【試し読み】エリートな初恋彼氏との再会で純愛が甘くとかされます
あらすじ
「もし、俺たちが離れることがあっても、すぐに巡り会えると思うんだ」──十二年前、不器用に終わらせてしまった竜一との初恋。外資系コンサルタント会社に勤める里菜はその想いをずっと忘れられないまま。海外に留学した竜一とはきっともう会えないと諦めていた。そろそろ新しい恋を……と思い始めた矢先、竜一がヘッドハンティングされ目の前に現れる。色気のある甘い大人の男性になった彼に動揺するけれど、竜一はまるで昔のことなどなかったかのような素振りで里菜は落胆。しかし偶然社内で二人きりになった時、彼の本心に触れ初恋が再び熱く鼓動を打ち始めた──大人になった竜一の手で純愛が甘く溶かされ、溢れる独占欲に包まれて……。
登場人物
過去の恋愛が忘れられず新しい恋には消極的。思わぬ形で初恋相手・竜一と再会することに。
里菜の初恋相手で元恋人。再会後は里菜に対してどこか他人行儀にふるまうが…
試し読み
「里菜ってば、また告白を断ったの?」
「告白っていっても、コンパで出会った人にその場で付き合おうって言われただけ。軽いノリだもん。無理だって」
昼休憩、私は同期の島田麻美と、オフィスビル近くにあるイタリアンの店でランチをしていた。
窓際のテーブル席は、陽の光が適度に差し込み爽やかだ。満席の店内は、ほとんどが女性客ばかりで、お喋りに花を咲かせている。
「まったく、もう。そんなんじゃ、里菜に彼氏ができるのはいつの日になるやら」
くるくるとフォークを回した麻美は、醤油ベースのパスタを口に入れた。彼女は、スラっとした長身で、涼しげな目元が特徴のオリエンタル美人だ。
ストレートで艶のある黒髪は、仕事中はラフな雰囲気でひとつに束ねられている。
外資系証券会社に勤める恋人がいる麻美から、彼氏のことを指摘されると、なんだか肩身が狭くなる。たしかに、彼女の言うとおりだけれど、私はまだとても恋愛をする気になれない。
黙り込んでいると、麻美がちらっと私を見た。
「里菜って、まだ例の中学時代の彼氏を引きずってるの?」
「う、うん……。だって、後悔というか。心残りが大きいんだもん」
麻美の言う中学時代の彼氏というのは、中三のときに付き合っていた天谷竜一のことだ。
竜一とは、中一のときにクラスメイトになり、仲のいい男友達として接していた。二年生のときはクラスが別々になったけれど、三年生でまた一緒になり、そのときに彼から告白されたのだ。
まだ中学生ということもあり、クラスでは冷やかされることも多かったけど、私は竜一と過ごす学校生活をとても楽しんでいた。
部活も同じで、互いにバスケットボール部に所属。部活の練習中に偶然目が合うと、それだけでドキドキしたことを今でも覚えている。
自宅は反対方向だから、一緒に下校をすることはなかったけれど、授業が終わっても部活で彼の姿が見られるだけで幸せだった。
手を繋ぐこともない、その名のとおり純愛だったと思う。携帯を持っていなかったから、竜一と話すには学校へ行かなければいけない。
だから私は毎朝、今日も竜一に会えるんだと、胸を躍らせながら登校していた。そんな毎日が、とにかく楽しくて満たされていたのに……。
「キス……の話だよね?」
麻美には竜一とのことを話しているから、事情をよく知っている。彼女の表情が曇ったことに申し訳なさを感じつつ、小さく頷いた。
「今となれば、あの言葉が照れ隠しだったって分かるのに。当時は、真に受けちゃったんだよね」
そう、あれは中学三年生の冬だった。卒業を間近に控えた頃、クラスの数人の男子たちが竜一を捕まえて言ったのだった。
「尾崎とキスしろよ~」
ちょうど下校しようとしたタイミングで、廊下で立ち往生をしてしまったことを、今でもはっきり思い出せる。
キスをしろと迫られた竜一の顔は真っ赤で、友達に文句を言っていた。私はというと、一緒に帰ろうとしていた友達と困惑して立ち尽くすだけ。
すると、さらに「キス! キス!」とはやし立てる男子たちに、竜一はこう言ったのだった。
「里菜とキスなんて、できるわけねぇだろ!」
竜一は、そのまま男子たちを振り切って、走って帰ってしまった。今となれば、それが彼の照れ隠しだったと分かる。
それなのに、当時の私はまともに受け止めてしまい、傷ついてしまったのだ。もし、竜一が冷やかしに乗っていたら、それこそ私は困ってしまう。だから、拒んでくれて助かったのに……。
この日を境に、竜一とぎくしゃくしてしまったのだ。
受験生として、それまで一緒に勉強をしたり、高校生になったあとの話もしていたのに。ほとんど口をきくこともなく、私たちの関係は自然消滅という形で終わってしまったのだった。
いや、口をきくこともなく……ではなく、竜一は声をかけてくれたのに、それを冷たくかわしてしまったのだ。
結局、あとから後悔ばかりが押し寄せて、一人になると毎日泣いてばかりいた。自業自得だというのに……。
