【試し読み】堕ちて幸せ!?~魔王の妻ですが天界と魔界の争いに巻き込まれています~
あらすじ
夫婦となった魔王ルーファスと完璧令嬢ライラはとても仲睦まじい日々を過ごしていた。ライラにとっては初めての天魔大戦──定期的に行われる天界と魔界の(平和な)闘いが開催される時期を迎える。愛しい夫ルーファスに優勝賞品の「英知の実」をあげたいと意気込むライラ。準備万端、やる気満々のルーファスに連れられ天界へ。が、天界で神様たちの複雑な事情に巻き込まれてしまい、愛と美の女神から嫉妬されたライラは催淫状態に……! 必死にライラを助けようとするルーファス。しかしそれは、神レベルの深い交歓をしなければ解けない呪いで!?
登場人物
天魔大戦のために初めて訪れた天界で、愛と美の女神から嫉妬され呪いをかけられてしまう。
呪いに蝕まれていくライラに心を痛めながらも、深い愛情を注ぎ絶え間ない快楽を与える。
試し読み
第一章 天界へ赴く魔王と妻
私はライラ・アシュバートン。
かつてハートフィールド王国のアシュバートン侯爵家に生まれ、当時まだご存命だった王太后様の祝福を受け、『薔薇色の淑女』『淑女の中の淑女』と言われていた。
私自身も名の通りであるべきと思い、真の淑女であるために、あらゆる勉強、レッスンに励んだ。
結果的に政治を行う貴族の男性にも堂々と渡り合える、強い女性ができあがった。
けれど一般的な世の男性というものは、自分に意見する強い女性というものを好まない。
「ライラ様はいつか王太子殿下を射止めるのだ」と言われていたけれど、気が付けば私は二十六歳。──遅れた花になっていた。
王宮主催の舞踏会で王太子殿下・シリル様とお近づきになれたと思ったけれど──、彼は私が親友と思っていたクラリッサという女性と結ばれてしまった。
失意の底にいた私をさらに追い詰めたのは、この世界をどこかから支配しているという魔王・ルーファスからの生贄の要求だ。
王国を魔王の手から守るため、私は生贄として魔界に堕とされた──。
けれどその魔王は思っていたよりもずっといい人(?)で、私は何不自由なく魔界での生活を楽しむ事となる。
ドレスも宝石も、何もかも望めば目の前に出てくる。食べ物は美味しくて、お風呂だって人間界にいた時とは比べものにならない技術で、素晴らしい体験を味わえる。
何より魔王は、私だけを見て愛してくれる人だった。
最初は私を裏切った親友・クラリッサへと、シリル殿下への恨みで胸が一杯だった。
ルーファスは〝復讐を叶えるから自分の妻になれ〟と言って私と契約をし、私は二人に復讐をする日々を送った。
──けれど悪い事というのは、するものではない。
相手の不幸を望めば望むほど、自分のさもしい心に気づいてどんどん空しくなってゆく。最終的には望む復讐もネタ切れになった。
むしろルーファスとの生活が楽しくて、私は復讐など、どうでもいいと思い始めていた。
そんな時、妊婦になったクラリッサへの復讐がきっかけで、私はクラリッサとシリル殿下の本音を知る事になる。
クラリッサは私を特に親友と思っておらず、私を踏み台にして王妃の座についても何とも思っていなかった。シリル殿下は私が理想としていた存在ではなく、裏で多くの女性をつまみ食いしていた、不誠実な男性だった。
公平で善意に溢れた、完璧な淑女を目指していた私は、──よかれと思ってクラリッサにドレスを作り、シリル殿下とのダンスも譲った。
その結果があまりに馬鹿馬鹿しくて愚かしくて──、すべてに絶望してしまった。
それを救ってくれたのは、夫になったルーファスの優しさだ。
気が付けば私は癒やされ、彼の慈しみによって再び笑顔を取り戻していた。人間界への未練もほぼ断ちきり、これからはルーファスと共に歩んでいこうと決意した。
──というのが今までの顛末なのだけれど。
私は現在、やけに張り切って腕立て伏せをしている夫の背中に乗っていた。
魔王の背中に乗って紅茶を飲んでいる私が、ヒョイッヒョイッと上下する。デスクワークの鬼と呼ばれた──魔王だけれど──ルーファスが、やけに体を鍛えたがっているのが不思議で、私は質問する。
「どうして急に体を動かし始めたの? お腹でも出てきた?」
「……お前、割と酷いこと言うな。まだそんな年齢じゃないぞ」
