【試し読み】冷徹将軍の熱すぎる愛に寒がりメイドは戸惑い中
あらすじ
後宮メイドのフィーナはとても寒がりで、媚薬で体を温めるのが常。長く勤めた甲斐あって、念願の温暖な場所に異動できることに! しかしそこは冷徹将軍と呼ばれ、周囲から恐れられているシルヴェリオが治める南の砦だった。お互いの第一印象はまさに最悪……だったけれど、後宮で鍛えたスキルを砦でいかんなく発揮していくフィーナにシルヴェリオも一目置くようになる。ある日、重要な仕事を頼みにフィーナの部屋を訪れた彼は、ちょっとした手違いでフィーナが常用している媚薬を口にしてしまう。止まらない火照りと熱い昂ぶりに襲われるシルヴェリオ。見かねたフィーナに鎮められるが、それ以降シルヴェリオの独占欲が露わになっていき!?
登場人物
寒がりな後宮メイド。温暖な場所で仕事をしたいという願望があり、悪評高い南の砦へ異動する。
南の砦の長であり、冷徹将軍と呼ばれ恐れられている。不正を許さず、曲がったことが大嫌い。
試し読み
【1】寒がりなメイド
形のよい桜色の唇から零れた吐息は白く染まり、かき消える。息を吸うたびに冷たい空気が胸に入ってきて、フィーナはぶるりと体を震わせた。
「ふうう……。今日も寒いですね、フィーナ先輩」
隣を歩く少女が呟く。彼女は後輩で、フィーナの仕事を引き継いでいる最中だ。
後輩と肩を並べながら荘厳な廊下を歩く。それだけで何人ものメイドとすれ違った。
「後宮って、こんなにメイドがいるんですね」
後輩が感心したように言う。
「ええ、そうね。だって、ここには五十人ものお妃様とそのお子様たちが暮らしているのよ?」
「陛下にお妃様が沢山いるのは知ってましたけれど、そんなにいるんですか?」
「陛下の奥方たちだけではなく、殿下の奥方たちもみんなこの後宮にいらっしゃるから、多いのよ」
大きな建物を見渡しながらフィーナは目を細める。
──ここは後宮。そして、フィーナはここで働くメイドである。
この国の王はとにかく女好きだ。特にここ十年は国の景気もよく、美しい女性の噂を聞けば大金を積んで迎えていたので、王の側室だけでも三十人は軽く超えていた。
側室が増えるにつれて改装と増築を繰り返し、この後宮も今では国有数の立派な建物である。
とにかく大きく設備が整っているので、王だけでなく王子の妻たちもこの後宮でまとめて一緒に暮らしているほどだ。
王の子か、王子の子か──常にどこかから赤子の泣き声が聞こえてくる。
これだけの規模の後宮なのだから、つつがなく運営するためにも優秀な人材を沢山欲しており、後宮で働くメイドの給金はかなり高額だった。
それ故に後宮メイドになりたい者は多いが、簡単には働けない。まずは城内での小間使いから始め、徐々にメイドとして経験を積んでいき、能力を認められてようやく後宮で働くことができるのだ。フィーナの隣を歩く後輩の少女も、城内のメイドを経てつい最近後宮メイドに昇格したばかりなのである。
「ええと、この花は浴場の前に飾って、こちらの花は確か中庭に通じる扉の前で……」
後輩は籠の中に入った花を眺めながら確認している。後宮ではどこにどういった花を飾るのかも、すべて決められていた。
沢山いる妃には特定の花を深く愛する者もいれば、その花粉に反応してくしゃみが止まらなくなってしまう者もいる。五十人以上いる妃の性格から体質、さらに行動範囲まで把握し、どこになにを配置するのか頭に入れておく必要があった。
もちろん、フィーナは完璧に覚えている。
「あれ、この赤い花はどこだっけ……?」
「それは八番目と十七番目、そして二十三番目お妃様のお気に入りの花よ。でも、十五番目と十九番目のお妃様は匂いが苦手らしくて、そのお二人のお部屋からは離れた場所に置くの。具体的には第八廊下の出窓よ」
「は、はい。覚えます!」
後宮メイドに昇格したのだから、この後輩も優秀である。フィーナが言ったことを復唱し、しっかり頭に叩きこんでいるようだ。
「フィーナ先輩、もうすぐここを辞めちゃうんですよね。こんなに仕事ができるのに、勿体ないです。先輩ならメイド長まで出世できそうなのに……」
後輩が残念そうに言った。
実は後宮メイドは、五年勤めることができれば国が管轄する好きな場所に異動することが可能なのだ。
一番人気は隠居した王族の屋敷。後宮に比べて仕事量が少ないにも関わらず、高給だからである。
また、隠居王族の屋敷は富裕層が住む治安のいい地域にあるので、そこで夫捜しをする女性も多い。
後宮メイドとしてまとまった額を稼いでから異動し、裕福な男性を見つけて結婚退職する……という一連の流れができあがっているので入れ替わりが激しく、常にどこかの隠居王族の屋敷で優秀なメイドを募集していた。
