【試し読み】恋の方程式はあなたとふたりで~先生と私の個人授業~
あらすじ
「……先生、授業では演技してるんですか? プライベートの姿なんて知らなかったけど、イメージが違い過ぎます」――恋を諦めかけていた苺香は気まぐれで親友から誘われた合コンでに参加。そこで出会ったのは、同じ大学だという謎のイケメン。ジュースと間違えてお酒を口にした苺香は言われるがままに彼に介抱されて意識を失う。目が覚めたときの自分のあられもない姿に混乱する苺香。「私達何もなかったですよね?」と問いかける彼女に、思いがけない告白が待っていた。なんと、彼は苺香が密かに想いを寄せていた助教授の雨川深月で……。そこから二人の秘密の関係が始まる。恋愛が苦手な女子大生と、不器用な大学助教授との恋物語。
登場人物
過去の苦い経験から恋愛は諦めていたが、大学の助教授・雨川を好きになってしまう。
苺香の通う大学の助教授。物腰が穏やかで授業も分かりやすいので男女問わず生徒に人気。
試し読み
1.
大学生活も四年目に入り、将来の道筋もおのずと固まってきた。
生活は大変だけれど毎日が充実していて特に不満もない。
恋愛も彼氏も自分には縁遠い存在だ。
過去の経験から、恋愛に向いてないのではないかと気づいた。
高校時代から付き合っていた彼氏とは別々の大学に進んだ途端、連絡が取れなくなってしまった。
他の女の子と歩いているのを目撃した時は、怒りというより、がっかりした気持ちが強く、悲しみより虚しさでいっぱいだった。
何で、こんな人と付き合っていたのだろうと、今までの自分を呪いたい気分にさえなった。
浮気していた彼氏への想いは急速に冷め、登録していた連絡先をすぐに消した。
付き合っている間も甘酸っぱい気持ちや、切ない気持ち両方共感じたことがあるけれど、虚しさを感じることがあるなんて。
それからは勉強、バイト、女友達と遊ぶことが、私の世界のすべてだったのに……。
気がつけば、一人の男性を目で追っていた。
同じ学生でも、同年代でもないから、惹かれたのだろうか。
物腰穏やかで、優しいあの人──雨川深月を好きになってしまったのは、不可抗力で、無意識でため息を漏らしてしまう。
「……はあ」
よりにもよって、助教授にときめいてしまうなんて。
彼は教え方も上手だった。
やる気のない学生さえ、彼の講義では俄然集中力を発揮し、積極的に学んでいた。
眼鏡をかけた姿が知性を漂わせていて、女子学生たちには羨望の的。
おまけに男子学生にも慕われている。
そんな非の打ち所のない人にどっぷり恋してしまったのは、多分一年前。
先生だから、近づけないと皆距離をおいて憧れの気持ち以外は、ないのだろうけど、私は、本気で好きになってしまった。
きっかけはささいなことだったと思う。
初カレの湊悠斗のことを引きずっていた時期も確かにあったし、吹っ切れてからも誰かを好きになる気持ちに無意識にブレーキをかけていた。
傷ついて失くすのなら、恋なんてしない方がいい。
学生は勉学及び、就職活動が本分なのだ。
無事に卒業し、希望していた会社に就職する。
その為の学生生活。
就職活動が本格化する3年生までは、バイトもしていたが、やめて勉強に集中するようになってから、心の片隅にぽっかりと空間ができた。
そこに、あの人が入りこんだ……。
届かなくても思うだけなら自由のはず。
言い聞かせて今日まで来たけれど、4年生になり、学生生活の残り時間を思うと切なくなってしまった。
卒業したら会うこともない。
あの元カレと別れた時よりも、寂しいと感じてしまった。
(先生……)
学食で一人物憂げなため息をついていると、携帯が振動した。
開くと親友のあずさからのメールだった。
『苺香、まだ彼氏いなかったよね。合コンでも行ってみない? 軽い気持ちで楽しめばいいんだから』
ぽかーんと口を開いてしまう。
これまで誰かに合コンに誘われてもすべて断ってきたが、あずさに誘われたことには何か意味があるように思えた。
安易に断るべきではないと思う。
事情を知っていて、今まで誘わなかったのだろうし……。
急いで返信を打つ。
『う、うん。あずさがそう言うなら行ってみようかな。どこで待ち合わせ?』
急いで返信を打つとこれまた唖然とする内容の返信が届いた。
『よかった。あ、でもごめん。私、彼氏できたから、苺香一人で楽しんできて。場所は駅前の居酒屋だよ。最近出来たところだけどおしゃれだし料理も美味しいから』
『そ、そうなんだ。ちょっと不安だけど大丈夫かな』
『大丈夫よ。お店までついていくから』
『ありがとう』
合コンで新しい出会いを求めるのもありだろうか。
ガツガツ食いついて積極的にアピールするつもりはないが、この憂いが少しでも晴れるなら、行ってみるのもありだ。
息抜きと思えばいいじゃない。
自分に言い聞かせていた。
私以上に恋に縁がなかったあずさに、彼氏ができた。
彼女は、美人だから昔からモテていたけど、恋愛に興味が無いのか、彼氏がいたことなんてなかった。
あずさとは高校時代からの付き合いだから、そこそこ知っているつもりだ。
しばらく連絡してなかったし、その間に何かあったのだろう。
妬んだり恨めしい気持ちはないが、単純にいいなあと思った。
2.
