【試し読み】氷の貴公子なのに過保護すぎです!~ひとりでキャンプしていたら異世界で山の神になってしまった件~

作家:小山内慧夢
イラスト:上原た壱
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2021/9/24
販売価格:700円
あらすじ

休日にゆっくり過ごそうとソロキャンプをしに山へ出かけた恵。そこでマナーの悪いキャンパーに絡まれ逃げようとして崖から転落!? 奇跡的に無傷でキャンプを再開させるけど、どうも様子がおかしい。「ここはどこなのよ……」 現代にあるべきものがない違和感で不安に駆られるなか、恵はこの世界では“邪神”とみなされ山狩りに追われていた。その先頭に立つのはスペア人生に振り回され感情の起伏を失った“氷の貴公子”第二王子のジェラルド。しかし成敗される恐怖に震える恵をジェラルドは保護してくれた。イケメンでジェントルな彼に好感を持つ恵。そしてジェラルドも無邪気な恵に惹かれ、独占欲を隠せず過保護になっていって──

登場人物
海山恵(わだやまめぐみ)
ソロキャンプ中に崖から転落し異世界へとトリップするが、“邪神”とみなされ山狩りに追われることに…
ジェラルド
“氷の貴公子”と呼ばれる、ベディシオン王国の第二王子。兄のスペアとしての人生を憂いている。
試し読み

1.とあるところで邪神は落っこちてしまいました

 生活能力のない雇い主を持つのは大変だ。
 たとえそれが人間として魅力溢れる人物だとしても、お金持ちのお嬢様だとしても。しかも同じ部屋に住んでいるため、公私とも逃げ場がない。
 近々刊行予定の著作締め切りのため、いつも以上にダメダメになった雇い主とともに気の休まらない二週間を乗り越えて、わたしはようやく手に入れた二連休を前にホクホクしていた。
 声を掛けないとずっと寝ていて、ベッドの中で干からびて発見されそうな雇い主に声を掛けて出掛ける旨を知らせると、シーツの波間からのそのそと半分夢の中にいるようなあかり先生が顔を出した。
「本当に休みなのに出掛けるの? 信じられない……メグの価値観は謎すぎる……」
「普通は休みだから出掛けるんですけどね! 新しいシュラフを試しに行ってきます。お土産買ってきますね!」
「カッパの干物がいい……」
 雇い主である西園寺さいおんじあかり先生は新進気鋭の民俗学者だ。メディアで取り上げられることもある美人過ぎる民俗学者が、大学の恩師の教え子だということにもびっくりしたが、放っておくと集めた資料に呑み込まれて窒息してしまう生活破綻者だということにも驚いた。
 恩師の研究室で片付けをしている時にスカウトされて、卒業後はあかり先生専属のマネージャー兼家政婦のような事をしている。
 天涯孤独の身の上であるわたしは、奨学金という名の借金を抱えてどんな企業に勤めたら趣味を満喫できる生活を送ることが出来るのかと日々悩んでいたので、渡りに船、とあかり先生の提案に乗った。
 それが泥船だったのか豪華客船だったのか、未だに判断できないが、好きな民俗学に触れながら趣味のキャンプも出来る今の生活におおむね満足している。
 わたしは駅までの道すがら、あかり先生のご実家である西園寺家に電話を入れて二日間留守にする旨を伝える。これで先生が餓死する事はないだろうと胸をなで下ろし、バックパックを背負い直す。
 早朝から大きなバックパックで移動するのはキャンパーやハイカーが多いが、さすがに平日はその人数は少ない。しかし最近は一人でするキャンプが流行のため奇異な視線に晒されることも少なくなった。
 わたしはキャンプが好きだ。
 煩わしいしがらみを忘れ、非日常を体験できる一番手っ取り早い方法だと思う。しかも一人。誰に合わせるでもなく自分のペースで楽しめるなんて最高すぎる。
 と思っていたのに、わたしは現在眉間にしわを寄せている。
 目的地のキャンプ場に着いた途端、禁止されている場所まで車で乗り入れ、大音量で音楽を流し、馬鹿騒ぎをしているグループを見つけてしまったのだ。他の利用者も遠巻きに見ているか、場所を変えるために荷造りをしているようだ。せっかく命の洗濯に来たのに、これでは逆効果だ。むしろ腹汚しになる。わたしも場所を変えることにした。
 本当ならば日当たりのよいここにテントを張りたかったが仕方がない。あんなにマナーが悪い連中とはご一緒したくない。
 それでも広いキャンプ場だ、それなりにいい場所があるだろうと適当に歩き始める。わたしはめちゃくちゃに歩いてもなんとなく方角がわかるという特技があるため深刻な迷子になったことがない。今日もその野生の勘を頼りにいい場所を探してバックパックを下ろす。たき火のための小枝や落ち葉を集めていると背後から声を掛けられた。
「あれ、おねーさんひとりー?」
「さみしくね? おれたちといっしょにあそぼーよ」
 ギクリと身を強ばらせつつ振り向くと、さきほどのマナー悪キャンパーだった。恐らく誰からも相手にされなかったのか、もしくは行動を注意されて移動したのかもしれない。
 わたしは自分の運の悪さを呪った。
「いいえ、今帰るところだったので……!」
 手にしていた小枝や落ち葉を置き、バックパックを背負うと足早に去る。しかし手を掴まれてしまった。
「またまた~、いまきたとこでしょ?」
「いいえ、本当に帰るところなので!」
 少し強引に振りほどくと、マナー悪キャンパーは一瞬きょとんとしたがすぐに顔を歪ませた。怒らせてしまった、とわかったわたしは出来うる限りの速度で走り出した。
「まてよ、おい!」
「ぎゃはは! だっせー! にげられてやんの!」
 揶揄からかう声が聞こえたがわたしはそれどころではない。向こうにわたしをどうこうする意図はないのかもしれないが、この状況で性善説を頭から信じられるほどお人好しではない。火事場のなんとやら、わたしは大きなバックパックをものともせずに懸命に走った。

