【試し読み】美貌の教授は一途な司書に恋を甘く教える
あらすじ
大学卒業後も母校で図書館司書として働く野々花は、類い稀な美貌で多くの女子学生を虜にする桂川教授に学生の頃から憧れ密かに恋心を抱きつづけ、いまも奥手な文学少女のまま遠くから見つめるだけ。そしてある日、桂川教授が探していた本を届けに研究室を訪れたとき、女子学生との衝撃的な光景を目にしまい、慌ててその場を立ち去るしかできないほど激しく動揺する。すぐに弁明に訪れた桂川教授に対し意地になる野々花だったが──「こんなに綺麗な目をしているだなんて知らなかった」そっと触れられ溢れ出る想い。10年貸し出されたままの本に隠された桂川教授の過去とともに──甘く切ない最初で唯一の恋、そのたどり着く先は……。
登場人物
図書館司書。学生の頃から教授である桂川に恋しているが、奥手なため想いは秘めたまま。
多くの女子学生が虜になる美貌の持ち主だが、女性の影はなくプライベートは謎に包まれている。
試し読み
桂川教授が本を返さない理由
この大学で、桂川朱雀教授を知らない女性はひとりもいないだろう。
彼は花園女子大学の文学部国文学科の教授で、専門は近代文学、主に谷崎潤一郎の研究者として国内外で評価されている。
また、何度もノーベル賞の候補にもなった高名な作家を父に持ち、その関連もあってか文化庁の役員なども兼任している。
そんな学術的な活躍はもとより、彼を更に目立たせているもう一つの理由は、その姿かたちだろう。
年齢はもう四十代半ばのはずだけれど、桂川教授にはもう年齢さえどうでもよくなるほどの端麗さがある。
整った目鼻立ちはまるでギリシャ彫刻のようで、その日本人離れした美しさはあまり類を見ない。加えてすらりとした長身の長い手足が、さらにその容貌を際立たせている。
細く骨ばった腕、長い脚と少しうつむき加減の姿勢。軽く波打つ髪は漆黒で、鋭ささえ感じる瞳の美しさがその美貌をさらに愁いに満ちたものにしている。
教科書を音読する耳触りの良いバリトンは心の奥底まで響き、授業中にときおり見せる何かを考え込む横顔は崇高なほどの気高さだ。
それに……彼が女性たちを惹きつける最大の理由は、怜悧な外見からは想像もつかない、文学への情熱にあるのかもしれない。
気安く人を寄せ付けない理知的な振る舞いの中で、ときおりほんの一瞬だけ見せる激しさには抗いがたい色気すら感じられ、多感な女子大生たちの心を掴んで離さない。
またその一方で、桂川教授の授業は厳しいことでも知られている。
彼の逸脱した美貌から、蜜に引き寄せられる蝶のごとく授業を履修してしまう女子学生は後を絶たないが、そんな甘い考えで授業を受けようものなら、学年末には情け容赦のない〝F〟がつく。
だから三年生のゼミ登録の時期には浮ついた気持ちでいた者はみな淘汰され、努力と資質のある生徒だけが残るのが常なのだ。
しかし、これほど女性を惹きつける要素を兼ね備えているというのに、桂川教授には女性の影がまるでなかった。
彼のプライベートは誰にもわからない。
分かっているのは現在独身であることと、どうやら一度結婚したことがあることくらいだった。
「山本さん、今大丈夫? ちょっと頼みごとがあるんだけど」
昼休憩から戻ったタイミングで、高柳先生に声をかけられた。
高柳先生は国文学科の教授で、ここ何年か大学図書館の館長を兼任している。
細身の長身に分厚い眼鏡。絵に描いたような文学者気質で、専攻は図書館学。年齢は恐らく五十代後半だが、渦を巻くようなくせっ毛と朴訥な人柄から、もっとずっと若く見える。
「この本、桂川教授のリクエストなんだ。来週の授業で使いたいそうなんだけど、見当たらないとおっしゃっていて……悪いんだけど、探してもらえないかな」
困ったようにゆらゆらさせている高柳先生の指には、本の題名が書かれたメモが挟まれている。
私はそれを抜き取りながら、笑顔で応えた。
「分かりました。ここに書かれている本ですね」
「うん。さっき僕も桂川先生と一緒に探してみたんだけど見つからなくて。システム上は貸出されていない状態なんだけど、もしかしたら分類とは違う場所にあるのかも知れないね」
私は自分のデスクに腰かけ、すばやく図書館の検索システムを立ち上げる。
検索してみるとやはり高柳先生が言った通り、本は在庫の状態だ。
「今から探してみますね。見つかったら、桂川先生の研究室までお持ちした方がいいですか」
「メールでお知らせしてもいいけど、桂川先生はあまりパソコンを見ないからなぁ。急いでいたみたいだし、そうしてもらえると助かるね」
「承知しました」
「山本さんは仕事が速いから助かるよ。いつもありがとうね」
そう言って私の肩をポンポンと叩く先生に頭を下げると、朴訥な笑顔を残して館長室へと戻っていく。その後ろ姿を、立ち上がってしばらく見送った。
私、山本野乃花は現在就職三年目の二十五歳。大学卒業後、母校の図書館で司書として働いている。
司書という仕事を選んだのはごく単純な理由からだ。
子供のころから本を読むのが好きだった。それで大学も国文学部を選んだし、この大学を選んだ理由も、周辺のどの大学よりも充実した立派な図書館があったからだ。
実際のところ、私は在学していた四年間、授業以外のほとんどの時間をこの図書館で過ごした。
だから多分、学生や職員のだれよりもこの建物のことを熟知していると思う。
本に囲まれたこの場所が好きで、だから自然な流れで司書過程を履修して卒業と同時にここへ就職した。
まさに自分にピッタリの職業を得られたと自負している。
「『谷崎潤一郎、その愛と狂気』か……」
高柳先生から受け取ったメモを見ながら、自然にため息が漏れる。
お昼休みが終わるまであと十五分。ほどなく同僚たちがお昼休憩から帰ってくるだろう。
そして高柳先生から直接仕事を頼まれた私に、また何か嫌みを言ってくるに違いない。
そう考えがめぐり、私は誰も戻ってこないうちに席を立った。
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