【試し読み】私、この人の子どもを妊娠しちゃってます!

あらすじ

真剣勝負な婚活パーティもあえなく撃沈。晴香は失意の中、会場を後にする。そこに裕貴と名乗るイケメンに声をかけられ、ついその誘いに応じてしまう。いつもなら知らない人の誘いなんて相手にしないのに。だが、バーでの裕貴は紳士的で会話は面白く、晴香はすっかり気を許してしまって、自分のダメさ加減を吐露してしまう。結婚できないなら、せめて子どもが欲しい、と。すると裕貴が僕はどう? と甘く囁いてきて――それは神様が与えたもうた運命の出会いだった!? だってお腹に赤ちゃんが! まさかたった一夜の交わりで妊娠するなんて! 驚きはそれだけではなかった。異動してきた副社長がなんと裕貴! 一体どうなってるの!?

登場人物
山崎晴香(やまざきはるか)
三十路間近で周りは結婚ラッシュ。焦る気持ちはあるがなかなか良い出会いに恵まれない。
一ノ瀬裕貴(いちのせゆうき)
一夜の相手。整った顔立ちにインテリジェンスな雰囲気をもつ。副社長として晴香と再会する。
試し読み

 ひと昔前だと二十九歳っていったら、いき遅れているみたいな年齢だったけど、最近ではそんなことはない。三十代で結婚する人……いやいや、知り合いには六十歳を過ぎてから結婚した人だっている。
 だから別に焦っていない。私──山崎やまざき晴香はるかはもうすぐ二から始まる年齢じゃなくなるけれど、別にどうってことはない。三十歳の女性って仕事も恋もちゃんとしていて大人の色気が出てくるころだし、若さにはない違う魅力に溢れている。三十代にしかない魅力があるはずだし、それによって年下の可愛い男の子から言い寄られたりするかもしれない。
 だから! 全然焦っていないんだってば。うん、たぶん。……きっと。

 親友の結婚式の二次会の受付をしながら、出し物のことを考えている。やっぱり今人気のあのお笑い芸人のモノマネはウケると思うのよ。さほど変装しなくてもTシャツを着て、リズムに乗って踊るだけだし。それにネタだってしっかり考えてきたから滑らないはず。
 二次会に参加してくる新郎側の男性に素敵な人は多いけれど、今は出し物が成功することばかりに気がいってしまって、それどころじゃない。こういうところで素敵な男性と出会わないとどこで出会うんだよって自分にツッコむ。
 ま、別にいいか。私の出会いよりも、周りの人たちが笑顔になってくれるほうがいい。恥ずかしさなんて捨てて、全力で盛り上げる。それを見て笑ってくれる人たちを見ると、なんかホッとするんだよね。
 そういうわけで二次会で同級生の男子と混ざって出し物をしたんだけど、結果は予想通りいい感じにウケた。新郎も新婦も爆笑していたし、他のゲストの方も飛び入り参加してくれるくらい盛り上がったし、満足感でいっぱい。
 身内は私がこういう子だって知っているから、その期待を裏切らず済んだ。やり切った感いっぱいで二次会を後にする。
「あー、もう少し飲みたいな。ねぇ、一緒に飲みにいこうよ」
 帰り際、一緒に二次会に参加していた友人に声をかける。気合いを入れて出し物の準備をしていたせいで、思う存分飲めていない。だからもう少しだけ飲みたいと誘ってみたけれど。
「あー、旦那が家で待ってるんだよね。終電で帰れる時間に帰る約束してるんだ、ごめん」
「今日は彼氏の家に泊まるんだ。だから外まで迎えにきてくれてるのー。ごめんね」
 顔の前で手を合わせて謝られて、二人に振られてしまった。
 ええ、そうなの? 皆、パートナーがいて、その人が帰りを待っているんだ……。いいなぁ、私なんて待っていてくれる人なんていない。いるとしたら、両親か。
「じゃあ、またの機会に」
「うん、またね」
 そう言って別れたけれど、彼女たちは仕事が忙しい上に、休日は旦那や彼氏と過ごす。私と飲みにいく時間などなかなかないことを知っている。
 今日結婚した親友も、彼の転勤先についていくことになっているから、当分会えそうにない。
 あー、私、これからどうしよう。周りがこう結婚ラッシュだと、焦りたくなくても焦ってくる。私だけ一生独りなんじゃないかって寂しくなってきた。
「……とりあえず、帰ろう」
 両親と、可愛い犬の待つ家に帰ろう、と足を動かし始めた。今日の式……とてもいい式だったな。今までみたいに遊べなくなるから寂しいけど、親友が幸せになってくれるならそれでいい。
 幸せそうな親友の顔を思い浮かべながら、顔をほころばせて家に帰った。

