【試し読み】嘘つき上司の都合のいい彼女~恋人役を命じられました!~

作家:秋桜ヒロロ
イラスト:欧坂ハル
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2020/12/1
販売価格:500円
あらすじ

むぎは自他ともに認める『都合のいい女』だ。その日もむぎは友人の頼みを断りきれず、代わりに『レンタル彼女』の仕事を引き受けてしまう。依頼人として現れた海人はむぎに、付き合ってからまだ日が浅く照れ屋な恋人に代わって自分の両親に会って欲しいと言う。むぎは海人の家族に気に入られ、うっかり翌週も会う約束をしてしまうのだが、次につなげたくないむぎは海人が席を外した瞬間にその場から逃げ出すことに成功! しかしその翌日、部長として赴任してきた海人と会社で再会してしまう! むぎは海人に呼び出されると「一ヶ月、俺に付き合って欲しい。そうすれば、このことは会社に黙っておいてやる」と取引を持ち掛けられ……!?

登場人物
日笠むぎ(ひかさむぎ)
押しに弱く頼み事を断れない性格。友人から『レンタル彼女』の仕事を押し付けられてしまう。
神城海人(かみしろかいと)
『レンタル彼女』の依頼人。照れ屋な恋人の代わりとして、むぎを両親に会わせるが…
試し読み

第一章 どうも、都合のいい女です

 その日、日笠ひかさむぎは浮いていた。

 正確には、自分から服装だけが浮いていた。
 着慣れないピンクのスカートに、胸元が開いた白色のニット。ヒールは高めで、足首のストラップには光り輝くジルコニアが並んでいる。髪の毛には緩くウェーブがかかっており、爪にはこれまた慣れない色のネイルと石がきらめいていた。
 彼女はショウウィンドウに映った自分の姿を見つめて、深いため息をついた。地味で平凡な容姿の自分に、こんなキラキラ女子力満載の服装はちょっと似合わない。ちぐはぐというか不釣り合いというか。
 ミスマッチで、アンバランスで、噛み合っていない……そんな感じだ。
 彼女は再びため息をつくと、鞄に入れておいたスマホを取り出し、先ほど来たメッセージを見返す。

