【試し読み】女嫌い将軍と政略結婚した、見せかけの悪女です~二度目の初夜からはじまる蜜月生活~
あらすじ
男を誘惑する〝悪女〟と噂されている伯爵令嬢のアリッサ。華やかで艶美な容姿の彼女は、本当は噂とは正反対の性格だが、とある事情でこの悪名だけが独り歩きしてしまい、適齢期を過ぎてもまだ婚約者がいない。そんなある日、アリッサに王命で縁談が舞い込む。相手は国を救った英雄と名高い将軍・ジークベルト。しかし彼には〝女性嫌い〟の噂があって!? 近寄りがたい容姿で無口な彼は、これまで片っ端から縁談を拒んできたらしいが、アリッサは断るすべもなくコワモテ将軍に嫁ぐことに。――結婚後も笑みひとつ浮かべないジークベルトに、幸せな生活を早々に諦めるアリッサ。ところが初夜を迎えてから二人の関係に少しずつ変化が……?
登場人物
悪女と噂され結婚から遠ざかっていたが、王命により女性嫌いの将軍のもとへ嫁ぐことに。
国の英雄といわれる将軍。屈強な体をもち、無口・無愛想で近寄りがたい雰囲気がある。
試し読み
天井からぶら下がるシャンデリアは無数の光を放ってキラキラと輝いている。楽団が奏でる優雅な音楽。ホールの中央で踊る着飾った男女。煌びやかな雰囲気が漂う広い大広間で行われている夜会の真っ最中に、アリッサ・クローゼルは上品な笑みを浮かべる人々の合間を抜けて歩いていた。
「ごきげんよう、アリッサ。本日の首尾はいかが?」
辿り着いた先には、友人で今は伯爵夫人の座に収まっているエヴリーヌが笑みを浮かべて佇んでいた。アリッサはエヴリーヌがひらひらと動かす扇を見ながら不貞腐れた表情でふっと息を吐いた。
「ぜんっぜん、だめ。もう希望はないわね。私はたぶんこのまま一生、未婚の身よ」
「あら、まだ期待をもっていたの? まあ、どれだけあなたの器量が良くても見染められることはもう難しいでしょうね。よっぽど世間知らずでなければ。でもそもそも、見染められて望まれるなんてことは、みんなに起こることでもないのだし、そんなに悲観しなくてもいいんじゃなくって? その内あなたのお父さまがどうにかしてくださるでしょ。あなたの噂を気にしない方も中にはいらっしゃるでしょうし」
「どうかしらね」
アリッサは皮肉気な笑みを浮かべるとふいっと視線を遠くに向けた。彷徨った視線がある一点で止まる。すると、その顔は苦々しいものに変わった。
そこには、アリッサの姉が配偶者を同伴して満面の笑みで立っていた。
(まったく、やってらんないわ)
今の自分の苦境を招いた人物のそんなことはどこ吹く風の顔を見るのは、なかなかに苛立たしいものだった。アリッサは肩を竦めると、今日はもう帰るわとエヴリーヌに言ってそっと身を翻した。
アリッサは今年で二十二歳になった。アリッサが暮らしているこのブルーメンタール王国では、貴族の子女の結婚適齢期は十六~二十二歳ぐらいまでだと言われている。言われているが、周りを見ていると、大体、二十歳ぐらいには婚約までを済ませていることが多い。つまりアリッサは既に行き遅れの領域に足を突っ込んでいた。それには、必ずしもアリッサのせいだけとは言えない、一言では語れない事情があった。
それでも端的に言えば、大元の原因は先ほど舞踏会で誇らしげに自分の夫を連れ歩いていたアリッサの姉にある。アリッサは四人姉妹。一番上の姉クロエは、クローゼル家を存続させるために婿をとったので早々に結婚している。アリッサより年齢が一つ上の、二番目の姉タニアがアリッサにとっては昔から目の上のたんこぶのような存在であった。
思えばタニアは昔から我儘な性格だった。幼い頃は一歳でも年が違えば、それは関係性に意外なほど影響を及ぼす。アリッサはよくタニアに玩具や持ち物を横取りされていた。言い出したら聞かず、下手をしたら癇癪を起こす。一番上の姉のクロエは長女という立場のせいかやや独裁的なところもあったが、そこまで横暴ではなかったから、アリッサはその理不尽な振る舞いに、タニアさえいなければ、と思ったことも一度や二度ではなかった。
