【試し読み】呪われた漆黒の王は満月の乙女と甘く淫らに契りを結ぶ

作家:月乃ひかり
イラスト:逆月酒乱
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2020/9/30
販売価格:800円
あらすじ

「我が乙女、そなたが欲しい。私の呪いを解けるのはそなただけだ」小国の王女ラーナは、駆け落ちした双子の弟に成り代わり、砂漠で強い力を誇っている大帝国イドリース王の即位式に出席することに。ところがラーナは、自国よりはるかに煌びやかな宮殿に好奇心を刺激されて、つい羽目を外してしまい――「そなたをずっと待っていた」宮殿の奥深くにある不思議な湯殿で、生まれたままの姿のラーナが出会ったのは、琥珀色の瞳を持つ逞しい男。……あなたは夢の中で私を求めてきた人? 自分を〝満月の乙女〟と呼ぶ男に導かれ、夢うつつのラーナは純潔をささげてしまって――

登場人物
ラーナ
駆け落ちした双子の弟に成り代わり即位式に出席。宮殿の不思議な湯殿で夢の中の男と出会う。
ファルーク
琥珀色の瞳を持つ逞しい男。ラーナを〝満月の乙女〟と呼び、熱烈に求めるが…
試し読み

●一章 運命の歯車

「なんですって!? カミルが駆け落ち!?」
「しっ! ラーナ! 大きな声を出すでない。いくら人払いをしているとはいえ、ここにいる者以外に気取られてはならぬ」
 父王にいさめられ、はっとして口元に両手を当てた。
 ここは父の後宮にある母の居室。
 その部屋にいるのは、ラーナを含めてたったの五人だ。
 重い溜息をつく父、顔色を失っている母、兄の側近の従者であるセイドとじいや、そしてラーナだ。
 肝心のもう一人、ラーナの片割れにして双子の弟であり、この国の世継ぎの皇子みこであるカミルの姿が見当たらない。
「あの……、お父様、カミルが駆け落ちって本当なの?」
 声を落として聞くと、父王は眉間に皺を寄せて一枚の手紙を差し出した。
「カミルの書き置きだ。今朝、日課の遠乗りになかなか現れないのを心配したセイドが、カミルの寝室で見つけたのだ」
 見慣れた筆跡で書かれた手紙には、カミルとラーナの幼馴染でもある乳母の娘、サラとの婚姻を認めてもらうまで二人で宮殿を出る、と書かれていた。
 さらには認めてもらえないなら、王子の身分を捨てるとも書いてある。
 ラーナは、双子の弟の固い決意を知って、応援してあげたい気持ちになった。一番近くでカミルとサラを見てきたラーナは、二人がお互いに小さい頃からずっと想い合ってきたのを知っていた。でも、乳母の娘であるサラは、王妃になれるような身分ではない。
 そこで父や母は、サラをカミルの後宮に入れて側室とし、身分の高い大氏族の中から王妃となる娘を選んで、結婚するようカミルに強いていたのだ。
「あの、お父様、私からもお願い。どうかカミルの結婚を認めてあげて欲しいの」
「こうなったら、認めざるを得ないだろう。だが、問題はそこじゃない。ラーナ、お前も悪い。カミルに余計な入れ知恵をしおったな?」
 ぎろりと父に睨まれて、ラーナは冷や汗が吹き出した。
 たしかに、カミルをけしかけたのは自分だ。
 認めてもらうまでサラと二人、一緒に宮殿を出て行くぐらいの覚悟がないと、頑固な父は認めてくれないだろうとカミルに言ったのだ。
 それもつい、一昨日おとといのこと。
 まさか、カミルがこんなに早く、しかも本当に実行に移すとは思わなかった。正直、二人が宮殿を出たと知って、ラーナも驚きを隠せない。
「おおかた、お前が二人をそそのかしたのだろう」
「唆しただなんて人聞きの悪い……、確かに少しの間、二人で宮殿を離れて今後のことを考えてみてはと言ったけれど」
