【試し読み】生真面目ドクターはかわいいものがお好き?~甘やかされ同居生活~
あらすじ
「出ていかれたら困るのは俺になりそうだな」──不動産会社の令嬢でありながら、家族に疎まれ暮らしてきた真実。ある日、自身の政略結婚の話が進んでいることを知ると、ついに家を出る決心をする。家を飛び出したものの行く当てのない真実が歩いていると、車に轢かれそうになっている一匹の子猫を見つける。真実は危険を顧みず車道に飛び出し子猫を助けるが、家のない自分は引き取ることができない。車を運転していた男性・慎司は責任を感じ、真実と子猫をまとめて面倒を見ると言い出して──。そして始まった、生真面目なドクター・慎司との同居生活。しかたなく始めた同居のはずなのに、慎司は真実を甘やかし、可愛がっていき……?
登場人物
不動産会社の令嬢。自らの意思を無視した縁談が進められているのを知り、家を出るが…
医師。子猫を助けるために自らの車の前に飛び出してきた真実を保護することに。
試し読み
プロローグ
私は家族から疎まれている。
そう感じながらもなんとか邪魔にならないように静かに、言われたとおりに過ごしてきた。
ここでの私はいらない子同然だったけれど……。
それでも私を可愛がってくれる唯一の人がいたから、耐えてきた。
離れに住んでいた祖父だけが私を可愛がり、祖父の離れでのみ私は息ができた気がした。
そんな祖父が倒れて、入院してから一週間。
祖父が倒れたこともありいつも以上に静かに過ごしていた私は、通りすがりに居間で話している父と義母の会話を聞いてしまった。
「もう、あの子も二十歳でしょう? 面倒を見る義務は果たしたのではなくって?」
「まぁ、それでもまだ学生だからな。卒業と同時に嫁に出すために今、会社にとってもいい縁組を用意しているから」
優しさや思いやりなどかけらもない、そこには私の意思も関係ない。
そんな半ば決まったような結婚の話に、私と早く離れたいのだろう義母はまだまだ不満を漏らしつつも、家から出てくれるならと父が話した私の縁組を受け入れたようだ。
こんなに言われたとおり静かに過ごしても、私の意思すら無視して家から出すがためだけに結婚まで勝手に決められるのか……。
それも父にとって都合のいいように、家の駒として嫁がされる。
この扱いを思い知ると同時に私は初めて思った。
もうこんな人たちの言いなりになる必要はないんじゃないの?
教育や生活の面倒は見てくれたけれど、家族の情なんてこの人たちにはないように感じるほどだし。
そして私自身も、そんな親にはもう期待もなにもないよね?
そう思い立ったら、私の行動は早かった。
祖父の入院と同じくして、祖父が離れで飼っていた愛猫も虹の橋を渡ってしまったので、ここを離れることにためらいはなかった。
育った家に思い入れがないのは、思ったより良かったかもしれない。
必要最低限の荷物をまとめると、私は部屋に書置きを残し、十五年育った家を出ていった。
二度と戻らないという覚悟をもって……。
一、インテリ系イケメン男子に猫とまとめて拾われました
思い立ったまま家出を敢行するも、その後の行動に困った。
あまりお金もないし、住むところと働くところを見つけなければならない。
しかし、まずはあの家を出ることを唯一の家族と思える祖父には話すべきだろうと思い至ると、ボストンバッグを載せた大きなキャリーバッグをカラカラと引いて、祖父の入院先である大石総合病院を目指すことにした。
たどり着いた病棟のナースステーションの前でいつものように受付を済ませる。
ここには父も義母もまず来ない。
なにかのときにはお手伝いさんが来るだけで、家族で来るのは私ぐらいだと三日前にも祖父は苦笑しつつこぼしていたっけ。