「里菜たちって、高校は別々になったんだよね? それからも、会ってないってこと?」
麻美の質問に、弱々しくため息交じりに頷く。竜一の話になると、私はどうしても自己嫌悪に陥ってしまうからだ。
「私は、私立の女子校にいって、竜一は進学校に進んだから。彼も男子校で、高校生になってもいっぱい会おうねって言ってたのに……」
それも、私の彼を避ける態度が原因で実現することはなかった。家はそれほど近所ではなかったから、町内で偶然出会うことすらないまま十二年が過ぎてしまったのだ。
大学生の頃に、風の便りで竜一が海外留学をしたと聞いて、もう彼と会う望みはなくなったと思っている。
竜一は頭のいい人だったから、そのまま海外で就職をしたかもしれない。数年前には、彼の両親が引っ越しで地元を離れたことも聞いている。だからもう、竜一との繋がりがなくなったことも理解していた。
それでも、私の心は十二年前で止まったまま。
「竜一くんって、頭がいい人だったのね」
「うん。スポーツも得意だったし」
今でも、竜一を思い出すと胸が締めつけられて切なくなる。こうやってランチをしていても、気持ちは中学生の頃にタイムスリップするようだった。
「へえ。じゃあ、ルックスは? そういえば、見た目は聞いてなかった気がする」
麻美の質問に、つい頬が緩みそうになるから情けない。もう会えない元彼を思い出して、胸を高鳴らせても仕方ないのに。
「甘いルックス……かな? クラスで、一番モテてたし」
「本当に!? 凄いじゃない」
麻美に目を輝かされて、私が照れくさくなってくる。だけど、竜一がクラスで一番人気があったのは本当だ。
クラスメイトの女子から「天谷くんが彼氏で羨ましい」と言われたことがあるくらい。ただ、そんな素敵な彼氏を、自分から手放してしまったのだけれど……。
「それだけ完璧な元彼で、里菜の中に後悔があるなら、忘れられないのも分かるけどね。でも、少しでも前を向いたほうがいいわよ」
「そうだよね。麻美の言うとおりだと思う」
それは十分承知なのだけど、私の気持ちが言うことを聞いてくれない。新しい恋をして、竜一への想いを昇華させたいのに。それは、考えている以上に難しかった。
「ねえ、倉本さんは? 倉本さんって、里菜のことを好きっぽくない?」
「ええ!? そんなことないよ。それに、倉本さんはエリートコンサルタントよ? 私なんて、相手にしないって」
麻美の唐突な指摘に、センチメンタルな気分から我に返る。彼女の言う倉本さんとは、私たちの先輩である倉本剛さんのことだ。
私たちは、外資系経営コンサルタント会社に勤めている。親はアメリカにあり、その日本法人だ。
国内だけでも従業員は三千人ほどいて、私たちは本社に所属している。外資系というと実力主義の厳しい世界というイメージだけど、私たちの会社『ウェルコスコンサルタント』は、社員を大切にする風通しのいい企業風土だ。
そのため、学生からの人気が高く、我ながらよくこの会社に入社できたなと思っている。
私や麻美はコンサルタントのアシスタント事務職で、実際にクライアントにコンサルティングをすることはない。
だけど、倉本さんは有能なコンサルタントで、クライアントからの評価が高く、将来の幹部候補とも呼ばれている。
しかもそれだけでなく、彼は知的なルックスをしていて常に自信に満ち溢れ堂々としていた。
そんな倉本さんが人気ないわけがなく、多くの女性社員の憧れの的となっている。私たちより三歳年上の三十歳で、独身でフリーであることも拍車をかけていた。
私は特に、倉本さんと一緒に仕事をすることが多く、彼とは親しいけれど恋愛感情を意識したことはない。
だから、麻美の言葉は驚くばかりで、疑いの眼差しを向けてしまった。だけど彼女は、そんな私の反応こそ不本意そうだ。
「そうかな? 倉本さんって、あんまり周りに愛想をよく振るまうタイプじゃないでしょ? でも、里菜には優しいもん」
「それは、一緒に仕事をすることが多いから、気を遣ってくれてるだけよ」
ふふっと笑って誤魔化すと、麻美はさらに不満そうに唇を尖らせている。だけど、本当にそう思うのだから仕方ない。
それに万が一、麻美の言ったとおりだったとしても、私はやっぱり竜一のことが忘れられていないから恋なんてできない。
どうすれば、彼のことを思い出にすることができるのだろう。何度も自分に問いかけているけれど、その答えは未だに出ない……。
「尾崎さん、この資料ありがとうね。クライアントから、分かりやすいってお褒めの言葉を貰ったよ」
午後からの業務で、倉本さんから声をかけられ立ち上がる。昼間、麻美にあんなことを言われたからか、彼を見るとつい緊張してしまった。
ニコリと目を細める倉本さんは、相変わらず〝知的なイケメン〟で、女性社員が憧れるのも頷ける。
だけど私の心を掴むのは、やっぱり竜一だけだ。
「本当ですか? とても、光栄です。でも、それだけ倉本さんが、的確な指示を出してくださったからです」
