【試し読み】強引な義兄に守られた花嫁は溺愛に揺蕩う
あらすじ
フェリシアは義兄であり婚約者でもあるヴィルヘルムとの結婚を目前に控え、いささか憂鬱であった。本当だったら幸せの絶頂のはず。なぜならヴィルヘルムは栄えある守護騎士団の騎士で、誰もが認める美丈夫だからだ。とはいえヴィルヘルムはフェリシアに対して溺愛的である一方で、かなりの俺様。フェリシアのウエディングドレスを勝手に決めようとする。腹を立てたフェリシアは庭を駆け回るリスを見て、「リスになったら可愛いのに」なんて考えてしまう。二人が悦楽の夜を過ごした翌朝、目覚めればなんとそのヴィルヘルムがリスになっていた! リスの姿でプンスカ怒っているのを見ながら、フェリシアは思わず「可愛い」なんて思ってしまって――
登場人物
自ら着るウエディングドレスもヴィルヘルムに決められてしまい、憂鬱ぎみ。
守護騎士で誰もが認める美丈夫。物事を強引に決めてしまう俺様な一面も。
試し読み
フェリシアは鏡の中の自分を見てため息をついた。
窓から差し込む暖かな日差しとドレスやアクセサリーの煌びやかさのせいで、表情に滲む疲れが強調されている。
普通ならば豪華なドレスを身に纏い、ウキウキと心が弾む場面だ。しかし、試着が七着目ともなるとさすがに疲労のほうが勝ってしまう。
「さぁさぁ、できましたよ」
機嫌良く鼻歌を歌いながら扉へ向かう使用人とは対照的に、フェリシアはのろのろと立ち上がった。
それと同時に開かれた扉から仕立屋の店主を伴って部屋へ入ってきたのは長身の青年だ。眉根を寄せ、フェリシアを頭から爪先までじっくり観察している。
彼の名はヴィルヘルム・ノルディーン──彼女の婚約者である。
今日は結婚式に向け、衣装合わせをしているのだが……これがなかなか決まらない。
「……ダメだ。原色は合わないな。やはり水色のプリンセスラインか? 母上のダイヤモンドのティアラとも合っていた……スカートのレースのデザインを変えれば、もっとかわ──」
顎に手を当ててぶつぶつと呟くヴィルヘルムの言葉は、フェリシアの右耳から左耳へ抜けていく。
そんな彼を横目に、彼女は最初に試着した桃色のドレスの前へ移動した。
「ねぇ、ヴィルヘルム。やっぱり私、この桃色のドレスが一番いいと──」
「ダメだ。俺は納得していない。結婚式は一生に一度なんだ。慎重に決める」
先ほどから同じようなやりとりを繰り返した結果、今に至るわけだが……このやりとりはあと何度続くのだろうか。
慎重すぎるのも困ったものだ。
そもそも、なぜヴィルヘルムに決定権があるのだろう? 一生に一度の結婚式なのはフェリシアにとっても同じだ。
それに、ドレスを着るのは彼女なのに……
フェリシアはヴィルヘルムに恨めしげな視線を送ったが、彼は仕立屋と使用人とドレス談義に熱中していて気がつかない。
長身に鍛えられた身体、顔立ちは吊り目でやや冷たい印象を与えるが、女性を魅了するには十分すぎるほど整っている。さらに職業が収入の安定した守護騎士となれば、結婚相手としてこれ以上ない好物件と言えるだろう。
だが、幸せなはずのフェリシアには一つだけ不満があった。
まさに今の状況──彼女の意思はそっちのけで、何でもヴィルヘルムが強引に決めてしまうことだ。
伏し目がちに真剣に悩んでいる様子を見れば、本当にフェリシアのことを想っていることはわかる。それだけに、文句を言うことも憚られるのだが……
彼女はため息をついて窓際に移動した。
綺麗に手入れされた庭には、春らしく色とりどりの花が咲いている。小鳥のさえずりは長かった冬の終わりを告げ、春の訪れを喜んでいるかのようだ。
(私だって、嬉しいはずなのに……)
目に映る景色と自分の気持ちが噛み合わない。本来ならば、フェリシアも小鳥たちのように喜びに満ちているはずなのに……
そんなふうにもやもやしていると、ふと茂みから出てきたリスに意識が向いた。
うす茶色の毛の可愛らしい小動物は、餌を求めてひょこひょこと芝生を駆け回っている。その背中は、春の日差しを浴びて少し橙が混ざっているようにも見えた。
その明るい茶色がヴィルヘルムの髪色と似ていて、フェリシアは思わず振り返る。
ヴィルヘルムもタキシードを試着したため、今日の髪型はかっちりとオールバック。だが、フェリシアは彼の髪質が意外と柔らかいことを知っている。あのリスのふわふわな尻尾のように……
(ヴィルヘルムも、あのリスみたいに可愛かったら……)
もう少し彼の態度も軟化するのだろうか、などと考えて首を横に振った。
(外見と性格は関係ないわよね)
視線の先のヴィルヘルムは、まだ仕立屋と話し合っているらしい。
まだまだ時間がかかりそうな様子に、フェリシアは再びため息をつく。
「ねぇ、ヴィルヘルム。少し休憩しましょう?」
朝からドレスを脱いでは着て、そのたびにアクセサリーと化粧も変えて疲れてしまった。
ところが、ヴィルヘルムは「ダメだ」と即答する。
「せっかく休みを取ったんだ。今日決まらなければ困る。結婚式の日も近づいているんだ」
「そうだけれど……」
試着用のドレスを見比べながら、フェリシアをまったく視界に入れないヴィルヘルムに苛立ち、むぅっと頬を膨らませる。
(いいわよ、勝手に休むもの!)
