【試し読み】二度と離さない~再会した元上司の執着愛にとらわれて~
あらすじ
三枝このみは取引先のエリート営業マンと付き合っており、社内で結婚間近と噂される有名カップルだったのだが、彼の裏切りによりスピード破局してしまった。大失恋を経てこれからは恋をしないで生きていくと誓ったこのみは、心機一転、仕事を辞めて引っ越しをしたのだが……なんと新たな隣人はこのみが以前思いを寄せていた上司・田村課長だった!? 「俺と……付き合ってくれないか」――憧れの人から、突然の告白! 課長はクールでしっかり者なイメージだったのに、意外と放っておけない一面があって、お人よしなこのみは彼のペースに呑み込まれないように必死。そんなこのみに、課長は情熱的にアプローチをかけてきて……?
登場人物
婚約相手の裏切りによりスピード破局。深く傷つき、もう恋愛はしないと決めたが…
このみの元上司。社内恋愛はしないという理由でこのみを一度振っている。
試し読み
1
誰もが憧れるハッピーエンド。
そこに至るまでのプロセスは甘く、時に切なく、でも胸がキュンとして幸せに満たされる。
そしてその先には永遠の愛が待っていて、ハッピーエンドの先に怖いものなどないと思って疑わなかった。
だが、現実は時に残酷だ。
私、三枝このみ二十七歳。
大手食品会社『マーズフーズ』に勤める私は半年前に、誰もが羨むような大恋愛の末、婚約した。
まさに恋愛ドラマの主人公のようだった。
「私、課長のことが好きです」
三年の片思いに終止符を打つべく六つ年上の課長、田村道久さんに告白をしたのは二年半前。
キリリとした目元、シュッとした鼻筋、口角の上がったシャープな口元、流れのある髪型。それに加え一八〇センチの身長に細身のスーツ姿はあまりにも眩しすぎた。
まさに人生初の一目惚れだった。
だがそう思っていたのは決して私だけではなかった。
田村課長は、社内はもちろん、取引先にも人気の上司だった。
だが何人もの女子社員が告白しても、交際に至った人はいなかったらしい。
恋愛対象が女性ではないのかもしれないという噂が立ったほどだった。
きっと私も振られるだろう。
自分に自信のなかった私は遠くから見ているだけでもいいと思っていた。
だけど片思いが三年も続くと、本当にこのまま指を咥えて見ているだけでいいの?
そんな思いが背中を押し、行動に移させた。
まさに清水の舞台から飛び降りるぐらいの覚悟だった。
だが結果は最悪。
「気持ちは嬉しいが、俺は社内の人間と付き合うつもりはないんだ」
思い続けて三年の恋はたった数秒で玉砕した。
でも、付き合えない理由が同じ会社にいるからとは思いもしなかった。
それって私が会社を辞めなきゃ恋愛対象として見てくれないと言われているようなものじゃない。
だからと言って会社を辞めたら付き合ってくれるという確証はなく、恋愛対象圏内に入るだけのこと。
好きな人がいたらたとえ同じ会社の人でも付き合うでしょう。
もしかすると相手を傷つけまいとする課長なりの優しさなのかもしれない。
だけど私にとっては酷なことだった。
逆に嫌いになってしまうほど冷たくあしらって欲しかった。
そんな課長の中途半端な優しさが気持ちを断ち切らせてくれなかった。
案の定、振られてから三ヶ月経っても私は立ち直れなかった。
そんな傷心の私の前に現れたのが、後に婚約者となる日下和良さんだった。
彼は、マーズフーズに出入りしている取引先の営業さん。
身長一七八センチ、ほんの少し目尻の下がった目元とそのすぐ下のホクロがチャームポイントの二十八歳。
彼もまた課長に負けず劣らずの甘いルックスの持ち主で、うちの会社の女子社員からも大変人気があった。
だけど私は課長しか眼中に入っておらず、日下さんとまともに話をしたことがなかった。
そんな彼から声をかけられたのは、私が課長に振られて二週間後のことだった。
「三枝さん、あの……今度食事にでも行きませんか?」
会話らしい会話もしたことのない人からの突然の誘いに応じる気はなく。
「ごめんなさい。そういうのはちょっと……」
警戒心むき出しで断ったものの彼はその後も私を食事に誘った。
もちろん私はその都度丁寧にお断りした。
だが彼は引き下がらなかった。
