【試し読み】年下エリートの溺愛戦略~こじらせ女子は押し倒されても気づかない!?~
あらすじ
「あなたが鈍感なのは、もうずっと前から知っていますが、いい加減気づいてください」――企画部で働く日和は、優しい男性たちにときめいては、思いを伝えることもなく失恋する恋愛初心者のこじらせOL。そんな日和の失恋を癒す役目を担っているのは、一つ年下のエリート後輩、沖永。容姿端麗で企画部の次期課長と呼び声が高い彼と、恋愛関係になることはあり得ないと、この日も安心して話を聞いてもらっていたのだが……。度数の高いお酒を次々と勧められ、ほろ酔いの日和が運ばれたのはホテルのベッド!? 「初めてでしょうから、優しくします」……鈍感OLを振り向かせたいエリート後輩のとった戦略は?
登場人物
恋をしても思いを伝えることができずに失恋…を繰り返し、その度沖永に慰めてもらっている。
容姿端麗で仕事もデキるエリートな後輩。失恋した日和を慰めつつ、猛アピールするが…
試し読み
一.こじらせ女子はファーストキスに夢を見る
彼が連れてきてくれたのは、ホテルの最上階にある高級バー。
ムードに呑まれて少しだけ緊張する。普段ふたりで飲みに行くときは、もう少しカジュアルな雰囲気のお店へ行くことが多いから。
モデル並みのスタイルとクールな美貌を持つ彼は、歩いているだけで周囲の目を引く。
案の定、店に足を踏み入れた途端、女性たちはうらやましげに彼を眺め、ほうっと息をついた。隣にいるのが私で、本当に申し訳ありませんと平謝りしたくなる。
彼は私をカウンター席へエスコートし、その隣に腰を下ろした。
「リクエストはありますか?」
彼が敬語を使うのは、私のほうがひとつ年上だからだろう。一応、入社時に面倒を見た先輩ということもあり、敬意を払ってくれている。
……とはいえ、役職も追い抜かれちゃったし、今では彼のほうが私の上司。微妙な間柄だ。
「お任せで」
「では、いつもの感じで注文しますね」
そう私へ確認して、近くにいたバーテンダーを目線で呼び寄せると、注文を済ませた。
彼がオーダーしたのは、ジントニックとグラスホッパーという名のカクテル。
ジントニックは彼が飲むつもりなのだろう。もうひとつの名前には聞き覚えがなくて眉をひそめた。
「バッタ……?」
グラスホッパー。直訳すると『バッタ』。
カクテルに虫の名前をつけるなんて。そのネーミングセンスは……どうなんだろう?
「見ればわかりますよ」
彼の言葉にぎょっと目を丸くする。見ればわかるって、バッタというネーミングに納得のいくカクテルなのだろうか。グラスに沈むチェリーのごとく、バッタが……なんてオチはさすがにないだろうけれど。
バーテンダーがシェイカーをカシュカシュ振ってくれる。カクテルグラスに注ぎこまれたとろりとした液体は、鮮やかなエメラルドグリーン。
なるほど、それで『バッタ』なのか、と腑に落ちる。
「もうちょっとロマンティックな名前にすればいいのにね……『若葉』とか『翡翠』とか」
彼にチラリと目配せすれば、すかさず「どうぞ」と勧められたので、私はグラスを並々と満たすグリーンを上唇でひと口舐めとってみた。
クリームの甘さが口の中に広がり、間をおかずシュッと立ち消える。後味にはスースーとした爽快感が残った。これってつまり──。
「チョコミント」
「そのネーミングが一番わかりやすくていいでしょうね」
彼は運ばれてきたジントニックを口に運び、切れ長の目をふんわりと細める。
グラスホッパー──もはやチョコミントでいいだろう──は、デザートのように甘くて飲みやすい。女子人気も間違いないだろう。
けれど、アルコールの度数はそこそこありそうだ。
「これ、結構強いお酒だよね?」
私が尋ねると、彼は表情ひとつ変えず「その程度じゃあ酔わないでしょう」と切り返してきた。
昔は気を遣ってアルコール度数の低いカクテルを注文してくれていた彼。しかし、いくら飲んでも平然としている私を見て、手加減は不要だと感じとったらしい。
「この前、頼んでくれた『ロングアイランドアイスティー』、私、家に帰って調べてみたんだけど……」
「そうですか」
「『レディーキラー』って書いてあった」
「気づきました?」
レディーキラー、つまり、女の子を酔わせてお持ち帰りするためのお酒だ。
そんなものを私に飲ませてどういうつもりだか知らないけれど、結局、私は泥酔するでもなくあっさり飲み干しちゃったってわけだ。
そういう、かわいげのなさが、モテない原因なのかなぁ。
はぁ、とあからさまなため息をつくと、見かねた彼が静かに切り出した。
「それで。今日、俺を誘い出した理由を聞いてもいいですか」
