【試し読み】片恋→溺愛トランジション~年上彼氏は彼女をとびきり甘やかす~
あらすじ
地味で引っ込み思案の理紗は、会社の先輩・奥田に片思い中。端正な顔立ちで、物腰も柔らかく、誰に対しても優しい彼は女性社員の憧れの的だ。自分なんて相手にされるはずがないと諦め気味だった理紗だが、ひょんなことから告白することに! 親友・美夜子の協力のもと、なんとか告白にこぎつけたところ――「僕も君が好きだ」と奥田から意外な言葉が! 晴れて両思いになったふたり。彼に優しく愛されて、理紗は幸せな日々を過ごしていた。しかし、どんどん綺麗になっていく理紗に興味を持つ男性が現れて――? 奥手な彼女を優しく包む、年上彼氏の溺愛包囲網!
登場人物
親友に背中を押され、勇気を出して想い人の奥田に告白。晴れて恋人同士となる。
穏やかな物腰と優し気な面立ちで女子社員の憧れの的。恋人となった理紗を溺愛する。
試し読み
プロローグ
「いやぁ、さすがに混雑してるねぇ」
隣を歩く美夜子ちゃんが、感心したように声を上げた。
すらっと背が高く、大輪の薔薇を思わせる美貌を持つの彼女のことを、道行く人が振り返ったりする。けれど、美夜子ちゃんはそんな視線に慣れっこで、気にする様子もない。
「仕方ないよ、お正月だもん」
「まーね」
頷いた彼女は、白い息を吐きながら空を仰いだ。すると栗色の長い髪がふわり背へ流れて、形の良い顎があらわになる。それを、まるで映画のワンシーンみたいだなぁと思いつつ、私もつられて上を向く。
穏やかに晴れた空。ところどころに、綿菓子のような雲がぽつぽつと浮かんでいる。新年最初の日にふさわしい晴天だ。冬の晴天はもともと好きだし、空を見ているとわけもなく幸せな気持ちになってくる。頬がひとりでに緩んだ。
私、桑野理紗は、会社の同期でもあり、親友である上原美夜子ちゃんと初詣に来ている。
「それにしても晴れてよかったよね」
しみじみとした美夜子ちゃんの声に、私も「そうだね」としみじみ頷いた。
雪の元旦もそれはそれで風情があるんだろうけれど、初詣をするのはちょっとつらい。
「──そういえば、奥田さん、初日の出を見に行くって言ってたよね」
「えっ! お、奥田さん!?」
唐突な話題に、私は大いに動揺した。
そんな私を見て、美夜子ちゃんはニヤリと笑った。
「やだ、理紗ったら。そんなに動揺しなくたっていいじゃない。私はただ、この天気なら初日の出も綺麗に見えただろうね、って言いたかっただけだよ?」
「え、あ、うん、そ、そうだね、初日の出、綺麗だったよね、きっと!」
動揺を隠せないまま、それでも必死に平常心を取り戻そうと返事をした。冷たい空気にさらされているはずなのに頬は熱くて、なかなか冷めてくれそうにない。
そんな私の腕を引っ張りながら、美夜子ちゃんは
「真っ赤になっちゃって!」
と声を上げて笑う。
「からかわないでよ、もう!」
「ごめん、ごめん。理紗があんまり可愛い反応するもんだから、つい」
なんて言いながら、私の頬を人差し指で、ぷにぷにと突っつく。
「全然謝られてる気がしないんだけど」
と苦笑いすれば、彼女は「ごめん」と肩をすくめる。
彼女とは今の会社に同期入社した時からの縁だから、もう五年の付き合いになる。美人過ぎて周囲に距離を置かれてしまいがちな彼女と、地味過ぎて周囲から浮いてしまう私。性格は正反対なはずなのに、なぜかウマが合った。
彼女は秘書室に、私は総務部に配属されたので仕事上でも関わりが深いということもあり、今では一番の友だちだ。
「ねぇ、理紗」
そう私の名前を呼ぶと、彼女はふっと真顔になった。
「私、冗談抜きで理紗の恋、応援してるよ。奥田さんなら、理紗を大切にしてくれそうだしね」
彼女の言う奥田さんというのは、同じ会社の四歳年上の先輩、奥田泰彦さんのことだ。去年四月に経営企画室へ移動してしまうまで、私と同じ総務部にいた方だ。御曹司だと言う噂も聞くけれど、詳しいことはわからない。プライベートな質問をされても、彼は柔和な笑顔で煙に巻いてしまうのだ。そういう謎めいたところも魅力だと、彼に憧れる女子社員も多い。