 ラーナは、あいまいに濁して言った。まさにカミルをけしかけたのは自分だ。だけど本当のことを話せば、父から罰を受けてしまう。
「でも、ほらっ! 結局、カミルにとって一番いいことは好いた女性と一緒になることよ。カミルは一途だもの。他の女性との結婚を無理強いしたら、それこそ政務にも身が入らなくなっちゃうわよ?」
 ラーナが気まずい雰囲気を払拭しようとして笑顔を見せると、母は泣き出し、父は頭を抱え込んだ。
「まったくお前の浅はかな考えのせいで、この国は窮地に立たされた」
「それはどういうこと? カミルはお父様がお許しになればきっと戻ってくるわ」
 弱小国家とはいえ、一国の王子であるカミルが宮殿を出たのは、ゆゆしき事態だ。でも、父王が二人の結婚を許せば、カミルはすぐにも帰ってくるだろう。窮地に立たされたなんて大袈裟すぎやしないだろうか。ラーナは父と母を元気づけるように、さらに、にこっと微笑んだ。
 だが、それも徒労に終わる。
 父には逆効果だったらしく、額にはこれまでに見たこともないほどの太い青筋が浮かび上がり、ぴくぴくさせている。
「カミルもカミルだが、お前もこの時期に、なんということをしでかしてくれたのだ。よもや知らぬとは言わせぬぞ。大国イドリース帝国の王の即位式が五日後にあるのを知っておろう。カミルはその式典に国王わしの名代として出席するはずだったのだぞ!」
 ラーナもそれは知っている。大国イドリース帝国は、病に倒れた父王に代わり皇太子があっという間に勢力を広げていった大帝国だ。イドリース帝国では、皇太子が二十五歳になれば父王は退位して即位するという決まりがある。
 その即位式には心臓に持病があり、長旅のできない父に代わってカミルが父王の名代として参列することになっていた。
「……あの、名代を他の者に……、そう! 例えば、宰相に頼んだらいいのではない?」
「ばかを言うな。大帝国イドリースの王の即位式なのだぞ! 国王かもしくは皇太子が軒並み参列するのだ。弱小国家の我が国が宰相などを名代にたてれば、侮られたとして、いつ属国にさせられるかもわからん……」
 それまで顔を赤くしていた父は、この国の行く末を想って気弱になったのか、今度は顔を青くして椅子の背もたれにぐったりと沈み込んだ。
「じゃあ、カミルを急いで探し出して……。きっとどこか、この辺のオアシスにいるはずよ」
「お前は、この辺の砂漠にオアシスが一体いくつあると思っているんだ。しかもカミルしか知らないオアシスもある。しらみつぶしに探したとしても最低一週間はかかるだろう。だが、即位式は五日後、イドリース帝国までは、速い駱駝ラクダに乗っても、三日はかかる」
「だったら、どうしたら……」
 そのとき、ラーナは皆が自分をじっと見つめているのに気が付いた。
 父も母も、じいやも。あまつさえ、セイドまでも意味深な眼差しを向けている。
「ラーナ、お前にはカミルをそそのかした責任を取ってもらう」
 父王がきっぱりと言った。
「せ、せきにん……?」
 嫌な予感がする。
「幸いお前はカミルと双子。顔もそっくりだ。お前には、カミルに成り代わってイドリース帝国に行ってもらう。カミルを探し出して、お前と無事入れ替わるまでカミルの振りをするんだ」
 衝撃的な父の言葉に、ラーナは口をあんぐりと開けた。
「そんなっ! だって、体格も違うわ。カミルの方が背が高いし。髪の毛もカミルはこんなに長くはないでしょう」
 ラーナは必死になった。まさかカミルの駆け落ちのせいで、自分にこんな災難が降りかかるとは思ってもみなかった。
「なに、カフタンを着れば体格などいくらでもごまかせる。それに髪の毛は、うーんそうだな」