鼻を膨らませ、ぷいっと彼から顔を背けた。
長くて重いドレスの裾を怒りに任せて持ち上げて、乱暴に窓際のソファに座る。
それと同時に、チカッと光が走り、ドレスの裾が裂けてしまった。
「あっ!?」
「お前はまた……!」
ヴィルヘルムが目を吊り上げてフェリシアに近づく。
「ご、ごめんなさい」
「一体いつになったら魔力のコントロールができるようになるんだ?」
破れてしまった布を拾い上げ、ヴィルヘルムは呆れたため息をついた。
今、閃光が走ったのは、フェリシアの魔力が放たれたせいだ。昔に比べたらかなり上達したが、今でも感情の揺れで勝手に魔法が発動してしまうことがある。
「ごめんなさい、このドレスは……」
「いい。お前はここで大人しくしていろ」
ぴしゃりと言われ、フェリシアは「はい」と答えると、肩を落とした。
視線の先で、ヴィルヘルムは仕立屋に謝罪し、ドレスを買い取る旨を伝えている。仕立屋は特に怒った様子もなく、笑顔で対応していた。
フェリシアはホッとするのと同時に、感情的な自分を反省する。
(もっと気をつけなくちゃ……)
その原因となったのはヴィルヘルムなので、少し複雑な気分だけれど……
フェリシアが窓の外を見やると、先ほどのリスが木の幹を素早く登っていくところだった。彼女はその様子をじっと見つめる。
ヴィルヘルムが可愛いリスならば、多少の強引な物言いや態度も許せる気がする──そんなことを思わずにはいられなかった。
***
フェリシア・ノルディーンは孤児だった。
物心つくよりもずっと前、赤ん坊の頃にノルディーン家の当主であるイデオンに拾われたのだと言う。
当時、終戦直後だったセウブクール王国。その混乱の中、置き去りにされていたのをイデオンが救ってくれたのだ。
それから十八年。
大切に育ててくれた両親のおかげで、フェリシアは無事に成人し、結婚することとなった。
その相手というのがノルディーン家の一人息子であるヴィルヘルムだ。二つ年上の彼は、幼い頃からよくフェリシアの面倒を見てくれた。
父と同じように守護騎士団に勤めるヴィルヘルムは、小さな頃から魔法や剣術に熱心に取り組み、優秀で頼れる存在だ。
さらにフェリシアを気にかけてくれるのだから、彼女が彼に憧れるのは当然だった。自分の出生の真実を知ったときから、だんだんと変化していく気持ちも……
フェリシアが出生の真実を知ったのは、魔法学校に入学した頃──六歳のときだ。
黒髪に黒い瞳。童顔の顔立ちは両親にも兄にも似ていない。さらに魔法学校で自分の魔力がずば抜けていることに気づき、イデオンに聞いたのだ。
『私はお父様とお母様の子ではないの?』
父は隠さず真実を教えてくれた。そうしてフェリシアは遺伝的要素の大きい魔力の強さが桁違いである理由を知ったのだ。
イデオンはフェリシアを本当の娘のように思っていると言ってくれたし、実際そのように育ててくれた。ただ、兄だけは……彼女と一緒に真実を聞いたヴィルヘルムだけは「もう兄様と呼ぶな」と言って──
「はぁ……」
自室のベッドの上で身体を転がし、フェリシアはため息をついた。
「兄様と呼ぶな」と言う以外は、ヴィルヘルムの態度は変わらなかった。魔法学校で孤立しがちな彼女を気にかけ、魔力のコントロールも熱心に教えてくれる理想の兄そのもの。
彼が兄妹という関係を嫌った理由は、フェリシアも年を重ねるうちに少しずつ理解し始める。
自分の兄への憧れが、兄妹の枠を超えているのではないかと思うようになったからだ。
ヴィルヘルムが同じ気持ちだと知ったのは二年前──彼に結婚を申し込まれた日のこと。
いつもツンとした彼が顔を真っ赤にして告白してくれた。
(でも……)
ヴィルヘルムが今のように強引になったのは、その頃からだと思う。
(普通は逆よね?)
