【試し読み】恋に目覚めさせたエリート社長の情熱アプローチ
あらすじ
外資系自動車メーカーで役員秘書として働く麻由香は、社長の修平からパーティーへの同伴を求められた。端整で大人の色気がある修平は麻由香にとって手の届かない憧れるだけの存在。パーティー当日も修平の気遣いに胸を高鳴らせてばかりの麻由香だったが──「秘書だから、きみを誘ったんじゃない。好きなんだ」 思いがけない修平からの告白。ロマンチックな雰囲気のなか、ふたりは唇をあわせて……。仕事に影響がないよう周りに交際は秘密でも、過保護な修平の独占欲に満ちた日々はとろけるほど幸せ。しかし、同じ会社に勤める大学時代の先輩からも言い寄られる麻由香。修平と付き合っていることは言えず困ってしまって……!?
登場人物
役員秘書として勤務。密かに憧れている修平からパーティーに誘われ、急接近する。
外資系自動車メーカー社長。パーティーで麻由香に想いを伝え、結ばれる。
試し読み
プロローグ
「有坂社長、少しお疲れではないですか?」
役員会議が終わり、社長が部屋を出たところで声をかけた。彼はいつも、会議が終わるとしばらく一人になるために人払いをする。
社長のメイン秘書である冴島さんですら部屋から出してしまうのは、会議での内容をゆっくり一人でまとめたいからだった。
それは、有坂社長が社長に就任してからのこの一年、ルーティーンとして行われていることだ。
といっても、十分か長くてもせいぜい二十分くらいの時間。すっかりひとけのなくなったフロアで、部屋を出てきた社長に私は声をかけていた。
「広瀬さん、戻ってなかったのか?」
社長に驚かれたように見られ、私はゆっくりと首を横に振った。
「いえ、一度オフィスに戻ってから、またこちらへ伺ったんです。そろそろ、有坂社長が出てこられる時間じゃないかなと思いまして」
私は、総務部の秘書課に所属している。新卒から配属されて、今年で四年目だ。主な仕事は、役員全般の秘書業務。役員には各々メイン秘書が付いていて、その人のサポートをしている。
だから、決まった担当役員はなく、必要に応じて社長を含めた全役員の業務を担っていた。二十六歳の私は、秘書課では若いほうに入るため、先輩に比べると気配りが足りない部分もある。
だからこそ、日々意識して事務的な業務以外にも注意を向けているつもりだ。
「わざわざ? 心配をかけているようで、すまなかったな」
足を止めた社長は、ごく微かな笑みを見せてくれた。有坂修平社長は、三十四歳という若さで外資系自動車メーカー『イノバティー』の社長に就任している。
一年前まで六年間ドイツ支社に勤務して、日本法人の社長になった完全に叩き上げの人だ。
経営力や営業力の高さはもちろんのこと、彼の外見も社員の興味を引いていた。社長は長身でスタイルがよく、均整の取れた顔立ちをしている。
近寄り難い雰囲気は若干あるけれど、大人の男性の色気も漂っていて、多くの女性社員からも注目を集めていた。
さらに、彼が独身ということもあり、余計に憧れに思う人が多いらしい。日頃から、社長の話題はよく耳にする。
「いえ。役員の皆さまに対して、事務的な業務以外でも気づきを多く持ちたいと思っていますので」
「ありがとう。とても、広瀬さんらしい考え方だな」
「そんな……」
社長にそう言われると、とても照れくさくなる。声をかけたからといって、自分が彼のためにしてあげられることは限られている。場合によっては、冴島さんにリレーションをするくらいだ。
だけど、気づいたことをスルーだけはしたくなくて声をかけてみた。
「忙しい日が続いたから。でも、大丈夫だよ。ありがとう。そういえば、先週は専務にも声をかけてくれていたようだな」
「え? は、はい。専務も、とてもお疲れのようでしたので」
まさか、社長が知っているとは思わなくて驚いてしまった。専務は五十代半ばの女性で、とても頭の回転が速い人だ。
いわゆるバリバリのキャリアウーマンだけれど、役員の中では一番親しみやすさがあり、声をかけやすい人でもあった。
「とても喜んでいたよ。きみに指摘されてから、病院に行ったらしい。過労と診断されたらしく、生活態度を見直すとも言っていたな」
「そうでしたか。少しでも、お役に立てて光栄です」
ホッとすると、社長がフッと笑った。彼が笑みを見せることは珍しく、不覚にもドキッとしてしまう。