『それじゃ、頑張ってね! 「レンタル彼女」さん』

 文章だけなのに、送り主の弾むような声が脳内で再生される。
 むぎはスマホを鞄に収めると、これから待ち受けているだろう困難を思い、肩を落とすのだった。

◆◇◆

 事の始まりは、二日前に遡る。
「レ、レンタル彼女!?」
 むぎは一人暮らしをしているマンションで、スマホを耳に当てたまま、そう叫んだ。電話の相手は、むぎの幼なじみである水戸みとマナミ。部署は違うものの、今でも同じ会社に勤める、いわゆる腐れ縁の友人である。
 大きな声を出すむぎをものともせず、彼女はからりと明るい声を響かせた。
『そうそう、「レンタル彼女」! 実は半年ぐらい前から副業でやってるんだけどね、これがいい感じに稼げてさー』
「うちって副業禁止のはずだよね!?」
『そんな細かいこと気にしないのよ! ……で、実は今週の土日に用事がはいちゃってさー。よかったら、むぎに代わりに行ってもらえないかなぁって思って』
「はぁ!?」
 再び大きな声が出る。あまりにも突飛な話に、一瞬聞き間違いかと思ったのだが『だから、私の代わりにレンタル彼女として働いて欲しいって言ってるの!』とダメ押しのように言われ、むぎは頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待って! 状況がうまく飲み込めないんだけど。そもそも『レンタル彼女』って何!?」
『何って、文字通りよ。「レンタル」出来る一時的な「彼女」。デートしたり、お話ししたり、時には悩み相談とかもしてあげたり? 仕事内容は、そんな感じ!』
「そんな、感じ……?」
 明るい声でそう言われても、なかなか「はいそうですか」とは言いづらい。そういう仕事があるというのはかろうじて理解出来たが、なにがどうしてどうなって、それをむぎがやるという話になるのだろうか。
 絶句する彼女をどう取ったのか、電話口のマナミは焦ったように口を開いた。
『あ、大丈夫よ! お触りは禁止だし、写真撮影も基本的にはNG。変なことしてくる人とかもほとんどいないから、その辺は安心して!』
「いや。確かにそこも心配は心配なんだけど……」
 斜め上のフォローが入って、むぎはソファーに腰掛けた。あまりの驚きに、知らない間に立ち上がっていたらしい。
「ちなみに、入ってる用事って何か聞いてもいい?」
けいくんとデート!』
 間髪入れずにマナミが答える。『慧くん』というのは、つい先日付き合い始めたマナミの恋人だ。街で声をかけられ、そのまま意気投合したらしい。
 マナミの悪びれもしない態度に、むぎの口は半開きになる。
「えぇっと。それなら、『レンタル彼女』の方をキャンセルすれば……」
『そんなことしたら、事務所に罰金取られちゃうでしょ! 前金だって貰ってるのに! あ、ちなみに受け取ったお金は、全部むぎのお財布に入れていいからね! 事務所に入れる分は前金分だけだから!』
「えっと……」
『ま、短期のバイトだと思って、楽しんできてよ!』
 さももう決定事項のように話す彼女に頭が痛くなる。
 大体、知らない人間とのデートなんて、楽しめるわけがない。人見知りというわけではないが、初めての人間にはそれなりに気構えてしまう性分だ。
『それでね、日時は日曜日の午後一時から! 待ち合わせ場所は後から地図送っておくわね! 唯一気をつけて欲しいのが服装なんだけど……』
「ちょ、ちょっとまって!」
 勝手に話を進めようとする友人にむぎは声を荒らげる。
「その『レンタル彼女』っての、私には無理だよ! そもそも、マナミの代わりっていうのが無茶! 私にマナミの代わりなんて無理だよ……」
 彫りが深く、華やかな顔立ちのマナミと違って、むぎは平凡なしょうゆ顔だ。髪の毛の色だって違うし、スタイルだって彼女の方が断然いい。
『その辺は大丈夫! うちの事務所のサイトって、基本的に顔はモザイクだから! 髪の毛の方は染めたとか言えばいいし、スタイルとかは、まぁ……詰めれば大丈夫でしょ!』
 なにを詰めるのかは言わなくてもわかるし、聞きたくない。むぎは無言で自身の胸元を見下ろした。
『仕事内容については、簡単だから当日教えてあげるね! 服装だけは、お互いに本人同士だってわかるようにあらかじめ伝えてあるから、私の貸してあげる!』
「あ、あのね、だから……!」
『マナミー! 冷蔵庫に入れてた、俺のスポドリ知らないー?』
 電話口の奥から男性の声が聞こえてくる。どうやら『慧くん』はもう部屋にいるらしい。マナミは『ちょっとまってー!』と男性に声をかけた後、会話に戻ってきた。
『ってことで、日曜に服持ってそっち行くから! 詳しいことはそこで!』
「え!? あの──」
 電話が切られる。
 むぎは持っていたスマホをしばらく眺めた後、ベッドの方に放り投げた。
「あー! もう! なんで私って、いっつもこう!!」
 ソファーのクッションに顔を埋める。そのまま彼女は腹ばいにソファーに寝そべった。

 日笠むぎ、二十八歳。会社員。
 彼女は自他共に認める『都合のいい女』である。

 頼み事は断れないし、呼び出されればすぐに応じてしまう。押しにはめっぽう弱く、嫌なことは嫌と言えない性格で。その上、抜けていて騙されやすい。
 そういう性分なので、彼女はいつも貧乏くじばかり引かされてきた。
 小学生の時は、面倒くさいと評判の生物係を六年連続でやらされていたし、中学生になってからは、誰もやりたがらないクラス委員にばかり推薦されていた。高校生になってからは、お金のかかる遊びにだけ数合わせに呼ばれ、逆にそうじゃない時は掃除当番を押しつけられたりもした。
 社会人になってからもその性格は直らず、会社にあるプリンターのトナーは、いつのまにかむぎが換えるという暗黙の了解が出来上がってしまっているし、客が来た時のお茶出しも、なぜかいつも彼女が担当している。
 そんな彼女だからか、集まってくるのはダメンズばかりで、恋愛でさえも碌な経験を積んでいなかった。最後に彼氏がいたのは二年前。金をせびることが脳だけの男に浮気され、捨てられた。付き合っていたのがダメ男なうえ、捨てられ方も最低。当時はそれなりに引きずったが、今では笑い話にもならない黒歴史だ。

 ベッドに放り投げたスマホが震える。むぎはよろよろと立ち上がり、メッセージを見た。そこには『慧くん』だろう人物と一緒に映るマナミの写真。その下には一言──
「『幸せのおすそわけ!』……って、マナミの馬鹿!!」
 むぎは再びスマホをベッドに放ると、そのまま自分もベッドにダイブした。