それでも、この姉の存在がこんなに自分の人生に影響を及ぼすなんて、その頃は思ってもみなかった。タニアは我慢のきかない性格も影響してか、年頃につれて、どんどんふくよかになっていた。社交界にデビューする頃にはコルセットでは隠しきれないほど身体が丸みを帯び、それが理由かは分からないが、適齢期を迎えても結婚の申込みはほとんどなかった。
アリッサ達の父親は手を尽くしてタニアの嫁ぎ先を探したが、折角候補となる相手を見つけてきてもタニア自身があそこがダメ、ここがダメと目に付いたところをあげ連ねてけんもほろろに却下してしまう。自分のことを棚に上げて、タニアは結婚相手への理想が恐ろしいほど高い女だったのだ。自分が言える立場かと父親と母親が代わる代わる叱っても、宥めすかしてもダメで、そんなことを繰り返している間にどんどんと時が経ち、そして、それはその後に控えているアリッサの婚期にも深刻な影響を及ぼした。
「……見ろよ、クローゼル家のアリッサ嬢だ」
「今日の成果はなしか?」
「俺だったらいつでもお相手願いたいがな」
アリッサが今日の夜会に一緒に来た付添人と合流して出口に向かっている時、壁際の方でにやにやと笑っている男性達が目に入った。またかと心の中で毒づきながらも表面上は全く気にしていない振りでその横をすり抜ける。さっさと外に出て馬車に乗り込み、大きく嘆息した。
(やっぱり、もう無理な気がするわ……)
なんだか、なにもかもがもうどうでもいいような気分になってしまう。状況を考えれば考えるほど、どうしようもないのではないかと思ってしまうのだ。自分にできることが何もないのだったら、もう無駄な努力なんてしない方がいい。
アリッサは元々結婚相手に多くは望んではいなかった。それなりの家柄で、性格に致命的な欠陥がなければそれでいい。多少の難点があっても目を瞑れる。素敵な男性との甘い恋愛に憧れない訳でもなかったが、貴族の子女という立場上、他の貴族家に嫁いで夫を支えるという人生以外にあまり選択肢がないと思っていた。自分の力だけで身を立てていけるほど、何かの才覚があるとも思えなかったし、政略結婚の多い貴族社会において、身分も問題なくて恋愛もできそうな相手が丁度良く現れるなんてことを、夢見れるほど現実を知らない訳でもなかった。昔から考え方は堅実な方で、だから早々に自分の中で折り合いをつけたのだ。
そうやって高望みしていなかったから、相手選びにこんなに難航するとはアリッサは思っていなかった。いや、実際は難航などしていなかったのだ。話が先に進まなかっただけで、打診はそれなりに来ていたはずだったのだから。
ある時、両親はアリッサに、タニアの嫁ぎ先が決まるまでは、アリッサの縁談は進めないと言った。姉より先に妹が嫁ぐのは体裁が悪いと。確かにそれは一理あった。見染められて望まれた場合など例外もあるが、他の貴族家も大体上から順番に嫁いでいく風潮はある。家同士の取り決めで結婚が決まることが多いので、年長者から出していくのだ。だからアリッサも両親のその言葉には一応納得した。それはその時はタニアの婚姻がさすがにこんなに時間がかかるものだとは思っていなくて、まだどこかで気楽に考えていたせいもあったかもしれなかった。
順番を待つ間、アリッサは何もしていなかった訳ではなかった。いざ自分の順番が来た時に相手が現れないなんて状況にならないように、夜会や舞踏会に出て、なるべく顔を売るようにしていたのだ。けれど今思えばこれがよくなかった。クローゼル家はそれなりに由緒も正しく、領地経営も上手くいっていて財もある。本来なら、そこまで娘の嫁ぎ先に困るような家ではないのだ。そこそこ格がある家柄に加えて方々の夜会に顔を出し、愛想よく社交したかいもあってアリッサの評判は最初はそれなりに良く、その時は知らなかったが事実、実際に縁談についていくつか打診も来ていたらしかった。けれど両親はその話を受けなかった。タニアより先にアリッサを嫁がせる気がなかったから。