あからさまに傷ついた声を出し、ルーファスが「三十六」と腕立て伏せの回数を数える。
「だって今まで特にこんな、運動してますアピールしなかったじゃない。何か私に言いたい事でもあるの?」
「あのなぁ。夫が運動したら駄目か? 夫は夜の運動だけじゃなきゃ駄目か? それはそれでとてもいい決まりだと思うが」
「いえ、そんなことは一言も」
真顔で否定すると、「ライラがつめたい……」と嘆きの声が体の下から聞こえる。
「天魔大戦の話はしてなかったっけか?」
「てんまたいせん?」
何かしら? その最後の審判のような不穏な言葉は。
「前に天界の事をちょろっと話しただろ。今は昔みたいに本気でやり合ってはいないけど、たまに交流戦みたいな事をするって」
「ああ、聞いたわ。知力体力時の運って、よく分からなかったけど。……景品も出るって言ったかしら?」
魔界と言ってもとても平和な所で、血でできた魔方陣で悪魔を召喚し、呪いを掛けてもらうだの……というのは、もう古い考え方だそうだ。
私がいる魔王城もとても清潔で広い場所だ。
ルーファスのもとで働いている悪魔──魔族の人たちも、清潔感があって感じがいい。ちょっと耳が尖っていたり角や尻尾、羽が生えているという個性はあるけれど、好戦的な人はいないし下手をすれば人間界より平和だ。
「半年後の冬の終わりに、人間界で言う神の子が生まれた日がある。それに合わせて天魔大戦が行われるんだ。次回開催は、魔の申し子と言われた存在の没日だな」
「はぁ……」
私が元いたハートフィールド王国にも、もちろん教会や神という存在はある。神の子と言われた奇跡を起こした人物も、聖人として祀られている。
十二の月のそれぞれに聖人の誕生日があり、人々の名前も聖人にあやかってつけられる事も多い。
その身近な聖人の誕生日に、本物の神や悪魔であるこの人たちも、記念のお祭りをするのか……、と奇妙な気持ちになった。
「結婚してからライラを初めて天界に連れて行くな」
ルーファスがサラッと明るい調子で言ったので、私は思わず彼の背中から立ち上がっていた。
「私も!? 天界に行けるの?」
「おう、軽くなった」
ルーファスは一度腕立て伏せをやめ、シャツにベストという姿で立ち上がる。
ちなみにここはルーファスの執務室だ。彼の長すぎる休憩時間に、私はおしゃべりの相手をし、ついでに体力作りの手伝いをしていたところだ。
「天界ってどんな所かしら? やっぱり楽園のような所よね……」
ハートフィールド王国より南方の国には、過去の神殿跡などもある。
天界もやはり白亜の神殿が雲の上に幾つも建った、夢のような世界なのかしら。お花が咲き乱れて蝶や小鳥が飛んで、空には常に虹があって……。
うっとりとしていると、ルーファスがつまらなさそうな顔をする。
「魔界だってクリーン化に成功して綺麗な所だって言われてるんだが……」
ブツブツと言う彼はソファに座り、私の手を引いて膝の上に座らせた。
「はいはい。ルーファスが頑張ったのよね? えらいえらい」
彼の髪を撫でてあげると、ルーファスの口元がにやぁ……とだらしなく緩む。黙っていればいい男なのに、もったいないわ。……まぁ、可愛いけど。
「奥さんがこうやって褒めてくれると、俺もやる気が出るなぁ」
ルーファスはギュウッと私を抱き締め、胸元に顔を埋めてくる。
これが全能の神様と対をなす魔王だというのだから、可愛いものだわ……。
「それで? 天界に行って何をするの?」
「ああ、そうだったな」
パッと私の胸元から顔を上げ、ルーファスが頷く。けれどその目はまだ名残惜しそうに私の谷間を凝視していた。……どれだけ胸が好きなのかしら。
「えーと交流戦についてだが、まぁ、走ったり跳んだり球を投げたり縄を引っ張り合ったり。あとは専門知識でクイズ大会とか、魔力計測器ぶっ壊し大会は、ホスト側の技師が意地で作り上げた器機を、いかに華麗にぶっ壊すかがキモで……」
「待って待って待って」
ルーファスの胸元をグイと押すと、彼が赤い目を瞬かせてきょとんとする。
「それって私がいて意味がある戦い?」
「え? ライラが参加できる奴も普通にあるぞ? あんパン咥えて走るのとか、玉入れとか。さすがに綱引きは手が痛くなって可哀想だからオススメしないが」
「走るの!? レディが!?」