『WILL FIRST株式会社』
 電化製品、スマートフォンの機種を製造する電機メーカーで、通称ウィル。長年、白もの電化製品の国内販売シェアトップをキープしている大企業。日本国内にとどまらず、最近ではわざわざ外国人がこぞって日本に爆買いしにくるのは、ウィルの製品だ。
 スマホも、長年トップだった海外製品の人気ブランドを追い抜き、現在トップ。薄型でありながら落下したときの衝撃を受けにくく、防水。しかもOSとの互換性も抜群。バージョンアップへの対応も完璧で、滑らかな動きを実現したスマホは革命的。今年に入ってから日本でのシェアナンバーワンを獲得したというニュースが話題の会社だ。
 私は、そんな大企業に勤めている。
 就職活動中、とにかく安定した職につくべく、大企業ばかり狙って試験を受けた。いくつか合格をもらったけれど、本命だったウィルに採用をもらったときは、嬉し泣きをするくらい喜んだものだ。
 JR山手線の浜松町駅から下りて連絡通路を歩いて約十分。そこにあるWILLビルディングという高層ビルこそが、私の勤める場所。そのビルすべてが関連会社で、その中のウィルの本社の情報管理部に配属されて丸七年が経つ。
 様々な情報の管理を任され、紙ベースで送られてきたものをデータ化して取り込み、そして保管する。昔のデータの整理、資料の更新などなど多岐にわたる作業を担っている。
 ほぼパソコン作業だから、肩は凝るし、目は疲れる一方だけど、打ち込み系の仕事が得意な私は、この仕事を結構気に入っている。他の部署の人に「あの資料ある?」と聞かれたときに、すぐに対応できたときの快感ったら。ああ、もうたまらない。
 黙々とする仕事が多いけれど、盛り上げ役の私は、暗くなりがちな職場を明るくさせることをモットーに同僚を楽しませるようなトークを心がけている。

 月曜日の朝九時。
 カタカタカタとキーボードの音が響くオフィスでは、出社してから休んでいた間の社内ニュースやトピックスに目を通しているので会話がなく静かな時間が流れている。
 そんな空気を気にせず、隣の席の先輩──木村きむら歩実あゆみさんが小さな声で話しかけてきた。
「……山崎さん、昨日の結婚式どうだったの?」
「結婚式ですか。出し物大成功でした。めちゃくちゃ盛り上がったんで、達成感がハンパないです」
「いやいやいや。そんな話じゃないでしょ。友達の結婚式って言ったら、出会いの一つくらいあるでしょう?」
 木村さんは私より五つ年上。見た目はすらっとモデルのように背が高くて、クールビューティーって言葉が似合うようなカッコいい女性。あまりにも格好よすぎるために男性が近寄りがたいのか、長年彼氏がいない様子。
 彼氏ができないトークが共通話題で、何かイベントがあるごとにこうして出会いがあったのか確認される。
「確かに、お相手は警察官をされている人たちだったので、イケメンもたくさんいましたよ。でもそれどころじゃなかったんです。出し物に気を取られてて……」
「ああ、もう。山崎さんのバカー。警察官って制服を着ている職業じゃない。狙い目なのに~。そこで太いパイプを作って私にパスを……っ」
 重度の制服フェチの木村さんは、とても悔しそうに頭を押さえる。医者、警察官、消防士、パイロットなどのその職業でしか着られないコスチュームが特に好きらしい。クールな見た目からは想像できないような取り乱しように言葉を失くす。
「山崎さんはまだ二十代だから焦っていないのよ。私なんてもう三十五歳。今から出会って結婚するまでに最低でも一年くらいかかる。そうしたら三十六歳だよ。それから妊娠して出産しようと思っても早くて三十七歳くらいになるよね。ああ……恐ろしい」
 木村さんはわなわなと震えながら、弾丸トークを進める。他の社員の視線もチラチラと向いていて苦笑いで「いつものことなので、気にしないでください」と合図した。
「大丈夫ですよ、木村さん。デキ婚ってのもありますから。付き合って結婚っていうプロセスをさくっとショートカットする技がありますよ」
「そんな簡単に言うけど! 私に何年彼氏がいないと思っているの。そんな大胆なことができるのなら、この年までフリーじゃないっての」
「まぁ……そう、ですね」
 木村さんって、意外と乙女なんだよなー。運命的な出会いをして、恋に落ちてそれから結婚! みたいな憧れが強い。体から始まる系の恋愛は絶対にNGみたいだし。
 そもそも〝運命的な出会い〟っていうのが、なかなか難しいよね……
 完全に仕事を放棄した木村さんはパソコンから離れて、私のほうに体を向けてきた。そして鼻の下で五指を交互に組んで真剣な眼差しでこちらを見据える。
「だからさ。本気で結婚を考える人だけが集まる合コンってのを開催しようと思ってるんだ」
「合コン……」
 コンパ……か。
 最近はそういうのも数は少なくなってあまり参加していないけれど、少し前まではよく行っていた。だけど私の場合、盛り上げ役に走りがちで主催の子よりも進行を回してしまって、自分の出会いなんてそっちのけ。
 いかにその会を盛り上げるかに使命感を抱いて燃えてしまうという、典型的な「友達としてしか見られない」と言われるキャラだ。
「いい出会いあるんですか? その……本気で結婚を考える人だけが集まる合コンっていうのは」
「うん。釣書を持ってくることを義務付けて、年収などもお互いに開示する。私と一緒に主催している男性は、婚活アプリで出会った人なのね。それで二人でこの合コンに参加してくれる人を募っているんだ」
「へぇ……」
 最近話題の婚活アプリに手を出しているなんて、木村さんの本気度が見えた気がした。
 それで気の合った男性と会ってみたものの、お互いにタイプじゃないという話になった。でもせっかく出会ったのだから、そこから出会いを広げようと二人で画策し、「本気で結婚を考える人だけが集まる合コン」というものを開催することになったらしい。
「その人は製薬会社の研究員なの」
「コスチューム好きの木村さんなのに、製薬会社の方と出会ったんですね」
「バカ。研究員はドクターコートを着ているでしょうが」
 確かにそうだな、と頭の中で思い浮かべた。さすが木村さん……
「というわけで、山崎さんも強制参加ね」
「え!?」
 まさか私もそのメンバーに入っているとは思わなくて驚いた。
「相手は他の職業の人も来るから安心して。今週の金曜日にレストランを押さえてあるから」
「え……でも……」
「私たち、いい加減フリーを卒業しましょう」
 がしっと肩を掴まれ、断れない雰囲気に圧倒されてこれ以上何も言えなくなってしまった。
 本気で結婚を考える人だけが集まる合コン……か。どうなることやら……

