【試し読み】過保護なドクターのちょっと強引で甘い独占欲

作家:花音莉亜
イラスト:亜子
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2021/12/14
販売価格:700円
あらすじ

兄の親友・修佑への初恋を忘れられないまま社会人になり、出版社に勤め始めた莉子。将来を嘱望される外科医になった修佑を邪魔したくなくて彼とは疎遠になってしまっていた。けれど医師へのインタビューの仕事を任され、修佑と再会! 彼への恋心が一気に再加速。修佑も昔プレゼントした腕時計を大事にしてくれていたことが嬉しくて、莉子への愛しさが溢れ出していく。仕事が忙しくて一緒に過ごせる時間は限られるけれど、喜ばせようと莉子に一生懸命尽くしてくれる修佑。会いたい、もっと触れたい──強く惹かれあっていくふたり。そして同じ病院の後輩が莉子にちょっかいを出しはじめると、修佑の独占欲に火がついて……!?

登場人物
佐久間莉子(さくまりこ)
小さな出版社に勤務。兄の友人で初恋の相手『修ちゃん』とはほぼ疎遠状態。仕事の取材で三年ぶりに再会し…
一条修佑(いちじょうしゅうすけ)
人当たりが良く見た目も完璧で、病院内でも人気の外科医。未来の院長候補とも言われている。
試し読み

 私が腕に着けている時計は、兄の親友であるしゅうちゃんから貰ったものだ。高級なレディースブランドの腕時計で、赤い牛革のベルトがとても大人っぽい。限定ものだから今は売っておらず、私にとってはなによりの宝物だった。
佐久間さくまさん、お兄さんってお医者さんだったよね?」
 腕時計を見つめていたとき、編集長から声をかけられ、我に返って慌てて立ち上がる。時々、ふと修ちゃんのことを思い出してしまうから情けない。
 編集長は三十代後半の男性で、色黒で明るい性格の人だ。期待を込めた目で、私を見ている。
「は、はい。そうです」
「実は今度、医療の現場からの声という特集をしようと思ってるんだ。最前線で働く医師の声が欲しくてね。お兄さんに、頼めないだろうか?」
「兄に……ですか?」
 相談できないことはないけれど、総合病院で働いているから、かなり時間が不規則だ。小児科医で、夜間の救急対応もしている。
 希望に沿えるか、自信はない。返事に迷っていると、編集長が両手を合わせた。
「この企画は、なんとしてでもやりたいんだ。医療現場の生の声は、貴重な情報だと思わないか?」
「たしかに、そうですよね……」
 私たちの出版社は中小企業で、刊行している書籍は多くない。それでも、コアな読者向けの本が多く、ベストセラーとまではいかなくても安定の売り上げを続けてきた。
 今回、編集長から打診された企画は、うちの顔のひとつである月刊の情報誌で載せたいらしい。専門性の高い雑誌だから、医療をテーマにした内容なら普段以上の売上が期待できる。
「分かりました。兄に、相談してみます」
「ありがとう! ぜひ、医師の声を聞かせてほしい」
 編集長はホッとした顔をすると、自席へ戻っていった。兄も他の医師も、かなり忙しいだろうから、取材を受けてくれるかは分からない。
 それは不安だけれど、企画自体は私もとても興味があった。うちらしいコアな記事が書けそうだし、実現すれば本当に発売が楽しみだ。とりあえず、今夜さっそく兄に電話をしてみよう。