「……実は、失恋しちゃって」
ヘラッと笑うと「まぁ薄々気づいてはいましたが」とため息をつかれてしまった。
「で、お相手は?」
「営業部の小松さん」
「彼、彼女いるでしょう」
「知らなくて……」
知っていたら、好きになんてならなかったのに……とズンと落ち込む。
口元だけがミントでやけに爽快だ。気持ちと飲み口が合わないという意味では、このカクテルはミスチョイスかもしれない。
「それで? 具体的に、小松さんとはなにがあったんです? ……返答次第では彼をシメに行くかもしれませんが」
物騒なことを口走りながら、彼は眉間に皺を寄せる。
ただでさえ美しすぎて温かみの感じられない顔立ちなのに、いっそう鋭く冷え冷えとしていてなおさら怖い。
もともと、彼は表情が乏しく、女性社員の間では『冷徹王子』とか、『氷のプリンス』とか呼ばれているのだ。
それでも『王子』であることから、モテることには違いないのだけれど。
「なにも。なにかある前に、彼女がいるって知ったから」
「……愛澄さん、それは失恋とは言いません。そもそも恋が始まっていません」
「気になる人ができた時点で恋でしょう……?」
「眺めるだけで恋と呼ぶのは小学生までです。大人はキスのひとつでもしてから恋と呼んでください」
ガン、と殴られたような衝撃を受ける。私の恋愛って小学生レベルって言いたいの?
「そりゃあモテモテで女性経験豊富な沖永くんからしたら、私の失恋なんて他愛のないものなのかもしれないけど」
「まぁ、それなりに経験はありますが。なんならお相手しましょうか?」
珍しくニヤリとした笑みを浮かべて、年齢的には先輩であるはずの私をからかう小生意気な彼。
……彼氏いない歴=年齢だなんて打ち明けた私が愚かだった。
激しく後悔しながら、煽られるようにグラスホッパーを一気飲みする。
私のグラスが空になったことを確認すると、彼はすかさず『ビトウィーン・ザ・シーツ』という名前のカクテルを頼んだ。
直訳すると『シーツの中』──つまり『ベッドにおいで』とか『一緒に夜を過ごそう』といった意味合いを持っているのだろう。
バッタの次は随分といかがわしい名前のカクテルを頼んでくれたものだ。当然、深い意味なんてないのだろうけれど。
飲んでみると、柑橘系で爽やか。飲みやすくはあるのだけれど、案の定、かなりの度数。どうやら彼は、まだ私を酔わせ足りないらしい。
「沖永くんは、私を酔いつぶそうとしているの?」
いくらお酒に弱くはないといっても、こんなカクテルを二杯も三杯も飲めばさすがに許容量を超えてしまう。
すると彼は「まぁそんなところです」とあっさり肯定。
「そんなことしてどうするの?」
「聞くまでもないでしょう。介抱すると見せかけて、襲うんですよ」
思わずカクテルにむせてしまった。そんな誤解されるような言い方をしなくてもいいのに。
今のは彼のブラックジョークだ。私相手に本気でそんなことを思うはずがない。
興味もない女性に思わせぶりなことを言うなんて。これだから無自覚イケメンは困る。
イマイチ理解できない彼の名前は、沖永理久。
新人時代の彼を、私が指導係としてお世話した。それがきっかけで今も仲良くさせてもらっている。
出会って五年、彼は私を追い越し、二十七歳という若さでマネージャーに昇進。早くも次期課長との呼び声が高い。
一方、なんの野心も持たない私・愛澄日和は、平穏を愛するのんびり系OL。
彼に追い抜かされたからといって焦ることはなかった。彼ったらすごいなー、活躍しているなーと温かく見守るのみ。
もちろん、仕事はちゃんとやるけれど、ガツガツする必要はないと思っている。
ちなみに、将来の夢はお嫁さん。が、今のところ、その夢が叶うあてはない。
「……まぁ、よかったじゃありませんか。あんな人とお付き合いすることにならなくて」
ぽつりと彼が漏らす。私が好きになる男性のことを、彼はことごとく『あんな人』と言って悪趣味扱いする。
「小松さんのなにが気に入らないの?」
「俺より背が低い。俺より役職が低い。俺より──」
「沖永くんと比べたら、世の男性たちがかわいそうだよ」
っていうより、沖永くんを超えるスペックを持つ男性なんて、少なくともうちの会社にはいないだろう。
……まぁ、小松さんが女性社員たちから『優しいけれど見た目が……』と揶揄されているのは事実だけれど。
「そもそも、俺を越えることもできない男性が愛澄さんに手を出すこと自体が許せない」
「……よくわからないけど、それを言ったら私、一生彼氏できないからね?」
なぜ私の選ぶ男性に対抗意識を燃やすのだろう。彼、やっぱりちょっと変だ。
「小松さん、優しい人だよ? 残業してたら『頑張って』って飴くれたり」
