【試し読み】幼なじみと繋ぐ一途な愛情~大空で叶えた約束~

作家:田崎くるみ
イラスト:三星マユハ
レーベル:夢中文庫セレナイト
発売日:2022/4/26
販売価格:500円
あらすじ

幼なじみの健と一緒に進んだ高校で優太に出会い、翼は恋に落ちた。三人で過ごす日々は穏やかで幸せだった。けれど高二の終わりも近い三月十一日、あの日から優太は行方不明のまま。『優太に会いたい』翼と健はそう願いながらも、現実を受け入れ始めた高校卒業前。健は翼に決意を告げた。優太と自分の夢を叶えるため、航空自衛隊に入りブルーインパルスのパイロットになりたい──それから十年が経ち、約束を果たして松島基地に戻ってきた健。昔と変わらないけど、逞しく大人になった健が翼には眩しく映り自分の気持ちの変化に気づき始める。優太とずっと一緒にいると約束したのに、他の人を好きになっていいの? 翼は悩み込んで──

登場人物
緒方翼(おがたつばさ)
自衛隊基地内の売店に勤務。十年前に失った最愛の人への想いを抱えながら生きてきたが…
土井健(どいたける)
翼の幼馴染。親友との約束を胸に航空自衛隊に入りブルーインパルスのパイロットとなる。
試し読み

『交わした約束』

 ラベルにブルーインパルスが描かれたミネラルウオーターを箱から取り出し、陳列棚に並べていく。
 他にもお菓子やグッズなど、基地見学期間である今はお土産品が飛ぶように売れて、たくさん納品してもすぐに売り切れてしまうほど。
「よいしょっと」
 潰した段ボールを指定の廃棄場所へ運び、額に光る汗を拭った。
 季節は冬から春へと移ろうとしていた。まだ雪が降ることがあるほど寒いけれど、動けば汗を掻いてしまう。
 戻る途中、ふと格納庫に目を向ければ、青と白にカラーリングされたブルーインパルスが出てきた。
 太陽の光を浴びたブルーインパルスはよりいっそう輝いて見えて、思わず足が止まる。
 宮城県にある松島まつしま基地。その中にある売店で高校を卒業後に働き始め、九年という長いようで短い時間が過ぎた。
 もともとは父が売店を経営していたことから、幼い頃によく仕事場についていって、子供ながらに手伝いをしていたこともあった。
 そのたびに私はブルーインパルスに目が釘付けになっていた。それは大人になった今も変わらない。
「もう九年、か」
 肌身離さず持ち歩いているチェーンに通した指輪を、服の上からギュッと握りしめた。

