【試し読み】亡霊騎士と壁越しの愛を

作家:八巻にのは
イラスト:小禄
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2021/4/9
販売価格:800円
あらすじ

「夫婦は両者が望まない限り、会話・接触(性交渉を含む)を強要せず、それぞれの生活を邪魔しない事」を条件に結婚した王女ミシェルと騎士のガウス。幼い頃に受けた呪いのせいで長い間孤独に暮らしていたミシェルは感情が顔に出ず、人と接することが極度に苦手だった。しかしそんな彼女があるとき結婚を決意する。なぜなら結婚相手として紹介されたガウスも人との接触を避けて暮らし、髑髏の仮面で素顔を隠す変わり者だったからだ。夫婦となってからも二人は隣り合った部屋で別々に暮らしていたのだが、壁越しに聞こえる音楽をきっかけに互いに興味を持ち始め……「君の顔を見て、ささやかな感情を見つけるのは楽しい。──今、喜んだだろう?」

登場人物
ミシェル
幼い頃に受けた呪いにより孤独に暮らしてきたため、人と接するのが苦手で感情が顔に出ない。
ガウス
髑髏の仮面で素顔を隠す騎士。ミシェルと夫婦になってからも別々の部屋で暮らしていたが…
試し読み

■プロローグ

『今後とも、よろしくお願い致します』
『ああ、よろしく頼む』

 ミシェル=ヘイム=ダールと、ガウス=ヴァルデシア。
 昨日夫婦として認められた二人の最初の会話は、扉越しだった──。
 その上二人は一言も発さず、やりとりはほんの少しだけ開いた扉の隙間から差し入れられた、手紙を通してである。
 背後に控える使用人たちが呆れている気配を感じながらも、夫の文字を見たミシェルは内心大喜びだった。
(本当に、顔を見る必要も話す必要もないのね!)
 ミシェルは、幼い頃から訳あって表情が顔に出ない。そのため、興奮とは裏腹に冷え冷えとした表情を浮かべている。しかし夫からかけられた初めての言葉を、彼女は喜びの中でぎゅっと抱きしめていた。
 そうしていると扉の向こうの夫が遠ざかる気配がして、その事にもミシェルは内心大喜びだった。
 普通の妻なら自分に関心のない夫に腹を立てるところだろうが、ミシェルは違う。
 何故なら彼女は男性が苦手だった。男性どころか、人間が苦手だと言っても過言ではない。
 幼い頃に受けた呪いのせいで、ミシェルは城の地下で長い間孤独に暮らしていた。そのせいで家族以外の人間と関わる事も少なく、社交の場にもあまり出ない。
 お陰で十八になるまで友達もおらず、初対面の人間にはどうしても臆してしまうのだ。
 だから自分には結婚など縁遠いと思っていたし絶対にしたくないと思っていたが、対面で相手をしないで済むなら悪くない。
(それにこのお屋敷も、とっても素敵だわ)
 手紙を抱きしめたまま、ミシェルは日の光が差し込む窓辺へと移動する。
 窓にはおどろおどろしい血の魔紋が刻まれており、城から一緒にやってきた侍女のジェーンはそれに顔をしかめている。でもミシェルからしたら、こうして窓辺に立てるだけで嬉しい事なのだ。
 夫が施したその魔紋は、ミシェルの呪いを──日光に当たる事が出来ないという呪いを一時的に消すものである。
 昼間は窓のない部屋で過ごす事しか出来なかったミシェルにとって、日の光は新鮮だった。
(太陽って、暖かいのね)
 差し込む光に手をかざし、ミシェルは窓ガラスにもそっと触れてみる。
 窓の外から見えるのは、おどろおどろしい雰囲気の薄暗い森だけれど、城の石壁に比べたらずっとマシだ。
(ここが、今日から私の家……)
 あまりの幸せにほっと息をこぼすと、何故だか背後でジェーンが「おかわいそうに」と目元を押さえている。
 年老いた彼女はこの状況を哀れんでいるのだろう。
 感情が顔に出ないせいで何やら誤解されているのはわかったが、嬉しいと言っても空元気だと思われてしまいそうな気がして、ミシェルはひとまずそれを無視した。
 そして新しい家の空気を思いきり吸い込み、これからの生活がより良いものになりますようにと心の中で祈ったのだった。

