【試し読み】没落令嬢は身体を張って(!?)官能小説家を育てます!

作家:佐倉紫
イラスト:蔦森えん
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2020/12/11
販売価格:900円
あらすじ

不運にも勤め先を解雇され放り出された、没落した公爵令嬢クリスティナ。帰る家もなくどこに身を寄せようかと歩く道ばたで行き倒れたオーウェンと出逢う。なけなしの銅貨で食事を与えたクリスティナに感謝するオーウェンは彼女の事情を聞き自宅に招き入れた。そこは本に囲まれた世界! オーウェンはなんと小説家だった。読書好き同士で打ち解け、オーウェンの家政婦として働くことを提案されたクリスティナは好条件に快諾。しかしある日、執筆に行き詰まったオーウェンから突然の求婚! 童貞の彼には女性向け官能小説をイメージだけでは書けないのだった。身体目当てと思えないほど誠実に訴えかけられ、クリスティナは力になろうとするが!?

登場人物
クリスティナ
没落した公爵令嬢。勤め先を解雇され路頭に迷っていたところ、行き倒れたオーウェンと出逢う。
オーウェン
小説家。命の恩人であるクリスティナに、住み込みの家政婦として働くことを提案する。
試し読み

第一章 二人の出会い

 十八年の人生で、今日ほど身軽であったことはない。
 右手には銅貨が三枚。左手にはくたびれた鞄。その中身は古びた着替えと下着のみ。
 着ているワンピースはだいぶほつれが目立っているし、エプロンには洗濯しても落ちないであろうシミが、あちこちにこびりついている。
 ほかに持っているものと言えば、すっかり没落してしまったリンディン伯爵という家名くらい──
「惨めだわ」
 改めて考えてもそうとしか思えなくて、灰色の髪の彼女は「はぁ……」と特大のため息を落とした。
 時刻はそろそろ夕刻を迎えようという頃だ。本当なら今日の宿を決めたいところだが、銅貨三枚で泊まらせてもらえる宿屋があろうはずもない。
 とりあえず街外れの教会へ身を寄せようと考えているのだが、昼食抜きで、二つ向こうの街からずっと歩いてきたので、気力も体力も限界に迫っていた。
「とはいえ、急がないと日が暮れるまでに目的地に到着できないわ」
 鞄をよいしょと抱え直して、少女はできる限り急ぎ足で街を歩いていく。
 長い棒を手にした男が街灯に火をつける横を抜けて、角を曲がっていくが──
「ふわぁっ!?」
 突如、大きな塊につまづいて、危うく顔面から石畳の道に飛び込みそうになった。
 弾みで右手が開き、握っていた銅貨が道の上を転がる。少女は犬のような動きで銅貨に飛びつき、ほーっと安堵の息をついた。
「よかったぁ……全財産を一瞬にしてなくすかと」
 そのとき、背後で「うっ……」という小さなうめき声がした。
 少女はびっくりして振り返る。そこには彼女がつまづいた塊があったのだが、大きな岩かと思ったそれは、うつ伏せに倒れた人間だった。
(い、行き倒れ?)
 彼女は大慌てで飛び退く。もしや自分が蹴っ飛ばしたことで不興を買ってしまったのかとビクビクするが──
「……み……みず……」
「水?」
「水……くれないか、あと、たべもの……」
 ぼそぼそと囁く行き倒れは、どうやらそうとうお腹がすいている様子だ。
 少女は思わず周囲を見やる。二人の周辺には行き交うひとがチラチラ見えたが、皆二人のことなど眼中になしという感じで、ものの見事に通り過ぎていく。
(わたしが水をあげなかったら、このひと、どうなっちゃうかしら?)