合コン先に指定されたのは、住んでいるアパートの最寄り駅側の居酒屋らしい。
大学の最寄り駅側じゃなくてよかった。
あずさが、誘ってくれた合コンで彼女の大学の人達が、メインで集まるらしいし、顔見知りに会うこともないと胸を撫でおろす。
楽しい時間を過ごせて、息抜きになれば、じゅうぶんだ。
少し気分が乗ってきた。
ほんの少し笑みを浮かべてきびきびと歩いた。
駅前広場にたどり着くと、あずさが、手を挙げて歩いてくるのに気づいた。
満面の笑みで、大きく手を振る。
久々に会うが、彼女のスカート姿は珍しい。
「待たせちゃった?」
「全然。苺香、今日は下ろしてるのね」
普段はシュシュで一つにまとめていることが多い。
髪を背中に下ろすのは、自分のアパートの部屋にいる時くらいだ。
「あずさこそ、珍しくスカートじゃない……あ、デートだから?」
「あなたをお店まで送り届けた後ね」
きっぱり、言い切ったあずさの顔は、今までになく女性っぽかった。
こんな風に輝いてみたい。
「似合ってるわ、スカート。華やかに見えるの」
「ありがと」
何気なく話しながら合コン会場へとたどり着いた。
おしゃれで明るい雰囲気の店内は、たくさんのお客さんで賑わっていた。
客層は20代~30代の若い世代が多い。
人が多い所が苦手というわけではないが、熱気には圧倒される。
「こっちよ、苺香」
うながされ着いて行く。
あらかじめテーブル席が予約してあるらしい。
隅っこに座ろうとしたら、あずさににこっと微笑まれ真ん中に移動させられた。
「せっかく早く来たのよ。目立つところに座らなきゃ損よ」
「……あずさは帰るんでしょ」
「そんなに遅くならないでしょうし。駅も側だから一人で帰れるでしょ」
「う、うん」
いつも、こんな調子だ。
明るくバイバイと手を振り、去っていくあずさを恨めしげに見つめた。
軽くひとつ息をつく。
あずさと入れ替わるようにぞろぞろと同年代の男女がやってきた。
取り繕うように笑みを浮かべる。
同じ大学の顔見知りがいないのは、ありがたい。
(真面目で堅物で通ってるだろうから、何思われるかわかんないものね)
6人ずつの男女が参加しているが、この中からひと組ずつ、カップルが生まれたりするのだろうか。
ぼんやりと、考えていたらいきなり真横から声が聞こえて、内心びくっとした。
「隣、いいかな」
「どうぞ」
そろりと右隣に視線をやると涼しげな容貌のイケメンがいた。
そんなに長く気を抜いていたわけではないが、目を奪うほどのイケメンに話しかけられたら誰でも緊張する。
(こ、こういうこともあるわよね、うん)
運ばれてくるアルコール類やソフトドリンク、料理。
それぞれに小皿が行き渡るとおのおのが大皿から料理を取り始める。
料理も飲み物も全員に行き渡った頃、一人の男性が立ち上がり、乾杯の音頭を取った。
「幹事の山下です。今夜は勉強や就職活動のストレスを吹き飛ばすくらい楽しみましょう! そのついでにいい出会いがあるといいですね」
合コン初心者でも気負わなくてすむように配慮してくれたのかもしれない。
幹事の言葉に心が軽くなり、私はそっと、グラスを口につけた。
桃色の綺麗な液体は、甘くて飲みやすい。
炭酸の泡が弾けるのを見ていて、どうしても飲みたくなってしまったのだ。
こくこくと、半分ほど飲むとふわっとした心地がした。
体まで軽くしてくれるような。
(おいしい)
こんなに美味しいジュースは生まれて初めてだ。
顔が少し熱いような気もするが、きっと雰囲気に酔っているだけだ。
一対一に限らず、和やかに男女が、会話を楽しんでいる。
軽いノリのゲームでも始まるのかと思ったが、そういうこともなく、食べて飲んで騒いでいるだけ。
(合コンなのに、私は一体何しに来たんだろと思わなくもないけど、嫌な気分はないし、もうちょっとこの場にいよう)
小皿に盛ったレタスの韓国風サラダにぱくついていたら、右隣から、声がかかった。
低いがやわらかな声の持ち主だ。
「大学どこ?」
「K大学です」
「ああ、一緒だ」
「そうなんですか!?」
さらっと言われて、驚く。
4年も通いながら、まったく見たこともない。
とりあえず、知っている人じゃなくてよかったが、こんなイケメン一度見たら忘れられないだろう。
