【試し読み】ごちそうの嫁入り~独占欲強めな吸血鬼の濃蜜な求愛~

作家:八朔きうい
イラスト:八美☆わん
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2020/5/29
販売価格:500円
あらすじ

人間と吸血鬼の共存、対等なようで支配されるのは人間──そんな世界で羊野小飴には守りたいものがある。祖父の代から続く街外れにひっそり存在する小さな映画館。しかし維持にお金は必要で、小飴は自らの血液を売って賄っていた。ある日、街にそぐわない品のいい青年──上級クラスの吸血鬼・霧丘琥珀がボロボロな状態で行き倒れているところに小飴は遭遇し、回復させるため血を与えようとする。その申し出に動揺する琥珀だったが、とうとう首すじに歯を立てて──言いようのない感覚に全身が熱くなる小飴。一方、甘い血の味が忘れられず直接吸血への責任も感じ悶々とする琥珀は、小飴の事情を知り資金援助とともに求婚をしてきて……!?

登場人物
羊野小飴(ようのこあめ)
祖父の代から続く映画館を守っていくために、バイトの掛け持ちと売血でお金を稼ぐ。
霧丘琥珀(きりおかこはく)
吸血鬼。行き倒れていたところを小飴に血をもらい回復。吸血の責任として求婚するが…
試し読み

一、救出

 人間は、国の指定機関以外で、血を売ってはいけない。
 吸血鬼は、国の指定機関以外で、血を買ってはいけない。

 体内から血液が抜き取られていく感覚には、いつの間にか慣れてしまった。無機質なチューブを刺され、ものの数十分で何リットルも失う。立ち上がると少しふらつくが、慌てることもない。いつものことだ、どのくらいで収まるのかを把握しきっている。
 羊野ようの小飴こあめがしっかりした足取りで会計台に近寄っていくと、見慣れた店員がタブレット端末を操作して、血液量とプロフィールを確認する。そして引き出しから吹き出した紙幣を取り出し、ぶっきらぼうに差し出してきた。
「……あの」
 おかしいなと、すぐに気づく。
「金額足りないです」
 差し出された紙幣の枚数が合わない。嫌な予感がする。数え間違いを願うが、案の定、不機嫌そうに首を振られてしまった。
「これしか出せない」
「どうして」
「買い取り単価が下がったんだよ」
「人間の血液ニーズは上がってるはずですよね」
「ここの家賃が上がったんだ。《元締め》が冷酷だからね」
 後は分かるだろうと言わんばかりの物言いにうんざりした。ため息をつきたいのはこちらの方だというのに。
「…………そうですか」
 ここでごねたところでどうにもならないのも、嫌というほど思い知っているので、少ないお札を財布に押し込み、店を出る支度をする。
「またお待ちしてますよ」
「……」
「君みたいな、若い女性の血液は人気だからね」
「……高く買ってくれるんだったら」
「君だって、ここで売るしかないでしょう」
 数秒間、無言で見つめ合い「また来ます」と悔し紛れに呟いて背を向ける。古びた押し戸は噛み合わせがおかしくなっていて、途中でひっかかる。開けきる気力がなくて、狭い隙間に身を滑り込ませ、泥棒のような仕草で店を出た。
(不景気だなぁ)
 かび臭い階段を二階分のぼり、ようやく外にたどり着く。こちらも大差なく薄暗かった。
 血液の違法売買をおこなっている店など、明るい通りに構えられるわけがないのだ。元々日当たりが悪い上、都市整備が行き届いていないため、街頭のたぐいも僅か。時折見受けられるネオン看板は、下層階級を相手にしたアンダーグラウンドな店の案内ばかり。
 この《綿鞠わたまり街》で生まれ育った小飴にとっては、臆すことなく闊歩かっぽできるエリアだが、まともな《人間》、あるいは《吸血鬼》であれば、心身の健康と安全のため決して近づかない。誰かの怒号や悲鳴がひっきりなしに聞こえているから、地元の警察もよほどの大事件にならない限り関与しない始末。
「元締め、か……」
