【試し読み】ずっと好き~ツンデレ同期との初恋事情~
あらすじ
小学校の卒業式の日、告白されて好きと返し、軽いキスを交わして想いを重ねたのに、突然姿を消してしまった初恋の人・大雅――美波はずっと大雅を想い続けていた。忘れよう、新しい恋をしようと思っても、できなかったのに、入社した会社で再会することになるなんて……。大雅が社長の息子だなんて知らなかった。しかし、心躍らせる美波に対し、大雅の態度は冷たく、目も合わせてくれない。傷つきながらも一生懸命距離を縮めようとする美波だったが、さすがにもうダメかとあきらめて落ち込んでいたとき、大雅が心配してシュークリームを買ってきてくれた。これって……ずっとずっと想っていた気持ちがようやく通じたってこと?
登場人物
入社した会社で初恋の人・大雅と再会。距離を縮めようとするがなぜか避けられてしまい…
美波の同期であり初恋の人。小学生の頃に美波に告白し両思いになるも、突然姿を消してしまう。
試し読み
第一章 初恋の人
「今日もかわいい」
熱のこもった瞳で丸いサボテンに話しかける男性を見て、私、大内美波はコーヒーの入ったカップを手に持って棚に隠れた。
こっそりと眺める先にいるその男性は、私が勤める住宅建材メーカー会社の社長の息子であり、同期でもある永島大雅くん。
年齢は私と同じ二十五歳だけど、身長は私よりも二十センチ以上は高く、おそらく一八〇センチあると思われる。
ダークブラウン色の少し長めの前髪は自然にサイドに流されていて、その下にある切れ長の目はサボテンを愛しそうに見ていた。
あの目で見つめられ、かわいいとも言われるサボテンが羨ましい……とひそかに思う私は、彼にたぶん嫌われている。
身を潜めている私の肩を誰かが叩いた。振り向くとそこには、二年先輩である井川桃香さんがいた。
井川さんは私よりも背が高くて、出るところはしっかり出ていて、へこむところはちゃんとへこんでいるメリハリボディの持ち主だ。
ロングヘアがまた卵型の美人顔に似合っている。対して私は丸顔で肩下五センチくらいのふんわりヘア。子供っぽく見られる私は、大人女子の雰囲気を醸し出す井川さんに憧れを抱いている。
でも、井川さんはすらりとした美人さんなのに、喋り方が柔らかいというか、軽い感じ。そういう部分が残念だと言う人もいるが、親しみやすいと社内で人気を集めていた。
「みーなみちゃん、おはよー! どうしたの? こんなところで……ああ、あれね。今日もサボテンを愛でてるんだ。永島くん、おはよー!」
「井川さん。おはようございます」
永島くんはサボテンに向けていた微笑みをそのまま井川さんにも向けた。
井川さん、いいな……彼は私以外の人に、とても愛想がいい。私との朝の挨拶は、いつもしかめっ面なのに。
私と永島くんしかいなかったフロアに続々と他の社員が出社してきた。
私も隠れることをやめて、自分のデスクに行く。永島くんのデスクは、私の真後ろ。つまり、私たちは背中合わせになっている。
私たちは入社三年目になる。私は環境事業部に入社時から所属しているが、永島くんは会社の後継者ということもあって、すでにいくつかの部署を異動していた。
それで今年の春からはこの部で働いている。
彼は大学生のときからバイトとして勤務し、知識を早々と身につけていた。そのため、他の同期と一緒に内定式や新入社員研修を受けていない。
だから彼と初めて顔を合わせたのは、入社式だった。その後、何度かすれ違ったり、見かけたりして挨拶することはあっても、まともに話したことは一度もない。
他の同期の人とは楽しそうに話しているのだが、私とは会話らしい会話をしたことがなかった。いつも声をかけるのは私からで、永島くんの返事は素っ気ないから、会話にならない。
昔はいろんなことを話してくれていたから、冷たくされる理由が思いつかない。嫌われることをしてしまったのかな……。
井川さんはサボテンをしっかりと持っている永島くんを笑っていた。
「そんなにもサボテン、好きなの?」
「はい、大好きです。とてもかわいいと思いませんか?」
「私にはそのかわいさが理解不可能なんだよね。ねえ、サボテンじゃなくて好きな人はいないの?」
「はい? 好きな人ですか……」
「今は付き合っている人、いないって言ってたよね?」
永島くんは、女性社員からの人気が高く、よく恋愛関係の質問をされている。
彼が将来のパートナーにどんな女性を選ぶのか興味津々で、あわよくば自分を選んでくれないかと狙っている人も少なくない。
『好きな女性のタイプは?』と聞かれている瞬間に、何度か遭遇したことがある。永島くんの答えはいつも同じで、『かわいい人』というとても大まかなものだった。
そんな彼が唯一『かわいい』と愛でているのが、あの丸い形のサボテンだ。
この部に赴任してから、数日経過したある朝に持ってきてデスクに置いたものである。
最初は癒やしを求めてのためかと思ったが、異常なほど愛情を注いでいるのだ。
井川さんからの質問に永島くんは返事を渋っていた。「じゃあさー」と井川さんが別の質問をする。
早くから出社しているのは、業務を進めるためだと思うのに、質問攻めにあっていてかわいそうに……と、不憫に思っている私の耳に興味深い疑問が届いた。
「初恋はいつ? どんな子を好きになったの?」
「初恋は小学生のときで……当時同じ委員をやっていた子です」
えっ、小学生のとき?