 なんて、つい同情めいたことを考えてしまったのが運の尽きだ。
 うつ伏せでピクリともしない行き倒れと、右手の銅貨三枚を少女は何度も見比べる。悩みに悩み、小さくうめいて、彼女は「あああ、もう!」と地団駄を踏んだ。
 すぐに道の反対側に見えたパン屋の看板めがけて走り出し、扉を開けるなり声を上げる。
「すみません、水を売ってくださいませんか? できればこれで買えるだけのパンも」
 店番していたふくよかな女将は、突如飛び込んできた少女に目を丸くしたが、すぐに水を詰めた瓶を用意してくれた。
「水代で銅貨一枚いただくよ。一番安いのはそこの丸パン。銅貨二枚で二つ買えるよ」
「ありがとうございます。いただきます」
 少女は瓶と、まだ温かいパンを胸に抱えて、再び行き倒れのところへ走った。
 彼女が駆けつけるあいだに誰かほかのひとが行き倒れに声をかけているかも、という淡い期待も持ったが、悲しいかな、道行くひとは彼のことなど、大きめのゴミが落ちているわと言わんばかりによけていく。
 彼女はため息をついて、行き倒れの傍らに膝をついた。
「ほら、せめて少しは頭を上げて。水を飲ませてあげるから」
「うぅ……」
 さほど年は取っていない、だが自分より確実に年上であろう行き倒れの男の顎を、少女はぐいっと持ち上げる。瓶を傾け、なんとか水を口に含ませた。
「起き上がれる? パンを買ってきたわ。まだ温かいから食べなさい」
「ああ……ありがとう」
 水のおかげで少し力が戻ったのか、男はなんとか起き上がりパンを受け取る。そして水で流し込むようにして、猛烈な勢いで食べ始めた。
(ああっ、わたしの全財産が一瞬にして消えていく……っ)
 いや、そこには目をつむるのだ。このまま彼を見捨ててこの場を立ち去る罪悪感のほうが、空腹よりつらかったに決まっている。
 少女はくぅっと涙を呑み、男が水をごきゅっごきゅっと飲み干すのをただ見守った。
「っああああ、生き返った! 君、ありがとう。命の恩人だ」
 最後の一滴まで水を飲んだ彼は、まるで仕事終わりの一杯を飲んだときのような声を上げて、にっこり笑いかけてきた。
 少女は思わず息を呑む。
 若い男だとは思ったが、よくよく見ると、かなり整った顔立ちをした美青年だった。
 頬はこけて無精ひげも生えているが、屈託のない笑顔を向けられると、胸がどきんとしてしまうほどの……
(……まぁ、胸が高鳴ったところで、宿無し文無しの現状を考えると、現実に戻って一気に冷めちゃうけど)
 なんとも悲しいことである。
「本当にありがとう。ぜひお礼がしたいんだけど──」
「いえ、結構です。先を急ぎますので……」
 そう言って立ち上がった瞬間、少女の腹の虫がぐぅうう~と盛大に鳴いた。
「……もしかして、僕が今たいらげちゃったのって、君の晩ご飯だったりした?」
「い、いえっ、そのようなことはまったくなくて……っ」
「いや、おそらくそんな感じだったはずだ」
 少女を頭からつま先まで素早く見やって、行き倒れていたはずの青年はよいしょと立ち上がった。
「とにかく、どこかへ行く途中だったんだろう? そろそろ暗くなってきたから、せめてそこまで送らせてくれ」
「いえっ、遠いですし。申し訳ないです」
「遠いならなおさら、年頃のお嬢さんを一人で歩かせることはできないよ」
 どうやらこの青年は思った以上に紳士らしい。こんなところに行き倒れていた上、着ているシャツもズボンもかなりよれよれしているから、てっきり浮浪者かなにかだと思ったのに。
 この様子だと本当に教会までついてきそうだ。それでなくても「君、名前は? もしおうちに帰るところなら家のひとにもお礼を言いたい」とぐいぐい質問してくる。
 適当なことを言ってはぐらかすのは無理そうだ。迷った挙げ句、少女は観念して己の事情を明かした。
「実は、昼に勤め先を解雇されたばかりなんです。帰る家は……もうなくなってしまって。ひとまず教会に身を寄せられるか考えていたところなんです」