◆◇◆

 待ち合わせ場所は駅前だった。お昼を過ぎた現在は人通りも多い。
「それにしても、どんな人が来るのかな……」
 むぎはマナミにやってもらった爪を眺めながら、そう零した。
 怖かったり、生理的に受け付けない人だったらどうしよう……。
 そんな不安で胸がいっぱいになる。
 マナミから話を聞いて驚いたが、『レンタル彼女』は高額だ。指名料と出張料を合わせるだけでそれなりの金額になるし、そこからさらにデートの代金や移動費、施設の利用費などを含めると、三、四万は軽くかかってしまう。
 そこまでして女性とデートをしたい男性……となると、当然あまりいいイメージは持てない。本当に失礼な話だが。
 それに、陽キャの権化であるマナミとは違って、むぎは普通の人間なのだ。いきなり知らない人と二人っきりにされて、五分と会話が保つ気がしない。
「帰りたいなぁ……」
 そうむぎが呟いた、その時──
「君が、NAMIさん?」
 突然、背後から声をかけられた。
 むぎが振り返ると、灰色のチェスターコートを羽織った男性がそこにいた。清潔感のある白いシャツにVネックのニットセーター。身長はすらりと高く、鼻筋が通っていて、顔もびっくりするぐらい整っている。
(私のことを『NAMI』って呼んだ上に、服装が教えてもらったのと一緒……ってことは──!?)
「え? えぇえぇぇ!?」
 あまりの驚きに飛びのいた。彼がとても『レンタル彼女』が必要な人間には見えなかったからだ。
 おののくむぎに、彼は首を傾ける。
「もしかして、違った?」
「あ、いえ! 私がNAMIです!!」
 むぎは慌てて男性に向き直った。そして視線を合わせないまま一礼する。
 ちなみに、『NAMI』というのは、マナミのレンタル彼女をする時の名前らしい。
「なんか、イメージと違うな」
「そう、ですか?」
 彼はスマホとむぎを見比べて片眉を上げた。おそらく、そこにはマナミの写真(モザイク有り)が映っているのだろう。
「まぁ、いい。女なら誰でもよかったしな」
「へ?」
「とりあえず、近くのカフェに入ろうか。今日の日程を伝えたいし」
「にってい?」
 日程とは何なのだろうか。もしかして、デートの日程だろうか。でもそれにしては、反応が事務的だ。とても女性にデートの日程を伝える態度には見えない。
 首をかしげるむぎを置いて、男性はどんどん先に進んでいく。その背をむぎは小走りで追いかけた。

「今日は両親に会ってもらいたいんだ」
 頼んだ飲み物が来ると同時に、彼はそう言った。
 むぎはアイスティーのストローを持ったまま目を瞬かせる。
「ご両親に……ですか?」
「あぁ」
 彼はスマホを操作し、両親であろう人物の写真を見せてくれる。旅行の時の写真だろうか、異国情緒溢れるカラフルな建物をバックに、彼らは朗らかに微笑んでいた。見るからに優しそうなご両親である。
「早々に仕事を引退して、今は海外で隠居してるんだけどな。一週間前、突然こっちに来るって話になったんだ」
「海外、ですか」
「あぁ。元々貿易の会社に勤めていて、そのまま、な。……それで君には、俺の恋人役をこなしてもらいたいんだ」
 話を聞けば、彼は数年前から『結婚をしろ』『結婚をしろ』と両親にうるさく言われていたらしい。あまりのしつこさに『恋人はいるから安心しろ』と言ったところ、その直後に『会いに行くから会わせろ!』という話になったそうなのだ。
「君は適当に話を合わせてくれればいいから」
「はぁ……」
 むぎは曖昧に返事をした後、正面に座る彼の顔をじっと見つめた。
「恋人、おられないんですか?」
 これだけのいい男だ。恋人の一人や二人いたっておかしくない。
 むぎは単なる疑問としてそう聞いたのだが、彼はその質問をどう取ったのか、面倒くさそうにため息をつくと、先ほど届いた珈琲で唇を湿らせた。
「いや。恋人はいるよ」
 彼はむぎに視線を合わせることなく、まるで用意していた台詞を読むかのようにこう淡々と続けた。
「ただ、彼女はちょっと恥ずかしがり屋でね。まだ付き合ったばかりだし、親には会わせにくいんだ。後々はちゃんと会わせようと思っている」
「そうなんですね」
 そういうことならば納得だ。彼は付き合いたての恋人に負担をかけないように、レンタル彼女にスケープゴートを頼みにきたのだ。
 彼は素直に頷いたむぎを見て、どこか安心したように椅子に深く腰掛けた。そして、鞄からA4の紙を二枚ほど取り出すと、むぎの前に滑らせた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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