私だって、有坂社長に憧れはある。気を抜いてしまうと、ときめいてしまいそうなときだって……。
だけど、私は秘書という仕事を大切に思っているから、オフィシャルな態度を崩したくない。たとえ、相手が素敵な社長の前であっても。だから、気を引き締めている。
それに、秘書課に配属されて四年目になるから、たぶん来年度は異動になるだろう。本社内での異動か、支社へ移ることになるかも分からない。
どちらにしても、秘書業務を離れてしまえば、こうやって社長とあたり前に話す機会はなくなってしまう。
雲の上の存在の人に対して、身の丈に合わない恋心は絶対に抱かないと決めていた。
「広瀬さん。きみの日頃の気遣いには、本当に感謝をしているよ。いつも、ありがとう」
「とんでもないです……」
目を細めた社長に、私はただ恐縮して言葉が繋がらなかった──。
「秘書の仕事って、楽しいよね。役員の方たちとも、接することができるのって貴重じゃない?」
昼休憩、同期で同じ秘書課の櫻田由子と一緒に、会社近くのイタリアンレストランへ来ている。ここは日替わりランチが好評で、今日はカルボナーラを食べていた。
濃厚なクリームをパスタに絡めながら、由子の言葉に深く頷く。
「本当、そう思う。特に、私は秘書課四年目だから、来年は異動になるだろうし」
「そっかぁ。麻由香は秘書課でも上司の評価が高いから、異動はさすがに痛いと思う」
「そ、そう?」
由子に言われると照れくさくて、思わず目を伏せてしまった。単に、サポート的な仕事が好きなだけで、それがうまくハマっているだけだと自覚している。
リーダーシップを取るタイプではないし、縁の下の力持ち的な存在が心地いいだけだ。だから、褒められると、どう反応していいか分からなくなる。
とにかく照れくさい気持ちでいると、由子がテーブル越しに顔を覗き込んできた。
「社長って、少し麻由香のことがお気に入りじゃない?」
「えっ!? そんなことないよ。由子ってば、変なことを言わないで」
思わずむせてしまいそうになるほどに、彼女の言葉は衝撃的だった。そもそも、有坂社長は、誰かを気に入るとかそういうタイプの人ではない。
この間は、声掛けをしたことにお礼を言ってもらえたけれど、とてもオフィシャルな雰囲気を崩していなかったし、上司が部下を褒める姿そのものだった。
それに、業務以外で社長と特別に接することはない。ましてや、プライベートな会話だってない。それなのに、由子はどうして社長が私をお気に入りだなんて思ったのだろう。
「変なことじゃないってば。なんか、麻由香にだけ優しくない?」
食い下がる由子に、私は小さくため息をついて首を横に振った。
「それはない、絶対にない。だいたい、社長とはそんなに関わりがないもの。由子の気のせいよ」
「そうかなぁ? そんなことはないような気がするけど。麻由香って、見た目もいかにも女の子って感じで可愛いし」
納得いかないような顔で、由子は口を尖らせている。彼女の言葉はとても有難いけれど、私からしてみれば、なにを見てそう思ったのか知りたいくらいだ。
「社長が、一社員でしかない私に、特別な感情なんて持たないって」
苦笑しながら答えると、由子はやっぱり腑に落ちないと言わんばかりの表情をしていた。
「こちらが資料になります。このようなファイリングでよかったでしょうか?」
夕方、社長の資料作成の指示が入り、急いで業務に取り掛かると完成した資料を持参した。冴島さんが他の業務に対応中とのことで、直接社長に手渡しにきたのだった。
「ありがとう。中身は、あとで確認させてもらう」
「かしこまりました」
昼間の由子の言葉を思い出し、つい社長を見つめてしまった。業務中の彼は、愛想があるわけでもなくニコリともしない。
今だって、社長は資料をさっと受け取っただけで、デスクのパソコンを真剣な目つきで見ている。とても、私を気に入っているようには思えないのだけど……。
「失礼いたします」
「お疲れ様」
短い挨拶を済ませると、社長室をあとにする。やっぱり、由子の思い過ごしだ。社長が私をお気に入りだなんて、どうしても思えない。
──と思っていたけれど、それから一時間後に社長からの業務メールがきて、不覚にもドキッとしてしまった。
《資料を確認した。とてもよく纏まっている。ありがとう》
文面自体はシンプルなもので、特別な感じはしない。だけど、社長からメールを貰ったことが初めてで、何度も読み返してしまった。