「こんな寒いところ、いつまでも住めないわ」
今にも凍りそうな白い息を吐きながら、フィーナが答える。
フィーナは二十二歳。後宮メイドになってから五年が経過しており、好きな場所に異動できる権利を得ている。
実は五年経過したその日のうちに、フィーナは人事をとりまとめる文官に異動願を出していた。
だが、希望したのは隠居王族の屋敷ではない。
──暖かい南の土地ならどこでもいい、と。
「ああ、寒い! まだ冬はこれからなのに、こんなに寒いなんて耐えられないわ」
ぶつくさ文句を言いながら、フィーナは仕事をこなしていく。
この国の王都は寒い。早ければ十月には雪が降る。
そして、フィーナは極度の寒がりであった。この国で生きているだけで辛いのだ。
しかし、縦に長いこの国の中でも南方の地区は温暖な気候らしい。そこを終の住処にするのがフィーナの夢である。
両親はフィーナ同様寒さに弱く、高齢だったために冬の流行病で亡くなってしまった。こんな寒い場所にいたら、遅かれ早かれ自分も同じ運命をたどるだろうと思っている。
だから仕事に精を出し、ただの城勤めのメイドから後宮メイドに昇格して五年勤めあげた。
南方は遠く、交通費だけでもかなりの額になる。しかし、仕事として南方の地に行くのであれば、移動費用も国庫から出て、住む場所も用意してもらえるのだ。
もっとも、五年も寒さを我慢して後宮メイドを務めなくても、南への交通費くらいすぐに稼げる。
とはいえ、天涯孤独となった女性が職を辞して見知らぬ土地に行き、そこで住む場所と新たな仕事を探すというのは敷居が高かった。
それに、寒さに耐えるので精一杯でそんな気力が湧いてこない。
後宮メイドの仕事は大変だが、一度覚えてしまえばそこまで苦ではなかった。慣れた仕事を続けながら五年待って、次の仕事と住む場所を用意してもらうのが最善である。
そして今、ようやくその時がやってきたのだ。
異動届は出してある。あとは、どこに配属されるか連絡を待つだけだ。
「終わったわね」
花が沢山入った籠を空にして一息つく。懐中時計で時間を確認すると、フィーナは後輩に告げた。
「じゃあ、広間に行くわよ。もうひと仕事あるわ」
「えっ。休憩の時間じゃないんですか?」
後輩が目を丸くする。
「ふふっ。休憩なんだけど、私にとっては大事な仕事なの。さあ、行くわよ!」
寒いけれど、この時間だけはわくわくする。フィーナは後輩の手を引いて、意気揚々と広間に向かった。
広間には、多くの後宮メイドがいた。丁度休憩時間に入った者たちが集まっているみたいだ。
そこには多くの商人がいて、敷布の上に品物を並べて商売をしていた。焼き菓子から化粧品、小物、装飾品まで、商品は様々である。
「うわ……バザールみたい! すごい!」
後輩が瞳を輝かせる。
「お妃様たちは、基本的に後宮から出られないでしょう? だから週に一回、商人がお妃様たちにものを売りにくるの。それが終わったら、余った品物をここで私たちにも売ってくれるのよ」
「そうなんですね! すごいです! お菓子も売ってるなんて……ああ、いい匂い……。あっ、でも、仕事中だからお金を持ってきていないんです。取りに行かないと」
「大丈夫よ。後宮メイドの身分証を見せれば、給金から天引きになるの。でも、ほどほどにね」
「便利ですね!」
元々お妃様宛に持ってこられた代物なので、並んでいるのはそれなりに高級なものばかりだ。買わずとも、見ているだけで心が弾む。
きらきらと輝いて見える商品たちに、この時ばかりはフィーナも寒さを忘れられた。
「じゃあ、私はあっちで買い物してくるわね」
「あっ、待ってください! なにを買うんですか? 私もついていきたいです」
ある商人の元に向かおうとしたフィーナの後を後輩がついてくる。
フィーナが向かったのは、広間の端で商いをしているところだった。黒い絨毯に大小様々な瓶が並んでいる。
「こんにちは」
「やあ、フィーナ。いらっしゃい」
声をかければ顔見知りの商人がにこやかに挨拶をしてくれた。
「安くて強いのをちょうだい」
「毎度あり」
商人は絨毯の上に並んでいるものではなく、後ろから桃色の瓶を取りだした。フィーナのために取っておいてくれたのだろう。
「今日はこれが一番安い。あと、少し値段はあがるけど、美味しいのがあるぞ」
商人が並んだ瓶からいくつかを指さす。
「味なんてどうでもいいわ。安くて強いのがいいの」
「じゃあ、これだな」
商人が出してくれた瓶をフィーナは迷いなく購入する。
彼とはもう五年の付き合いだ。彼の言うことなら信用できる。