パソコン操作していた私は、手を止めて振り向く。私に背を向けているから、永島くんの表情は読み取れない。
そこに今出社してきたばかりの金田弘人さんが、初恋話に興味を示して会話に入ってきた。彼は永島くんの隣に座っている。
「へー、小学生のときか。その女の子に告白した?」
金田さんは私が新入社員だったときの指導係で、現在二十九歳。金田さんも永島くんと同じくらいの高身長ではあるが、すらりとした体型の永島くんに対して、彼は横幅もあってがっしりしている。
私は前に向き直り、聞き耳を立てた。告白したかという問いに、どう答えるのだろう?
「卒業式に告白しました」
「おおっ! で?」
「向こうも好きだと言ってくれました」
「わーおっ! で? で、付き合ったの? 初カノ?」
井川さんは声を弾ませて、答えを待つ。永島くんは、さらりと答えを言った。
「うれしくなって、キスしてしまいました」
いつの間にかギャラリーが増えていて「おわっー!」と、永島くんたちの周りがどよめく。
私はそこに加わるどころか、逃げたくなった。
「いきなりキスするって、ませてる! その後、どのくらい付き合ったの?」
「あー、付き合っていないですね」
「ええっ! キスしたのになんでー?」
「いろいろ事情がありまして……あ、これから営業部と打ち合わせあるので、行かないと……」
「あー、永島くん……逃げられた。もっと聞きたいのにー」
話を盛り上げておきながら、永島くんはそそくさと中心から離れた。打ち合わせは確かに予定されているけど、予定時間までまだ三十分もある。
途中で話を中断させられたことに井川さんは悔しがっている。
私は永島くんが言っていた卒業式のことを思い出す……今の話は間違いなく、私のことだ……。
永島くんも初恋だったの?
実は永島くんとは同じ小学校で、六年生のときにクラス委員をふたりでやった。彼は他の男子よりも落ち着きがあって、勉強ができ、スポーツも得意だった。
そのため、推薦されてクラス委員になった。一方、私はじゃんけんで負けたから……女子も推薦された子はいたけど、その子が拒否したのでじゃんけんで決める形となったのだ。
永島くんとおこなった委員活動は、彼にいろいろと助けてもらいながらも楽しい時間だった。委員のこと以外でも話すことが増えて、優しくて楽しい永島くんを好きになった。
初めて好きになった人からの告白はとてもうれしくて。これからたくさんの時間を一緒に過ごせると、期待に胸を膨らませた。
しかし、永島くんはキスしたのに、連絡もなしに引っ越してしまった。その後、私には永島くん以上の好きになれる人ができなくて……ときどき彼を思い出していた。
淡い恋心は思い出となっても、色褪せなくてキスした日のことは鮮明な記憶になっていた。だから、大人になった永島くんに出会えて、胸が高鳴った。
入社式の自己紹介で名乗った永島くんを思わず二度見してしまうほど信じられなくて、あの永島くんだ! と確信したらドキドキする気持ちが止まらなかった。
子供のときの永島くんは、男の子にしては目がパッチリしていて、ちょっとかわいい感じだった。再会した彼は全体的にスッキリとした顔立ちでかっこよくなっていて、成長したんだとしみじみと思ったものである。
入社式後のオリエンテーションで、永島くんがひとりでいるタイミングを見計らって、声をかけた。
私のことを覚えているかと聞き、覚えていると照れるような表情で答えてくれた。うれしくなって、もっと話を続けようとしたが、いきなり私を避けるようにどこかへ行ってしまった。
そんな冷たい態度を永島くんに何度も見せられても、覚えていると言ってくれたときの彼が心に残っていた。
だから、彼の姿を見かけるたびに初恋の淡い気持ちがよみがえってきて……胸をときめかせた。
しかし、永島くんがこの部に赴任してからは、落ち込むことが増えた。彼は私とはまったく話してくれないし、私を見てもくれないからだ。
今までも話すことはほとんどなかったけど、同じ部署になったら機会はあると期待した分だけ、心は沈むばかり。
もう話すことさえも諦めたほうがいいのかなと、最近思っていたところなのに……。
どうして初恋の話をしたの?
