【試し読み】一途な侯爵令息の絶対溺愛~甘すぎ執着から逃げられません!~
あらすじ
「そんな可愛い顔を見せてくれたら、くちづけたくなる」――〝愛〟を糧にする契約魔ラヴィニアのため、苦手な夜会に参加した伯爵令嬢のルフィナ。そこで初恋の侯爵令息・エンベルトに再会し、愛の調達に失敗してしまう。しかしラヴィニアはもう限界で――【空腹で……耐えられないわっ!!】ルフィナの身体を操りエンベルトにくちづけしてしまった! 彼とのキスは濃厚な愛の味に満ちていた。契約魔による特殊体質になってから、エンベルトとの恋を諦めていたルフィナ。しかしくちづけを交わして以来、彼のアプローチは激しさを増していく。「君に触れたくてたまらないんだ」ルフィナは甘美な愛を受け、触れられるだけで蕩けそうになり……?
登場人物
人見知りで人付き合いが苦手。契約魔による特殊体質のため、エンベルトとの恋を諦めていたが…
ルフィナの初恋相手。外国留学のため交流が途絶えていたが、パーティーで再会する。
試し読み
【第一章 誰にも言えない事情】
(落、落ち着かないわ……!)
とにかく裸で歩いているような気がし、居たたまれなかった。
出掛けるときに最後の足掻きとばかりに、せめてストールを羽織りたいと言ってみたのだが、却下されてしまった。
肩を大きく出した襟ぐり、二の腕に申し訳程度に引っかかっているような短すぎる袖、身頃は身体にぴったりと吸いつくようなデザインで、胸や腰のラインが遠目でもはっきりとわかってしまう。今はマーメイドラインが流行っているが、それでは自分の身体つきが知られてしまうと青ざめ涙目になってしまい、幾重にもチュール生地を重ねたふんわりしたスカートのドレスにしてもらったのだ。
叔母のオルガの狙いは成功しているようで、会場内の男性たちの視線がチラチラとこちらに向けられている。明らかに自分と『仲良くしたい』とアプローチしてくる視線だった。
オルガの知人が主催しているパーティーは華やかだ。招待客もそれなりに多く、年齢層の幅も広い。こうした場で未婚の者は、結婚相手を探すのが普通だ。今年十八歳を迎えたルフィナは、夫探しに乗り出すには遅すぎるくらいだ。
(で、でも……元々私は、男の人って苦手、だし……)
男女の有無ではなく、知人以外との接触が苦手だった。
今でこそこうしてパーティーに参加できるまでになったが、幼い頃から虚弱体質で少し興奮しただけで熱が出てしまうほどだった。そのため、二年ほど前までは所有している静養地で過ごしていた。
貴族階級としては中流の伯爵位であるヴァレンティ家は、国の食料庫であるブライエア地方に静養地を持っている。田園地帯のそこでは隣家に行くにも数分歩かなければならないほどで、景色も空気もよく、民も穏やかで優しく、素朴な生活を送っていた。
だが多少の気温差でも熱を出し、食べ慣れていないものを口にすれば腹を下し、廊下を走っただけで息切れしてしまっていた。幼い好奇心が外で遊びたいと主張しても、身体がついてきてくれない。自室でおとなしく過ごすことしかできず、毎日つまらないと落胆していた。
唯一の友だちは人ではないため、屋敷の外の者たちには見られないようにしなければならなかった。生まれたときから一緒にいるとても大事な友だちの彼女は自分よりずっと歳上で、幼心と対等ではいてくれない。
母親は一ヶ月の半分は静養地で生活してくれていたが、伯爵位を持つ父親はそうもいかず、月に何度か程度しか会えなかった。それでもできる限り一緒の時間を作ってくれた。
やがて父親が、友人の子供だという少年を連れてきた。三つ歳上の少年は陽光を束ねたかのような明るい金髪と、新緑色の瞳で綺麗な顔立ちをしていた。笑うと屈託がなくて愛らしくなり、声音は優しく穏やかで包み込んでくれる響きを含んでいた。彼はどうやらブライエア地方を気に入ったらしく、季節ごとの長期休暇に訪れ、ルフィナのもとに遊びに来てくれるようになった。
領地の子供たちは外に出れば労ってくれたものの、身分の違いゆえか一緒に遊んでくれるほどではない。だが彼はルフィナに合わせた遊びに付き合ってくれるだけでなく、体調を崩してしまっても嫌な顔一つしないどころかとても心配して看病してくれたり、付き添ってくれた。ルフィナの枕元で面白い話をし、本の読み聞かせもしてくれた。
彼と過ごした日々は、大切な思い出だ。
(あれは、十一歳の春だったわね……)