「飴ひとつで懐柔されたんですか……? 失恋するたびにお酒をご馳走している俺の立場はどうなるんですか……?」
彼が悲愴な顔をする。
もしかして、お金のこと気にしてた? だって沖永くん、お会計払わせてくれないから。
彼におごってもらった回数を指折り数えてみるけれど、片手では足りない。合計すると結構な額になっているのかもしれない。
「今日は私が払うね?」
「結構です。というか、そういう問題ではなくて」
ふるふると彼はかぶりを振り、沈痛な面持ちで額に手を当てた。
「……あえて女性から人気のない男性ばかり選ぼうとしていませんか?」
「見た目も中身もイイ男性なんて、きっともう誰かのものになっちゃってるし」
そんなことを考えるようになったきっかけといえば、今から四年ほど前のこと。
取引先の男性と親しくなり、頻繁に連絡を取り合うような関係に発展。食事にも誘われ、もしかしたらこのままお付き合いしちゃうんじゃ!? なんて期待を胸に抱いていた。
しかし、仲の良い同期が彼に想いを寄せていることが発覚。
同期と険悪な関係になりたくなかった私は身を引くことを決意。だいたい、男性を奪い合ったところで、勝てる気もしなかったし。
そして、ライバルはいないに越したことはないという結論に至ったのだ。
「一見して魅力のわからない原石みたいな人、いないかなぁ……」
誰も好きにならないような男性と、競争のない穏やかな愛を育みたい。
優しくて誠実、それだけでいいから。
なのに、この歳になると気になる男性はたいてい彼女持ち。わかりやすいように首から『彼女アリ』と『彼女ナシ』の札を下げておいてほしいくらいだ。
思い悩む私を、彼は頬杖をついて見つめながら、甘ったるい声でささやいた。
「例外もありますよ。あなたは『イイ女』ですが、まだ誰のモノにもなっていません」
彼の言葉に、キョトンと目を丸くして見つめ返す。イイ女? 私が?
私が本当にイイ女だったら、とっくに彼氏ができてるよ。ひとり身歴もうすぐ二十八年なんて偉業を達成するわけがない。
きっと彼は、私が落ち込まないように慰めてくれているのだろう。
「フォローしてくれなくて大丈夫だよ。私、モテないって自覚してるから」
肩を落とすと、彼もげんなりとして「訂正します。あなたは鈍感女です」とうなだれた。
「もっと身近に目を向けてみたらいかがですか。あなたと付き合いたい男性なんて、すぐに見つかりますから」
「身近に男性なんていないよ」
「俺がいるでしょう」
「あははは。沖永くんと私が?」
確かに仲良くさせてもらってはいるけれど、沖永くんと付き合いたいだなんて、そこまで身の程知らずではないよ。
なにしろ彼はこのルックスで企画部のエース。モテモテだ。私と釣り合うわけがない。
間違っても惚れてしまわないように常日頃から気をつけている。彼を好きになってしまったが最後、失恋の傷をまたひとつ刻むことになるのは必至だから。
カラカラ笑う私とは対照的に、彼はどんよりと表情を曇らせている。
「そういえば、沖永くんって、誰かと付き合っているって噂、聞かないね」
「ええ。ここ数年、ずっと片想い中なので」
「沖永くんみたいな人でも、片想いなんてするんだね」
「おかげさまで」
別にけなしたわけでもないのに、彼はじとっとした目で私を睨んでいる。
「沖永くんはモテモテだから、恋愛で苦労したことなんてないのかと思ってた」
「そんなことはありませんよ。苦労ばかりです、本当に」
「へぇ、沖永くん相手になびかない女性なんているんだ」
私が驚きにわっと瞳を大きくすると、彼は呪いの言葉でも吐くように「いったいどこの誰でしょうねぇ……」と忌ま忌ましげに言い放った。
「……でも、ちょっと安心。沖永くんに彼女ができたら、もうこうやって私のことを慰めてくれないでしょう?」
彼女持ちの人とふたりきりで飲みに来るのはちょっと。たとえ私たちの関係がクリーンだとしても、相手の女性からしてみたら気分のいいものではないだろう。
私も彼も、お互いお付き合いしている異性がいないからこそ、こうして仲良くしていられる。そう考えれば、失恋続きのこの状況も、そこまで悪くないかもしれない。
「安心してください。俺はずっと愛澄さんと一緒にいるつもりですから」
表情の乏しい彼が、珍しく優しく微笑む。
一瞬喜びかけて、ピタッと止まる。それって、この先、私に恋人などできないだろうという不吉な予言?
何度失恋しても慰めてあげるから大丈夫ってことかな? うれしいけれど、なんだか虚しい。
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