【試し読み】傷心ホリディ~極上CEOからとろ甘に愛されて~

作家:連城寺のあ
イラスト:緒笠原くえん
レーベル:夢中文庫クリスタル
発売日:2021/3/16
販売価格:600円
あらすじ

社内恋愛で結婚間近だった桜は、彼氏の浮気が発覚し突然別れを告げられてしまった。傷心の桜は一ヵ月の休暇をとり、祖父の別荘を訪れる。そこで隣の別荘に滞在するIT企業のCEO・柊(しゅう)と出会う。穏やかに寄り添ってくれる柊の傍は心地よく、少しずつ明るさを取り戻していく桜。裏切られた元カレへの哀しみで頭がいっぱいだったのに、次第に柊のことばかり考えている自分に気づいて――「僕がいなくなったら、桜さん寂しい?」熱情を秘めた紳士的なCEOと傷心OLの癒やし系ロマンチックラブ。

登場人物
大西桜(おおにしさくら)
結婚間近の彼氏の浮気が発覚。傷ついた心を癒し自分を見つめ直すために祖父の別荘を訪れる。
清家柊(せいけしゅう)
休暇中に別荘へ滞在していた大手IT企業のCEO。傷心の桜を気遣い、優しく寄り添う。
試し読み

1、プロローグ

 大西おおにしさくらは今、幸せの絶頂にいた。ウサギのキャラクター『ルーシーちゃん』で有名な文具・雑貨メーカーに入社して四年目。最初は経営戦略室にアシスタント事務として配属されていたが、今年の四月に希望の部署OEM事業部に配属され、仕事に燃えていた。OEM事業部とは、自社のキャラクターを使用して他社様の商品や景品を作る部署だ。デザイン室や企画室が会社の花形だけれど、このOEM事業部は、キャラの立案から制作までを事業部で一貫して行えるのが魅力だ。桜は配属されて半年、少しずつ慣れてはきたものの、先輩に付いていくのがやっとだ。それでも、毎日が楽しくてたまらない。
 交際している彼は営業部のエース社員だ。桜が経営戦略室でアシスタントをしていた頃には仕事での接触はなかったけれど、同期の飲み会で仲良くなり、去年のクリスマスに彼から告白をされて交際がスタートした。最初は押しまくる彼に戸惑ったものの、強引なくらいに引っ張ってくれる姿に頼もしさを感じていた。そして、つい三週間前に結婚を申し込まれて快諾した。仕事は続けるつもりで、彼にもその話はしている。
 今夜、同期会の後、彼から指輪を贈ると約束されていた。彼の名前は、宮原みやはら勇気ゆうき。同期会にも参加する予定だ。彼との交際は、まだ会社の皆には大っぴらにしていない。個人的なことを吹聴するのがあまり好きではないという桜の気持ちがあって、誰にも話していなかったのだ。
 実は……それとは別に、桜には心配なことがある。
 桜の母方の祖父のことだ。祖父は財界でも有名な、伝説的人物なのだ。宮原は上昇志向が高いタイプなので、良くも悪くも祖父の地位を意識してしまうと思われ、それが桜には気がかりだった。余計な情報を彼の耳に入れたくなかったのだ。
 桜が所属していた経営戦略室の室長や今の上司、人事の数人は祖父の地位を認識している。そこから情報が彼に届く可能性もあったので、交際を秘密にしていた……という訳だ。やはり、親族の地位云々ではなく、桜自身を本気で好きになってほしかったのだった。