その日は体調がよく、彼が見つけたという花畑に連れていってもらった。名も無き草花たちが自然のままに咲き乱れる花畑は、整えられたものよりも生命力に溢れて見えた。歓声を上げて誘ってくれた礼を言うと、彼はとても嬉しそうに笑ってルフィナの額にそっとくちづけた。
お付きの使用人たちが微笑ましげに見守る中、彼は初めて見る真剣な表情でルフィナに言った。
『僕、立派な紳士になるよ。そうしたら、君に求婚するから……僕の、奥さんになってくれる?』
求婚というのがどういうものかはよくわからなくとも、彼が自分に求める立場は理解できた。奥さん──彼の傍にずっといられる存在だ。母親が、父親の傍にいるように。
それがとても嬉しくて、ルフィナは満面の笑みを浮かべて頷いた。
『うん、なるわ。私、あなたの奥さんになる!』
すると彼が、思い切ったようにルフィナの唇にくちづけてきた。ふにっ、と柔らかな感触が押しつけられて驚き、くすぐったさに笑い合う。
少年付きの使用人が慌て、ルフィナ付きの使用人に何度も頭を下げているのがおかしかった。
それからは苦手な薬も嫌がらずに飲み、体力作りもし、健康になるための努力を惜しまなかった。このまま順調にいけば子を育むこともできるだろうと主治医に言ってもらえるまでになったが、二年前の『あのとき』──ルフィナの身体は変わってしまった。
こんな身体では、彼の『奥さん』になどなれるわけがない。何よりも彼に負担を掛けるだろう。それが嫌だった。
ちょうどその時期に彼が家の風習で外国留学をすることが決まり、悲しかったがこれを機に疎遠になるようにした。頻繁に送られてきていた手紙や留学先で見つけた小さな贈り物などへのお礼の返事に徐々に間隔を空けるようにし、自分からは手紙を出さないようにし、文面も儀礼的なものへと変化させていって──二年経った今は、時節の挨拶程度しか交わさないところまで関係は薄れた。
彼はエンベルト・スカルファロット──この国で十指に入る高位貴族、スカルファロット侯爵子息だ。自分は彼に相応しくない。
もうそろそろ留学から戻ってくる時期だが、詳細はあえて尋ねていなかった。
(エンベルトは私のことなんてもう、ただの知人としか思っていないわ……)
そうなるように自分が仕掛けたとはいえ、初恋の人を諦めなければならない胸の痛みは、やはり辛いものだ。ただ自分の素っ気ない態度でエンベルトが心に傷を負わなければいいことを願っている。
(エンベルトは素敵な人だもの。きっとあちらで素敵なご令嬢と出会って、恋をして……)
ズキリ、と心が痛む。ルフィナは慌てて首を横に振り、その痛みを逃がした。
直後、華やかな会話の中から声が聞こえた。
「……ほら、ねえ……あのご令嬢……」
噂好きな印象を与える女性たちがこちらをチラチラと見やりながら、何か囁いている。何を話しているのかまでは聞こえないが、想像はできた。エンベルトを遠ざけざるを得なかった理由に起因するものだろう。
加えて今の自分は嫡男ではない年頃の貴族青年たちにとって、結婚相手として注目されている。五年前に両親を流行病で亡くし、叔母のオルガが後見人となっている自分と結婚すれば、自動的にヴァレンティ伯爵家の爵位を継げるからだ。
だがそのおかげで、『調達作業』に困ることはない。
(……早く、帰りたい……)
ここにやって来てまだ三十分も経っていないが、早くもそう思ってしまう。せめて声を掛けられないよう人気がなさそうなバルコニーに向かう。すると、脳裏に叱責の声が響いた。
【──あら駄目よ、ルフィナ!! わたくしに餓死しろと言うの!?】
ぐわんぐわんと頭を揺さぶるかのような大声に、もう少しで倒れ込みそうになる。ルフィナは慌てて両足に力を入れ、踏ん張った。
【あなたがなかなか食事を調達してくれないから、わたくし、もうヨロヨロよ……!! 二週間、何も食べていないのよ? 今夜は何としても、食事をしていくわ!】
品があるのに力強さも感じる女性の声が、頭の中で響く。ルフィナは大きく息を吐くと、バルコニーに出た。
【駄目よ! わたくしの食事の用意をしてもらわなくちゃ……!!】
途端に身体が動かなくなる。足がまるで床に凍りついてしまったかのようだ。
だがまだ、身体を乗っ取られるまでには至っていない。
【ラヴィニア、わかっているわ。少し休んだら、ちゃんと……ゆ、誘惑しに、いくから……】
心の中で呼びかけると、不満げな溜め息が聞こえる。彼女が求めるほどの生気を得るためには、ルフィナの誘惑ではまったく足りないからだ。
(だって!! 好きでもない人と手を繋いだり、だ、抱き合ったりなんて……!!)
