【試し読み】再会した幼なじみは悪戯なエリート警視~初心な同居がスタートしました~
あらすじ
綾羽がいつものように自宅に帰ると、外に干していた洗濯物の中から下着だけがなくなっている。翌日、ある事件の聞き込みで女性警官が自宅を訪れると、綾羽は咄嗟に下着泥棒のことを相談。するとそこに端正な顔立ちの男性警官が遅れてやってくるのだが、なんと彼は十数年ぶりに再会する幼なじみの海人だった。数日後、自宅に誰かが侵入した形跡があると気づいた綾羽は思わず海人に助けを求める。すると彼は「しばらくうちにいればいい」と言ってきて──か弱かったはずが男らしく成長した幼なじみとの同居がスタート! 意識しないように努めても、悪戯な彼の言動は刺激が強すぎて……「正直に本当のこと言わないと、この唇塞ごうかな」
登場人物
食品会社勤務のOL。自宅に何者かが侵入した形跡に気づき、幼なじみ・海人に相談する。
綾羽の幼なじみで警察官。犯罪被害に遭った綾羽を心配し、自らの家に住ませることに。
試し読み
1、事件の始まりと、思わぬ再会
アスファルトの道を、コツコツと自分の五センチヒールが小粋な音を鳴らす。
九月も後半。
日中は気温の上がる日もあるけれど、夜になると羽織るものが必要な季節となった。
夏も終わり、秋の足音がわずかに聞こえてきているのかもしれない。
すっかり暗くなった夜道を最寄り駅から歩きながら、私──山之内綾羽は今晩の夕飯について考えていた。
先週末に作ったゴーヤチャンプルーが今晩で完食かな。あとは、昨日作った豚汁もあるし、今日は何も作らなくて良さそう! ゆっくりドラマ観る時間あるじゃん。
職場の新宿から電車で十五分。
ひとり暮らしする私のお城は、家賃六万円のワンルームマンション。
築年数もそれほど経っていない比較的新しい物件だ。
最寄り駅から女性の足で十分ほど歩くため、家賃もこの辺りでは割安なほうだった。
希望の家賃で譲れない条件を出すと、どうしても何かを妥協しなくてはならない。
本当は駅から五分圏内が良かったけれど、新しめな物件でバストイレが別という条件を譲らないとなると、駅から少し離れなければ希望の家賃の物件はなかった。
「ただいまー」
鍵を開け真っ暗な部屋に入り、無人の部屋に帰宅の挨拶。
もちろん誰からも返事は返ってこないけど、自然と声をかけてしまう。
手を洗い部屋着に着替えをし、冷蔵庫からゴーヤチャンプルーと豚汁、ご飯をレンジに入れて温める。
それを待つ間に部屋の奥の掃き出し窓を開け、朝ベランダに干していった洗濯物を取り込んだ。
あれ……?
取り込んだ洗濯物を畳みながら小首を傾げる。
ちょっと待った。洗って干したよね……?
かき混ぜるようにして乾いた衣類を確かめる。
でも、干していったはずの下着がないのだ。
淡いピンク色のブラとショーツ上下のセット。その二点がない。
確かに干した記憶はあるけれど、取り込んだ中にないため浴室横に設置してある洗濯機を見にいく。
しかし、中を覗き込んでも干し忘れの下着は入っていない。
もしかして、記憶違いなのかと下着を収納しているクローゼット内のケースも引き出してみたけど、やっぱり探している下着は入っていなかった。
そうだよ、絶対に干したはず。じゃあ、なんでないの……?
いくら探しても見つからず、温めておいた夕飯は電子レンジの中ですっかり冷めていた。
翌日。
九時半の始業時間に備えて、毎日だいたい九時過ぎには出社する。
新宿に本社を構える『ヒガタ食品ホールディングス』に勤めて早五年。大学を卒業後、二十三歳になる年から勤めている。
入社後すぐに総務部に配属され、今では後輩の教育係を任されるほどの立場になった。
五年目となり、会社のことや総務部での業務もだいぶわかってきた頃だと自分では思っている。
ヒガタ食品ホールディングスは主に加工食品の開発に力を入れ、業績は右肩上がり。
忙しい現代人に欠かせない冷凍食品開発に力を入れている。
近年は冷凍食品だとは思えないクオリティのヒット商品を連発していて、ひとり暮らしの私自身も自社製品にかなりお世話になっている。
特に気に入っているのは有名イタリアンシェフ監修のパスタシリーズだ。
味やパスタの具合はもちろん、冷食とは思えないたっぷりの具材が入っているのが大満足できる。
「おはよう」
自分の席につき朝のメールチェックを行っていると、背後から声をかけられた。
「あ、おはようございます」
振り返ると、同じ部署の先輩、葛城さんがちょうど出社してきたところだった。
私の後ろを通過し、奥の自分のデスクへと向かっていく。
しばらくして、パソコンモニターに向かっている私の肩がつんつんと突かれた。
「葛城さん」
背後に立っていたのは、さっき後ろを通りすぎていった葛城さん。
私のキーボードの横に可愛いりすの絵が描かれた四角い包みがひとつ置かれる。
「昨日、有給で出かけたお土産。鎌倉のほうに行ってきたから」
「わっ、ありがとうございます」
「山之内、置いておいても遠慮して取らないから。嫌いじゃなければ」
「わざわざありがとうございます。ごちそうさまです」
部署に買って来てくれたお土産のお菓子を、わざわざ届けてくれたようだ。
