【試し読み】召喚された聖女と強面騎士団長の不器用な純愛
あらすじ
年度末の仕事がようやく終わり、へとへとに疲れ切って帰宅した聖。翌朝、温かい布団の中で目を覚ますと、そこが自分の部屋ではないことに気付く。ふと鏡を見ると、髪や瞳の色が変わっていて、目の前に現れた王子を名乗る青年から「聖女様」と呼ばれる始末。状況を飲み込めないまま話を聞くと、澱(よど)と呼ばれる物質によって穢された王国を浄化させるため、聖は〝聖女〟として召喚されたのだという。澱を消すまで元の世界に帰ることはできないと言われ、仕方なく浄化に協力することに。護衛を務める騎士団長・ヴィンセントを筆頭に、浄化の旅に出た聖は元の世界に戻ることを望みながらも、徐々にヴィンセントに惹かれてしまい……?
登場人物
〝聖女〟として異世界に召喚される。穢された王国を浄化するために奔走するが…
護衛騎士。強面で近寄りがたい雰囲気だが、常に聖を気遣い優しく接する。
試し読み
ピロロロローと鳴く、聞いたことがない鳥の鳴き声で目が覚めた。布団はとても柔らかく、私が使っている安物なんか目じゃないくらいにフカフカだ。
ダウンだろうか……?
それくらい軽くて柔らかく、温かい布団だった。もっと寝ていたいとまた布団の中に潜ろうとして、ハタと思い留まる。
(あれ? 私、起きなかったっけ? それに、こんなに軽い布団なんて持っていなかったよね?)
その違和感に目を開けると、見えたのは知らない天井だった。しかも、周囲には薄い布がぶら下がっている。
(天蓋っていうんだっけ、これって)
ぼんやりとそんなことを考えるも、どうしてこんなところに寝ているのかわからない。
なんでだろう……? と寝る前の出来事を思い出してみることにした。
その日はとても疲れていた。体も精神も、本気で疲れ切っていた。
年度末の忙しさに加え、インフルエンザに罹った人と風邪をひいた人が出てしまい、職場はてんやわんやだったのだ。各人がそれぞれヒィヒィ言いながら仕事をし、なんとか年度末を収めた夜十一時。
翌日から連休ということもあり、終わった瞬間は上司も含め、残っていた全員で万歳したよね……。
疲れ切った体は食べ物を受け付けるどころではなく、せいぜいミネラルウォーターか緑茶か栄養ドリンクと、黄色い箱の栄養バーが限度。コンビニでそれらを買い、零時近くに帰宅して緑茶と大豆の栄養バーを飲み食いし、お風呂に入ってさっさと布団に潜り込むと、意識を手放すように眠ってしまった。
翌日、よほど疲れていたのか起きたのは十一時過ぎ。部屋着に着替えて掃除と洗濯をし、冷蔵庫を開けるも食材はバナナくらいしかない。
「これは買い物に行かないとなあ……」
年度末で仕事が忙しく、食材を買うことすらできなかったし、料理なんてもっての外だ。その間のご飯は、ずっとコンビニのサンドイッチやおにぎりだったんだから、栄養が偏っているに違いない。
お天気もいいし、布団も干したい。野菜もたっぷり食べたい。
ならばさっさと行動しようとバナナを食べたあとで動いたら、眩暈を起こしてしまった。
「……疲れてるのかなあ……」
慌ててその場に座り、真っ黒い視界と気持ち悪さをなんとか元に戻そうと目を瞑るも、吐き気とくらくらとした症状は一向に治る気配がない。これはおかしい、救急車を呼ぶ前に救急相談の電話をするか、近くに住んでいる母に電話しようと思ったところで、今度は耳鳴りがしてきた。
ますますヤバイと、近くにあるはずのテーブルに手を伸ばし、手探りでスマホを探そうとしたところで周囲が急に光り、目を瞑っていてもわかるくらいの眩しさに、腕を目にあてて隠したことまでは憶えている。
そこまで思い出し、溜息をつく。
そこから先はまったく憶えていないから途中で意識を失い、誰かがここに運んでくれたんだろうけれど……あの光はいったい何だったんだろう?
そもそもの話、ここはどこ?