魔力に変換される生気を効率的に確保するには、愛を営む行為が一番いいらしいが、くちづけすらエンベルトと初めて交わしたあのおままごとのような一度だけしか経験がない。そんなこと、できるわけがない!
【無理はしなくていいわ。あなたにできるとはもとから思っていないもの。今回もやっぱり、わたくしがした方がよさそうね】
緩やかな浮遊感がやって来る。待って、と続けようとしたがそのときにはもう、ルフィナの身体は自分の思うままには動かせなくなっていた。
ルフィナの中に宿るラヴィニアが、身体を乗っ取ったのだ。
【大丈夫よ、ルフィナ。わたくしに任せてちょうだい。あなたの身体を傷つけるようなことはしないわ】
ラヴィニアがバルコニーから会場に戻る。それまで目に留まらないようにしていたルフィナとは違い、ラヴィニアは堂々と顔を上げて軽く胸を張り、妖艶な表情でホール内を見回した。
異性はもちろん、女性ですら匂い立つような色気に見惚れている。外見は何も変わっていないはずなのに、中身が変わるとこれほどまで違うのか。
いや、そうではないだろう。そもそもラヴィニアが人外の存在で──淫魔だからだ。
──かつて、世界には魔族と呼ばれる存在があった。魔力を扱う一族──彼らは人と交わり、人に魔術を授けた。魔族も人と同じく善人もいれば悪人もいる。人に悪さを仕掛けてくる者は、退魔師によって討伐されていた。
だがそれも今や限りなく御伽噺の中の理となっている。魔族はもはや絶滅危惧種で、滅多に目にすることがない。また、稀少な存在だからこそ能力を隠している者が大半だった。
魔族だと知られないよう、人に紛れ、魔術を使役することなく一生を終える者も多くいる。
ラヴィニアは淫魔で、愛の営みによって対象から生気を得て魔力に変換、蓄積し、魔術を行使する種族だ。魔力は魔族にとって命の糧でもある。
数千年前、まだ魔族が普通に存在していた頃、ラヴィニアはいわゆる『悪い魔族』だった。美食家を気取り、外見が好みの男を見つけると、恋人がいようと妻がいようと構わず魔術によって自分のものとし、侍らせ、生気を吸い尽くしていたという。
ルフィナの祖先は退魔師で、ラヴィニアの悪行を許さず、討伐した。その祖先に一目惚れをし、契約魔にして欲しいと頼んだという。
どのようなやり取りが祖先とラヴィニアにあったのかは伝えられていないが、結果的に彼女はヴァレンティ一族直系の使い魔として契約が結ばれ、一族を見守ってくれることとなった。
最初に契約した祖先から、自分以外の生気を吸うなと誓わされたため、ラヴィニアは祖先亡きあと、彼女を引き継いだ者から生気を貰っている。なかなか面白い調達の仕方で、引き継いだ者から、『愛』を貰うのだそうだ。
【わたくしはね、とても優秀な淫魔なの。あの方との愛に目覚めてから、生気は愛が一番美味しいものだと気づいたの! だからわたくしを引き継いだ者が愛する者と出会い、愛する者から愛を貰い、与えて……そういった行為がわたくしをムラムラさせてくれるのよ!】
だがその代わり、ラヴィニアは愛の裏切りを決して許さない。一度契りを交わしたのに心変わりなどしたら、彼女により粛正される。
そのためかどうかはわからないが、ヴァレンティ一族はとても愛情深い。病死した両親も一緒にいるときは娘のルフィナが顔を赤くしてしまうほど、互いを溺愛していた。だから自分もそういう夫婦になりたいと思っている。
ラヴィニアの継承は直系の後継者が彼女に愛を与えられるようになってから──つまり、愛し合う者を見つけることができてからだ。
ルフィナはまだ、自分を愛してくれる者を見つけることができていない。だからラヴィニアは、生きる源である生気を得ることができないのだ。
今は苦肉の策として、どのような理由であれルフィナに『好意』を持っている者と接触することで、糧を得ている。それが性欲であれ野心であれ、相手の心がルフィナに向いていることを無理矢理『愛』と認識させているのだ。