一応私は健康のために体を鍛えているが、人前では楚々とした淑女の姿を捨てていない。女性用の横座りの鞍でなら乗馬もするけれど、ドレスのスカートをたくし上げて走る姿を想像して……いやいや……と苦笑いになる。
「いやぁ……。天界の女神たち見たらライラも驚くと思うぞ? あいつら闘争心の塊だから……」
ルーファスが遠い目で、ここではないどこかを見る。
「天界の女神と言われたら……とんでもない美女で、優雅な生活をしているのを想像するけれど……」
「いやいやいや! 『この中で一番の美女だ~れだ』って言う質問禁忌な? ホントに血を見るから」
「あぁ……」
神話にある金の林檎の話を思い出し、私は頭が痛くなる。
ようするに神話にある話は大体その通りで、女神と言ってもおっとり穏やかな性格ではない……と言う事ね。
「魔王の妻として参加したいけれど、ケガをした場合の保証などはあるのかしら?」
真剣な顔で疑問を口にすると、ルーファスが快活に笑う。
「俺の奥さんはしっかり者だな。そうだな、神対悪魔だとお互い遠慮なしにやっても力は互角だ。でもそこにまだ人間のライラが飛び込んで、無事に済む保証はないもんな」
「……あまりあっさりと、怖い事を言わないでちょうだい」
引いた目で彼を見たが、やはりギュウギュウと抱き締められ頬を擦り付けられる。
「だがライラは俺が守るぞ! 神の側にも一筆書いてもらって、もしライラが傷つくような事があったら、俺も本気で怒るからなーって向こう側にも念押ししておくから」
「怒るからなーっ……て」
軽い。あまりに軽すぎる。
一抹の不安を覚えつつも、私は半年後に迫る天魔大戦に向けて、自分にできる努力をし始めたのだった。
**
「ここから移動するの?」
「ああ。バーナード、留守は頼んだぞ」
「かしこまりました、陛下」
バーナードさんというのは、ルーファスの執事をしている見た目初老の魔族だ。
そして私たちは、私が初めて魔界にやって来た時の門にいた。足元には魔方陣があり、一つだけで済まない魔方陣は大小様々のものが平行に浮き、私たちの体を透過している。
天魔大戦では赤組と白組に分かれて戦うらしく、魔界の人たちは赤組だ。
よって私は現在赤いドレスを着ていて、旅行鞄の中にも赤い服が多い。ルーファスはいつも通りの黒い軍服だけれど、どうやらこれに赤い小物を何か付け足すようだ。
「じゃあ、そろそろ行ってくる。一週間ほどの祭りだから、それほど心配するな」
「どうぞ魔界に大勝利をお与えくださいませ」
「分かった。じゃ、ライラ、行くか」
「きゃあっ!?」
ルーファスはいきなり私を抱き上げた。
「これちょっと持っててな」
彼は両手で私を抱えているので、鞄を持てない。その代わりに魔法で空中に浮いた旅行鞄が私のお腹の上に置かれる。けれど鞄はまるで重さがなかった。
「持っててって、重さがないわ」
「鞄の持ち手を持ってて、っていう意味」
「なるほど」
確かにこんなにフワフワしているのなら、移動の途中でどこかに飛んで行ってしまうかもしれない。
「よーし、ライラ。しっかり俺に掴まってろよ。ちょっと跳ぶから」
「とぶ?」
次第に私たちを囲む魔方陣の光が強くなり、これから天界に向けて移動するのだと分かった。
ドキドキと胸が高鳴り──、一度人間界から魔界に来た時のように、あの独特の気持ち悪さが襲ってくるのかと身構える。
だが──。
「ふぇっ!?」
ルーファスはまるでベッドの上にいるかのように、ビヨンビヨンと飛び跳ね始める。まさかの魔方陣の伸縮具合に、私は自分の予想が外れる予感を覚えた。
「じゃあなー、バーナード」
最後にググッと足に力を入れると、ルーファスはのんきな挨拶をして、凄まじいスピードで上昇した。
「っきゃああああぁああぁっ!? そっちいぃぃぃっ!?」
まさかのまさか。
魔方陣でヒュッとかき消えるように移動するのかと思いきや、反動を利用した力技で移動し──どこまで飛ばされたかと思ったあたりで、私たち二人の姿はフッとかき消えたのだった。
魔王と言うのだから、もっと体に負担なく華麗な魔法で移動するのかと思った。
まさかこんな原始的な方法で上方──天界に行くのなら、もっと事前に説明がほしいと強く思ったのだった。
第二章 天界そして至高の存在──神……とは?