(きっと、社長の気遣いよ。今回は急な業務命令だったし、冴島さんがするものだったんだから)
仕事上、社長と接する機会が多いだけ。それなのに、ほんの些細なことを恋愛めいた気持ちに結びつけるなんて……。
自惚れもいいところ……。社長からのメールには短く返事をして、ときめきは私の胸の中にそっとしまった。
「広瀬さんは気が利くね。いつも、温かいお茶をありがとう」
役員会議の間の休憩中、常務に声をかけられ表情が緩みそうになる。常務は五十代の男性で、普段は寡黙な人だ。その常務からの声かけは、素直に嬉しかった。
「そう言っていただけて光栄です。今日は会議も長いですし、新しいお茶に替えてきます」
「本当かい? それは有難い。広瀬さんの恋人は、とても幸せだろうな」
しみじみと言う常務に、私は苦笑いを向けた。
「残念ながら、恋人はいないんです。素敵な人に、出会えたらいいんですけど」
「そうなのか。広瀬さんのような素敵な人がなぁ。失礼なことを言ったね」
「いえ、お気になさらないでください」
常務に会釈をすると、新しいお茶を入れに会議室を出た。プライベートなことを聞かれたことに、不快感はまったくない。
それより、普段は会話らしい会話をしない常務と、話をしたことが新鮮だった。声をかけてくれたということは、秘書として認められ始めたと思っていいのかもしれない。でもそれは、都合のいい解釈だろうか。そう考えたら、心の中でクスッと笑っていた。
由子は、社長が私をお気に入りと言っていたけれど、何度考えてもそれは違うと思う。専務だって常務だって、私に親しく声をかけてくれるのだから。
だからきっと、社長からも秘書の一人として認められ始めたのかもしれない。そういうことだと思う……。
「広瀬さん、社長がお呼びなのですがお時間はどうですか?」
冴島さんから内線があったのは、社長から初メールを貰って六日後だった。この一週間は、秘書の仕事としては資料作成が主で、社長を始めとする役員の人たちと顔を合わせていない。
それはけっして珍しいことではなく、冴島さんからの呼び出しも特段変わったことではなかった。それなのに、社長という言葉と彼からの直接の呼び出しにドキッとしてしまう。
「はい、大丈夫です。今から参ります」
冴島さんからの指示ではなく、社長から直接依頼される業務は、複雑だったり急ぎのものが多い。
余計な雑念は捨て、緊張感を持って社長室へ向かうと、いつもどおり冴島さんに執務室へ通された。
「社長、お疲れ様です」
「広瀬さん、お疲れ様。忙しいときに、呼び出して悪かったね。返事を急がされたものがあって、業務中なんだがきみを呼んだんだ」
「は、はい……。なんでしょうか?」
社長にしては回りくどい言い方で、デスクの前で彼を訝しげに見てしまう。すると、社長は引き出しからなにかを取り出し、それをデスクの上へ置いた。
「それは……、なにかのチケットですか?」
カラーで印刷されたそれは、英字の筆記体が書かれているだけだ。なにかの名前だというのは分かるけれど、それ以外まるで想像がつかなかった。
「そう。これはパーティーのチケットなんだ。広瀬さんは、最近できた〝トランパルツ〟を知ってるか?」
「トランパルツといえば、洋館風の建物でパーティーや披露宴とか、多目的に使用できるところですよね? テレビCMで観ました」
庭には噴水があり、夜間はライトアップされてロマンチックだとか。一階は待合室など個室が用意され、メインフロアは二階にあるはずだ。
街からのアクセスがよく、新しい建物ということもあり、予約が取りづらいと聞いたことがある。
そこでパーティーなんて、素直に凄いと思ってしまった。
「来週の金曜日に開かれるもので、多くの企業に勤めている人たちが集まるんだよ。それほどオフィシャルなものではなくて、楽しんで人脈を広げようというものなんだ」
「そうなんですか。夜からですよね?」
「ああ。仕事終わりに行くものだから、必要以上にドレスアップも求められない」
「はい……」
なるほど。社長がチケットを持っているくらいだから、きっと業界でも立場のある人たちが集まるのだろう。
社長はオフィシャルなものでないと言っていたけれど、仕事帰りにそのまま参加するパーティーなら、かなりビジネスも入っているような気がするけれど。
(あれ? でも、なんで私に?)