何度か顔を出しているからか、顔見知りの看護師さんがいつもとは違う時間に顔を出した私に声をかけてくれた。
「あら、この時間に珍しいわね。尾野さん、検査が終わって戻ったばかりだから病室にいるはずよ」
「ありがとうございます」
教えてくれた看護師さんに会釈して、私はナースステーションを通り抜けると祖父の病室を目指す。
祖父は尾野不動産の二代目で、現在は父に社長の座を譲り会長職に就いている、一見するとのんびりとした人だ。
それでも仕事となれば鋭い顔をするし、会社の重役の中にはいまだに祖父に相談を持ち掛けている方もいることを私は知っていた。
『コンコン』
「どうぞ」
ノックに対して、中からの返事に私は病室のドアを開けた。
「おじい様、調子はいかがですか?」
私がドアから顔をのぞかせると祖父は、にっこりと笑って答えてくれる。
「おぉ、真実じゃないか。いつもより早いな、なにかあったか?」
やはりというか、のんびりだけの人ではない祖父は私の持つ大きなバッグに目を止めてそう聞いてきた。
「おじい様、私、あの家を出ます。このままだと父に勝手に結婚させられそうなので」
そう話すと、祖父は私を見て申し訳なさそうな顔をした。
「あのバカは、真実をなんだと思っておるのか……。真実、お前ももう二十歳だな。これからはあの家にいる必要もない。自由に、思ったように生きなさい。真実の人生は真実のものなのだから」
祖父は誰より私を思い、私のことを考えてくれている。
だから、私は話しに来たのだろう。本来術後の祖父にはこんな話負担にしかならないだろうとわかっていたけれど、なにも話さないままいなくなることはできなかった。
祖父が退院するときに私はもう、そばにはいられないから。
「うん。私、今まで言うとおりにしてきたと思う。でも、さすがに結婚まで決められたくないって思っちゃったの」
そんな私の苦笑まじりの言葉に祖父は頷いた後、枕元の鍵付きのロッカーを指し示す。
「真実、そこのロッカーを開けて中の茶色の巾着を取り出しておくれ」
祖父から鍵を預かり、ロッカーを開けて巾着を取り出すと祖父に手渡した。
「はい、これでいい?」
「あぁ、これだ。真実、お前にはお前の母の保険なんかが残されている。幸い我が家は金だけはある。だからそれは手つかずで真実に残っておる。それと、真実が家に来てからだな。じいちゃん、真実のなにかのときのために内緒でコツコツ貯めておいた。これはどちらも真実のものだから持っていきなさい」
渡されたのは二冊の銀行の通帳とキャッシュカードに、印鑑が一つ。
渡された通帳をそれぞれ開く。すると、そこに記載された金額を見て驚きを隠せない。
「おじい様、これ!」
そこにはおおよそ二十歳の娘が持たないような額が記載されていて、確かにこれだけあれば住むところも生活にも当分困らないけれど、人生で見たことがないほどの額に困惑の気持ちをそのままにした顔をしているだろう。
私は見栄もあったのかバイトを禁止されていたし、友人もおらず、どこかに出かけることも自由にできなかったので自分でお金をあまり扱ってこなかったけれど、だけどこの金額が普通じゃないことはわかる。
「これは、わしの個人資産だから気にせんでいい。お前の父はわしの息子だ。そんなアホ息子のせいで真実は今まで大変だったのだから。新たな生活のためと思うと、幾分少なくも感じているが、足りるかのぅ?」
いやいや、十分すぎるよと内心で突っ込んでしまう。
やっぱり大企業の元社長で、二代目のプレッシャーにも負けず大きな額を動かしてさらに会社を発展させてきた人だけに、金銭感覚だけは孫から見てもちょっと豪快すぎる。
「おじい様、十分すぎます。でも、私ここに来るまでも、この先どうすればいいかわからなくて、ある意味で箱入りに育てられたなと思ってたの。だから、正直助かります」