■第一章

 古くから、魔法使いを生み出してきた国『ヘイム』。この国の民は皆高い魔力を持ち、魔法の扱いに長けてきた。
 魔法──今は扱える者が少なくなったその不思議な力は、世界を構成する元素に直接干渉し、様々な事象を引き起こす事が出来るというものである。
 火を灯し、水を出現させ、風を呼び寄せ、大地を隆起させる。そんな事を、魔法を使える者たちは軽く指をふるだけでやってのけるのだ。
 人によって使える魔法の規模は違うものの、王族ともなると人を殺めてしまうほど強力な魔法を使えると言われている。
 しかしヘイムの人々は、争いを好まぬ平和な者たちだった。むしろ世界から魔法が消えつつあると知ると、魔力なしで魔法を扱う事が出来る道具『魔導具』を創り出し、その生成によってヘイムは長いこと栄えてきた。
 ヘイムの人々が作る魔導具は、生活に寄り添うものが主だ。明かりを灯すものから電気を蓄えるもの、近頃は映像を記録するものやそれを映す特殊な鏡、触れるだけで音楽を奏でる蓄音機や馬より速く走る『魔導車』という乗り物など、便利な道具が次々発明されている。また魔導具には武具の類いもあるが、戦争の火種になるからと大きな兵器は決して作らない。
 それもまたヘイムの人々が世界の平和を願っているからだが、残念ながら穏やかで優しい国民を近頃は脅かそうとする者も多い。
 魔法の魅力に取り憑かれ、その力を狙おうとする者はいつの時代にも現れるのだ。
 そして運が悪い事に、王女ミシェルは生まれてすぐ悪しき者たちに目をつけられてしまった。