「ごめん。僕は諦めが悪い人間なんだ」
ここまで言われたら一度だけ食事に付き合えば誘うのをやめてくれると思った私は「わかりました。でも今回限りですからね」と念を押すように彼の誘いを受けた。
だが、この食事が私の人生を大きく変えた。
彼はとても爽やかな好青年だった。
会話も楽しくて女性に人気があるのは頷けた。
だが、まだ課長への気持ちが消せない私は、今回だけと決めていたし、一緒にいてもその気持ちは変わらなかった。
だが食事を終え、別れ際にもう一度会ってほしいと言われてしまう。
もちろん、その気のない私は断ったが、彼は素直に聞き入れてはくれなかった。
「だったら僕と友達になってくれませんか?」
「友達……ですか?」
この突然の申し出に私は驚いた。
あれだけ強引に食事に誘うような人だから付き合ってほしいと言うのではとちょっと自惚れていた。
だけどお友達と言われてしまったら断る理由が見つからなかった。
「お友達でしたら」
「本当? よかった~。じゃあ友達としてまた一緒に食事に行こう」
彼は言葉通り、友達という距離感を守り、私はその曖昧な関係に甘えていた。
だけど日下さんと頻繁に会い互いのことを知るようになった時、友達の境界線がわからなくなっていた。
そんな時だった。
「僕は三枝さんが好きなんです。あなたと一緒にいる時が一番幸せで……他の人じゃダメなんだ」
日下さんの真っ直ぐな気持ちを受け止めることができず、改めてお断りする。
「お気持ちはありがたいのですが、日下さんの思いに応えられる自信がないんです」
「僕は諦めが悪いって言いましたよね。だからあなたが僕を見てくれるまでいつまででも待ちます」
真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる日下さんに心が揺らがなかったといえば嘘になる。
だけどこんな中途半端な気持ちのまま次の恋に進めなかった。
「待たれても……困ります」
だが日下さんは引き下がらなかった。
「でも好きだという気持ちを持つことは自由でしょ?」
どうして私に対しそこまで執着するのかわからなかった。
「なんで私なんですか?」
日下さんは私を見つめこう言った。
「人を好きになる瞬間って意外と小さなことだったりするんです。僕の場合は三枝さんの目です」
「え?」
「正確に言うと、三枝さんの田村課長を見ている時の眼差しに、目を奪われたんです」
私が田村課長を見ていたのを日下さんに見られていたことに酷く恥ずかしくなり下を向く。
「自分に向けられていたわけじゃないのに……何ドキドキしてるんだろうって思った。だけど気がつくと三枝さんを目で追うようになっていた。そしていつの頃かその眼差しを僕に向けてほしいって思うようになって」
まさか日下さんがそのような目で私を見ていたとは思いもしなかった。
すると日下さんは言葉を付け加えた。
「だから時間がかかるのは覚悟の上です」
こんな熱烈なラブコールを受けたのに、結局私は返事を保留にした。
だが私たちの関係が大きく変わる出来事が起こった。
それは告白から数日後のことだった。
仕事を終え帰宅中、駅からずっと誰かに後をつけられているような感じがした。
最初は気のせいかと思ったのだが、だんだん怖くなり私は逃げるようにコンビニに入った。
すると時間を置かず男性がコンビニに入ってきた。
心臓がばくばくして落ち着かず、人が比較的いる場所へ移動する。
だが、お客が一人二人と店を出ていく中、私の後に入ってきた男性は店から出る気配が全くない。おまけに私の方をチラチラ見ているような気がしてならない。
怖くて顔は見ていないが、作業服姿ということはわかった。
ただ商品を手に持っていたので、本当は買い物をするために来たのであって私の思い違いかもしれないと気が緩んだ時に目があってしまった。
男はニヤリと笑うと私との距離を縮めてきた。
私は男の舐めるようないやらしい目に背筋がゾッとした。
だが、直接何かされたわけではないので店員に助けを求めることもできない。
どうしよう、怖い。
誰かが店を出たタイミングで自分も店を出ようと考えた。でもあの男性が後をつけてきたら? 何かされたら? 家に入られたら?