「いや、あれが真実に自由を与えなかったにすぎん。お前が気付かぬうちから我慢を強いていたのだよ。だからこそ大人になった今、自由になるのはなにも悪いことじゃない」
祖父は私に話しながら朗らかに笑う。
その様子から、この分なら落ち着けば退院できるだろうと術後の体調に安心する。
私が落ち着くまではしばらく会えなくなるけれど、大丈夫だと感じた。
「ありがとう、おじい様。私、自分一人で頑張ってみる。私は私のしたいように生きていこうと思う」
決意を新たにして言う私を、祖父は嬉しそうに眺めて一言告げる。
「そうじゃな。真実にはその力は十分にあるだろうから心配ない。だが、もし一義のせいでなにか困ったら今後はわしではなく一志を頼れ。あれは言葉数は少ないし、どうしたらいいかと悩んでおったが、お前を妹と思っておるから。わしから話しておく」
そんな祖父の提案に言葉数の少なかった歳の離れた兄を思い浮かべ、内心ではよっぽどでない限り頼らないだろうと思いつつ頷く。
「わかったわ、おじい様。とりあえず携帯を新しいものにして、住むところを探すことにする。今日のところは安いホテルにでも泊まるね」
「真実はやはりしっかりしておるし、お前なら大丈夫だな。達者で暮らせ。本当に落ち着いたらこっそり連絡を寄こしなさい」
そんな祖父にニコッと微笑んで私は病室を後にした。
しばらく祖父には会えないけれど、私は自身の人生を歩むべく一歩を踏み出したのだった。
病院を出ると、祖父を見舞う前から怪しかった空模様のとおりにすっかり雨が降り出していた。
ここに来る前にコンビニに寄って買っておいた傘があってホッとしつつ、病院から一番近い駅に向かって歩き出す。
そうして駅前の携帯ショップで携帯を解約すると、新たにスマホを契約した。
もらった銀行口座からの引き落としにして、新たな契約を無事に終える。
そんなころには家を飛び出して数時間が経ち、あたりは暗くなり始めていた。
「とりあえず、今日の寝床を確保しないとね」
駅に向けて再び歩き出そうとした私の目に飛び込んできたのは、一週間前に見送った愛猫と同じ柄の子猫が道路上にうずくまっている姿だった。
そんな子猫に、運転手は気づいていないのか車が迫っている。
私は放っておけなくって、荷物を放り、車道に飛び出して猫を拾い上げた。
すると真横で大きなブレーキ音がして、私は後方に身体を引こうとしたが間に合わず、思わず目をつむる。しかし想像していたような衝撃はなく、目を開くとギリギリのところで車は止まっていたのだった。
ホッと一息ついた私は、抱き上げた子猫の無事も確認する。
「おい、大丈夫か?」
立ち止まったままの私に、車から急いで出てきて声をかけてきた男の人は、焦った様子で私の体のあちこちを見ている。
「あ、大丈夫です。当たってないので」
猫を抱えたまま返事をすると、よくよく見たらメガネの似合うイケメンなお兄さんは眉間に深いしわを寄せぴきっというような音を立てたかと思うと、一気に話し出す。
「いきなり道路に飛び出さない! 子どもでもわかることだろう!」
そう叫んだ後、私の腕の中の子猫に気づくと少し顔色を悪くして聞いてきた。
「もしかして俺、この子轢きそうだった?」
イケメンなお兄さんの問いに私は首を縦に振った。
「危ないのはわかってたけど、私も見逃せなくって。つい体が動いちゃって……」
私の返事にインテリ系イケメンさんは深いため息をつくと、こう言ったのだった。
「とりあえず、猫も君もこのままじゃ風邪をひく。まずはこの子を病院へ連れていこう。乗って、中で話を聞くから」
そう言われて、私は荷物を持って車に近づくとお兄さんは荷物を後部座席に載せて、助手席に私を乗せてくれた。
このときの私はやはりまだまだ世間知らずなのであった。
※この続きは製品版でお楽しみください。