淫魔としてのやり方は祖先を愛したときに自ら封印したことと、身体を借りているのにそんな非道なことはできないと、ラヴィニアは相手の手に軽く触れさせることで生気を得ている。だがそんな方法で得られる量は微々たるもので、歴代の契約者たちから与えられて蓄えてきた分が枯渇するのも時間の問題だと思われた。
エンベルトと同じくらい、ラヴィニアも大事な存在だ。
エンベルトと出会うまでは、ラヴィニアが唯一の友人だった。そして今も、一番の友人だ。なんだかんだ言いつつ、ルフィナのことをいつも考えてくれる。
(ラヴィニアはまだ大丈夫だと言ってくれるけれど……)
ラヴィニアはただ微笑んで少しホール内を歩いただけだ。だが淫魔の魔術のせいか、男女問わず注目が集まり始める。中身がルフィナのままだったら注視に耐えきれなくなって、どこかの空き室に飛び込んでいただろう。
「ルフィナ嬢、よろしければ一曲お相手願えませんか」
話しかけるタイミングを元々狙っていたのだろう。一人の貴族青年がルフィナに声を掛けてくる。
人見知りの気があるためこんなふうに突然声を掛けられると緊張して上手く返事ができなくなってしまうが、中身がラヴィニアだと心配は無用だ。魅力的な笑顔を浮かべて頷き、差し出された手に指を乗せてそっと近づく。
嗜みとして身に纏ったフレグランスの香りを感じたのか、青年が少し目元を赤くした。
「お誘いくださって、ありがとう。嬉しいですわ。ぜひ」
青年がうっとりとルフィナを見つめながらリードし、ダンスの輪の中に入って踊り始める。
ラヴィニアは軽やかにステップを踏みながらも、じっと青年を見つめている。まるで青年に気があるように。
ダンスを上手く利用して、ラヴィニアがそっと青年の胸元に身を寄せた。青年が甘い期待を抱いて腰を強く抱き寄せる。
(い、嫌ぁ……っ!)
必要なこととはいえ、まだ会ったばかりの男性とこれほど密着するのは嫌悪感しかない。だがラヴィニアは青年の胸元にしなだれかかり、甘えるように言った。
「よろしければ……二人きりになれるところに行きませんか?」
(嫌ぁ……っ!!)
そんな思わせぶりなことを口にして、押し倒されたりでもしたらどうするのか! 青ざめて首をぶんぶん打ち振るものの、すぐにそれがラヴィニアのためだと思い直して堪える。
もしも押し倒されて乱暴されそうになったときには、ラヴィニアが魔術で攻撃することになっている。大抵は生気を少し吸われれば酩酊状態になり、気持ちいいと感じている間に意識を失ってしまうのだが。
(何が起こったのかわからないとはいえ、気持ちいいという気持ちが残っているから……変な噂を立てられてしまうのだけれど……)
恋人同士としての触れ合いは一切していないが、そのせいで少し誘えばすぐに相手をしてくれる──などと、不本意な噂も立っているほどだ。生気を得るためなのだから、仕方がない。
青年はこちらの気を引こうと、あれこれ話しかけてくる。ルフィナとは違い、ラヴィニアは話術も巧みだ。青年がそっぽを向かないように相づちを打ち、応えている。こういうところは素直にすごいと尊敬した。
(私では絶対に無理だわ……)
ラヴィニアたちは人気のない庭に辿り着く。夜の散歩を楽しむ者のために灯りが用意されていた。
青年が灯りから遠ざかるように、庭の奥へと導いていく。もちろん、ラヴィニアは逆らわない。
手頃な大木の下で足を止めると、青年が腰に腕を絡めて抱き寄せた。ラヴィニアは青年の胸に両手を当てて顔を上げる。
くちづけてこようとした青年の唇に、ラヴィニアは人差し指を押しつけた。
「焦らないで。あなたがわたくしにしたいことはよくわかっていますの。でも女は、性急だと気が削がれてしまうもの……もっと優しく、ゆっくり……」
(きゃああああぁぁっ!!)