「お兄ちゃん、今電話してもよかった?」
 帰宅をしてから二十二時頃、兄に電話をすると数コールで出てくれた。電話に出られるということは、今夜は夜間対応ではないらしい。
「ああ、大丈夫だよ。莉子りこ、なにかあったか?」
 八歳年上の兄は、今年で三十四歳になった。子供の頃から落ち着いた性格で、年の離れた私をとても可愛がってくれている。
 兄に電話したのは三カ月ぶりで、彼の声はどこか心配そうだった。そういうところは、本当に子供の頃から変わっていない。心配症の兄だ。
「あのね。実は仕事で、お兄ちゃんたちに協力してもらえないかと思ってて」
「仕事って、どんな?」
「それが、今度うちの会社で出版している雑誌に、医師の生の声を掲載するっていう特集を組むことになったの……」
 編集長から聞いたことを話すと、兄は一瞬間を置いて答えてくれた。
「なるほど。病院で勤務する医師の声を、届けてくれるってことか。なかなか面白いじゃないか」
「本当!? よかった。ただね、最低でも三人の医師に、取材を協力いただきたくて。しかも、できたら診療科目がバラバラなほうがいいの」
 ここがネックで、正直実現は厳しいのではないかと思う。兄は、きっと私のために引き受けてくれるだろうけど、他の医師への打診のハードルが高い。
 兄の勤務する病院は、この辺りでは名医ぞろいと評判で、遠方からも患者さんが訪れるほどだ。目の回る忙しさだと聞いているし、そんな中で他の医師が協力してくれるとは思えなかった。
「俺を含めて三人でいいなら、声はかけやすいよ。修佑しゅうすけにも頼んでみようか?」
「えっ? しゅ、修ちゃんに!?」
 思い切り動揺して声を大きくすると、電話越しにクスクス笑う兄の声が聞こえた。
「なに、そんなに驚いてるんだよ。修佑も同じ病院勤務で、未来の院長候補とも言われてるんだ。きっと、為になる話が聞けると思うけどな」
「でも……。私、修ちゃんとは三年くらい、まともに会ってないよ? 引き受けてくれるかな……」
 違う。私が動揺したのは、そんなことが理由じゃない。修ちゃんが、私の初恋の人だからだ。
 それも、ずっと彼だけが好きで、二十六年間の人生の中、一度も彼氏がいたことはない。
「大丈夫だよ。修佑、この間も莉子のこと聞いてきたし。お前のこと、ちゃんと覚えてるよ」
「ほ、本当に? 修ちゃん、なんて……?」
 情けなくも、修ちゃんのことが話題になるとテンションが上がってしまう。ドキドキと胸を高鳴らせながら、兄の続きの言葉を待った。
「莉子は、仕事頑張ってるのかって。元気かって、聞かれたよ」
「そうなんだ。嬉しい……」
 修ちゃんが、今でも私を気にかけてくれていた。それが分かり、心が温かくなる。彼もまた、兄のように落ち着いた雰囲気なのに親しみやすさもあり、私は中学生になった頃から恋をしていた。
「だから、修佑にも聞いてみておくよ。また、連絡する」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
 電話を切り、まだどこか興奮気味のままベッドへ倒れ込む。こういうとき、一人暮らしでよかったとしみじみ思った。
 だって、初恋の人の話題の余韻に浸れるから。誰にも邪魔されず、修ちゃんの顔を思い浮かべられる。
 甘くて端正なルックスは、きっと誰でも惹かれると思う。背が高くてスマートで、そして温かく優しい性格。
 完璧という言葉がピッタリな修ちゃんへの恋心が、報われることはないと分かっている。だって、私は異性として見られていないから。彼に、これまで恋人がいたことも知っている。
 結婚をしたと聞いてないから、まだ独身なのは間違いないだろう。でも、彼女がいるかもしれないし、たとえいなくても私を好きになってくれるわけではない。
(だいたい、もし私が修ちゃんのタイプなら、とっくに好きになってくれてるよね)
 本当は、もう諦めている。テーブルに置いてある腕時計を手に取り、そっと抱きしめた。
 修ちゃんを思い出させるこの時計を、いつか引き出しの奥深くに収めておこうと思っている。
「修ちゃん……」
 目を閉じて、叶わない恋を忘れる方法を探してみた──…。