 生まれた瞬間から、ミシェルの魔力はあまりに強大だった。微笑むだけで風が揺れ、泣くだけで大地が震え、ぐずれば天から星が降るほどだったのだ。
 その魔力を奪おうとした魔法使いの手によってミシェルが攫われたのは三才のときだ。
 魔法使いは彼女を攫うと、逃げ出せないよう日の光に当たると激痛が走る『太陽の呪い』をかけ、ミシェルの魔力を強引に剥ぎ取ったのだ。
 運良くすぐ助けられたものの剥ぎ取られた魔力は元に戻せず、魔力の枯渇が原因で太陽の呪いも消えずに残ってしまった。あげく、月に一度は熱が出て倒れてしまうほど身体も弱くなったのだ。
 その上感情が高ぶると勝手に魔法が発動してしまい、自分では制御さえ出来ず自由に魔法が使えなくなってしまった。
 だから彼女は日の光が差し込まない城の奥で、心を乱さないように生きてきた。
 魔法の暴発に関しては、父が開発してくれた魔導具によって押さえ込めるようになったが、身体の方は何年たっても良くならない。結果ミシェルは十八になるまで部屋からほとんど出る事もなく、社交の場に出るのもまれだった。
 けれど部屋で過ごすのはミシェルにとっては当たり前の事だったし、長いこと感情を抑え込んでいた彼女は人とのコミュニケーションを取るのも下手なので、引きこもり生活自体は苦ではなかった。むしろ人と会うたび、自然と感情を内にこもらせてしまうミシェルは無口で表情が豊かではないため、周りは彼女を気味悪がった。
 その上、外に出ないミシェルは極端に肌の色が白く、何より彼女はあまりに美しすぎたのだ。そこに夜にしか出歩かない体質が加われば不気味さは増し、人々は生き血を吸って生きながらえる空想上のバケモノ『吸血鬼』をミシェルに重ねるようになったのである。
 そしていつしか彼女は『吸血姫』というあだ名で呼ばれるようになってしまった。両親は嘆き憤慨したが、ミシェル本人は内心喜び、おとぎ話の登場人物に例えてもらえるなんて光栄だとさえ思っていた。
 引きこもりのミシェルは読書と音楽が好きで、中でも怪奇小説が大好きだったのだ。自分が人と違うからかもしれないが、彼女は不気味なものを好んでいた。中でも吸血鬼のお話は大好きだったから、むしろ光栄だとさえ思っていたのだ。
 ミシェルがそんな有様なので両親も怒るに怒れなくなり、『吸血姫』という呼び名はすっかり定着してしまった。
 お陰で縁談の一つも来ず、社交の場にもほぼ出ないので出会いもない。
 とはいえミシェル自身が人と関わるのは嫌なので、文句はなかった。むしろこのまま城の奥でひっそり生き、ひっそり死んでいきたいとさえ思っていたほどだ。
 しかしそんな平和な日々は、ある日突然終わりを迎えた。
「ミシェル、お前にぴったりの結婚相手が見つかった」
 父が、突然そんな事を言い出したのである。
「ぴったりって、この私にですか……?」
 突然ミシェルの部屋を訪れた父は、望んだものを映す魔法の鏡を手にミシェルを抱き寄せた。
「そうだ、まさしく運命の相手だ」
 芝居がかった口調に、ミシェルは心の中で苦笑する。父──レイスは、昨年王位を長兄に譲って以来、ミシェルに構う事が多くなった。
 若い王を補佐し、まだ政にも関わっているので暇ではないと思うのだが、ミシェルの住む地下の部屋に頻繁にやってくる。
 多分彼は、末の娘を守れなかった事を未だ悔やんでいるのだろう。
 その上ミシェルはここ数年で、面倒を見てくれていた祖母と母を立て続けに亡くし、より引きこもるようになってしまった。
 だから老いた父は、自分がその代わりを務めようとこの一年頑張ってくれていた。
 レイスの心遣いは嬉しかったし、彼の少々大げさな物言いや、常にミシェルを笑わせようとしてくれる言葉選びは好きだ。だが今日に限っては、不安しかない。
「とりあえずこれを見てみろ」
 得意げな顔でレイスが鏡を差し出せば、そこには真っ黒な影が映っている。
(いや、これ影じゃない……真っ黒な……髑髏どくろ……?)
 不気味な容姿に惹かれて鏡を覗き込むと、どうやらそれは髑髏を模した仮面のようだった。そこで視点が変わり、映し出されたのは真っ黒な甲冑を纏う一人の騎士の姿だ。美しい銀色の髪をなびかせ、騎士は剣を携えている。
「この男はガウス=ヴァルデシア。我が魔法騎士団の中でも選りすぐりの精鋭部隊『隠密機動部隊』の隊長だ」
「ガウス……それって『亡霊騎士』って呼ばれているあの方ですか?」
 他人に興味がないミシェルでもガウスを知っていたのは、彼の二つ名のお陰だ。
 髑髏を模した仮面と甲冑を纏い、闇の魔法を用いて戦うガウスは容姿の不気味さとあまりの強さから『亡霊騎士』という異名を持っている。
 数年前に隠密機動部隊の隊長に抜擢されて以来、彼は数々の功績を打ち立てた。元々隠密機動部隊は、魔力がらみの誘拐の防止と被害者の救出を行うために作られた部隊だ。
 ミシェルの誘拐以来、ヘイムの民が魔力目的で誘拐される事は年々増えていた。
 誘拐の手口は巧妙になり、非道な方法を取る者も多いため、特別な対策班を作らざるを得なかったのである。そんな部隊の隊長に就任したガウスは闇の魔法を駆使した隠密のプロで、僅か一年で人身売買の組織を四つも壊滅させ、彼らから人々を守る防衛魔法の開発にも成功したのだ。
 ガウスの活躍によりヘイムの守りは強固となり、ミシェルのように魔力を理由に誘拐される者は激減した。
 近年また、彼の存在を知らぬ組織が誘拐を企てたが、そのときも僅か数日で壊滅させてしまったという。
 そんな有能さを称えられる一方で、ガウスには謎が多い。
 彼は人前で決して仮面を取らず、その素顔を見た者は誰もいないのだ。必要以上の会話もせず、可能な限り筆談でやりとりを行っているらしい。
 故に武勲を打ち立て伯爵の爵位まで得たというのに、浮いた話は全くない。
「……もしかして、残りもの同士くっつけようとかそういう……」
 思わず独り言をこぼしたミシェルに、レイスの顔がぱっと明るくなる。
「さすが我が娘、察しが良い」
「冗談じゃありません。私はともかく、ガウス様に失礼でしょう」
 少々変わり者のようだが、国のために尽くしてくれた騎士に自分を押しつけるなんてどうかしているとミシェルは呆れる。
「私はろくに外にも出られないし、『吸血姫』という不名誉なあだ名もありますし……」
「それを言うならあいつだって『亡霊騎士』だぞ。幽霊みたいに得体が知れず、あの不気味な仮面を外そうともしない」
「少なくとも、私より国のために役立ってくださっているでしょう」
「だからこそ、可愛い末の娘の婿にしようと言っているんだ。不気味な容姿だが、根は良い奴だしあれは良い旦那になるぞ」
「父上とも面識があるのですか?」
「あれは、私がまだ王になる前──騎士団で修行をしていた頃の部下でな。昔はずいぶん可愛がってやったんだ。だからいい年をして結婚もしていないのを見ると、不憫でなぁ」
「大事な部下なら、それこそ私ではなく他のお姉様たちの方が……」
「ガウスは、お前ならばと言ったのだ」
「私?」
 名指しで指定してくれたのかと思うと、ほんのちょっとだけ胸が跳ねる。なにせ今の今まで縁談など一つも来ず、家族や使用人以外の男性に微笑みかけられた事さえなかったミシェルである。
 人から注目されるのは苦手なはずだったのに、自分を指名してくれたのは不思議と嫌ではなかった。
 しかし僅かな喜びは、続いた父の言葉で落胆に代わる事になる。
「前からガウスにミシェルを売り込んでいたんだ。引きこもり同士なら気が合うだろうし、お前を貰ってくれないかと顔を合わせるたび口説いていた」
「それって、もしや無理矢理頷かせただけなのでは……?」
 元国王──それも騎士団時代の元上官に『娘を嫁にしろ』と詰め寄られて、断れる騎士はいないだろう。
「そんな事はない、最後は笑顔で『ミシェル様を妻に』と言っていたぞ」
「人前で仮面を脱がない方なのでは?」
「仮面の下は笑顔だった……と思う」
「それ、絶対笑顔じゃないです」
 もし笑っていたとしても、引きつっていたに違いない。
「だが奴が同意したのは事実だ。それに奴が提示した結婚の条件は、お前にとっても良いものだと思うぞ」
「条件?」
「これだ」
 そう言って父が差し出したのは、男らしい字で書かれた結婚の承諾書である。
(これは、ガウス様が書いたものかしら?)
 受け取った承諾書には条件としてこう書かれていた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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