頭に浮かぶのは悪いことだらけ。
考えたら考えた分だけ恐怖が増してきた。
そんな時真っ先に私の頭に浮かんだのは日下さんだった。
私は、すがるような思いでメールを打った。
《誰かにつけられているような感じがするの》
するとすぐに返事が届く。
《今どこ?》
私はすぐに返信する。
するとまたすぐに返事が返って来た。
《すぐそっちに行くからそこから動かないで》
私は安堵しながらも知らない誰かに見られている恐怖を感じていた。
どのぐらい経っただろう。日下さんが息を切らしてやってきた。
「日下さん」
私は日下さんの姿に心底ホッとした。と同時に彼の存在の大きさを感じずにはいられなかった。
「ごめん、仕事が長引いて遅くなった。で? 何買ったの?」
買い物かごを覗き込みながら日下さんは「僕に合わせて」と呟いた。
「え、えーっと、お茶とチョコレート」
「えー? 僕の好きなシュークリームは?」
日下さんはシュークリームをカゴの中に入れると、私の持っていたカゴを持った。
そして親密さをアピールするためなのか、私を守るように手を握った。
この手がどれだけ私の恐怖を和らげただろう。
このことが大きなきっかけとなり私と日下さんの距離が一気に縮まった。
それから私たちが恋人になるのに時間はかからなかった。
初めて声をかけられて恋人になるまで約一年。
それが長かったのか短かったのかはわからないけど、日下さんのおかげで私は愛し愛される喜びを知った。
彼はとにかく優しかった。出会った時と変わらず私を大切にしてくれた。
特に人気のある日下さんと付き合っていることを知られたくなかった私が秘密にしたいと言った時も、婚約するまで彼は口外しなかった。
私のことを第一に考えてくれる彼は私には勿体無いほどで、まさに王子様のようだった。
そんな彼だから、結婚を意識し始めたのも随分早い時期だったと思う。
そして交際一年が経った頃、ホテルの最上階のレストランで私はプロポーズされた。
もちろん私はなんの迷いもなく受け入れた。
この時の私は世界で一番幸せなのは自分だと疑わなかった。
まさに恋愛の王道。
誰もが羨むハッピーエンド。
この先に待っているのは永遠に続く幸せ……そう確信していた。
だが結婚式を三ヶ月後に控えたある日、突然私を悲劇が襲った。
「ごめん、君と結婚できない」
私は自分の耳を疑った。
それもそのはず一週間前に二人で結婚式の打ち合わせに行ったばかりだった。
その時はこんなことを言われるなんて微塵も感じなかったからもう訳がわからない。
「結婚できないって……延期ってこと?」
だが彼は首を横に振った。
「延期じゃなくて、このみと結婚することができなくなったんだ」
日下さんはテーブルに額がつくほど頭を下げた。
私は自分のせいで彼にこんなことを言わせてしまっているのかと思った。
「私に落ち度があるのなら言って。式だってもっと地味にしたいなら変更できるし、結論はそれからでも遅くないんじゃ……」
だが彼はそれすらも否定するように首を振った。
「このみは何も悪くない。悪いのは全部僕なんだ」
もう何が何だかわからない。
「ねえ、何があったの?」
よほどのことなのか彼はなかなかその理由を話そうとしない。
何度も顔を上げて口を開くのだが声を出そうとすると下を向くの繰り返しだった。
こんな苦しそうな彼を見たのは始めてだった。
「もしかして好きな人ができた?」
私たちは互いの家を行き来していたし、突然家に行っても女性の影を感じたことは一度もなかった。だから口に出したもののそれはないだろうと思っていたのだが……。
「……魔が差した」
か細い声だが私にはしっかり聞こえた。
その弱々しい言い方に、酔った勢いで女性にキスでもしたのかと思った私は、その程度の浮気でここまで反省しているのであれば許せると思った。だが、事は私が考えている以上に深刻なものだった。
※この続きは製品版でお楽しみください。