「教会……というと、街外れにあるアヴァウンド教会かい? あそこはあまりお薦めしないな。君のように一宿一飯を求めて頼る人間は多いけど、基本的に金を持たない人間には冷たいところだ。敷地に入れてもらえても、屋根のある場所に寝かしてもらえるとは限らない」
「そんな」
 どの教会も慈善事業の一環で、助けを求めてくる者には施しを与えていると思っていた少女は、シビアな現実に呆然としてしまった。
「あそこの神父は金に汚いことで有名だからね」
「聖職者にあるまじき心根だわ」
「本当にね。でもそういう人間は残念ながら少なくはない」
 肩を落とす少女の鞄を、青年はひょいっと取り上げた。
「あっ」
「とりあえず今夜は僕のところにおいで。安心して、鍵がかかる空き部屋はあるし、命の恩人相手に不埒な真似は絶対にしない」
 そうは言っても、男性の家に上がり込むなどできるはずがない。
 だが頼れると思っていた教会の実態を知り、昼食抜きで歩いてきた挙げ句、彼のために奔走した今となっては、一刻も早くどこかに腰掛け、休みたいのも本音だった。
「……では、あの、お願いします」
「素直でよろしい。ところで僕はオーウェンというんだ。君は?」
「……クリスティナです」
 彼が家名を名乗らなかったので、少女も名前だけを告げる。
 オーウェンなる青年は「すぐそこだから、もうちょっと頑張って」と励ましの声をかけ、ゆっくり歩き始めた。
 幸い、彼の家までは本人が言ったとおり、さほど距離がなかった。中心街から少し外れた下町のアパートメントが彼の住まいらしく、外階段を上がって東側の部屋に入る。
 男性の一人暮らしの部屋ってどんな感じなの……? と恐る恐る足を踏み入れたクリスティナは、思わず歓声を上げてしまった。
「すごい。床まで本だらけ……!!」
 玄関から入ってすぐの居間には、机や棚の上はもちろん、床にまで本が積み上がっていた。
 ざっと見ただけでも三百冊近くあるのではないだろうか? クリスティナはたちまち目を輝かせる。
「散らかっていてごめんね~。一応歩くスペースだけは確保しているんだけど」
 本の山をひょいひょい越えながらオーウェンが苦笑する。
「気づかぬうちに本がどんどん積み重なっていくんだよね。うっかり転んだりするとドミノ倒しが起きるから気をつけてね」
 ひとによっては眉をひそめる光景だろう。
 しかし、クリスティナは真逆の反応を示した。
「すごい、すごいです、まるで図書館だわ! わたし、本が大好きなんです……! あっ、これとか、先日出版されたばかりの探偵小説ですよね!?」
 すぐ足下に転がっていた本に飛びつくと、オーウェンも「そうそう、知っているの?」とすかさず食いついてきた。
「このシリーズ大好きでね~! 探偵役の主人公のちょっととぼけたところとか、人間味が出ていてすごく好きで」
「わかります──! なのに犯人を追い詰めるときはすごく冷静で格好いいんですよね! 私生活はダメダメな感じなのに、別人かと思うほど理詰めでがーっと推理を展開していって!」
「そうそうそう! 探偵は裏家業で、表向きはただの冴えない記者っていうのがまた面白いんだよ~! 取材と言いながら警察顔負けの現場検証をしている姿がまたなんとも」
「刑事さんたちも最初は現場を荒らすなって言っていたのに、シリーズが進むごとに彼と共闘するようになって──」
「刑事の彼のロマンスも見所だよね~!」
「あの花屋のお嬢さんとのロマンス! なのにお嬢さんのほうは主人公に気があるって感じで、本当にいいですよね──!」
 気づけば二人は本だらけの床に座り込み、目についた本について瞳を輝かせて語り合っていた。
「──しかし、女の子でここまであれこれ読んでいる子も珍しいね。推理小説もだけど、事件録や歴史書までかじっているとは恐れ入ったよ」
「父が本好きで、いろんな作品を買いあさっていたんです。わたしも一緒になって読むのが日課になっていて──」