「あの、フィーナ先輩。これ、なんですか? お酒ですか?」
後輩が首を傾げながら訊ねてくる。そんな彼女にフィーナは堂々と答えた。
「これは媚薬よ」
「えっ! び、媚薬……っ?」
後輩がぽかんと口を大きく開ける。
ここは後宮。妃相手に媚薬の商いをする者がいてもおかしくはない。
とはいえ、真面目そうに見えたフィーナがしれっと媚薬を買う様子に驚いたのだろう。
「先輩、恋人がいらっしゃったんですか? もしくは、好きな人がいるとか……」
「好きな騎士に媚薬を飲ませて既成事実を作っちゃう……っていう後宮メイドもいるけど、私は違うわ。寒さ対策よ」
「え? 寒さ対策? 媚薬が?」
「そうよ」
フィーナはにこりと微笑む。
「知ってる? 媚薬を飲むと、体がぽかぽかして、ものすごく温かくなるの。王都の夜はとても寒いでしょう? 寝る前に飲めば、朝まで温かく眠ることができるのよ」
生活の知恵とばかりにフィーナは胸を張った。
「それなら薬湯があるじゃないですか。なんでわざわざ媚薬なんて……。媚薬って、体が温かくなるだけじゃなくて、その、本来の効果がありますよね……?」
頬を染めながら後輩が言ってくる。すると、商人がとある瓶を指さした。
「寒さ対策の薬湯なら、ここにあるよ。ほら、これ」
「なっ……! 高い……!」
薬湯についていた値札を見て、後輩が驚きの声を上げる。それは媚薬の五倍の値段だった。
「冷えに効く薬の原料はとても貴重で、薬湯は高価なのよ」
「後宮メイドのお給金でも、これを毎週買うのは辛いですね……」
「そうよ。それに、私の場合は極度の寒がりで、性的な欲求よりも体が温まったことに満足してしまうのよ。長年飲み続けていたら耐性ができたみたいで、変な気分になんてならないわ。お高い薬湯なんか買わなくても媚薬で十分よ」
大切そうに瓶を抱えてフィーナは言う。
「さあ、私の買い物は終わったわ。あなたも、なにか好きなものを買ったらいいわ。それとも、美味しい媚薬を教えてあげる?」
「い、いえ。媚薬は必要ないです!」
頬を赤く染めながら、後輩はぶるぶると首を横に振る。後宮に勤めるというのに、媚薬くらいで恥ずかしがるなんて初心だとフィーナは微笑ましく思った。
……もっとも、ここで働くうちに性的なあれこれには慣れてくるだろうけれど。
フィーナは周囲を見渡す。媚薬以外にも性具を売っている商人もいた。この後輩にはまだ早いだろうから、装飾具が並んでいるところに向かうことにする。
「じゃあ、あちらへ行きましょう? おじさん、またね!」
「ああ、またな」
媚薬売りの商人と挨拶を交わして、別の売り物を見に行く。買い物を楽しんだ後は休憩時間も終わり、フィーナたちは再び仕事に戻った。
◆ ◆ ◆ ◆
後輩に自分の仕事をすべて教え終わった頃、フィーナは後宮のメイド長に呼び出された。きっと異動の件だろうと、わくわくしながら彼女の執務室に向かう。
温暖な南の土地なら、どんな仕事でもいい。そんなゆるい条件だったと思うけれど、決まるまでは随分時間がかかったようだ。
ようやく寒い王都からはおさらばだと思ったが──
「あなたはよくやってくれたのに、本当に申し訳ないわ」
フィーナが訪れて早々に、眉間に皺を寄せながらメイド長が溜め息を吐く。
「えっ……。もしかして、南の土地では仕事がなかったんですか? あのあたり、隠居した王族の屋敷が結構ありますよね?」
「そうなのだけど、今はどこも人手は足りているらしくて……。北のほうなら空きがあるのだけれど」
「もっと寒い北に行くのは嫌です! ……それでは、南に空きが出るまでしばらくは異動できないということですか?」
これから冬が来てもっと寒くなるのにと、フィーナは肩を落とす。
すると、メイド長は言いにくそうに伝えてくれた。
「一応、一件だけあるのよ。南でメイドを募集しているところが」
「えっ! じゃあ、そこでお願いします! 南の土地ならどこでもいいです!」
間髪入れずに答えると、メイド長が眉をひそめる。
「そうは言っても、隠居王族の屋敷ではなく、南の砦なのよ」
「南の砦……?」
縦に長いこの国で、最南端の国境線に大規模な砦がある。大きな崖を挟んで隣国があるのだが、この国と南側の隣国を繋ぐのは一本の橋のみ。
その橋の手前にそびえ立つ砦には関所があり、入出国と物資の移動管理をしていた。
国境線の砦は国の防衛と商業において、重要な役割を持つ。
東西南北、他国との国境線上には数々の砦があるが、その中でも南の砦は特殊だった。
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