「あ、あの社長。どうして私に、パーティーのことを教えてくださったんですか?」
それに関する業務でもあるのだろうか。わざわざ呼び出したくらいだから、よほど大事なことなのだろう。
いったい、どんな業務命令だろうか。緊張しながら返答を待っていると、社長がスッとチケットを前へ動かした。
まるで、私に受け取れと言っているような……。
「広瀬さん、このパーティーに一緒に行ってくれないか?」
「……えっ!?」
まるで予想もしていなかった言葉に、社長の前であるにも関わらず呆然と立ち尽くしてしまった。
だけど社長は気にする様子もなく、話を続けた。
「このパーティーなんだが、パートナー同伴が条件でね。いつも秘書として頑張ってくれる広瀬さんと、一緒に行きたいと思ったんだよ」
「そうだったんですか……。光栄です。ありがとうございます」
そんな条件があるなら、社長も同伴者選びに困っただろう。社長くらいの立場なら、安易に女性を連れていくことはできないだろうし。
そう考えたら、秘書である私を誘う理由に納得だった。
「来週の話で突然だが、一緒に行ってもらえると有り難い。どうかな?」
「もちろん、大丈夫です。ぜひ、ご一緒させてください」
これも秘書として大切な〝仕事〟のひとつなら、快く引き受けたい。ただ、パーティーに行くことそのものが初めてだから、不安がないと言えば嘘になる。
「ありがとう。よかったよ。これが広瀬さんのチケットだ。当日、業務の終了時間次第で一緒に行こうか?」
「はい、よろしくお願いします。それから、パーティーの際に気をつけるべきことはありますか?」
これは、しっかり聞いておかなければ。暗黙のルール的なものがあるかもしれない。ジッと社長を見ていると、彼は少し考え込んだ。
「そうだな。特にはないが、できる限り二人で行動したいと思ってる」
「二人で……ですね。分かりました。そうします」
勝手に、会場を回ってはいけないということだろう。大きく頷くと、社長はチケットを取り私に手渡した。
「じゃあ、来週の金曜日はよろしく」
「はい!」
チケットを受け取ると、挨拶をして社長室をあとにする。社長と一緒にパーティーに行くことは、想像するだけで緊張する。
でも、楽しみでもあり身の引き締まる思いでもあった。そしてなにより、社長から誘われたということは、秘書の一人として頼られているようで嬉しかった。
「よし! 粗相がないように、パーティーは頑張るぞ」
小さくガッツポーズをした私は、オフィスへ急いで戻った。
「あれ? 麻由香、そのチケットどうしたの?」
デスクに戻り、バッグにチケットをしまっていると由子が声をかけてきた。
「これね、さっき社長からいただいたのよ。パーティーに誘われちゃって」
事情を説明すると、由子は目を丸くした。
「凄いじゃない。社長室に呼び出されてたから、なんの仕事を依頼されたのかなって思ってたのよ」
興奮気味の由子に、私は慌てて弁解をした。もしかして、特別なものだと勘違いされているのではないかと思ったからだ。
「全然、凄いことじゃないのよ。説明したとおり、ペアが条件で人脈作りのパーティーだから」
「だとしても、なんで麻由香を誘うの? 冴島さんでもいいじゃない」
「え? それは、女性とペアでないといけないからじゃないの?」
パーティーの条件がペアと聞いて、男女のことかと思っていた。社長はオフィシャルなものではないと言っていたから、条件というのも遊び心のあるものだと考えている。カップルで参加するようにと、主催者側のちょっとした〝イジワル〟を想像したのだけれど。
由子は、私の言葉に納得していないかのように首を傾げた。
「本当に、男女のペアなの? 社長が参加されるようなパーティーでしょ? 本当は、もっと深い意味があるとか?」
「ないない。絶対にないわよ」
ほとんどからかうような彼女に、私はきっぱりと否定する。もちろん、社長から特別に想われたら、こんなに光栄なことはない。
だけど、それはあり得ないと思うし、私が〝もしかして〟という下心を持ってパーティーに参加したら、きっと社長に軽蔑されてしまう。
どうも由子は、この間から社長のことに拘ってくる……。
「そうかなぁ? 麻由香は、本当に真面目だもんね」
由子はがっくりしながら、業務を再開した。そんな由子だって、社長から依頼された仕事はたくさんある。
私だけが、特別目にかけてもらっているわけではないと思うけれど……。
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