2、心変わり

 ちょうど結婚を申し込まれた頃から彼の仕事が忙しくなり、会えない日が続いている。スマホの通話アプリで連絡をとってはいるものの、彼からはそっけない返事が続き、ここ数日桜は不安を募らせていた。
(でも、今夜は久しぶりに会えるから、ちゃんと話をしなくっちゃ。明日の親族との食事会の出欠も聞きたいし)
 いつもは地味な服装が多い桜だけれど、今夜は可愛いと言ってほしくて、お気に入りの洋服を着た。ネイビーカラーに小花柄が散らばった、シフォン素材のワンピース。膝丈で、小柄な桜にはぴったりのデザインだ。その上にショートジャケットを羽織り、おろしたてのパンプスを履いている。
 居酒屋に入ると、店員に案内されて貸し切りの部屋に向かう。中には十人ほどの同期が集まっていた。幹事の大原おおはらが桜に手招きをする。
「大西さん、お疲れ様です。こっちに座る?」
「お疲れ様です。ありがとうございます」
 誘われるまま幹事の隣に座る。
「あとは、宮原君たちだけだね」
「たちって……?」
「あ、中途採用の篠田しのださんも、一応同期だから参加することになったのよ」
「篠田さんって、受付の……?」
「そ、専務の娘さん」
 篠田は桜たちより一歳年上だ。縁故採用で中途入社したと聞いている。受付と接点がないので、同期とはいっても話をしたこともなかったが、専務の娘さんで美人だというので社内では有名だった。なぜ篠田と一緒に会場に来るのだろうか? 桜は不思議に思って大原に尋ねた。
「あの、宮原君と篠田さんはどうして一緒に来るんですか?」
「あ、大西さん知らなかった? あの二人付き合っているらしいよ」
「え?」
 桜は一瞬ドキッとしたけれど、大原が勘違いをしているのだと思った。宮原と交際しているのは自分で、三週間前にプロポーズをされたのだから。
「大原さん、どこからの情報ですか?」
「篠田さん本人よ」
「篠田さんが?」
 訳がわからない。彼が来たら、問いたださなくては。宮原を信じてはいるものの、桜は激しく動揺してきた。冷たい両手を握りしめて、宮原の到着を待つ。
 開始時間ギリギリになって宮原はやってきた。
「来た来たっ!」
「遅いよー」
 宮原が姿を見せると、同期たちが口々に歓迎する。久しぶりに会えた恋人に、桜は笑顔を向ける。……と、一瞬こちらに視線を向けたが、宮原はすぐに顔を背けた。
(えっ……?)
 篠田が部屋に入ってくると、宮原が笑顔を向けるのが見えた。信じられないものを目にしてもなお、桜は、しばらくしたら宮原が自分のもとにやってくるのだと信じていた。口約束ではあっても、彼は桜に結婚を申し込んだのだから……。桜は宮原を信頼していたのだ。
 しかし、飲み会が始まっても、宮原は桜のもとにやってはこなかった。こちらに全く視線を向けず、篠田の隣に腰をかけ楽しそうに談笑している。
 美味しいはずの食事も、味など感じる余裕もない。次第に不安が募る。乾杯の時に注いでもらったビールは、泡が消えて、すっかりぬるくなってしまった。桜は絶望感に押し潰されそうになりながら、機械的に箸を動かしていた。
 しばらくすると……宮原たちがいる方向から拍手と歓声があがった。
(何が起こったのかしら?)
「篠田さんったら、見せびらかしちゃって」
 大原の言葉に顔を上げると、ちょうど篠田が高々と左手を挙げている所だった。その薬指には、透明に輝く小さな石……。大原が桜に耳打ちをした。
「なんでも、今日宮原君から指輪を贈られたんですって。エンゲージリングってやつ? 見てよ、あの得意満面な表情」
「嘘……っ」
「嘘じゃないみたいよ。だって、今朝受付で自慢しているのを聞いたんだから。なんでも、今年のお盆休み頃から交際をしていたんだってさ。それにしても、もう婚約って早くない? あ、あれっ、大西さん顔が真っ青……大丈夫?」
 夢だと思いたい。お盆休みといえば、およそ二ヶ月前。桜が祖父の家に親族と集まっていた頃だ。あの時宮原は、実家に帰ると話していたはず。その頃から二股をかけられていたということなのだろうか? そして、何くわぬ顔で桜に結婚を申し込んだ……。宮原のあの言葉は嘘だったのか?
(そんな……私はどうしたらいいの?)
 桜は必死に落ち着こうとしていた。しかし、心が千々に乱れて冷静になれない。
「大西さん、大丈夫? ちょっと横になる?」
 真っ青な顔の桜を見て、大原が親切に世話をしてくれようとしていた。
「い、いいえ。大丈夫です」
 桜は落ち着こうと必死だったのだけれど、宮原が席を立ちトイレに向かったのを見た瞬間、すぐさま立ち上がって後を追った。挙動がおかしくて不審に思われそうだったけれど、今はそれどころではない。どうしても彼の真意が知りたかったのだ。
 桜は男性トイレの前に立ち、宮原が出てくるのをジリジリと待った。しばらくすると、宮原がハンカチで手を拭きながら出てきた。
「勇気さ、いえ宮原さん、お話があります」
「桜……」
「篠田さんと婚約ってどういうことですか? 私との約束は……っ!」
「桜、ごめん。これには事情があって……僕は彼女と結婚しなくちゃいけなくなった」
「事情? それは何なんですか!? 私と二股をかけていたってこと? もう……信じられない」
「桜っ、声が大きいよ! ちょっと外で話そう」
 腕を掴もうとする手を振り切って、桜は席に戻った。涙を堪えているせいで、鼻と目は真っ赤だ。バッグを手にすると、幹事の大原に声をかける。
