【試し読み】惚れ薬を作った魔女ですが、ワケアリ依頼主にハメられました!?

作家:踊る毒林檎
イラスト:yos
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2022/1/14
販売価格:300円
あらすじ

王都を追放され森の奥深くに棲む魔女のモニカの元に、ひとりの客人が訪れる。新規の客を得て喜ぶモニカだったが、その青年が依頼したのは「惚れ薬」──こんな美青年、そんなものなくても女なんて選り取り見取りだろう。とても困っているようには見えず、変なことに巻き込まれたくないモニカは依頼を断る。しかし青年はしつこく食い下がり、大好物のぶどう酒を見せられたモニカはまんまと丸め込まれて話を聞くことに。曰く、彼には妻に望む女性がいるのだが、それは許されざる恋。薬がなければ望みはないのだという。「あなたには許せない相手はいないか?」そう尋ねられたモニカが思い出したのは、かつて共に暮らしていた人間の男で……?

登場人物
モニカ
森に棲む魔女。無類のぶどう酒好き。どんな病にも効く魔法薬を作ることができる。
ファウスト
許されざる恋を叶えるため、モニカに「惚れ薬」を依頼した美青年。
試し読み

一 惚れ薬とぶどう酒と酒好き魔女。

 昼なお暗い、鬱蒼と茂る森の奥深く。透明な泉を越え、虹の橋の滝を越え、原生林の森を越えたその先には、魔女が棲んでいるという。
 その魔女の作る薬は万能で、どんな病をも治癒させる力があるそうだ。
 ──しかし、その魔女の元には、真に薬を求める者しか辿り着けない。

「今日も良い天気です」
 朝起きてシーツとデュベカバーを洗濯したら、お気に入りのクッションと枕、羽毛布団を日干しして。そのあとは庭のハーブを摘んで、ハーブティーを作ったら、ポットに入れて、ピクニックがてら川に水を汲みに行く。森で採れた林檎も一つ持っていき、いつもの休憩ポイント──倒木の丸太の上で、小鳥たちの囀りを聞きながらハーブティーと一緒に齧る。それがモニカのモーニングルーティンだ。
 家に帰ってきたら、たまの来客が持ってきたライ麦パンにハムとチーズを薄切りにして、サンドイッチにして食べて、お昼は終わり。
(平和です……)
 使ったお皿を洗いながら、モニカは目を細める。
 もうずっとこんな生活を続けているが、モニカは人の言う孤独というものを感じたことはない。……いや、嘘か。一人でいて感じる孤独よりも、誰かと一緒にいて感じる孤独の方がつらいことを知っているからこそ、もう、あえて誰かと関わろうとは思わない。
 モニカは魔女だ。
 ひととき、ほんの一瞬だけ人と生きた時代もあったが、彼等とは時の流れが違う。モニカは二十に満たない若い娘の姿をしているが、もう百二十年ほど生きている。人間たちとは価値観や常識も違う。よって、彼等と関わると、人間同士よりもすれ違いや摩擦が生まれやすい。国によっては、魔女狩りなんて時代錯誤なことをやっている所もまだあるらしい。
 ──人間とは極力関わらない。
 それがモニカの生き方だ。
(……人間は苦手だけど、でも、嫌いじゃない)
 だから本当にモニカの薬を求めている患者は、受け入れることにしている。
 森全体に魔法をかけているから、よっぽど強い想いを持っている人間しかモニカの棲む森には辿り着けない。
 今、モニカの所に定期的に通っている人間は二人だけ。一人は心の臓に病を持つ女の恋人。一人は呪いをかけられて、十まで生きることができないと言われている子供の母親。どちらも強く「助けたい」という想いの持ち主で、悪しき心を持たない者だからこそモニカの所まで辿り着くことができた。
 そろそろ二人とも完治が近い。
 喜ばしいことではあるが、一点だけ懸念があった。
 モニカはいつも食べ物や日用雑貨を、薬の代金として受け取っている。街にまで降りて、パンや衣類を買うのが面倒だからだ。
 あの二人の定期購入がなくなると、そろそろ街に降りる必要がある。
 人の街が苦手なモニカにはそれがつらい。
(困りました)
 魔女であるが故、飢えには強い。人間のように三食食べる必要はないが、人の世のグルメの味を知ってしまったため、森の恵みによる自給自足の生活では物足りない。
(そういえば、最近、ワイン飲んでない……)
 森のぶどうや林檎で、ぶどう酒や林檎酒シードルを作れないことはない。しかし、人間たちのように器用には作れない。
 その時、モニカのセンサーに何かが引っかかった。
「新しい患者さんでしょうか?」

