【試し読み】お月さまに願いごと三回~幼馴染との恋は不器用で~

作家:桜木小鳥
イラスト:龍胡伯
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2020/12/29
販売価格:300円
あらすじ

「いつまでも昔のままでいられるわけないだろ」──小さな商店街にある酒屋の看板娘・美月と、大手不動産会社に勤めるエリート・佑真は小学一年生のころからの幼馴染。背も伸びエリート街道を走るようになっても、佑真はちょくちょく美月の店に顔を出す仲。しかし、商店街が再開発でショッピングモールに!? その計画を進めているのが佑真の勤める会社だと知った美月は愕然。佑真に「あんたなんか大っ嫌い!」と思わず口にしてしまう。美月は商店街を守りたいと必死に頑張るが……。二十年以上、近くにいた佑真と初めて感じる心の距離。ずっと変わらない想い、変わらないと進めない関係──幼馴染との不器用な恋をほどいて……

登場人物
沖永美月(おきながみつき)
酒屋の看板娘。思い出深い商店街が再開発でショッピングモールになると聞きショックをうける。
斉木佑真(さいきゆうま)
美月の幼馴染。勤めている不動産会社が進める商店街の再開発計画を知った美月とぶつかる。
試し読み

「泣かないでよ」
 小さな沖永おきなが美月みつきが同じくらい小さな男の子に言った。
 小さいと言っても彼女らが小学一年生の頃だ。
 男の子の名前は斉木さいき佑真ゆうまと言う。
「お母さんが入院しちゃったんだ。もしかして死んじゃうのかな?」
 目を真っ赤にした佑真が言った。その口から出た言葉に、美月は子どもながらにぎょっとしたことを今でも覚えている。
「えっ!? まさか、し、死ぬわけないじゃない」
「だって……。お母さんが急に倒れて、それでお父さんが慌てて病院に連れて行って、そのまま入院するって……」
 佑真の男の子にしてはぱっちりとした大きな目から、また涙が溢れてくる。
「もう、泣かないで。佑真は男の子のくせに泣き虫なんだから。困ったなあ。大地だいちにいじめられたんなら助けてあげられるけどさ」
 そもそも美月がこの泣き虫の転入生と話すようになったのも、同級生の中で一番のいじめっ子だった土屋つちや大地から助けたことに始まる。
 困った美月は空を見上げた。青空に白い月が浮かんでいる。夜でもないのに、その時はやけにはっきりと見えた。
 この時、美月は家の近くにある公園のジャングルジムの一番上に居たから、いつもよりも空が近いように思えた。
 その瞬間、美月は祖母から教わった言葉を思い出した。
「ねえ、知ってる? お月さまに三回お願いすると願いが叶うんだって。おばあちゃんが言ってた」
「……本当に? 流れ星じゃなくって?」
「本当よ。わたしが一緒にお願いしてあげる。わたしの名前、美月って月がついてるんだから、ばっちりだよ」
 疑い深そうな佑真に、美月が大きく頷く。
「佑真のお母さんが元気になりますように!」
 空に向かって大きな声で叫ぶこと三回。
 その願いを本当にお月さまが聞き入れてくれたのか、その後、佑真のお母さんは無事に退院した。と言うか、実は出産で入院しただけだった。
 佑真のお父さんはそのことを伝えたが、本人がちゃんと聞いていなかったらしい。まったく、人騒がせなヤツだ。
 あの頃の佑真はどこか抜けていた。
 でも今思えば、あの頃が一番良かったかもしれない。
 そう美月は思った。