考えても考えてもわからない。誰かが来る様子もないし、体もなんだか疲れているような気がする。
夢だといいなあ……なんて考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
再び目が覚めると、やっぱり天井は見慣れたものではないし、相変わらずそこには天蓋があった。頬を引っ張ってみたけれど、テンプレの如く痛い。
「夢じゃなかった……」
そのことにがっかりする。夢ならよかったのに。
ここはいったいどこだろう……? 寝ている間に誘拐でもされたんだろうか。
私ってそんなに寝つきがよかったっけ? と首を傾げつつ、とりあえず情報が欲しいと起き上がると、ベッドのふちに座る。着ているものに目を向けると、倒れた時に着ていた部屋着のままだった。
部屋着といってもチュニックとレギンス、マキシ丈でベロア布地のフレアスカートに、もこもこ靴下だ。
スーパーに出かけるつもりだったし、四月目前で日差しが暖かかったとはいえまだまだ気温は低いし、私は冷え性持ち。故に、もこもこ靴下は必須だったからこその、このチョイス。
これにダウンコートを羽織ってしまえば、相当温かい気温だったのだ。
とりあえず体に違和感もないから、悪戯や乱暴されたりしていないことにホッとした。さすがにアレなことをされたら起きるだろうし。
最悪な様子もなさそうなので立ち上がり、天蓋からそっと顔を出して見回す。人気がなかったからそんな気はしていたけど、やっぱり誰もいない。
小さく息を吐くとベッドから抜け出し、天蓋から一歩外に出る。正面には丸いテーブルと椅子が四脚あり、テーブルの上にはガラスの水差しとコップが置いてあった。その奥には扉がある。
テーブルと椅子は真っ白なうえに猫脚で、とても可愛らしい。
右を見ると鏡付きのドレッサーと大きなクローゼットがあり、左を見ると暖炉と薪が置いてある。
暖炉には小さいながらも火が入っていた。
ドレッサーなどもテーブル同様に猫脚だった。そのレトロな感じがとても居心地よく感じる。
ベッドをぐるっと回って反対側に行くと、青色の分厚いカーテンが。そっと開けてみれば外は雪が降っていて、窓から冷気が感じられる。
しかも、窓から見た限り、かなり積もっているみたい。
「雪……? え? 本当にここはどこ……?」
東京では、滅多なことでは雪は降らない。それに、帰宅途中、電車内の動画広告で流れていた天気予報を見た限り、雪マークはついていなかった。
しかも、窓から見える木々と雪の高さから察するに、相当深く積もっているように見える。どれくらい積もっているのかわからないけれど、こんなに降ったら東京の交通は大打撃を負ってしまうし、確実に麻痺してしまう。
なのにそういった騒がしさもないし、車の音やチェーンの音、人の声も聞こえない。それがとても不気味だった。
(本当に、ここはどこなんだろう……)
見たことがない天井に天蓋、そして知らない鳥の鳴き声と雪。弥が上にも不安と混乱だけが募ってゆく。
気持ちを落ち着かせるために幾度か深呼吸をすると、ベッドを回ってテーブルなどがある場所に戻る。扉の向こうには何があるのか、気になった。
テーブルの上にあるガラスの水差しの中に透明の液体が入っているけれど、これが水なのか別のものなのか、私には判別がつかない。それに、下手に手を出して、もし何かしらの薬が入っていたらと思うと、怖くて飲めなかった。
喉が渇いているしお腹もすいているけれど、どうしよう……。
悩みつつ、ふとドレッサーにある鏡を見ると。
「……若返ってる……?」
あと五年もすればアラフォーに足を突っ込む年齢になっていたし、疲れもあってか肌艶も悪く目尻に多少皺もできていたし、連日の疲れと寝不足で隈もあった。
けれど、鏡に映った私は二十二、三のころの顔と肌の艶で皺も隈もなく、なぜか青みを帯びた白髪と薄紫色の目になっていて……。
「なんで……?」
どうして若返っているんだろう? どうして髪と目の色が変わっているんだろう?
それに、知らない場所と季節。
ブルリと寒さと怖さが押し寄せ、両手で腕を抱えて今見てきたいろいろなことに混乱していると、扉をノックする音が響く。それに驚いて肩を跳ね上げるも、つい条件反射で返事をしてしまった。
すると、紺色のメイド服を着た茶髪の女性が顔を出す。
「ああ、ようございましたわ! 殿下、お目覚めになられました」
「そうか、よかった!」
「あ、あの……?」
でんかってなに? 電化製品のでんか?
いきなりの展開に混乱しつつもそんなことを考えていると、金髪碧眼、二十代前半くらいの見た目でとても整った面立ちの男性と、黒髪にブルーの瞳、三十後半くらいの見た目で強面の男性が入ってくる。
金髪の男性は、なぜか薄っすらと黒い雲というか、靄のようなものを纏っていた。それがとても不気味で、なんだか気持ち悪い。
「はじめまして、聖女様。我らが求めに応じ、よくお越しくださいました」
「…………は!?」
聖女様ってなにさ。私はそんなものじゃないし!
青年の言葉に混乱していると、「きちんとご説明いたします」と隣の部屋に案内され、ソファーに座らせてくれた。なんともエスコートが自然で、呆けてしまう。
ただ、私に触れたからなのか、青年が纏っていた靄が霧散する。それに内心首を傾げていたら彼と黒髪の男性も驚き、それから二人揃ってなぜか感動した顔をした。
もちろん、メイド服を着た女性も。
それから青年がメイド服を着た人に頷くと、目の前にお茶とお菓子が並べられる。
……なぜかお菓子にも靄が漂っていて、尋常じゃないことが怖かった。それを綺麗に隠し、青年の話を聞く体勢を取る。
「私はエリオット・マルクス・ソル・ナトゥールといいます。ナトゥール国の第一王子です。そして控えている騎士は、ヴィンセント・ウル・ヴァルタル。彼は、我が国ナトゥールの騎士団を纏める長をしています。そちらの女性は私の専属侍女で、ドロテアです。貴女のお名前を伺っても?」
軽く会釈をする騎士団長のヴィンセントさんと侍女のドロテアさんに、私も会釈を返す。
そしてでんかって、そっちの意味の殿下!? これは失礼なことはできない。それに緊張する!
「あ、あの、私は、藤村聖と申します。こちら風に言いますと、ヒジリ・フジムラでしょうか」
「なるほど、ヒジリ・フジムラ様とおっしゃるのですね。ヒジリ様とお呼びしても?」
「は、はい。構いません」
「ありがとう」
自己紹介をしたあと、私を喚んだ理由を説明される。
この国はナトゥール国といい、自然が豊かな国だそうだ。けれどここ十年で魔獣や魔虫といった魔物と呼ばれる生きものが増え、それに伴って澱と呼ばれる黒い靄が増え始めたという。
この国だけではなく、周辺国にも影響が出ているんだとか。
本来であれば、澱と呼ばれるものは負の感情──例えば、魔物によって殺されてしまった人や動物の恨み、生への執着と未練、そして動物が魔物に変わっていく不安など、ありとあらゆる負の感情が集まって黒い靄のようなかたちになるという。
※この続きは製品版でお楽しみください。