「大原さん、用事ができてしまったので、私帰らせていただきます」
「えっ、大西さん帰るの? 大丈夫? なんだか顔色が……」
「だ、大丈夫です。すみません」
 もうこれ以上、ここにはいられない。店を出ようとした桜に、篠田がキッと視線を向けた。目が合ったその瞬間、勝ち誇ったようにこちらに向かってニヤッと笑ったのが分かって、桜はますます混乱した。ちょうど席に戻った宮原は、気まずそうな顔で目を伏せている。
「……っ!」
 強い言葉を投げつけてやりたいのに、何も言葉が思いつかない。桜は二人の前で足がすくんで動けなくなってしまった。なんとなく不穏な雰囲気を感じたのか、呑み騒いでいた同期が桜たちに怪訝そうな視線を向ける。その視線から逃れる様に、桜は震える足を踏み出して出口に向かおうとした。その時……。
「大西さん」
 篠田が席を立って、桜の進行を塞ぐ。
「私たち、今日婚約したんです。大西さん、彼に付きまとっていましたよね。私、知っていたんですよ。もう彼に近づかないでください。相手にされないのに執着するなんて、恥ずかしいと思わないんですか?」
「えっ……!?」
 被害者は桜のはずなのに、なぜか桜が二人の交際を邪魔していた……という構図にされそうになっている。
(三週間前に私は結婚の申し込みをされたんですけど。言ってくれたよね? 僕と結婚してくださいって……。両親にも挨拶するって言ってくれた……よ? え、何、どうなっちゃったの?)
 色々な思いがあふれて、頭の中がショートしそうだ。これは何かのドッキリ? それとも自分の頭が誤作動を起こしているのだろうか? 同期たちの怪訝そうな視線に晒されて、桜は立ち竦む。宮原のよそよそしい顔つきが胸に突き刺さった。膝が震え、細いヒールがグラグラと揺れる。油断をすれば倒れてしまいそうだ。
(……どうして?)
 自分が十分すぎるほど不利なのは分かっていたけれど、どうしても言わずにはいられなかった。
「……あのっ、篠田さんは勘違いをしています! 私は去年のクリスマスから宮原さんとお付き合いをしていました。そして、三週間前にプロポーズをされてお受けしました。だから篠田さんと彼が婚約をしたと聞いて、今ものすごく動揺しています。宮原さんは二股をかけて、私と篠田さん両方にプロポーズをしたということになりますが、篠田さんはいつから宮原さんとお付き合いをされていたんですか?」
 桜の心臓は異常なほどにドキドキして、口から胃の中の物が出てきそうだった。しかし、これだけはハッキリと聞いておきたい。交際を隠していたとはいえ、付き合いが長いのは自分のほうだったのだ。横取りをしたのは……篠田だ。
「なっ、何言ってんの! あんた頭おかしいんじゃないの!?」
 篠田が、桜の言葉に逆上して急に喚きだした。
「あの……私は今夜指輪をいただく約束をしていたのですが、なぜか篠田さんが指輪を贈られています。私には今の状況が理解できないんです。いつからお付き合いを始められ、どうしてこういうことになったのか、教えてください!」
「なっ、何よ、偉そうに! その冷静な言い方が可愛げないのよ! 平社員が私にそんな物言いをしていいと思っているわけ? 首にするわよ」
「首?」
 父親は会社の専務だけれど、篠田はただの受付嬢だ。桜の人事権を握っているわけではない。あまりに常識を逸脱した発言に、桜は呆れてしまう。それまで無言を貫いていた宮原が口を開いた。
「ゆりな、もうやめろよ! さく……大西さん、ちょっと話が……」
「ゆうくん、大西さんと何の話があるのっ!?」
 宮原が立ち上がって、婚約者を止めに入る。もう、どうでもいい。とにかく、衝撃が大きすぎて、今は彼の言い訳も聞きたくなかった。今すぐここから出ていきたい。店を出ようとする桜の腕を、宮原が掴もうとした。それを篠田が止めに入る。
「ゆうくんっ、行っちゃやだ! 大西さんを追わないで!」
「追いはしないけど……大西さんはきっと、も、妄想を口走ったんだよ。誤解を解かないと」
 ざわつく店内。宮原の苦しい言い訳を耳にしながら、桜は店を飛び出した。
「大西さん!」
 幹事の大原が追ってきた。
「大丈夫?」
「あ、あの、すみません。大騒ぎしちゃって。私っ、か、帰りますので」
「いいのよ。タクシー呼ぼうか?」
「いいえ。母を呼びます。あの、会場に戻ってください」
「う、うん。あの……大西さんの言ったこと、本当? 宮原くんと付き合っていたの?」
 それを知りたいから追ってきたのだろうか? 桜の神経はズタズタに引き裂かれて、もう限界だった。
「あの……お聞きになった通りです。私、失礼します」
 桜は大原を振り切ると、コンビニの灯りに向かって駆けた。途中で足を挫いて靴に傷が付いたけれど、気持ちが昂っているせいか痛みも感じない。
 まだ涙は流れてこない。というか、感情の源に栓をされているような、不思議な感覚だった。何も感じられない。ただ、体が震えて制御できないだけだ。桜は、雑誌コーナーの隅に立ち、震える指で母に電話をした。
「お母さん、今三番町のコンビニにいるの。あの……お願い、迎えに来て」

※この続きは製品版でお楽しみください。

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