 父王は考え込むようにして、ラーナをじろりと見た。
 この国の王族には北方民族の血が入っているため、肌も髪の色も明るい。中でも、カミルとラーナは、とりわけ濃い蜂蜜のように輝く金色だった。
「少し前髪を短く切りそろえて、後ろは革ひもで縛ればよい。どちらにしろクーフィーヤで隠してしまえばわかるまい。なぁ、セイド、長年カミルを見てきたお前も、カミルと瓜二つだと思うだろう?」
 いきなり王に同意を求められて、ぎくりとしたセイドは、国王に逆らえるはずもなく、こくこくと頷いた。
「はい、王様。カミル様をお小さい頃から見ておりますが、お二人ともとても良く似ていますゆえ、ラーナ様がカミル様の格好をすれば、誰もわかりますまい。私でさえもぱっと見た限りはわかりません」
「ほれ、セイドもこう言っておる」
 父王はセイドの言葉に気をよくしたのか、ようやくにやりとした。
「そんなっ、もしばれたら……」
「なに、大勢の国家元首が集まる。その中の弱小国など誰も気にとめんよ。ただ、カミルが出席したという事実が残ればいいのだ。騎士隊長に命じてすぐにカミルを見つけ出して、お前の後を追わせる。たかが四、五日の辛抱だ」
「で、でも、慶事に付きものの各国の王族による剣の試合もあるでしょう?」
「それは腹を壊したとでも言って欠席すればいい。それにじゃじゃ馬のお前は剣の扱いもカミルより上手かったではないか」
「でも、でもっ、それはずっと昔のことで……」
「ラーナっ!」
 ラーナはどうにかこの苦境を回避しようと頭を巡らせたが、父に一喝されてしまう。
「今は、カミルよりもお前のことよりも、この国のことを一番に考えねばならん。これは国王としての命令だ。そもそも、お前がカミルをたきつけたりしなければ、まじめなカミルはよもや宮殿を出ようとは思わなかったはずだ。この国のためにお前が責任を取れ、ラーナ。分かったな」
「はい……」
 国のことが大事だと言われれば、ラーナも従うほかない。
「イドリース帝国には、カミルに扮装したお前と、カミルの従者のセイド、念のためお前の侍女も同行させる。お前は輿のついた駱駝ラクダに乗って行け。ほかに同行する騎士たちにもばれてはまずい。くれぐれもボロを出すなよ。式典では祝いの言葉以外一言も喋らず、誰とも口をきくな。祝いは三日三晩続くのだが、式典がすんだら与えられた部屋から出ずに、カミルが来るのを待て。よいな」
 その表情は、いつもの父ではなく、臣下に命令する国王の顔になっていた。
 ラーナは心の中でうめいた。カミルに良かれと思って助言したことが、まさかこんな大事おおごとになるとは思っていなかった。
 今になってまじめなカミルに軽率に言ってしまったことを後悔する。
 ラーナは、しょんぼりとこうべを垂れた。
「仰せのままに、お父様……」
 そのとき、ラーナの頭に今朝見た夢が思い浮かんだ。大国イドリース帝国は、この北方の国にはめったに咲かないジャカランダの花が咲き乱れているという。
 あの夢は、このことの暗示だったのだろうか。
 夢の中でなにか怖い思いをしたような気がして、ラーナはふと不安になったが、すぐにその思いを打ち消した。
 お父様の言うとおり、四、五日の辛抱だわ。きっとカミルがすぐに来てくれる。
 そう思うと、気が楽になった。
 大帝国の王の即位の式典など、王女であっても女は見ることができない。これもめったにない幸運だと思えばいい。
 ラーナは、じいやに促され母の部屋を出ると、さっそく言いつけどおり旅の支度にとりかかった。
 だが、ラーナの運命の歯車は、彼女の知らないところで着実に、ぎしぎしと音を立てて回り始めていた。

