を飲み込めば、私の心の声を読んだかのように、後から部屋に入ってきたメイドさん──私の専属メイドのアンが美少年に声をかけた。
「セドリック様。お医者様がいらっしゃいました」
 セドリック──!
 メイドさんの言葉に、心配そうに私の頭を撫でてから脇に避けた美少年の名前は、セドリック・マクドネル。
 私が知っている顔よりも、かなり幼いけれど間違いない。彼は、私が作った乙女ゲーム『君がいるから世界が謳う』のメインヒーローである。
 つまり私は──いつか黒歴史にもなりかねない、自分が作ったオリジナル同人乙女ゲームの世界に転生したらしい。
「……」
 ──え、ソレなんて地獄?
「死ねる」
「エリー!?」
 焦るセドリックの呼びかけをBGMに、私は再びぶり返した咳と羞恥心に見舞われ、意識を失ったのだった。

 それから再び私が意識を取り戻したのは、二時間後。
 その間ずっと手を握っていてくれたらしいセドリックは、長い睫毛を伏せ、振り絞るような声で懇願してきた。
「エリー。死ぬなんて恐ろしい事を言わないで。きっとすぐに元気になるからね」
 両手でぎゅうっと私の手を握りしめたセドリックの手の強さに正気に戻る。
 ……うん、夢じゃなかった。
 そう自分に言い聞かせて納得させる。幸いな事にこの身体エリシアの記憶があるせいか、異世界感は不思議となくて、なんちゃって中世ヨーロッパ的な生活様式にも違和感は覚えない。
「エリー?」
 返事がない事に不安を覚えたのか、セドリックが椅子から腰を上げて私の顔を覗き込んできた。青い瞳は大きく揺れていて、暗く淀んでいるように見える。身を寄せた拍子にセドリックの目尻に溜まっていた涙が零れ落ちかけ──、私は思わず手を伸ばした。
 親指で涙を掬い取れば、青い瞳が驚きに見開かれた後、僅かに輝きが戻る。
「エリー……ありがとう……」
 私の指ごと握りしめて、涙で濡れた自分の頬に押しつけたセドリックは、今日初めて笑顔を見せてくれた。その様子にほっとする。うん、子供の泣き顔は見てるだけでツライからね。
 それに思い出したのだ。セドリックに『死』に関するワードは地雷。三回続けばバッドエンド一直線である。

※この続きは製品版でお楽しみください。

関連記事一覧

テキストのコピーはできません。