私も彼に笑顔で返したけれど、その言葉はお世辞ではない。倉本さんは、後輩への指示も上手で私はいつも助けられている。
感謝の意味も込めて言うと、彼はゆっくり首を横に振った。
「尾崎さんの飲み込みが早いからだよ。いつも助かってる。ありがとう」
「そんな。こちらこそ、いつもありがとうございます」
麻美が倉本さんが私を好きっぽいと言ったのは、こういうやり取りを見ているからだろう。だけど倉本さんは、私以外にも親切で優しいところがある。私だけに特別……では、ないと思うけれど。
「そうそう、尾崎さん聞いてる? 新しいコンサルタントが入社してくるって話」
「え? いえ……。コンサルタントの方が、入られるんですか?」
首を傾げたのは、人事異動の季節とは違うからだ。ウェルコスコンサルタントでは、中途入社は少なく、どちらかというと新卒者を育てるほうが多い。
だから不思議に思っていると、倉本さんが声を潜めて話してくれた。
「俺が知ってるくらいだから、それほどオフレコじゃないんだろうけど。どうやら、若手のホープらしい。他社からの引き抜きって聞いてるよ」
「そうなんですか? ヘッドハンティングってことですもんね。それなら、かなり有能な方なんじゃ……」
しかも若手のようだし、どんな人なのだろう。向上心の高い人が集まる会社だけに、新しい人が入社してくるというのは活気が出そうで楽しみだ。
「そう思うよ。俺も、うかうかしていられないな。ライバルが増えるってことか。尾崎さん、これからもよろしく」
「はい、倉本さん。こちらこそ、よろしくお願いします」
彼は、私の肩をポンポンと優しく叩くと自席へ戻っていった。私も自分の席へ着きながら、新しいコンサルタントの人のことを考える。
昼間、麻美からは聞かなかったから、まだそれほど広まっていない話なのだろう。
倉本さんはコンサルタントであり、上司からの信頼も厚いので知らされていたのかもしれない。
「新しいコンサルタントって、男性かな? 今の感じだと分からないわね」
「あ、麻美!? 聞いてたの?」
着席した途端に椅子を寄せられて、あ然として麻美を見た。彼女は私の隣にデスクがあるけれど、倉本さんと話をしているときは電話をしていたのだ。
「社内電話だったから、耳は半分そっちに向いてた」
茶目っ気たっぷりに肩をすくめた麻美は、私に耳打ちするように続ける。
「もし男性なら、少しは異性として意識してみたら? 社内恋愛はOKな会社だし、里菜も少しは色気のあるネタを作ったほうがいいわよ」
「そうかな? 考えてみる」
ランチの続きをしているようで、苦笑しながら受け流すように答える。麻美が心配してくれているのは分かるけれど、私の本音は違う。
もう決めた。無理に恋はしないと。竜一以上に好きになれる人に出会うまで、私は誰とも恋はしない──。
「営業部に、新しい仲間が入ってきた。みんなに紹介しよう」
ヘッドハンティングの話を聞いてから二週間後の月曜日、部長が営業部の社員を集めて朝礼を行った。
一週間前から正式に発表があったけれど、男性という以外の情報はなく、みんなどんなコンサルタントが入社してくるか期待と不安が混じりながら待っていた。
麻美の「カッコイイ人だったらいいね」というセリフを、この一週間どれだけ聞いただろう。
ようやく、その呪文のような言葉から解放される。そう思ったら、私は今日をある意味待ち遠しく感じていた。
素敵な人だろうがそうでなかろうが、一緒に仕事をする相手。それ以上になることはない。そう固く心に誓っていたけれど……。
「本日より、ウェルコスコンサルタントに入社しました天谷竜一です。よろしくお願いします」
目の前に現れたスマートな男性は、あれほど恋焦がれていた竜一だった。一瞬では状況が飲み込めず、呆然と彼を見つめてしまう。
(どうして、竜一がここにいるの……?)
中学時代の記憶から、竜一は随分大人になっている。元々、クラスでも背が高いほうだったけれど、今は一八〇センチはありそうだ。肩幅が広くなり、体が引き締まっている。
あどけなさが残っていたルックスは、すっかり色気のある甘い大人の男性に変わっていた。
「里菜、もしかして彼……」
麻美は息を呑み、私に小声で声をかけてきた。私は小さく頷き、竜一を真っすぐ見つめる。
(信じられない……)
一気に中学時代の思い出が蘇り、胸が締めつけられるように高鳴った。彼は、私を覚えているだろうか。そして、どんな印象で終わっているだろう。
あんなに会いたかった元彼なのに、実際に再会すると不安ばかりが込み上げてきた。考えてみると、思い出に縛られているのは私だけだ。
竜一は、すっかり忘れているかもしれないし、避けるように関係を終わらせてしまった私に、いい印象を持っていないかもしれない。
そう思ったら、夢にまで見た竜一との再会が怖く感じられてきた。
※この続きは製品版でお楽しみください。