* * *

 九年前。
 私、緒方おがたつばさは身支度を整えてすぐに家を出る。そして向かうは隣の家に住む幼なじみの土井どいたけるの部屋。
 おばさんから預かっている合鍵で入り、階段を駆け上がっていく。勢いそのままにドアを開けると、健はミノムシのように身体を丸くさせ、布団を被って気持ちよさそうに眠っていた。
 その姿に深いため息を漏らしながら、部屋の奥へと進み、思いっきりカーテンを開ける。
「健ー! 早く起きないと遅刻しちゃうよ!」
「んっ……」
 私の声に目を覚ましたようで、健は布団の中から顔を覗かせた。
「翼、声でかい」
 開口一番に言われたのが〝おはよう〟じゃなくて〝声でかい〟だったことに、イラっとなる。
「大きな声じゃないと起きない健が悪いんでしょ? いいからほら、早く起きて!」
 問答無用で布団をはぎ取ると、健は恨めしそうに私を見た。
「あと五分くらい寝られるだろ? 布団返せ」
「たった五分寝たって仕方がないでしょ? 起きてうちに来てご飯食べるよ!」
 彼の腕を掴んでベッドから引きずり出した。
「……顔洗ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
 まだ完全に目覚めていないのか、ふらふらしながら部屋を出ていく姿に呆れてしまう。
 健を起こして学校に行くのが日課になったのは、たしか中学一年生の頃からだった。以前おばさんは看護師として働いていて、健が中学生になったことを機に本格的に職場復帰した。
 夜勤も多く、急患が入れば帰りが遅くなる日がある。おじさんは漁師で三ヶ月に一度しか帰ってこず、自然と健は朝と夜、うちで一緒にご飯を食べるようになった。
 家が隣で同い年。お互いひとりっ子で昔からそばにいるのが当たり前で、兄妹のような存在でもある幼なじみだ。
「よいしょっと」
 布団を直してから健の部屋を出ようとした時、ふと写真立てに飾られているたくさんの写真に目がいく。
 そこには中学から試合のたびにチームメイトと撮った写真が飾られている。
 健は中学校からずっとサッカーを続けており、その実力は高く、今の高校にもサッカー推薦で入学したほど。
 チームのエースであり、一年生からレギュラー入りして活躍している。
 昔は私のほうが身長が高かったのに、中学生になってからあっという間に抜かされちゃって、今では一八〇センチもある。
 私も一六五センチと高いほうで、中学生になるまではまるで姉弟みたいだったのに。
 身長が伸びてサッカー部のエースとなってからの健は、ファンクラブができるほど女の子からモテた。健の幼なじみっていうだけで何度敵意を向けられたか……。
 私と健の間にあるのは純粋に友情だというのに。
「翼、着替えるから先行ってて」
 いつの間に顔を洗って戻ってきたのか、健がスエットを脱ぎながら部屋に入ってきた。
「わっ!? ちょ、ちょっと待って! すぐ出るから」
 急いで部屋から出ると、ドアの向こう側から健の笑い声が聞こえてきた。
「ねぇ、朝から人のことをからかって楽しい?」
「あぁ、楽しいよ。それに布団をはぎ取った仕返しだ」
 ドアに向かって刺々しい声を出せば、健は愉快そうに言う。
「人の善意をなんだと思ってるの? そんなことを言うなら、もう起こしてあげないからね」
「それは困る。俺が悪かった」
 あっさりと謝る彼に、たまらず笑ってしまった。
 健は歳を重ねるごとに言葉数が減っていき、学校ではいつもどこかけだるそうで、女の子には素っ気ない。
 そんなところがクールでカッコいい! って違う意味で人気があるわけだけど、でも本当の健は違う。
 昔と変わらずよく笑うし、こんな風に人をからかったりもする。そしてなにより優しい人だ。
「お待たせ」
 着替えを終えた健が部屋から出てきた。
 寝癖のついた寝起きの姿とは違い、ブレザーの制服を着て髪もワックスで無造作にセットした彼はカッコいい。
 昔は天使みたいに可愛かったのに、いつの間にこんなにもカッコよくなってしまったのだろうか。
 健は気心の知れた幼なじみ。それは昔から変わらないのに、ふと男らしい一面を見せられるたびに心が騒がしくなるから困る。
 少しだけ乱れた胸の鼓動を鎮めながら平静を装う。
「行こう。お母さんが待ってる」
「あぁ」
 ふたりで自宅へ向かい、いつものように両親とともに和やかな食卓を囲んだ。