「はあ、はあ……、もう諦めたかな……?」
 不届き者を撒くためにめちゃくちゃに走りながら随分と奥に入ってきてしまった。極力音を立てないように藪を分け入るわたしは後ろを気にしながら進む。
 ガチ装備ではないが、それなりの荷物が入ったバックパックの重さは、疲労で二割増したような気さえする。まだテントも張っていないというのにこんなに疲労するなんてやっていられない。
 せっかくのキャンプを台無しにされた恨み言を口の中で呟きながら更に歩みを進めると、背後からガサ、と音がした。
「!?」
 まさか追いつかれた? 焦ったわたしは振り向き振り向きどんどん藪に入って身を潜めようとした。
「……えっ!」
 足下をよく見ていなかったわたしは落ち葉で滑って、靴底が浮いたのがわかった。
 これは……落ちる!
 慌てて首を巡らせて前方を確認しようとしたが、視界を木々に遮られてそれもままならない。取りあえず頭を守らなきゃ、と咄嗟に固く瞼を閉じ、両腕で頭を抱えるようにして衝撃に耐える。
(あまり高い崖じゃありませんように!)
 人間、本当に危機的な状況だと声が出ないものだ、と知った。ポーン、と身体が宙に放り出される感覚がして、わたしは意識を手放した。

「……生きてる、おお……」
 気がつくとわたしは大の字になって寝ていた。二週間分の疲れと、追われていることの恐怖で気絶から熟睡へと速やかに移行したらしい。
 手足を動かすと落ち葉がカサカサと音を立てる。随分と厚く落ち葉が積もっているようで、もしかしたらこのおかげで助かったのかも知れない。ゆっくり上体を起こすが特に痛いところはない気がする。
「あそこから落ちたのに……?」
 見上げた崖は十メートルはありそうだった。とすると、だいたいビル三階くらいかと考えながら立ち上がる。
「わたしの前世は猫か蟻か……クマムシかな? よっこい……うっ、いたた……」
 立ち上がると右足首に鈍い痛みを感じた。少し捻ったようだったが、他に異常はないようで一安心だ。もし骨折でもしていたら大変だった。
 こんなところまで救急車は来てくれないだろうし、呼んだところでここの場所を正確に知らせることは出来ない。自分の運の強さに感謝しながら辺りを見回すと、少し離れたところにバックパックが落ちていた。中を開けて確認したが特に壊れたものはないようだ。
「よかった、これでキャンプできるわ!」
 わたしは救急セットから湿布を取り出し足首に貼ると、一応不届き者から見えにくいように崖の上から見たら死角になりそうなところにテントを張ることにした。その際近くの草むらになにやら石で出来た台のようなものを見つけたが、いいところに石が!とカップを置くなどして深くは考えなかった。
 設営が終わり気持ちをあげるためにとっておきのコーヒーを淹れたわたしは、もうちょっと警戒して周辺を確認するべきだったと、後に悔やむことになるのだった。