断る時、両親ははっきりと理由にタニアのことをあげなかった。タニアに変な噂がたって更に婚期が遅れることを恐れたせいだった。結局曖昧に誤魔化した。それが回りまわってアリッサの評判に影響を与えるとも知らずに。
アリッサはその後もそんなことになっているとは知らず、人が集まる場に出て社交を続けた。そして、その内に周りの自分を見る目が微妙に変わっていることに気付いた。タニアを守る内によからぬ噂をたてられたのはアリッサだった。
「結婚する気もないのに、男をその気にさせるだけさせて楽しんでいる」
「遊ぶ男を探している」
「愛人になりたいらしい」
いつの間にか、アリッサはそんな風に言われるようになっていた。
噂の発端はアリッサへの縁談の打診を有耶無耶にされたどこかの貴族家の息子だったかもしれない。けれど、それが妙な真実味を持ってあたかも本当のことであるかのように広まったのは、アリッサの見た目のせいによるところもあったらしいと気付いたのも後になってからだった。
ウェーブがかった濃い金色の髪。猫を思わせるつり目がちでアーモンド型の瞳は濃い緑色で、ツンとした鼻に唇は熟れた果実のように赤い。考えてみれば昔からやたらと激しい気性だと誤解されることが多かった。そこに、年頃になるにつれて大きくなった胸のせいで自然とそうなった豊満な身体つきが加わると、派手で男好きだと勘違いされるようになっていた。少し唇の端を上げて笑っただけで、挑発的とか扇情的といったように思われていると知った時は、ひどく驚いたものだった。アリッサはもちろん、そんなつもりはさらさらなかったからだ。
噂というものは怖いものだ。アリッサだって手を打たなかった訳ではなかった。けれど、瞬く間に、アリッサにはどうすることもできないぐらい、その噂は広がってしまった。そして、父親が持てるツテをすべて使って、それなりの家柄と整った顔立ちの見目とタニアを受け入れてくれる寛容さを持ち合わせた結婚相手を奇跡的に見つけてタニアの嫁ぎ先がようやく決まった時、アリッサは社交界で敬遠される存在となってしまっていたのだった。
その日、予定した時間よりも早く家に戻ったアリッサは侍女に手伝ってもらって手早くドレスを脱ぐと、何をする気も起きず、さっさとベッドに潜り込んだ。そして、そのまま眠りの世界に逃げ込んだ。
それからの日々をアリッサは鬱々として過ごした。この前の夜会で特に何があった訳ではない。むしろ、嫌になるぐらいいつも通りだった。けれど、どうしてかは分からないが、今まで張り詰めていた糸がぷつりと切れてしまったような、妙に気の抜けた状態に陥っていた。何をするにもどうにもやる気が起きなくて、ただ無気力に日々を過ごしてしまう。
こんなことではいけないということは分かっている。自分だけの問題ではないのだ。行き遅れの娘が居ついていたら、クローゼル家の評判に関わるし、何よりアリッサの下には更に妹がいる。タニアの時のことを考えれば、アリッサが嫁がなければ、その妹──ニコレッタに順番が回らなくなってしまうのだ。ニコレッタは現在、十八歳。まだ猶予のある年齢ではあるが、ボヤボヤしていると、アリッサと同じ苦労をかけることになってしまう。それだけは避けたかった。
けれど、その日もアリッサは部屋の中で鬱々と過ごしていた。すると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「お姉さま」