 あの店の店長は人間だが、あくまで雇われ店長。オーナーは下級《吸血鬼》の反社会的組織、つまるところヤクザなのだ。対等な商売をしているようで、結局のところ支配されているのは人間の方なのである。面白くはないが、かと言って支配から抜け出すことも出来ない。
 小飴のような貧乏人にとって、血液売買は貴重な収入源だった。
 こんな底辺街であくせく働いたところで、給与などたかが知れている。若く健康な肉体を活かして、手っ取り早く稼ぐためには、たとえ違法であろうと売血に手を染めるしかないのだ。
 だが、こんなに極端に収入が減ってしまうのはまずい。これ以上血液を売ってしまうと、流石に体調に差し障る。年寄り連中は「玉の輿こしにすべてを賭けろ」と言うが、そんな夢を見られる時代は終わった。
 小飴には金が必要だった。
 ちょっとした小金では足りない。まとまった金だ。日々を暮らしていくだけの細々とした金銭以外のもの。身を切り売りしてもなお《守りたいもの》があるから。
 それなのに……ポケットの札束の、なんと薄く頼りないことだろうか。
「はあ~」
 わざとらしいため息で鬱憤うっぷんを晴らそうとしてみても、当然うまくいかない。
 一体どうすればいいのだろうか。途方に暮れ、重い足取りで帰路をたどる、その時だった。
「う…………」
 初めは、ビルの隙間を吹き抜ける、冷たい秋風の音だと思った。
「うぅ」
 そうしてすぐ、誰かのうめき声だと気づく。
 この辺りでは大して珍しいものでもないため、心配するつもりはなかった。
 ただ、目の前に現れてしまった。一度見つけてしまったから、目が逸らせなかっただけ。
(きれい)
 切れかけで点滅を繰り返す街灯が、スポットライトの類に見えた。
 青年はゴミをベッドにして眠っていた。正しくは失神なのだろう。口の端から漏れる呻き声が、秋風で底冷えしたコンクリートに吸い込まれていく。
「大丈夫ですか?」
 返事はない。微かな呻き声だけ。
 身にまとっている服はいずれも品が良い。服装だけではない。彼の身の内から溢れる気品のようなものが、落書きまみれの壁や酒の空き瓶が転がった街並みに、酷く不釣り合いだ。
「おーい」
 とは言え、全身酷い有様である。衣服は汚れたり破れたり。シャツのボタンが引きちぎられているのを見ると、装飾品の類はすべて強奪されてしまったようだ。
 ツヤのある黒髪はぐしゃぐしゃに乱れており、陶器のように白い肌は傷だらけで、あちこちに血が滲んでいる。
「………………吸血鬼だ」
 育ちの良いお坊ちゃんが、何かの間違いで迷い込んでしまったのだろう。柄の悪いやからに絡まれ、身ぐるみを剥がされた上、ぼこぼこにされて路上に転がされたといったところだろうか。
「おーい」
「……」
「大丈夫ですか?」
「うぅ……」
 会話は成立しないが、辛うじて意識は取り戻したらしい。小飴の問いかけに対して、呻き声で何かを言おうとしている。
 何をしてやる義理もないのだが、ここに打ち捨てておくのも目覚めが悪い。
「警察呼びますか?」
 しゃがみ込み、そう問いかけた時だった。
「………………やめて」
「お」
「あんた、は…………」
「生き返った」
 青年の目が、うっすらと開いていく。
(…………赤い)
 鮮血のような真っ赤な瞳が、新月ぎりぎりの三日月のような細さで、こちらを見つめている。
「起き上がれます?」
「うん…………っ、ぐ」
「あー、駄目かぁ」
 その赤は、すぐに閉じられてしまう。僅かに身じろいだだけで、耐え難い痛みに襲われたらしい。
「痛っ、てぇ……」
「無理に動かない方がいいですね。すごい怪我。誰に絡まれたんですか?」
「知、らない人間、だった、いきなり…………」
「この辺りはそういう人間ばかりですからね。犯罪発生率の高さは国内トップクラスだと思います」
「マジか……」
「マジです。知らなかったんですね」
 悔しげに頷いているので、気の毒なことだと素直に同情した。
「そもそもどうしてこんなところに? お兄さん、お見受けするところ上級クラスの《吸血鬼》でしょう」