 新しいシュラフの寝心地は最高だった。縫い目から冷気が入ってくることもなく、一度も寒さに震えずに朝を迎えることが出来た。やはり買ってよかった、とホクホクしながら簡単に朝食を作って食べる。今日のために準備した、いつもよりちょっといいベーコンとチーズでホットサンドを作りコーヒーとともにいただく。
 簡単な料理でもキャンプではごちそうになるのはなぜだろう。これを味わうために来ているようなものだと頷きながらコーヒーを飲み干す。
 足首も、湿布が効いたのか少し違和感が残るもののそれほど痛みを感じない。これならゆっくり歩けば大丈夫だろう。
(もったいないけど今日は少し早めに引き上げよう)
 歩いているうちに捻挫が悪化しては大変だ。本来なら時間が許す限り辺りを散策して楽しむのだが、それはまたの機会に取っておくとしよう。
 手早く荷物を片付けて来た道を戻ろうとして、はたと我に返った。
「帰り道……どっちだっけ?」
 そうだ、ここへは崖から落下して偶然来たのだったと思いだしたのだ。まさかよじ登るわけにもいかないし、と崖を見上げたとき、妙な違和感を覚えた。しかしその違和感の尻尾を捕まえることが出来ないまま、わたしは当てもなく歩き始めた。
 本当に迷子ならば安易に歩き回るなど一番してはいけないことなのだが、いままでの迷子になった経験がないわたしは己を過信していた。いずれいつものように見覚えのある道に出るだろうと高をくくっていたのだ。
 しかし一向に見覚えのある風景に出くわさないわたしは焦り始めた。人の気配がしない。人工物の面影が見つけられない……! 歩く速度は自然と速まり、じくじくと痛み始めた足首が主張を強めてくるようになった頃、空に向かって細く上る煙に気がついた。
 誰かがたき火をしているのだ! 人がいる! そう自分を勇気づけて煙の方向に歩いて、そして我が目を疑った。
 煙は幻などではなかったが、たき火でもなかった。レンガ作りの質素な家の屋根にある煙突から立ち上っていたのだ。
「わあ、まるでサンタさんのためにあるようなファンシーな煙突……」
 素敵、と思う前に拭い去れない違和感が膨らんでいく。そんな特徴的な建物があれば来る途中に気付いただろうし、キャンプ場のホームページに載っていてもおかしくない。それになによりわたしをぞっとさせたのは。
「電柱と、電線が……ない」
 可愛らしい建物に関しては、わたしが見落としただけかもしれない。しかしここで人が生活しているのであれば必ず電気が来ているはず。
 それなのにそれが見当たらない。
 埋没工事済みだとも考えられない。山裾は冷える。今は良くても冬に暖炉や薪ストーブのみで我慢できるとは思えない。
 自然回帰主義の人の家なのかしら?
 いろんな事を考えていると、可愛らしい家のドアが開き、中から住人が出てきた。わたしは息を詰めて観察した。明るい茶髪を後ろでひとまとめにした、ふくよかな女性だった。まるで外国の古い映画のような裾の長い服を着てエプロンを着けている。小脇に植物のつるで作ったようなかごを持っていた。
 敷地内にある家庭菜園らしきところからなにやら植物を摘み、かごに入れてきびすを返すと、女性が顔を上げた。
「あ、やば……」
「……! …………!」
 恐らくわたしが目に入ったのだろう。大きな声で叫ぶと大慌てで家の中に入ってしまった。あまりに驚いたのか、せっかく収穫したものをかごごと落としていった。
 彼女の動揺に当てられたのか、わたしは急に恐ろしくなって、痛む足を引きずって来た道を戻った。
「え、これってまるで現地人とのファーストコンタクト……え、もしかしてこれって、逆『まれびと』体験では?」
 まれびととは民俗学でもよく見られる、外からやってきた人のことである。昔の日本では旅人や、定期的に訪れる薬売り、そして外国人がそれにあたる。
 まれびとは新しいものや富を運んでくると考えられ、歓待されるのだが、稀にそうでないこともある。