葛城さんに指摘された通り、私は誰かが『食べてください』と置いておいてくれたお土産のお菓子なんかにすぐ手を出せないほう。
みんながもらったあとにいただこうと思っているうち、完売していることが多々ある。
葛城さんはそういう私の性格をわかっていてわざわざ持ってきてくれたようだ。
「鎌倉、楽しかったですか?」
「ああ、良かったよ。お寺まわりしたりして。お陰様で一日のんびり過ごしてきた」
「そうでしたか。いいなぁ」
きっと彼女とでも出かけたのかな? と予想しつつ、先輩相手にもちろん深くは追及しない。
葛城さんは、私より五年先に入社している大先輩。
部内でもリーダーを務めていて、私も入社当時から大変お世話になっている先輩だ。困っているときに助けてくれるのは、大抵が葛城さんなのだ。
真面目で丁寧な仕事ぶりと、周囲の人を引っ張っていくリーダーシップ。上司には可愛がられ、後輩には慕われている人だ。
性格も明るく話していて楽しい人だし、コミュニケーション能力が高い。
それに、長身で容姿も爽やか系だから、女子社員に密かに人気だと噂では耳にしている。
「どうした。なんかあったか?」
「へ?」
「いや、今ため息ついたから」
「えっ、うそ」
「おい、無自覚か」
人と話している最中にため息なんて失礼すぎる。
でも、自然とついてしまっていたようだ。慌てて口元を押さえる。
「ごめんなさい……なんでもないです」
「いや謝る必要はないけど、なんかあったなら話せよ?」
葛城さんは「わかったな?」と念を押すように言い残し自分の席へと戻っていった。
すみませんと頭を下げながら、心の中でやっぱり深いため息をついてしまう。
昨日の帰宅後、干して出かけた洗濯物の中から下着の上下セットがなくなっていた件で、昨日からずっと気持ちがどんよりとしている。
いくら探しても見つからなかったし、絶対に干して出かけた記憶がある。
それなのにないということは、干しておいたものが誰かの手によって持ち去られたとしか考えられないからだ。
下着泥棒──そんな言葉が頭に浮かぶと、総毛立ってしまった。
気持ち悪い。その思いと同時に恐怖を感じた。
だって、私の住まいは二階の部屋。一階ならまだしも、犯人は二階まで登ってきたということだ。
そう考えると恐ろしくて、戸締りをしてカーテンを閉めても昨夜はなかなか寝付けなかった。
もうこれからは洗濯物も浴室乾燥機で乾かすしかない。いくら天気が良くても外に干すなんて怖くてできない。
沈んだ気持ちのまま始業時間を迎え、頭を切り替えてパソコンに向き直った。
正午を過ぎると仕事の区切りがついた人からお昼休憩となる。
自分の席でお弁当を広げる人もいれば、外に食べに行く人、買い物に行って戻ってくる人とそれぞれだ。
十一時を過ぎた頃からお腹が鳴り始め、そのたびに背中を丸めて音を抑えていた。
昨夜寝付けなかったせいで、今朝は寝坊しかけて朝食を摂る時間がなかった。
お陰でお腹はすっかり空いてしまっている。
何食べようかな……。
「山之内」
「あっ、お疲れ様です」
席を立ったところで葛城さんに声をかけられた。
「なんだ、またため息ついてたぞ」
「え、うそ!」
またも指摘されてハッとする。
もう無意識にため息をついているのかもしれない。重症だ。
「昼か?」
「はい……」
「よし、じゃあ一緒にランチでも行くか」
葛城さんからの突然のお誘いに「えっ」と声を上げてしまったものの、ランチにはときたま同行させてもらっている。
今日は自分のコンディション的にただ驚いてしまっただけだ。
「あ、はい。ではご一緒させてください」
新宿駅西口のオフィスビルが立ち並ぶその中に、ヒガタ食品ホールディングスの社屋がある。
葛城さんに連れられ入ったのは、社屋から程近い雑居ビルの地下一階に店を構えるカレー専門店。
本場インドのカレーが食べられるお店の店主はもちろんインド人だ。
周辺はオフィスが多いこともあって、ランチタイムはお店も混みあう。
カレーは多くの中から三種類が選べ、ナンは食べ放題。ドリンクもついてくるお得なランチセットだ。
例のごとくカレー三種類を選ぶのに迷い、葛城さんに先に注文をしていてもらう。
葛城さんがあっさりとオーダーし終わり、インド人の店員さんがまだオーダーをしない私のことをじっと見ている。
「えっと、じゃあ……バターチキンカレーと、スパイシーキーマと、ココナッツカレーで。ナンはチーズナンにして、ドリンクはラッシーでお願いします」
ナンはプレーンにすれば良かったかなと思っていると、正面に座る葛城さんがじっと私の顔を見つめてきていることに気づいた。
「で、今日のそのため息の原因を聞こうか」
「えっ……」
今朝から葛城さんの前で二回もため息をついたのだ。
追及されても仕方のないこと。
でも、内容的に話すことが躊躇われる。
「俺には話せないような内容か?」
「えっと……そういうわけでもないんですけど……」
「まぁ、無理に話せとは言わないが、何か困っていることなら力になれるかもしれないだろ」
そう言ってもらい、ひとりで抱えている不安な気持ちが葛城さんに相談してみようかと傾きかける。
※この続きは製品版でお楽しみください。