深い意味はなくても。
時間の経過とともに盛り上がりも頂点に達した。
私は、幹事の言葉に従いマイペースを貫き、料理を食べては周りの様子を見ていた。
あずさが誘ってくれたこともあり、合コンに来てしまったもののそこまで、がっついて恋を探しにきたわけじゃない。
先生のことを脳内から一瞬でも忘れられるかと思ったが、まるで効果はなかったようだ。
そういう目で彼以外を見れないことに気づいてしまっただけだった。
要するに好きだということを意識してしまい逆効果。
純粋な気持ちで誘ってくれたあずさの気持ちを思うなら断るべきだったかもしれない。
私には気になる人がいるから、合コンには参加できないと言えなかったのは、答えた時の反応が怖かったから。
過去の恋を応援してくれた彼女も、相手が先生だと聞いたら、私が傷つくことを懸念して諦めろとやんわりと言うだろう。
私だってあずさが傷つくのを見るのは辛い。
もやもや考えていたら、再び隣に座る男性から声をかけられていた。
不意打ちで焦るなら、もっと周りに神経をとがらせておくべきかも。
「二人で抜けないか」
「……えっ」
何で、私なの!?
あずさには悪いけど、やっぱり席を変わってもらえばよかった。
真ん中に座っていると、目立つみたいだ。
端っこにいれば、物好きの人に絡まれることもなかったに違いない。
やたら格好いいその人は、こちらに視線を向けている。
開襟の白いシャツに黒いベスト、赤いネクタイ……派手だ。
様になっているから、嫌味ではないのだけれど。
「あの、む、無理ですから! 私、幹事さんに伝えて帰るので他の方あたって下さい」
きっぱり断った。
少し強めの口調になってしまったが、相手はまるで意に介していないようだった。
いくらなんでも、強引なのではと慌てるも手を掴まれ立ち上がらされていた。
ふわりと椅子から浮いた体で隣の人を呆然と見つめる。
「じゃあ、店の外まで一緒に」
「え、あの、ちょっと……」
背の高いイケメンは、幹事に二人が帰る旨を告げて、さり気なくだが強引にお店の外に連れだした。
周りから、拍手やら歓声が飛んで来る。
ち、違います!
この人にお持ち帰りされるムード満々なのが、たまらなく恥ずかしい!
店の外に出ると、掴まれていた手を振りほどこうとした。
意志を分かってくれたのか、彼も手を離してくれた。
「す、すみません。私、帰りますんで」
勢い良く相手を見上げぺこりと頭を下げると歩き出す。
まだ終電には二時間もある。
帰ってお風呂に入ってゆっくりする時間も十分取れそうだ。
早足ですたすたと歩くが、中々前に進めない。
駅の側だし、営業中の店も立ち並ぶ明るい通りだ。
特に恐怖を感じることもない。
「沢城さん」
その時耳元に低い声が届き、ゆっくりと顔を上げる。
名を呼ばれたと同時に、再び掴まれていたらしい。
今度は手じゃなくて腕をだ。
私を追ってきていたその人は、いつのまにやら隣にいて、こちらを心配そうに見下ろしていた。
「は、はい」
名前、言ったっけ……。
今日の合コンでは、名札をつけたりしなかったし、自己紹介し合ったもの同士か、幹事以外は名前を知らないはずだ。
「っ……ごめんなさい」
頭が、くらくらとする。
お酒なんて飲んでいないのに、おかしい。
ふらっ、と傾いだ体を力強い腕が支える。
「そんなふらふらで、一人で帰れるのかよ。弱いくせに無理して飲むから」
次第にぼうっとした感覚が強くなってくる中で、呆れ以上にこちらを気遣う声が届いた。
どうして、私を気にしてくれるの?
もしかして、酔っていたのに気づいて連れだしてくれたの?
「美味しいジュースじゃなかったのね……」
わかりきっていることをつぶやくのは、酔っているからかな。
「立派なカクテルだ……知らなかったのか」
ため息が、聞こえた。
くらくらして目が回る。
視界がぼやけて、膝からがくんと崩れた。
「隙だらけ。相手が俺じゃなかったら、どうなってただろうな」
ふっ、と笑う声が遠くに聞こえる。
遠ざかる意識に抗うことはもはやできなかった。
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