 ***

「おい、店番しながら寝るなよ。不用心だろ」
 あの頃よりずっと低くて、そして呆れたような声が美月のすぐ近くで聞こえた。
 いつの間にか閉じていた目をふっと開けると、やっぱり呆れ顔の佑真がそこに居た。さっきまでの子どもの佑真じゃなくて、大人の男だ。
 イケメンのエリートサラリーマン。
 あの頃から二十年以上が過ぎ、佑真はそんな大人になった。
 美月を見下ろす佑真の目は少し冷たい。
 いつからこんな顔で美月を見るようになったのだろう。
 少なくとも小学生の時は、いつもキラキラとした尊敬のまなざしで見られていた。美月がいじめっ子からいつも助けてやっていたからだ。
 美月と佑真は中学まで一緒の学校で、高校から別々になった。美月は家から一番近い公立高校。佑真は偏差値の高いことで有名な進学校だ。
 ひょろひょろして泣き虫だった佑真は、高校に入るとほぼ同時に急に背が伸び、いつの間にかイケメン少年になってモテモテになっていた。
 近所に住んでいても顔を合わせることが少なくなり、交わす言葉も減っていった。
 かと言って、美月もそれなりに青春を謳歌していたから、佑真とあまり会わなくなっても、どうと言うこともなかった。
 その頃から、美月は佑真が女の子と一緒に歩いているところを何度も見かけるようになる。
「佑真のくせに!」
 なんて後から言ったら、呆れ顔で見られたっけ。
 そうだ、あの頃から佑真はこんな目をしていたと、美月は思った。
 そんな状態が何年も続き、また頻繁に顔を合わせるようになったのは、佑真が就職してからだ。
 エリート高校生だった佑真はいわゆる旧帝大に行き、そして誰もが知る大手不動産会社に就職した。
 美月はいたって普通の高校を出て、やっぱり自宅に近い普通の大学に行き、そして今は実家である沖永酒店の看板娘だ。
 いや、二十九歳にもなって看板娘と言ってしまうのは、少し恥ずかしい。
 住居兼店舗である酒屋は駅から少し歩いた古い商店街の中にある。佑真の住むマンションはこの商店街を抜けた先にあるので、いわゆる通り道だ。
 だからなのか、佑真は就職してから仕事帰りにちょくちょく立ち寄るようになった。今では毎日缶ビールを一本買って帰るのが習慣のようになっている。
「おい、だから寝るなよ」
 またいつの間にか目をつぶっていた美月の前に、佑真がいつもの缶ビールをドンと置いた。
「最近寝不足なのよ」
 眉間にギュッとしわを寄せて、お金を受け取った美月がレジを打つ。
 佑真におつりを渡しながら、美月は大きな手だなと思った。
 大人の男性の手。
 当たり前だけど、二人とももうとっくに大人になってしまった。
「スーパーで買った方が安いでしょ?」
「お前が言うなよ。家の近くで開いてるのはここだけだからな」
 この辺りの店は駅前にコンビニがあるくらいで、あとはこの商店街だけだ。
「この商店街も寂しくなってきたわよ。最近、やめていくお店も多いのよね。なんだか新しい大型のショッピングモールが出来るとかって噂もあるし。うちもなにか特別なことをして盛り上げないとねえ。最近そのことをずっと考えてるお陰で寝不足気味なのよ」
 美月は、あははと半ば笑いながら言った。
 佑真は眉間を少しだけ寄せて、なんだか苦い顔で美月を見ていた。
 わたしの顔がよっぽど酷いのかしら? 失礼ね。
「……じゃあな」
「はいよ、おやすみー」
 言いながら美月は立ち上がり、佑真を見送るために店の外に出ると、少し肌寒くて思わず腕をさすっていた。もう四月も半ばになるのに夜はまだ冷える。
 深夜でもないのに、まわりで開いている店はほぼなかった。それが余計に寒々しく感じる。
 廃れている……という言葉は美月は好きではないけれど、この商店街は確実にそれに向かっている。
 活気を取り戻すにはどうすればいいのか。
 空を見ると三日月が浮かんでいた。
 小さな頃からずっと見続けてきた月は今もなにも変わらない。
 やっぱり昔が恋しい。
 闇の中に消えていく佑真の後ろ姿を見つめながら、美月はここ最近のくせになっている大きなため息をついていた。