「えっ!? 本当にいいの? お兄ちゃん、ありがとう!」
 一週間後の夜、兄から取材OKの電話を貰い、ホッと胸を撫で下ろす。もし無理なら、他の病院をあたる予定だったのだ。
 それすら難しいようなら、企画倒れも可能性としてあった。それだけに、兄からの連絡は心底嬉しい。
「来週の木曜日なんだけど、時間を取ってもらえないか? ひとまず、そこが修佑の空いてる時間なんだ」
「え? それって、修ちゃんから取材できるってこと……?」
 ドキンと胸が高鳴るのは、三年ぶりの再会を想像してしまったから。彼が本当に引き受けてくれたことに、感謝でいっぱいになる。
「ああ、そうだよ。ただし急患が入れば、そっちが優先になるけど」
「もちろんよ。本当に、ありがとう。お兄ちゃん、凄く気を回してくれたんでしょ?」
 実は先日、編集長と院長へ許可を貰いに行ったのだ。だけど、そのときは話をほとんど聞いてもらえず、まるで手応えなく帰ってきた。
 だから、編集長も半分諦めかけていたくらいだ。それなのに、取材ができることになったのは、兄がそれだけ頑張ってくれたのだろう。
 忙しい中で、そこまで調えてくれたことに感激でいっぱいになる。すると、兄のクスッと笑う声がした。
「違うよ。俺じゃない」
「え? どういうこと?」
 だって、これだけの準備ができる人は兄しかいない。雑誌にインタビューを載せることは、医師の現状を伝える情報発信にはなるけれど、多忙な中での取材はかなり負担だと思う。それが、こんなにスムーズに進むのだから、兄が奔走してくれた以外想像がつかなかった。
「修佑だよ。実は、莉子から話を貰って院長に相談したんだ。だけど、病院名や医師名が出ることに難色を示してね」
「そうだったの……? ごめんなさい。私と編集長も伺ったんだけど、院長先生はあまり乗り気じゃなかったから……」
 仕事以外で手を煩わせてしまい、申し訳なさが込み上げる。
「やっぱり……。それで修佑に話したら、あいつが莉子の会社が発行してる雑誌を持って、院長を説得してくれてね。雑誌の雰囲気と、企画の内容に納得してくれてOKが出たんだ」
「修ちゃんが、そこまでしてくれたの……?」
 私たちが院長に企画書を持っていったときは、一蹴されて相手にもされなかったのに。修ちゃんが、どれほど真剣に説得してくれたのか、考えただけでも胸が熱くなる。
「だから、来週会ったらお礼を言っておいて。莉子に会えるの、楽しみにしてたよ」
「うん、必ず……。お兄ちゃんも、本当にありがとう」
 電話を切り、ベッドに座り直した私は、スマホのアドレスを眺めた。ここには、修ちゃんの番号も登録されている。
 最後に連絡を取ったのは、三年前。あの頃は、まだ取り留めもない話をしていて、気軽に修ちゃんに電話やメールをしていた。
 でも、彼と私の仕事が忙しくなったのを機に、だんだん疎遠になり修ちゃんからの連絡は一度もない。
 だから私も勇気がなく、修ちゃんにメールすらできなかった。だから、三年ぶりの再会が楽しみなようで不安でもある。
 ただ、私の仕事のために一生懸命動いてくれた修ちゃんには、変わらない優しさを感じていた……。