「道に、迷った。地図と全然違う……」
「ああー、この辺りは違法建築の宝庫ですからね。正しい地図なんて存在しないエリアです」
「~~っ、クソっ」
(案外口が悪いな)
 端正な顔立ちに似合わず、感情的な物言いが面白くもある。流石に重傷の怪我人に言うことはしないが。
「何かしてほしいことはありますか?」
「…………、車、呼んで」
「この細道に入れませんよ。ていうか、お兄さんサイドの車を呼び込んだら、ネジのひとつまで解体されてパクられますよ」
「…………じゃあ、医者」
「闇医者しかいないですけど、大丈夫ですか?」
「背に腹はかえられない」
「保険利かないですよ」
「いいよ」
「即金オンリーです」
「……後払いは」
「もちろん非対応です」
「………………」
 青年は押し黙ってしまった。見るからに身ぐるみを剥がされているので、払える金がないのだろう。警察を呼べばどうにかなるだろうが、そればかりは本人が頑なに拒んでいる。
 さて──
「あ」
 妙案が浮かんでしまった。
「え?」
 あくまで小飴にとっての妙案だが。
「私が助けてあげましょうか?」
「…………助けてくんないつもりだったの?」
「こんなスラムみたいな場所ですからね。対価なしに助けてもらえるわけないですよ」
「じゃあ、あんたは」
「後払いで良いですよ。私、自分の審美眼しんびがんを信じているので」
「……」
 何か根拠があって、彼を信頼したわけではない。この数分で人柄を的確に見抜けるとは思えない。
 ほとんど直感だった。この赤い瞳は、きっと約束を破れないだろうと。
「後から支払ってくれますか?」
「……も、もちろん」
「信じましょう」
 小飴には金が必要だし、青年は助けを欲している。条件は一致した。
「でも、どうや、って……」
「どうぞ」
 ボタンを外し、シャツの襟を引っ張る。首元を風が掠める。
「飲んでください」
 随分近くでのぞき込んでいたので、青年の喉が鳴るのが聞こえた。
「な、」
「遠慮なく。あ、加減してくださいね。既に先ほど献血をしたばかりなので」
「あんた、何を」
「だってお兄さん、《吸血鬼》でしょう?」
 吸血鬼は、人間の血液を飲むことで生命を維持している。怪我や病気には、医者の治療よりも人間の血液が効くのだ。
「血を吸えば、すぐに元気になれますよね」
 それも即効性。彼の場合、ここでちょっと小飴の血液を飲めば、大通りまで出てタクシーを拾い、この街を後にするくらいまでは回復するはず。
「ですから、どうぞ」
 だから、すぐに食いついてくると思ったのだ。
「っ、ふざけんなよ!」
「……至って真面目ですが」
「国家機関外での血液売買は違法だろ」
「こんなスラム街に、法律はありませんよ。追い剥ぎも違法に決まってるじゃないですか」
「クソ……っ、う、痛ッ」
 彼はまた呪詛を吐き、目を逸らし、拳を握り、痛みに身悶えている。
(まじめな吸血鬼……)
 育ちが良いせいで、たとえ我が身が危険に晒されていても、法を犯すことが出来ないのだ。人格はご立派だが、こんな土地で主張する正義でもないだろう。損をするだけだ。
「ほら」
 仕方ない。外側を整えてやるしかないだろうと、首筋を露わにし、ぐっと近づけた。
「ヒッ」
「え」
 あからさまにビクつかれる。喉笛がひゅうと鳴るのが聞こえた。
「あの……」
「お、女が、人に血を」
「はい?」
「そ、そんな簡単に吸血させるなんて」
「いや緊急事態ですし……」
「血を、血を……」
 何やらぶつぶつ呟き、赤くなったり青くなったりしながら、眉間に皺を寄せているのだ。
「ちょ、ちょくせつ?」
「そうなりますね」
「……、いつも、こんなことを」
「いえ、直接吸血は初めてです」
「ハ」
「お気になさらず」
「ハッ」
 会話になっているのか、なっていないのか。細切れの言葉が、時折上擦って響くばかり。
「え、っと」
「は、初めて……?」
「ああ。まあ、はい」
「直接、血を」
「大丈夫ですよ、誰にも言いません。内緒にします。お互い様ですしね」