 ***

 単なる噂話だと思っていたのは、結局美月だけだった。
 その話は沖永家の家族団らんの朝食の場で、ある日突然始まった。
「……え、本当の話だったの?」
 お箸を持ち上げたまま、美月の手は固まった。
「なによ、今頃。知らなかったことにびっくりだよ」
 母の呆れ顔にちょっとだけ頬を膨らませ、美月は話をしていた父の方をまた向いた。
「だから、今の商店街の場所にショッピングモールを建てる話は、もうずいぶん前から決まってるんだよ」
「ど、どうして?」
「商店街の一番奥に、水元みずもとさんって大きな屋敷があるのは知ってるよな?」
「もちろんよ。子どもの頃は、あそこの柿の木によく登らせてもらったわ。おじいさんがこの前亡くなった時だって、お手伝いに行ったもの」
 美月が答えると父が頷いた。
「この商店街を囲むように、水元さんは土地を持っているんだ。つまり地主だな。で、亡くなった水元のじいさんは、自分が死んだ時に親族が相続税を払えないだろうから、その時はこの辺りの土地を売るつもりだと、生前商店街のみんなに話してたんだ」
「じゃあ、売りに出されるのは周りの土地だけってこと? それじゃあ商店街は関係ないじゃない」
「まあ聞きなさい。水元のじいさんは、弁護士や不動産会社にも相談していてな。商店街を除くまわりの土地だけの活用には限界があるから、いっそ全部の土地を売るのはどうかという話になったらしい」
「そんな、勝手じゃない!?」
「不動産会社は、すべての土地を売却するのであれば、より高く買い取っても良いと言ったそうだ。じいさんはそれに加え、新しく出来るショッピングモールの中に優先的に店を出せること、そのすぐ隣に出来るマンションに住人の部屋を用意してくれることを条件に確約を取った上、商店街の理事会で話し合いがあったんだ」
「そんなの…… やっぱり勝手だわ」
「もちろん、水元のじいさんは我々の意見を尊重してくれたよ。反対が多ければ、当初の予定通り、自分の土地だけ処分すると言ったんだ。で、何度か話し合いがあって、いろんな意見が出たけどな。結局、この衰退していくだけの商店街をどうにかするのは難しいと結論づけたわけだ」
 父親の顔に悲壮感はない。まるでただの世間話をしているかのようだ。
「え、でも、この商店街がなくなっちゃうのよ!?」
 美月は持っていたお箸をテーブルの上にバンと置いた。
「ここももう古いからねえ。新しくなるのも悪くないわよ」
 母も楽観的だ。
「まだ反対出来るんでしょ?」
「うーん、まあまだ中には反対の人も居ないわけじゃないがな」
 父が首をひねりながら言う。
「でももう無理だろう。この話はもう何度も話し合って、みんなそれぞれ覚悟を決めているはずだ」
「じゃあうちはどうなるの!?」
「どうしようかしらねえ。もう商売はやめて、田舎に引っ越すのも良いかもね」
「そうだなあ。ある程度の立ち退き料も貰えるようだから、やめてのんびりするのもありだな」
「ちょ、ちょっと冗談でしょ? ちゃんと考えようよ」
 呑気な両親に焦る美月。でも美月自身も、自分がなにに焦っているのかわからなかった。
「姉ちゃんこそ現実を見ろよ」
 その時、ずっと黙っていた弟が口を開いた。
 三歳違いの弟の太陽たいようは、店を継がずに普通のサラリーマンをしている。
「なにもこれで全部が無くなって、全員が廃業するわけじゃない。さっき親父も言っただろ。モールの中に店を移転出来るってのは、破格の扱いだ。おまけにマンションまで。なかなかそんな待遇はないよ」
 冷静な太陽の言葉だけど、今の美月にはうまく理解出来ない。
「問題はそこじゃないの。今のまま居られないのが問題なの!」
「今のままって、マジで言ってんのかよ。遠からずここは廃れていく。みんなそれをわかってるんだよ」
「だって、じゃあそのうまい話が全部嘘だったらどうするの? 騙されてたら?」
「担当してるのは大手の不動産会社だし、弁護士も入ってるし、信頼は出来ると思うがね」
 父が口にしたその会社名には聞き覚えがあった。
「ちょっと、それって佑真の会社じゃないの!?」
「ああそうね。あんな大きな会社に入れるなんて。佑真くんは子どもの頃から優秀だったけど、本当に立派になったわねえ」
 母がまた呑気に言う。
 美月は口をぽかんと開けたまま、生まれて初めてかと思えるほどのショックを受けていた。
 なんてこと。佑真はずっと知ってたってこと?
 佑真が就職してからもう何年も経っている。こんな大きな話を、佑真が知らないはずがない。なのに、わたしにはなんにも言わなかった。
 美月が受けたショックは徐々に怒りに変わっていた。そのムカムカは夜になっても収まらず、いつものように佑真が呑気に顔を出した時に、一気に爆発した。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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