●二章 身代わり王子

「わぁ……! セイド見て! 虹色の鳥が売られているよ!」
 自国を出国してからちょうど三日後、ラーナは、駱駝ラクダの輿から日除けのヴェール越しに見える光景に圧倒されていた。
 イドリース帝国の首都イドリースは、様々な人種の商人が行き交い、ラーナの国では見たこともないような珍しい動物や絹織物が市場に並び、道路は石畳で舗装されている。
 頭の上に大きなかごを載せて、バナナやナツメヤシ、パイナップルなどの新鮮な果物や野菜を売り歩いている行商人もいた。大男に守られている市場スークでは、煌びやかな宝石が溢れ、まばゆい黄金色に輝いている。
 少し離れた広場では、猿回しやヘビ使いなどの大道芸人や、魅惑的な衣装で踊る踊り子たちもいた。
 こんなに沢山の物や人が溢れているなんて!
 ラーナは好奇心を抑えられずに、もっとよく見ようとヴェールの隙間から身を乗り出した。
 自国の首都とは比べ物にならないほど、華やかで物資に満ち溢れた大国の様子にただ驚くばかりだ。改めてイドリース帝国が富める強国であることをまじまじと肌で感じ取る。
「ラー、いえ、カミル様、そんなに身を乗り出しては危険です」
 見るものすべてが珍しく、輿から上半身をのり出してしまったところで、同行した従者のセイドにたしなめられる。
 いけない。今は、カミルとしてこの国を訪問しているのだ。カミルは、自分と違って落ち着いているから、輿から身を乗り出してきょろきょろとあたりを覗いたりはしないだろう。
 ラーナは慌てて周りから見えないよう、輿の中に身を収めた。
 立ち並ぶ店に溢れる物だけではない。城下には水路も張り巡らされている。井戸ではなく、水道も整備されているのかもしれない。
 ラーナも王族の一人だ。どのようにしたら自国も水道を整備できるのかとても気になる。父からは、式典の後は部屋から出るなとは言われたけれど、この国に滞在している間に、市中をこっそり視察しても面白そうだ。きっとカミルだってそうするはず。
 そう考えているうちに、一行はいよいよ城塞の入り口にある門をくぐり、宮殿にまっすぐに続く広い道路に差し掛かった。その途中、いくつか検問があり、門兵に身分を確認されるたび、ラーナは内心、怪しまれないか緊張が走ったが、王族専用の通行証を見せればすんなりと通された。
 宮殿の正面に位置する大きな正門をくぐりぬけると、いよいよ招待客専用の煌びやかな扉の前に到着した。
 既に各国の王族らがずらりと並んで宮殿への入城の順番を待っている。
 ラーナたちも、ここで駱駝ラクダを降りて、その列に並ぶことになった。
 随行の騎士は別の宿舎に、祝いの品々は目録とともに、献上品を預かる隣の建物へと運ばれていった。
 ラーナは、ようやく長旅を終えて駱駝から降りることができてほっとする。すると、ふいにどこかで嗅いだことのある香りが漂ってきた。
 この香りは……。
 宮殿の周りをくるりと見渡すとあちこちに高貴な紫色のジャカランダの木が植えられている。
 図鑑でしか見たことのない花を直にこの目で見ることができて、ラーナは感動を覚えた。ぱっと走り出して落ちていたジャカランダの花を拾い上げてじっくりと観察する。
 ──やっぱり!
 あの夢と同じ花だ。ラーナは鼻を近づけてその匂いをくんくんと嗅いでみた。
 すっきりしているのに、どこか甘くて悩まし気な香り。
 夢の中で嗅いだ匂いを覚えているというのも変だが、まさに同じ香りだった。
 その香りが鼻孔に満ちると、なんとなくぞわぞわして落ち着かなくなる。
 花の香りとともに、ラーナの肌を撫でた、あの逞しい男の手の感触が蘇ってきたからだ。
「ラー、カミル様、どうしました? お加減でも?」
 急に走り出したラーナをセイドが心配そうに追いかけてきた。
「いや、大丈夫だ。ありがとうセイド。何でもないよ。この珍しい花が気になって香りを嗅いでいたんだ」
 ラーナは怪訝そうな顔のセイドに笑顔を作って見せた。あの夢のことは、なるべく考えないようにしよう。ただの夢なのだ。夢と同じことが起きるはずはない。
 それに今は、夢を思い出している場合ではない。王族とはいえ、本宮殿に入るためには審査がある。
 これまでの門兵による簡単な確認とは違い、本宮殿に入るのには厳しいチェックがあるだろう。
 万が一、身体に触れられたときのために、ラーナは胸のサラシを今日はきつめに巻いていた。弟王子カミルの紋章が刻まれた指輪もしている。この指輪は、カミルがはずして置いていったものを出国する前にラーナの指のサイズに合うよう急いで直したものだ。
 それに父王の落款らっかんの入った書簡もある。これがないと身分を証明できないため、ラーナは旅の間、肌身離さず持っていたものだ。
「では、お次の御一行様。国名とお名前をどうぞ」
 受付の高官がラーナをじろりと見た。セイドが口を開けようとしたのをラーナは軽く手を上げて制した。今は自分が王子として務めを果たさなければならない。
「サラーフ王国、国王の名代にして第一王子のカミル・アル・サラーフだ」
 少し声を落とし、父の落款の入った巻物を差し出す。高官は巻物を確認すると、吟味するようにラーナを見た。
 緊張で手のひらに汗がにじむ。もし、不審がられたらどうしよう。
 そう思って身を固くした。高官は手元にある分厚い書類をぺらぺらと捲ると、数ある参列者の絵姿の中から、カミルの絵姿を探しているようだ。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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