(まれびとなら次に来るのは、ろ……六部殺しとか……いや、まて、待って待つんだわたし! 変な方に考えないで!)
 六部殺しとは簡単に言えば歓待していると見せかけ、まれびとの財産や命までも奪う行為だ。あかり先生についてフィールドワークに赴くと、地方に行けば行くほどそのような話が出てくる。
 ただしそういう話はみな外に出したがらないので、ふんわりした表現に留められている。あかり先生は擬態し伏せられているその手の話を見つけるのが非常にうまいのだ。
 今までの日常を思い出して平静を保ったつもりだったが逆に心臓が早鐘を打ち、思考がまとまらない。ベースまで戻ったわたしはバックパックを下ろして、震える手でコーヒーを淹れた。
 マグに淹れたコーヒーが半量になるまでゆっくり飲んで、さっきのことを思い出す。
「……遠くてよく聞こえなかったけど……、化け物って、言わなかった?」
 外国人風の女性が、わたしを見て化け物、と。その言葉にショックを受けないわけではなかったが、それよりも言葉が聞き取れた方が驚いた。
「いや、こんな山際に住んでるんだから、日本に根を下ろして数十年、とか。中身は日本人より日本人とか……いるじゃない……そういう人」
 一人で頷きながら自分を納得させる。マグを傾けると香ばしいいつもの香りが少しずつ落ち着きを取り戻すのを助けてくれた。
 そうしてコーヒーを飲み終わるころに、わたしはようやく携帯電話のことを思い出した。キャンプに行くときは電源を落としておくのですっかり忘れていた。
 電源を入れると立ち上がるものの、アンテナが立たず、ネットにも繋がらなかった。もちろんSNSも開けない。当初滞在を予定していた場所とそんなに離れていないはずなのになぜ。
 わたしはまたしても落ち込んで頭を抱えた。
「どうしよう……あかり先生」
 わたしは無意識に先生の名を呼んだ。予定通り帰らないと先生が心配するかもしれない……主に生活が立ち行かなくて。
 餓死する前に実家に助けを求めるだろうけど、従業員が戻らないとなれば警察か消防に通報するかも知れない。そうなったら大事になってしまう。
 まだ見ぬ救助の方々に申し訳なく思ったが、正直見つけてくれるならありがたい。本心ではなんとか自力で帰りたいが、いつもの勘が働かないのだから仕方がない。
 そもそもここはどこなのだ? アンテナが立たないことなどありえない。今はどんな田舎でも人がいるならばアンテナは立つ。特に最近はキャンプ人口が増えているのだ。
 そして違和感マックスなのはさきほどの家だ。現代文明の匂いがまったくしなかった。そしてその付近の景色……舗装されていない道路にぽつりぽつりと建つ同じようなレンガ造りの家。濃い緑の森……高い建物がない集落。ここは日本じゃないのかも知れない……いや、この先はあまり深く考えたくない。
 わたしは素っ気ない非常用の携帯食を噛るといそいそとテントを張り直し、まだ日も高いというのにシュラフに潜り込んで寝ることにした。
 だが、心臓が痛いくらいドキドキして眠れなかった。タイムスリップや異世界トリップ、はたまた死後の世界等々、荒唐無稽な妄想がいくつも浮かんでは消えていった。
「寝なきゃ……」
 持ってきた水はもうない。明日は水を探しに行かなければ。
 近くに民家があることを考えれば何かしら水源があるだろうと思っている。川がなければあの家に行ってみよう。化け物って言われるかもしれないけど。
 瞼を閉じたまま無断欠勤になってしまう、通販の支払いまだだった……と、いろんな事を脈絡なく考えているうちにいつの間にか寝てしまった。
 わたしはまさかの集落で『裏の山に化け物が出た』と大騒ぎになっているなどとは、想像もしていなかった。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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