「……お父さんがいるの? 家はないって言っていたから、てっきり身寄りもないのかと思った」
 ぱちくりと瞬いたオーウェンの言葉に、クリスティナもハッと我に返った。
「あ、えーと……」
「勤め先を解雇されたばかりと言っていたよね? お父さんはそれを知っているの? 心配していると思うけど」
 立て続けに問いかけられ、クリスティナはうっと言葉に詰まる。
 だがこれもごまかせる自信はない。別に秘密にしているわけでもないので、正直に答えた。
「……父はちょっと長引きそうな病気のせいで、入院中なんです。家はとうに売り払ってしまったので、帰るところがないのは本当でして」
「なるほど。訳ありという奴だね」
 クリスティナの苦境をそんな一言で結論づけて、オーウェンは立ち上がった。
「とにかく食べられるものを探すよ。お腹すいているんだもんね。話は腹を満たしたあとでもできる」
「え、食べるものがあるんですか?」
 行き倒れていたから、てっきり彼も文無しなのではと思っていたが。
 いや、よく考えれば一文無しの人間が家を持っているのはおかしいだろう。本はどんな小さなものでも値が張るし、これだけ集めているのだから、それなりのお金は持っているはずだ。
 それなのにどうして行き倒れていたのやら……不思議に思いながら、台所をごそごそやる彼をクリスティナは見るともなく見つめる。棚をのぞき込んだオーウェンは「駄目だ。パンにはカビが生えちゃってる」と肩を落としていた。
「ちょっと待っていて。隣に食べ物を分けてもらえるように交渉してくるから」
「えっ、そんな悪いです。わたしは大丈夫ですから──」
「あいにく僕のほうがまだなにか食べたいんだよ。大丈夫、こういうことは初めてじゃないし」
 彼は今度は机をあさって財布らしきものを引っ張り出す。それを持って軽快な足取りで家を出た。クリスティナは扉をちょっと開けて、隙間から彼の様子を見守る。
 隣の家をノックしたオーウェンは、出てきた女性に「どうも~」と愛想よく笑った。
 一方の女性は目を丸くして、盛大なため息をつく。
「……まぁ~た、あんたかいっ! 久しぶりになにか食べようと思ったら、戸棚の奥にカビたパンしかなかったんだろ!? そのたびに毎度うちに物乞いにくるのは、いい加減やめておくれ!!」
「はははっ、夫人は僕の私生活をよく見抜いていらっしゃる! まぁそう言わずにパンとスープを恵んでください。お食事代は払いますので」
「まったくもう!」
 隣の夫人は足音荒く奥に引っ込んだが、すぐにスープの鍋とパンを一抱え持って出てきた。オーウェンは深く頭を下げて感謝を表し、それなりの代金を払って鍋を受け取る。
 帰ってきた彼は「うん、いい匂い」とスープの香りを笑顔で吸い込んでいた。
「すごい怒られていましたけど」
「お隣の奥さんはいつもあんな感じで、旦那さんのことも息子さんのこともしょっちゅう叱り飛ばしているよ。でもすごくいい人で、僕にいつも食事を恵んでくれる」
 ということで食事にしよう、と本が積まれていた居間のテーブルを綺麗にする。
 台所に放置してあった食器を急遽洗ってスープをよそると、野菜の優しい香りに腹の虫がぐぅうう~っと鳴いた。
「神様のお恵みに感謝します。いただきます」
 そろってきっちりお祈りしてから、二人は猛烈な勢いで食事を掻き込む。いざ温かな食事を前にすると頭の中が空腹一色になって、一心不乱に食べてしまった。
「でも、食べ物を買うお金があるのに、どうして行き倒れていたんですか?」
 半分ほど食べたところでようやく人心地つけて、パンをちぎりながらクリスティナは尋ねる。
 スープをぐびっと飲み干したあと、二杯目をよそいながらオーウェンは答えた。
「考え事をしていて、うっかり財布を持っていくのを忘れちゃったのが一つ。もう一つは、編集部に原稿を渡したことで緊張が切れたせいかな。急に目が回っちゃったんだよね」
(編集部? ……原稿?)