「そ、そういう問題じゃない……」
「第一、この辺の警察は違法売血くらいじゃ働かないから大丈夫ですよ」
「ううう……、そんな、そんな……」
 いよいよパニックだ。あの瀕死の状態で、こんなに慌てふためいて障りはないのだろうか。
「あの」
「ひっ」
「……何をそんなに気にされているのか分かりませんが、現状これしか方法はないと思います。いつまでもうだうだしていると、別の悪人がくるかもしれません。まだまだ盗れるものはありそうですし」
 わざと全身を舐めるように見回してやると、肩が震えた。既に随分酷い目に遭わされているので、効果は覿面てきめんである。
「ね。身代金事件とか、流石に嫌でしょう」
「いやだ!」
(大声……)
 一人で頭をぶんぶん振り回して否定し、その痛みで身悶えするというおかしなことをしたあと、青年は再び黙り込んだ。
 そうして、ゆっくり顔を上げ、小飴の目をのぞき込む。
「…………いいの?」
 吸い込まれそうな瞳に、思わず心臓が高鳴る。
 一瞬、ここが汚れた路地の、ゴミ袋ベッドの上ということも忘れかけた。
「……はい。いいですよ」
「~~っ、ごめん」
 後はもう、一瞬だった。
「ひゃっ」
 切羽詰まった謝罪と共に、片手首を掴まれ、腰も抱き寄せられた。
「あ……っ」
 服越しに密着した身体が、思いの外たくましくて驚いたのもつかの間、首元にチクリと痛みが走る。反射的に目を瞑り、僅かに息を飲んだ。
「~っ、ふ」
 そして次の瞬間には、思考能力は奪われていた。
「ん、……っ、ぁ」
 初めに感じた微かな痛みは、たちどころに消え失せる。次いで這い上がって来ているのは、喩えようのない奇妙な何か。
「ぅ、ん…………っ、あ」
 何が起きているのか分からない。戸惑うばかりの最中、喉から上擦った声が上がる。
「~っ、ふぁ……っ、んぁ」
 喘ぐようなそれに気恥ずかしさを覚えるが、抑えることも出来ない。噛みつかれているのは首元だけのはずなのに、全身が熱くなっていく。
 血液を吸われているはずなのに、何か得体の知れないものを注がれているように錯覚する。
「は…………っ、ん」
「~~っ、ふあっ」
 皮膚がやけに過敏になっている気がする。青年の息継ぎで、微かな吐息を浴びた瞬間、背筋が粟立った。
「あ、あ……っ」
 力が抜け、全身を彼にもたれかけてしまう。
「はぁ…………っ、甘…………」
 彼の独り言が耳に届く。血液が甘いというのは一体どういうことなのか、少しでも理性を取り戻そうとしてみたが、当然失敗。
「すっご……」
「な、何が……っ」
「もう治ってる」
 呼吸を整えながらそちらを向けば、彼の言う通り、その身の傷がみるみるうちに消えていく。見慣れない不可思議な光景に、さすがに目を見張った。
「映画みたい……」
 そう呟きながら、気づけばその頬に手を伸ばしていた。
 相変わらず、全身はおかしな感覚に振り回されているので、熱に浮かされたような、寝ぼけたような気分だったせいかもしれない。
「初めて見んの?」
「はい……」
「そっか」
 吸血鬼の方もまた、特に振り払うこともなく、されるがままにしていた。傷の消えた頬を撫でられ、固まった血液を拭われても、押し黙ったまま。
 しばらくの間だけは。
「……満足?」
「あ、はい……っ、ひゃ」
 だがふいに、痺れを切らしたように手を握ってきた。
「まだ、平気?」
「なにが……」
 視線が絡み合う。宝石のような双眸そうぼうに移る小飴の顔は、すっかり上気していて、明らかに快感に溺れた表情をしていた。
「血」
「~~っあ」
「もう少し……」
「んッ、ん、ぁっ、ああっ、や、んっ」
「もう少し、だけ…………」
「あ、あ………………ッ」
 そこから先の記憶は、曖昧。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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