開けた扉の先にはニコレッタがいた。母親似のニコレッタは父親似のアリッサとは全く異なる容姿をしていた。線が細く儚げな雰囲気でいつも柔らかい笑みを浮かべている。アリッサと少し年が離れて生まれたこともあって、父や母、そして長女のクロエなどから守られるようにして育てられ、タニアの標的にもならなかったニコレッタはアリッサと違って気が優しくて繊細だ。そんなニコレッタがもし行き遅れなんて言われるようになったら、と考えるだけでアリッサの胸は苦しくなる。
「お父様が呼んでいますわ」
おっとりとした笑みを浮かべるニコレッタにつられたように笑ったアリッサは返事をして、そのまま父親の執務室に向かった。歩きながら何となく嫌な予感を覚える。父親がアリッサを呼びつける用事なんて一つしかないからだ。おそらく、縁談や結婚にまつわる、何かだろう。もしかすると、それは良い知らせという可能性もなくはなかったが、今までのことを考えると、そこまで前向きに捉えられるほど、アリッサは楽観的ではなかった。
ノックをして返事を確認してから部屋に入った。それなりに格のある伯爵家当主の執務室だけあって、室内は重厚感のある内装でまとめられている。だが、マホガニーの執務机の前に座っている父親の顔はどこか冴えなかった。性格的には温和な方だと思うが、つり目であるため、どこか冷たい印象を与える相貌には、疲労感のようなものが滲み出ている。何か、重たい荷物を背負ってしまったかのような、どんよりとした雰囲気を醸し出していた。
ものすごく嫌な予感がして、アリッサは口を開くのを躊躇った。すると、まるで先手を打つかのようにクローゼル伯爵が声を発した。
「お前の結婚が決まった」
(え?)
父親の顔を見たまま、アリッサは瞳を見開いた。あまりに思ってもみない言葉だったせいか、アリッサの頭は一瞬、その言葉が意味することを理解できなかった。一足遅れて、やっと頭が意味を噛み砕く。けれど、それを冷静に受け止めることはできなかった。
結婚を焦っていたアリッサにとって、婚姻相手が決まることは大変喜ばしいことだ。ここまできて、選り好みができるとも思っていない。自分が多少納得いかない相手であっても受け入れる覚悟もできていた。
しかし。物には順序というものがある。
今現在、アリッサに縁談の打診がきているなんて話は聞いていない。普通はまず何らかのやり取りがなされて両家の意思を確認しあってから、縁談は婚姻へと進んでいくものだ。大体はその最初の段階で、当人たちにも話は知らされる。それが、こんな、何も聞かされてない段階から一足飛びに結婚なんて、そんなことはまずない。だからこそアリッサは受け止められなかったのだ。衝撃から少しだけ立ち直った頭が忙しなく思考を始める。これはよっぽどの事情があるのか、あるいは──。
「断ることはできない。この婚姻は陛下の意向が関係している」
アリッサの気持ちを読んだかのように父親が発した言葉にアリッサはまた衝撃を受けた。
「へ、陛下の……」
声が震えた。
まさか、という思いだった。父親の言葉の意味することは、この結婚はほぼ王命だということだ。政治的なことが関わっている場合や、国や王家にとっての重要な家や人物の場合は、王命で結婚を決められることもあるにはある。だが、クローゼル家はそんな国の中枢に関わるような立場にはない。アリッサは貴族社会ではあり触れた伯爵令嬢だ。むしろ嫁ぐところがなくて行き遅れている。そんな自分が国王に結婚を命じられるなんて、はっきり言って信じられなかった。まさに晴天の霹靂だった。
そこでアリッサははっとする。
(もしかすると、相手が……)
そんなアリッサの疑問をありありと感じたかのように、クローゼル伯爵は口を開いた。
「お前が嫁ぐ相手はマクガヴァン将軍だ」
「マクガヴァン将軍……」
アリッサは呆然とした面持ちで父親が告げた名前を呟いた。
ジークベルト・マクガヴァン。