「ねぇ、健のクラスって今日体育ある?」
「あるよ。……あ、やべ。体操服忘れた」
 家を出て二〇〇メートルほど進んだところで聞けば、案の定な答えが返ってきて深いため息が漏れる。
「もう、あれほど家を出る前に忘れものはないか聞いたのに」
「その時にさっきと同じことを言ってくれよ。体育があることを忘れていたんだから仕方がないだろ?」
「言い訳無用。早く取りに戻ろう」
 きびすを返したものの、すぐに健は私の腕を掴んだ。
「翼は先に行ってて。あいつが待ってるだろうし、すぐに追いつくから」
「わかった。じゃあ先に行ってるよ」
「あぁ、急いで追いかける」
 そう言って駆け足で来た道を戻っていく健の背中を見送りながら、私も歩を進めていく。
 家を出て五〇〇メートルほど進んだところにある公園が見えてくると、同じ高校の制服を着た彼が私に気づき、大きく手を振った。
「おはよう、翼」
「おはよう」
 駆け足で彼のもとへ向かう。
 福川ふくかわ優太ゆうたは高校で出会った健の親友であり、そして私の恋人でもある。
 走ってきた私を見て、優太は屈託のない笑顔を見せた。
「そんなに慌てて来なくても、俺はいなくなったりしないぞ?」
「ちょっとでも早く優太のところに来たかったの」
「なんだそれ、最高に可愛いな」
 なんて言いながら優太はクシャッと私の髪を撫でた。
 優太は健と同じサッカー部で、ふたりはすぐに意気投合したらしい。そこから私も加わるようになり、見ているこっちが幸せな気持ちになる優太の笑顔や明るさ、人を思いやる優しさに触れて惹かれ始めた。
 そんな時に相談に乗ってくれたのが健で、そして私たちのキューピット役を買って出てくれたのも健だった。
 健のおかげで私たちは付き合って一年以上になる。
「健は?」
「体操服を忘れて取りに行ってる」
「またか」
「でしょ? 家を出る前に忘れものはないか確認したのにさ」
 健が忘れものしがちなのは、今に始まったことではない。小学生の頃からそうだった。クラスが違う年はよく教科書や辞書を借りに来ていたっけ。
「しょうがない、待っててやるか」
「うん」
 どちらからともなく寄り添い、ふと空を見上げる。
「来月には俺たちもいよいよ三年生になるな」
「そうだね。……早いね」
「あぁ」
 今日は三月九日。明日は卒業式だ。来年は私たちが学校を卒業する。
「優太は卒業後、航空大学に行くんだよね?」
「受かればだけどな。でもパイロットになることが小さい頃からの夢だったから、絶対に合格してみせるさ」
 目を輝かせて言う優太に頬が緩む。
 優太は子供の頃から飛行機が大好きで、ずっとパイロットを目指している。真っ直ぐに夢を追いかける姿にも惹かれたのかもしれない。
「俺がパイロットになって初めて操縦する便には、絶対に翼に乗ってもらうからな」
「うん、その日を楽しみにしてるよ。約束ね」
 小指を立てれば、すぐに優太は私の小指に自分の小指を絡ませた。
「約束」
 指きりをした私たちの左手薬指には、先月付き合って一年記念日に優太からプレゼントされたペアリングがはめられている。
 お互いのイニシャルが刻まれた指輪をもらった時、あまりの嬉しさに泣いてしまったほど。この指輪は一生外せないよ。
「なぁ、どのタイミングで俺は声をかければいい?」
 いつの間に来たのか、指きりしたまま笑い合う私たちに向かって声をかけてきた健は、ブスッとしている。
「わっ! びっくりした」
「気配なく来るなよ、心臓が止まるかと思っただろ」
「人目も気にせずにイチャイチャしているお前たちが悪い」
 驚く私と優太に刺々しい声で言う健。
 そんな健に優太は背後から抱きついた。
「そんなこと言って。仲間外れにされた気がして寂しいのか?」
「おい、やめろよ気持ち悪い」
 必死に引き離そうとする健に対し、優太はしがみつく。
「気持ち悪いとは失礼な。嬉しいの間違いだろ?」
「男に抱きつかれて嬉しく思うやつがいるか!」
 じゃれ合うふたりを見て、私は笑ってしまった。
 これがいつもの私たち三人の姿だ。私は健と優太の前では、素の自分でいることができた。ふたりもそうだと思う。
 互いに飾ることも気遣うこともないから、一緒にいて疲れないし心地よい。きっと高校三年生になっても卒業して大人になっても、私たちの関係は絶対に変わることはない。そう、信じていた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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