 クリスティナは危うくパンを詰まらせそうになった。
「も、もしかして、オーウェンさんって作家さんなんですか!?」
 ──家中が埋まりそうなほどの本を抱え、片付けた机には山積みになった白紙やペンもたくさん載っていた。ふと目をやった窓際には、なにかを書き付けた原稿用紙が崩れそうなほど散らばっている。
「うん、そうだよ。デビューしてまだ三年くらいだから、さほど有名ってわけでもないけど」
「えー、そんなこと! 担当さんがついていて、筆だけで食べていけるのなら、充分にすごいことです!」
 ということは、彼が言っていた『考え事』とは次回作の構想とかだろうか?
(作家って常に創作のことを考えていると聞いたことがあるけれど、本当のことだったのね)
 父の影響で読書好きなクリスティナは、活字だけでこれほどひとを楽しませてくれる作家を、心から尊敬している。
 行き倒れていた彼を見つけたときは面倒なことになったと思ったものだが、今はもうそんな気持ちは綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
 一方の彼はそんな自分を誇るわけでもなく、むしろ困っていると言いたげにため息をつく。
「でもね、一度小説の世界に没入しちゃうと、現実の生活があっという間におろそかになっていくんだ。集中しているときは食欲も睡眠欲もどっか行っちゃって、気づいたら栄養失調で倒れているということ、これまでも割とあってね」
「そ、それは……結構大変ですね」
「いつもは担当編集がマメに訪ねてきて監視……いや、見守り……? を、してくれるんだけど、今回は彼も別の作家にかかりきりになっていて。二週間訪ねてこなかった結果の行き倒れだったんだよ」
 もちろん最初のほうはきちんと食事も睡眠も取っていたらしいが、本日の〆切に向けて時間がなくなってきてからは、ひたすら机に向かって過ごしていたらしい。
「ということは、もう何日くらい食べたり寝たりしていなかったんですか……?」
「最後に食事をしたのは……五日前くらいかな? そのあとスイッチが入って、たまに寝落ちする以外はずっと原稿を書いていたから」
 クリスティナは思わずスプーンを取り落としそうになった。いくら〆切の前だからって、五日間も飲まず食わずで、ろくに睡眠も取らずに駆け抜けていたとは。
(作家ってもはや人間じゃない……)
 そんな失礼なことを真面目に考えてしまう。
「むしろよくそれで完成した原稿を届けに行けましたね……」
「原稿を編集部に渡すまでが、作家としての仕事だからね。だからこそ、渡した直後からふらふらしてきて、気づいたら倒れていたというわけだよ」
 たまたまクリスティナが通りかかったからよかったものの……そうでなければ、彼はちゃんとお金も住まいもあるというのに、あの世行きになっていたかもしれない。
(通り過ぎずに助けてよかった……!)
 水とパンに変わった銅貨三枚が彼の胃に吸い込まれていくのを見るのは苦しかったが、どこかにいるであろう彼のファンのためにもいいことをしたと思えば、少しは誇らしい気持ちになれるというものだ。
 そして二人そろって食事を終え、どちらともなく幸せのため息をつく。
「──そこで一つお願いがあるんだけど、クリスティナ」
「はい? なんでしょう」
「君、うちで家政婦として働いてくれる気はないかな?」
「家政婦ですか?」
 クリスティナは目を丸くして驚いた。
「そう。仕事内容としては三度の食事作りと掃除と洗濯。原稿に集中すると食べるのも寝るのも忘れちゃう僕を、定期的に食卓や寝床につかせることも込みで、給金はこのくらい」
 提示された給料額は、前職とほぼ同じくらいだ。クリスティナは目を輝かせる。
「もちろん断ってくれてもかまわないよ。次の勤め先の宛てがあるなら無理に引き留めない」
「いえっ……! 恥ずかしながら、次の仕事にありつけるのがいつになるかもわからなくて。その、わたし……前の職場を追い出されたものですから」
「追い出された? ……ということは、紹介状も持たされなかったのかい?」
「はい……」
 オーウェンはかすかに目を見張って、椅子に姿勢良く座り直した。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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