国の重要人物で、王国軍にあっては英雄と言われる存在。ブルーメンタール王国は三つの国と領土を接している。うち二つの国は友好国で関係に特に問題はないが、カナバス国とだけは敵対していた。カナバスは王国であるが、軍部の政治介入が激しく、現在の王はほとんど軍隊の有力者の言いなり状態だと言われていた。カナバス軍は領土拡大を目標に掲げ、他国に攻め入り、実際に近隣の小国を乗っ取って自領に吸収していた。その戦略はブルーメンタール王国にも及び、それまでに何度となく国境を脅かされていた。
その回数は日増しに増え、国境線での戦いが激化していく最中、精鋭部隊を率いて戦地へと赴いたマクガヴァン将軍が、攻撃の要とされ敵の司令官でもあった敵将の部隊に、不意をついて猛攻を仕掛け、打ち破ったのだ。その戦いの最中、敵将の首までも落とし、一気に戦局をひっくり返したマクガヴァン将軍の働きによって、最終的にはカナバス軍を国境線から撤退させるまで至った。その敗戦によって急激に求心力を下げたカナバス軍はカナバス国王への影響力も低下させ、それ以降、カナバス国はブルーメンタール王国に攻め入ってくることもなくなった。
これはブルーメンタールの国民であれば、ほとんど誰もが知っていることだろう。つまり、マクガヴァン将軍は軍だけではなく、少し大げさに言えば、敵国の侵攻から国を守った、国の英雄とも言える人物だった。
しかも、マクガヴァン将軍は侯爵家の次男でもあった。長男が家督を継ぐことが決まっていて、その時彼自身は爵位をもっていなかったが、先の軍功によって、褒賞として領地を拝領し、爵位持ちにもなっていた。
ここまで聞けば、さぞマクガヴァン将軍には結婚の申込みも殺到しただろうと誰もが思うはずだ。国の英雄にして領主でもある。縁を繋いでおけば損はないと考える輩が殺到することは想像に難くないが、マクガヴァン将軍は現在まで独身だった。
熊のように大きな体格。元々、マクガヴァン家は代々、優秀な軍人を輩出していることで有名な家だった。体格的に恵まれた家系であることも関係してか、とにかく、がっしりとしている。それに加えて、小動物程度だったらその眼差しだけで射殺せるのではと噂されるほど、鋭い眼光。吊り上がった瞳はその雰囲気を一層厳しいものとするには十分で、その印象は恐ろしいの一言である。こうした見た目の雰囲気もさることながら、恐ろしいほどに無愛想でほとんど表情を変化させないということもあって、多くの令嬢が結婚相手に名乗り出ることに尻込みをした。
それでも、そんな娘の心情など考えず、英雄と繋がって恩恵を受けたいと考え、婚姻を申し込んだ家も中にはそれなりにいたそうだが、そちらはマクガヴァン将軍の方が取り付く島もなく断ったともっぱらの噂だった。
マクガヴァン将軍の女嫌いは有名な話で、頭の中のほとんどは軍関係のことで占められているとさえ言われている。侯爵家の出身であり、今では伯爵であるにもかかわらず、ほとんど夜会にも姿を見せない。アリッサも姿を見たのは遠目からぐらいなもので、今までもちろん話したこともなかった。それでも、遠く離れた距離からでも、その威圧感や人を竦み上がらせるような鋭さは十分に感じることはできたが。
(そんな方と私が……)
アリッサは自室の長椅子に力なく座って、頭を抱えた。自分なんかが考えても仕方のないことだが、結婚の背景にあるものをついつい考えてしまう。既に、了承する、しないの話ではなかった。父親からも意思など確認されなかった。そこに至るまでの説明なども特になく、明日から結婚の準備で忙しくなるから覚悟をしておくことと命じられた。これはよく言えば温厚、悪く言えば事なかれ主義の傾向がある性格の父親にあってはとても珍しいことで、普段アリッサは父親にこんな風に命令されることは滅多になかった。だからこそ、余計に、裏に強い力が働いていることを感じさせた。
※この続きは製品版でお楽しみください。