 その客人は、モニカのセンサーに引っかかった一時間後に、彼女の家の前に現れた。
 馬の蹄の音にモニカはゆっくりと椅子から立ち上がる。玄関の扉を開けると、長身の男が一人、近くの木に白馬を繋いでいるところだった。王都からの客人だろうか? 今回のご新規様はやけに品がある。
 モニカに気付くと、男はこちらを振り返った。
「噂通りの、長い赤毛の少女だな」
「はい?」
「やはり、ただの人の娘に見える……最後に……は、何年前だ? しかし、こうも姿が変わらないと……」
 ブツブツ独りちたあと、彼は藪から棒に言い放つ。
「あなたは人間か?」
 男の低く通る声に、一瞬ビクリとした。
 悪しき心を持つ者は通れないようにしてあるので、善良な人間ではあるのだろうが──人間の男は苦手だ。
(人間、か。人間なら良かったんですけどね……)
 チクリと胸が痛む。
(人間はやっぱり苦手かも。迂闊に恋なんかしちゃったら、痛い目をみるもの)
 嫌なことを思い出した。
 瘡蓋かさぶたが剥がれそうになるのと似た感覚に、モニカは渋面を浮かべた。
「…………」
 いつの間にか馬を繋ぎ終えた男は、ただ黙って、モニカの答えを待っている。
 少し迷ったが──モニカは正直に答えることにした。
「いいえ」
「では、あなたがこの森に棲む伝説の魔女なのか?」
「いつから伝説になったのか知りませんけど。一応、魔女ですね」
「クラーク伯爵の末娘の話を聞いてから、ずっとあなたを探していたんだ。医者に十まで生きることができないと言われていた子供が、伝説の魔女の薬を飲むようになってから、元気に野山を駆けまわれるようになった、と」
「マリエッタね、クラーク伯爵夫人ならうちの常連客です」
「ああ、やっぱり本物だ! 伝説の魔女モニカ!」
 男は声をたてて笑いながら、バッ! とフード付きの外套を外した。
 青葉の香りと共に輝く金の髪が風に流れる。外套の下には、人間にしておくには惜しい、美しすぎるかたちがあった。
(デニス……?)
 透き通る白い肌に、深い灰簾石タンザナイトの瞳が印象的な美青年は、モニカのよく知る人物によく似ていた。
(いや、まさか。デニスはとっくの昔に死んでいるはずです)
 他人の空似だろう。
 よくよく見てみると、全く似ていない。デニスの目は翡翠ひすいだったし、髪も銀髪だ。何故彼にデニスの面影を重ねてしまったのか。
(赤の他人にデニスを重ねるなんて、何だか自分が嫌になります……)
 外套の下の紺色の軍服を見るに、王都の軍人だろうか? よくよく見てみると、筋肉質でひきしまった体付きをしている。
「良かった。やっと、やっと辿り着けた! 不治の病をも治癒させる魔女の棲む森の噂を聞いてから、ずっとこの場所を探していたんだ!」
 そう言って満面の笑顔になる美青年の様子を見るに、どうやら彼は何度もモニカの元へ来ようと挑戦していたようだ。
 何度目の挑戦で成功したのか判らないが、相当、強い想いを持っているだろう。
(新規のお客様、げっとです)
 これで常連の二名の通いが終わっても、しばらく街に降りなくて済みそうだ。
「魔法薬の依頼ですね」
「まさに。あなたを見込んで、相談がある」
 今度は何の薬の依頼だろうか? これも人助けだ。悪い気分ではない。そして難易度の高い薬を調合する時は、いつもワクワクする。モニカはそういったことに興奮を覚える魔女だった。
(今日は、何の薬を依頼されるんでしょう? ドキドキします……)
 そんなことをモニカが考えていると、彼はモニカが想像していた類の依頼ではない、斜め上の台詞を吐いた。
「惚れ薬を作ってほしい」
「は?」
 モニカの声が裏返る。
 ひゅうと吹いた初夏の風が、森の木々を揺らした。草虫たちの合唱の中、モニカはもう一度「は?」と呟いた。
「風の音で聞こえなかったか? 惚れ薬を作ってほしい」
「惚れ薬……」
 意中の相手を落とすための、あの薬のこと……だろうか?
 いやまさか。聞き間違いだろう。相手はこんな美青年なのだ。そんなものがなくても、女なんて選り取り見取り、口説き放題だろう。
「惚れ薬って、あの惚れ薬でしょうか……?」
「恐らくその惚れ薬だ。媚薬効果もあると望ましい」
 念のため確認してみたが、やはりあの惚れ薬で合っているようだ。
 腰に来るようなバリトンボイスで、真剣な目をしながら、この美青年は一体何を言っているのだろうか。
「…………」
 モニカは腕を組んだまま、しばし考えた。
 惚れ薬の難易度は、モニカにとってはそんなに高くはない。しかし、とても珍しい材料を使うので、調合を想像するだけで心躍る。とても興奮する。──だが。
(断ろう)
 モニカがそう思うのは、至極当然な流れだった。
 変なことに巻き込まれたくない。……というか、この人、美形だけど何だか変だ。薬を作るワクワク感よりも、今回はそちらの方が勝った。
「お断りします」
「何故だ?」
 さも不思議そうに首を傾げる美青年に、モニカが言葉につまる。
 モニカは極力人間に関わり合いたくないと思っている。だが、彼等のことは嫌いではない。好ましい、面白いなと思う部分もあるので、時折、人助けをしている。しかし、それは本当に困っている人限定で。
「だって……惚れ薬でしょう?」
 彼には悪いが、あまり困っているようには見えない。
「作れないのか?」
「まさか。そんな初級の魔法薬、アカデミー一年生の魔女だって作れます」
「ならお願いしたい」
「いや、だからお断りします」
「そこをどうにか」
「嫌です。女くらい、自分の力で口説いたらどうですか」
「謝礼は何を差し出せばいい? 金でも宝石でも何でも用意しよう」
 玄関口で断り続けるが、美青年はしつこく食い下がる。
(これでは埒が明きませんね……)
 誰がそんなもの作るかと思ったが──ここまでやってきただけあって、彼にはとても強い想いがあるようだ。なかなか引いてはくれない。
(魔法で、街まで飛ばしちゃいましょうか)
 そんな物騒なことを考えているモニカに、彼は言う。
「魔女はぶどう酒がお好きだと聞いた。王都で一番美味いと言われている美酒だ。とりあえずこれでも飲んで、話だけでも聞いてはくれないか?」
「ぶどう酒ですって?」
 モニカの表情の変化に気付いたらしい美青年は、ここぞとばかりに詰め寄った。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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