婚約者という特別な関係になったら、もっと甘くてロマンチックな日々が待っていると思っていた。それは、フェリシアが勝手に作り上げた理想だったのだろうか。
フェリシアが首を傾げるのとほぼ同時にノック音が響き、間髪入れずに扉が開く。
「ヴィルヘルム! まだ返事をしていないのに」
「別にかまわないだろう? どうせ招き入れるんだから」
それはそうかもしれないが、着替えている最中だったらどうするのだ。
フェリシアは上半身を起こしてヴィルヘルムを睨みつける。
「今さら恥ずかしいこともないだろう。もう全部見ている」
ムッと眉根を寄せたフェリシアの表情から、思考を読み取ったらしいヴィルヘルムがベッドに座り、彼女を後ろから抱きしめた。
「そういう問題じゃ──やっ」
ぱくりと耳たぶを優しく食まれ、フェリシアは身を捩った。しかし、ヴィルヘルムは一層強く彼女の身体を引き寄せて動きを封じる。
密着した身体──自分をすっぽりと包み込んでしまう男性らしい肉体にドキドキしてしまう。
さらに、尻に当たる熱を感じ、顔が火照った。
「きょ、今日はダメ。私は怒っているの」
「なんだ、まだ拗ねているのか?」
太く逞しい腕をパシパシと叩くと、ヴィルヘルムの拘束が緩む。その隙に距離を取ったフェリシアは、精一杯彼を睨みつけた。
ヴィルヘルムは口角を上げ、余裕たっぷりに彼女を見つめている。まるで、いつでも彼女を捕まえられると言わんばかりの表情だ。
「まだって……結婚式は私にとっても一生に一度なのに、全然私の意見を聞いてくれなかったのだから、怒って当然です。それに、ヴィルヘルムのわがままで何度も着替えさせられて疲れているの! だいたい水色で決まっていたのに、結局全色試着させられて……まったくもって無駄な時間だったわ」
ヴィルヘルムは水色が一番似合うと納得した様子だったのに、〝念のため〟仕立屋が持ってきたすべてのドレスをフェリシアに試着させた──その数、数十着に及ぶ。
「無駄? お前に一番似合う色を選ぶために使った時間は実に有意義だっただろうが。やはり一日休暇をもらってよかったな」
当然だと言わんばかりのヴィルヘルム。フェリシアに似合う色が見つかって、満足なのだろう。
それもこれも、自分のため──フェリシアは言葉に詰まった。それでも、自分の意見をまるっと無視されていい気分なわけがない。
「……私の好みは無視なの? 私は桃色のドレスがよかった。いいわよ。お父様に頼んでまた仕立屋さんを呼んで──」
「それはダメだ」
なんとか言い返したくて、もごもごと口を動かしたら、ベッドが上下に弾んだ。
ヴィルヘルムが一気にフェリシアとの距離を詰めたのだ。
「っ、ん……や、だ……」
片手をベッドにつき、もう片手で後頭部を支えられ、唇を塞がれる。
強引に入ってきた舌は、我が物顔でフェリシアの口内を蹂躙した。ねっとりと歯列をなぞったり、上顎をちろちろと舐めたり……さらに逃げようとする舌を追いかけられて、ぞくぞくする。
うまく空気を取り込めず、唾も飲み込めない。くちゅ、くちゅと唾液の絡まる音が響く。
苦しさにヴィルヘルムの胸を叩くと、ようやく解放された。
「ドレスはもう決まった。あの仕立屋はもう屋敷には呼ばないし、来ない」
「どうしてそんなに意固地なの?」
「お前、まさか自分が大人っぽいドレスを着たいと言ったのを忘れたのか?」
「わ、私がいつそんなこと──きゃっ」
まったく身に覚えのないことを持ち出され、思わず反論したところで、今度は体重をかけられてベッドに押し倒された。
※この続きは製品版でお楽しみください。