「おーい、奥さん」
「うぅ……」
ルーファスの声がし、私は呻いて目を開いた。
目に飛び込んできたのは、これでもかというぐらい美しい天井画が描かれた天蓋。そこから純白に近い色のレースが下がり、柔らかな光が差し込んでいる。
「朝だよ、ライラ」
頭を撫でる優しい手があるかと思うと、私の夫が微笑んでキスをしてきた。
「ぅ……ん、ここは……?」
彼の黒髪をサラサラと撫で回し、私は起き上がる。
「天界だ。移動でライラが綺麗に気絶しちゃったもんだから、慌てて寝かせたんだ」
「移動……。あぁ……」
あの絶叫体験を思い出し、私は小さくうなる。
「ねぇ、ルーファス。帰りはもっと静かな移動がいいのだけれど。あの勢いで魔界に向かって落ちるのだと思うと、今から吐いてしまいそうだわ」
「分かった。初めての天界行きだから派手にしようかと思ったんだが……。そうだよな、ライラの三半規管ってまだ人間のままだもんな」
ふと私はルーファスの三半規管がどうなっているのか想像して……やめた。そこは当たり前に魔法が掛かってどうの……という説明が入るに決まっている。
「それでここはもう天界なのね」
白いレース越しに見える室内は、やはり白を基調にした上品な作りだ。要所に金色の装飾があり、優美な曲線を描いているのが見える。
ベッドの横にはスズランのような形をした花型の明かりがあり、零れるような光がぼんやりと枕元を照らしている。その下には白いベッドサイドチェストがあり、虹色に光る貝細工のボウルにみずみずしい果物がたっぷりと入っていた。美しい装飾が刻まれたガラスのデキャンタには、氷の入った水や赤ワインに白ワインがあり、至れり尽くせりだ。
私はあの赤いドレスを着たままで、結っていた髪のみ解いて寝かされていたようだ。
「今は……何時……と言っても、天界に時間の概念なんてあるのかしら? 例の大戦に遅刻してない?」
ルーファスの手を借りてベッドを下り、白いレースをくぐる。
「……素敵な部屋」
基本的な作りは記憶にあるアシュバートン侯爵家や、王侯貴族の城や屋敷と似ている。だが決定的に異なっているのは、室内に水路があったり小さな噴水があったりする事だ。
天井を見上げると空があり、それなのに内装はしっかりしていて外との境界が曖昧だ。
そんな不思議な場所でぼんやりしていると、ルーファスが気遣ってくれる。
「本当に気分は大丈夫か? 何か食べられるか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。まだお腹は空いていないわ。それよりも、天界っていう所がどんな場所なのか探検してみたいわね」
「ん、じゃあ少し一緒に歩いてみるか」
ルーファスは微笑んで私の手を握り、部屋の奥へ歩いて行く。
いま気づいたけれど、部屋には見る限り扉が見当たらなかった。
どこから出るのかしら? と思っていると、室内をずぅっと歩いて行くその途中で、フ……と景色が変わった。
「えっ?」
呆気にとられて上を見ると、美しい色の空がある。頭上は青空で、左手を見ると金色に輝き、反対側は黄昏空。虹がかかり、星がきらめき、七色の羽を持つ極楽鳥……というのかが飛んでいた。
微風が私の頬を撫で、花々の馥郁たる香りが鼻腔をくすぐる。青々と茂った木々の葉は艶めき、だというのに豊穣の秋になる美味しそうな実がたわわに実っていた。
春先のアーモンドの花があるかと思えば、初夏のバラ、藤、ライラック。かと思えばポインセチアやクリスマスローズ、ヒヤシンスなど冬の花もある。花々はみなみずみずしく咲き誇り、風にその花弁を震わせていた。
四季とりどりの楽園が、目の前に広がっている。
私は呆気にとられ──いつまでも楽園の図に浸っていた。
──と、そんな私の手をギュッと握り直したのがルーファスだ。ふ……と斜め上を見ると、彼が少し面白くなさそうな顔をしている。
※この続きは製品版でお楽しみください。