かく言う私もそのひとり。彼女の言う通り、私は奥田さんに片思いをしている。それを彼女に打ち明けたことはなかったのだけれど、いつの間にかしっかりバレていた。この観察眼の鋭さ! さすが専務秘書をしているだけのことはある。
「黙って想ってるだけなんて勿体ないよ。告白したら?」
今まで何度か言われてきた言葉。美夜子ちゃんが私のことを思って言ってくれているのはわかる。でも、私には告白するだけの勇気がない。お付き合いできたらいいのになぁとは思うけれど、振られるのは怖い。だったら、今のままがいい。元同じ部署の後輩──そのポジションは案外居心地がいいのだ。
「告白なんて無理だよ。振られるの嫌だもん」
「奥田さんも絶対理紗のこと憎からず思ってるって」
「まさか!」
あははと笑い飛ばしたけれど、美夜子ちゃんは『私の目に狂いはない!』と言わんばかりに不服そうな顔をしている。
彼女の目は確かだけれど、奥田さんについてだけは間違っていると思う。
奥田さんはとても素敵な人だ。端正な顔にいつも穏やかな微笑を浮かべていて、物腰も柔らかい。優秀だけれど、それをひけらかすこともなく、誰に対しても親切で公平だ。そんな完璧な人が、私のように地味が服を着て歩いているような人間を相手にするはずがないじゃない。
確かに奥田さんに親切にしてもらうことはあるけれど、それは特別なことじゃなくて誰に対してもしていることだと思う。もし、少し親しげに見えるとしたら、それはむかし同じ部署にいたよしみというだけだろう。
「あ、ねぇ、理紗。おみくじ、引いてみない?」
「え? おみくじ?」
唐突な話題転換についていけない。驚きつつ彼女へ向き直ると、いいことを思いついたとばかりにニコニコしている。
「そう。おみくじ」
という答えに、ちょっと嫌な予感がした。美夜子ちゃんは時々、とても大胆な言動をする。そう、今みたいに上機嫌にしているときは特にアヤシイ。
なにかよからぬことを企んでいるんじゃ……? といぶかる私に向かって、彼女は言い放った。
「迷ったときは神様に決めてもらいましょ! おみくじ引いて結果がよかったら、勇気を出して告白するってことで。決まりね!」
そう宣言するなり、彼女は私の手を引いて社務所へ向かう。
「わ! ちょっと! 美夜子ちゃん、勝手に決めないでよーっ」
と抵抗してみたけれど、私が口で敵うわけもなく。結局、彼女とふたり、おみくじを引くことになった。
小さく畳まれたおみくじ。封を切ってパラパラと広げていく。
先に広げた美夜子ちゃんが「あ、吉だ」と呟くのを聞きながら手元を見れば、一番初めに目に飛び込んできたのは──
「大吉……」
「え? 理紗、大吉!? 見せて、見せて」
私の独り言を拾った美夜子ちゃんが私の手元を覗き込んだ。
「おおーっ、すごい。待ち人は来るし、恋愛は叶うって書いてある。これはもう告白するしかないね」
「うっ!」
「このタイミングで大吉引くとか運命だよ! ね、そろそろ勇気出してみたら?」
畳みかけるように言われて、ぐらぐらっと気持ちが揺れた。
今のままでいたい気持ちと、変わりたいという気持ちがせめぎあう。
変わらないことは安心だけれどそこに停滞してしまうことでもある。変化はリスクを伴うけれど、今とは違う未来がある。
私はどちらを選べばいいのかな。私が本当に望んでいるのはなんだろう?
手にしたままのおみくじに目をやれば、風にあおられてパタパタと小さな音を立てている。早く決めろと催促しているようにも、変化を応援しているようにも見えて、私の天秤はほんの少しだけ傾いた。
「美夜子ちゃん。振られたら慰めてくれる?」
「もちろん! 理紗が元気になるまで、とことん付き合っちゃうわ!」
大輪の薔薇がほころぶような笑顔を向けられて、私もつられるように笑った。美夜子ちゃんと違って、私のはかなり引きつった笑みだったけれど。
なんとなく新年のめでたい雰囲気に流されて、うっかり言ってしまった感は否めないけれど、もう後には引けない。
※この続きは製品版でお楽しみください。