「なんだかんだで、病院に来たのは初めてだわ」
 患者さんと同じ入口から入っていいと聞いていたので、修ちゃんとの約束の木曜日の十三時、外来のドアから病院内へ入った。
 木曜日でも診察はあるようだけど、今は休診の時間らしく、院内はお見舞いに来た人や入院患者しか見えない。
(たしか、外科病棟の第二診察室だったよね)
 兄から聞いて書いておいたメモ用紙を確認し、外科の病棟を目指す。数年前に改装をしただけあり、清潔感と開放感に溢れる大きな病院だ。
 待合スペースは大きな窓と吹き抜けが印象的で、自然光が差し込む穏やかな雰囲気だった。
一条いちじょう先生、この間はありがとうございました。お陰様で、術後が順調です」
「そうですか? それはよかった。また、夕方に回診に行きますから」
 歩いていた足が止まったのは、少し先に修ちゃんの姿が見えたからだ。年配の患者さんらしき女性に、柔らかな笑みを見せている。
 修ちゃんは遠目からでも分かるほど、三年前に比べてとても大人の男性らしくなっていた。長身でスレンダーなところも、短髪の黒髪も変わっていないけれど、醸し出すオーラに余裕が満ちていた。
 声をかけるのも近づくのもはばかられている間、数人の患者さんや見舞いの家族が彼にお礼を言ったり楽しそうに声をかけている。
(修ちゃん、本当に患者さんたちに慕われてるんだ……)
 ネットで検索すると、修ちゃんの名前はすぐに出てくる。それだけ、彼は若くして有能な外科医として知られているからだ。
「あっ、莉子?」
 ふとこちらに顔を向けた修ちゃんが、私に気づき歩いてくる。白衣姿の修ちゃんは、なんとも言えないほど眩しかった。
「修ちゃん……。久しぶり。今日は、忙しいのに本当にありがとう」
 三年ぶりの再会で、緊張がないと言えば嘘になる。だけど、彼が昔と変わらず笑顔を向けてくれたからか、時間のブランクを感じなくなるほどだった。
「いいよ。ちょうど、休憩が取れる時間だから。おいで。こっちだよ」
「うん……」
 修ちゃんに案内され、第二診察室に入る。ここは、通常使う診察室のようで、奥には医療器具がたくさん置かれていた。
「本当は、応接室みたいなところで話せたらよかったんだけど、あまり病棟から離れられないから」
 まるで診察に来たみたいに、患者さん用の椅子に座ったけれど、私は十分有難かった。それになにより、修ちゃんに会えたことが純粋に嬉しい。
「ううん。きっと、毎日忙しいんでしょう? それなのに、こうやって取材を引き受けてくれただけで、感謝でいっぱいよ」
 三年ぶりの初恋の人を前に、胸は大きく高鳴るけれど、今日は仕事で来ているのだから雑念を追い払わなければいけない。
 もどかしい恋心は胸の奥深くにしまい込み、真っすぐ修ちゃんを見つめた。それにしても、なんて色っぽい男性になっているのだろう。
 有能な上、これだけ見た目も完璧なら、患者さんたちに人気なのも納得だった。
あつしから今回のことを頼まれたとき、莉子は頑張ってるんだなって嬉しかったよ」
「修ちゃん……。ありがとう」
 その優しさも変わらなくて、やっぱり彼に会い接していると、恋する気持ちを思い出してしまう。
「これ。事前に敦から、聞かれる内容を教えてもらってたから、ある程度は書いてきたんだ。追加のものがあれば、ここでも話すよ?」
「えっ? わざわざ、書いてくれたの?」
 兄には、参考までにと質問内容を書いた紙を渡していた。特集だから質問項目が多くて、それを全部書くのはかなりの労力だっただろう。
 見ると、すべてを丁寧に書いてくれていて、修ちゃんの気遣いに心が震えるようだった。多忙な毎日の合間を縫って、準備してくれたんだと思ったら、言葉にならない。
「もし、急患で会えなかったら申し訳ないだろう? だから、書いておいたよ」
「本当に、ありがとう……」
 もう、これだけで十分だ。掘り下げて書いてくれているし、記事として纏めるには不足な部分はない。
「インタビューする必要がないくらい、完璧に書いてくれたのね。それと、今回の取材の交渉、修ちゃんがやってくれたんでしょう? 本当に、ありがとう」
 ペコリと頭を下げると、修ちゃんはどこか驚いたような顔をした。それにビックリしたのは私で、おずおず尋ねる。
「……違うの?」
「いや、そうなんだけど……。敦の奴……」
 修ちゃんらしくなく、きまり悪そうにブツブツ呟いていた。もしかして、話してはいけないことだったのか? でも、兄からはお礼を言うように伝えられていたし。
 私が焦りの色を見せると、それに気づいた修ちゃんが小さく咳払いした。
「そういうこと言うと、恩着せがましいだろ? 俺は、頑張ってる莉子の手助けがしたかっただけなんだ。だから、敦には余計なことを言うなって釘を刺しておいたんだが……」
「修ちゃん……。そんなことないよ。お兄ちゃんから聞いて、とっても嬉しかったんだから」
 口止めしていたところも、修ちゃんらしくもある。思い出してみれば、彼がなにか得意げに話すことなんて一度もなかった。
 修ちゃんは不本意かもしれないけれど、兄が話してくれてよかったと思う。だって、変わらない修ちゃんの優しさに触れて、頑張ろうって前向きになれるから。
 でも、取材は一回きりだし、この先会うことはなくなるだろう。いつまでも忘れられない彼への恋愛感情を、どうにかして昇華しなければいけない。
「それなら、ホッとした。三年間、莉子から連絡を貰えなかったから、愛想を尽かされたのかと思ってたんだよ」
「えっ!? ど、どういうこと?」
 感傷に浸っていた私は一転、我に返って目を丸くする。すると、彼も目を見開いた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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