ラヴィニアの甘い声を聞いていると、こちらが恥ずかしくなってくる!! 自由にならない身体の中で、ルフィナの意識は顔を赤くして蹲った。
──直後。
「そこで何をしているんだ!?」
「……っ!!」
突然投げ込まれた凜と張った声に驚く。青年との間に長身の身体が割り込み、ルフィナを背中に庇った。
(……え……だ、れ……!?)
闖入者にルフィナたちは言葉を失う。誰なのか確認したくとも、背中しか今は見えないため顔がよくわからない。
彼が片腕にルフィナを抱き寄せた。
「こんなところに令嬢を連れ込んで何をするつもりだったんだ!? 卑劣なことはやめろ! 恥を知れ!!」
「いや、君が邪魔をしているのであって……これはお互い同意で……」
「同意だって!? ルフィナ、そうなのか!?」
ぐりんっ、と勢いよく振り返りながら問いかけた青年の姿を認め、ルフィナは驚きの声を上げそうになる。まだ身体の主導権はラヴィニアが握っているが、彼女も驚きに軽く目を瞠った。
陽光を束ねたかのような明るい金髪と、こちらを真剣に見返してくる新緑色の瞳。ルフィナより頭一つ分背が高く、無駄な筋肉がないすらりとした身体を礼装に包んでいる。前髪に少し重みを持たせてはいたが襟足はすっきりとして清潔感がある髪型に、すっと整った鼻梁、切れ長の瞳、薄い唇──端整な顔立ちには、別れたときに見た少年っぽさは残っていない。それどころか会わずにいた二年の間にぐっと男らしくなっていて、ドキリとときめいてしまう。
(嘘……エンベルト……!?)
もう帰国していたのか。いや、それもそうだがどうしてここにいるのか。ルフィナは恐慌状態になってしまったが、ラヴィニアはすぐに気を取り直して青年に言った。
「申し訳ございません。何か誤解をさせてしまったようなので……ここはわたくしが説明しておきますから」
青年は納得できない様子ではあったものの仕方なく頷き、立ち去っていく。エンベルトは青年の背中を見えなくなるまで睨みつけた。
そして改めてこちらに向き直る。その表情は怒りのためにひどく険しい。
「ルフィナ、大丈夫か? 何もされなかったか?」
こちらを心配しているからか、声音はどこか優しい。三ヶ月前に貰った手紙の返事をしていないのに、気にもしていないようだ。
変わらない優しさが嬉しくて、泣きそうになる。慌てて大丈夫だと頷こうとしたが、身体はまだラヴィニアに貸したままだ。
【ラヴィニア、ごめんなさい。食事についてはこのあとすぐ調達するから……今はエンベルトと少し話をさせて欲しいの】
【……駄目よ、ルフィナ……わたくし、もう空腹で……耐えられないわっ!!】
ルフィナが止めるよりも早く、ラヴィニアがエンベルトに飛びついた。
急に抱きつかれて体勢を崩し、エンベルトが仰向けに倒れる。それでもルフィナに怪我をさせないよう両腕が守るように身体を包み込んでくれた。
「……つ……っ!」
柔らかな土のおかげで怪我はしていないようだ。だがエンベルトの小さな呻き声に、慌ててしまう。
【きゃあ! ごめんなさい、エンベルト!! すぐにどくから……っ!!】
早く身体を返して、と続けるが、ラヴィニアは許さない。上体を起こしたラヴィニアはエンベルトの腰に跨がり、恍惚とした表情で舌なめずりをする。
エンベルトの新緑色の瞳が、信じられないというように大きく見開かれた。それもそうだろう。こんな妖艶で淫らな表情を自分はしない。
エンベルトにどう思われているかと不安になり、ルフィナは泣きながら叫ぶ。
【ラヴィニア、ラヴィニア、お願い! もう替わって!!】
エンベルトはすぐに心配そうな顔で右手を伸ばし、頬に触れてくる。指先が労るように優しく、そこを撫でた。
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