 水曜日。
 数日前、情報セキュリティシステムのプログラム更新が入り、そのあと過去データのエラーが出るというバグが発生した。そのためその修正が入ることになって午後からパソコンの使用ができなくなってしまった。
 今手元に急ぎの仕事がない私は、午後半休を取ってある場所へ向かった。
 成城学園前駅近くにある『Eleganity(エレガニティ)成城』は、サービス付き高齢者向け住宅と老人福祉施設が併設している。ショートステイで来る人もいれば、ここの施設の奥にあるマンションに住んでいる人もいる。
 一年前にできたところで、施設や居住スペースはとても綺麗。和の雰囲気を取り入れながら、ゴージャスかつ洗練された建物になっている。
 普通の施設だともう少しシンプルだし簡素な感じだけど、ここはテーブル一つにしても高級品に見えるし、細部までこだわって造られている高級な福祉施設だ。
 どうしてここに来たのか──。それは、私の母がここで働いていて、手が空いているときはボランティアとして手伝いに来ている。ボランティアって言っても大したことはしていなくて、施設利用者さんのお話し相手になっているくらい。
 一人でいても暇だからという理由で来ているだけなんだけど、案外それが楽しくて。
 老人施設では様々な人間模様があって、ここで出会ってお友達ができたり、恋愛をしたりする人がいる。六十歳を超えてから結婚したって人は、ここの利用者さんだ。お互いにパートナーを亡くして一人になったのち、ここで出会った人と再婚された。
……まぁ、私の出会いはここではなさそうだけど。人と話すのが好きだから、ここに来ていろいろな人を観察している。
「お母さん」
 昼食が終わり、大きなダイニングルームの片付けをしている母の背中に声をかけた。テーブルを拭いている手を止めて振り返った母は、娘の突然の来訪に驚く。
「あら、どうしたの。今日、仕事じゃないの?」
「仕事だった。でもシステムエラーでパソコンが使えなくなったから半休を取って帰ってきたんだ」
「そうなんだ。……あ、今日、光江みつえさんが来ていたわよ。晴香に会いたいって言ってくれていたところなの。会ってきたら?」
「うん、行ってくる」

※この続きは製品版でお楽しみください。

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