誤魔化すこともできただろうに、ただの思い出だから話せたのかな……。
永島くんが出ていって、この話は終わりになったと思ったが、矛先は私に向けられた。
井川さんに「ねえねえ」と話しかけられる。
「美波ちゃんは、永島くんからなにか聞いたことある? 同期なんだから、なにかなーい?」
「いえ。同期というだけで何も知らないです」
「そうなの? そういえば、あまり話しているところ見たことないね。もしかして永島くんのこと、嫌い?」
「えっ? 嫌いとかいうのではなく……」
私が嫌いというのではなく、私が嫌われている。話しかけようとしても拒否されるという悲しい現実をどう伝えたらいいのかと困っていると、金田さんが助け舟を出してくれた。
「桃香ー、大内さんを困らせるなよ。永島くんのことは永島くんに訊くべきだろ?」
「あ。話を途中にされちゃったから、つい……でも、そうだよね。ごめんね、美波ちゃん」
「いえ……金田さん、ありがとうございます」
金田さんに注意されて、肩をしゅんと落として謝る井川さんに、私は首を横に振った。金田さんと井川さんは以前、付き合っていたそうだ。私が入社する前のことだったから、詳しくは知らないけれど、ふたりのやり取りにはお互いを下の名前で呼び合うなど親しみが込められているように見える。
金田さんは私の頭に手を乗せた。
「大内さんは真面目だけど、なんでもかんでも真剣に向き合わなくていいんだからね。特に桃香の話なんか、右から左に流したらいい。大した話じゃないから」
「ひどーい。私はいつも真剣に話しているのにー」
「うるさい。お前は早く仕事しろって……あ、永島くん」
金田さんは井川さんの肩を軽く押してから、ドアに目を向けた。私と井川さんもつられて、同じ方向を見て「あ!」と驚きの声を揃える。
気まずそうに姿を現した永島くんは首の後ろをかきながら、井川さんを見た。やはり、私を見ない……。
「忘れ物しちゃいまして……あれ? ないな……井川さん、去年のカタログ持っていませんか?」
引き出しを開けて、打ち合わせに必要と思われるカタログを探していた永島くんは井川さんに訊いた。
井川さんも自分のデスクの引き出しを見たけど、ないようだ。私は永島くんに、そっとカタログを差し出した。「どうぞ」と……。
「あ、美波ちゃんが持っていてよかったね! ん? 永島くん、これじゃないの?」
カタログを受け取らない永島くんの顔を、井川さんは不思議そうに覗き込む。なぜか固まっていた永島くんは、ハッとした顔でカタログを受け取り、井川さんに向かってはにかみ笑いをした。
「これです。一瞬、わからなくなってしまいました。では、行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
井川さんは元気に返してから「フフッ」と笑った。永島くんはすぐに出たので、もうここにはいない。
彼は私からカタログを受け取ったものの、お礼どころかうんともすんとも言わないし、目も合わせなかった……本当に悲しい。
暗い気持ちになる私に反して、井川さんは目をハート状態にしてうっとりしていた。
「永島くんって、ほんとかわいいよね。あの照れた笑顔、ときめいちゃう」
「はいはい、浮かれてないで仕事しなさい」
「はーい」
金田さんに促されて、井川さんはやっと業務を開始した。だけど、金田さんは自分のデスクに戻らず、私の横に立つ。
不思議に思って、金田さんを見上げた。神妙な面持ちで私を見つめているから、首を捻る。
「大丈夫? なんか辛そうに見えるけど」
「えっ、辛そう? いえいえ! 普通ですよ。なに言っているんですか」
「ならいいけど。永島くんとなにかあった?」
「いえ、なにもないですよ。だいたい私、元気ですからね」
両手を大げさにブンブンと横に振る私を金田さんは訝しげに見てから、肩をすくめた。まだなにか言いたそうにしていたが、私が視線を逸らしたことでやっと自分の席に戻る。
辛そうに見えたのか……原因は永島くんだけど、彼に嫌われるようなことを私は気付かないうちにしたのかもしれない。
なにか気に障ることをしたのなら、遠慮なく教えてほしい。昔のように話したいから……。どんな小さなことでもいいから、話して笑い合いたい。
※この続きは製品版でお楽しみください。