【試し読み】弱体化してしまった推しを全力で守ります!
あらすじ
「絶対に私がリオ様を守ってみせますからね!」──パン屋で働く転生者のアーニャが友人に連れられて訓練場を覗きに行くと、そこでひとりの魔術師に一目惚れしてしまう。その瞬間、アーニャの世界は一変! 何の変哲もない毎日は幕を閉じ、若き魔術師・リオがアーニャのすべてになった。推し活のために魔道具を作る魔技師へ転身までしたのだが……「は? 魔道具? 僕にそんなものが必要だとでも?」リオは実に愛想がなく、魔導具にもまったく興味を示さない。ところがある日、アーニャはリオが魔法を使えなくなっていることを知る。リオの魔力が戻るまで彼の仕事を手伝うことになったアーニャは、魔力を取り戻す方法も探ろうとするけれど……?
登場人物
前世の記憶を持つ転生者。パン屋で働いていたが、魔術師・リオに一目惚れし魔技師へ転職する。
強大な魔力を持つ若き魔術師。中性的で美しい顔立ちのためファンが多いが、真面目で無愛想。
試し読み
序章
「はい、いちごジャムサンドにクグロフです! いつもありがとうございます」
紙袋に入れたパンを渡すと、客からきっちり代金分のお金を受け取る。
笑顔はアーニャのトレードマーク。どんなお客にでも愛想よく接して、また買いに来てくれますようにと心の中で願いながら、客がお店から出ていく後姿を見送った。
今日のパンの売れ行きは上々。常連さんも何人か来てくれて、棚に並べてあるパンもいくつか売り切れかけていた。
厨房にいる店長に次のパンはいつできそうかと声をかける。するとあと少しだと言うので、焼き立てパンコーナー用のテーブルの上を準備して、紙に値段を書き、その横に小さくパンのおすすめポイントを書き添える。
昔からこういうことは得意だった。
はじめ、店長もこんなの書いても意味ないと思うよ? と言っていたが、客が好意的に見て、かつ購買意欲が湧いている姿を見ると、ぜひ書いてくれと頼み込んでくるようになった。
もちろんアーニャは快諾した。
自分の奇妙な経験が役立ったことが何よりも嬉しかったのだ。
──アーニャには前世の記憶がある。
しかもこの世界の人間ではないときの記憶。
自分はいわゆる転生者ってやつなのだろう。
前世では日本で大学生をしていたと記憶している。しかもあまり家が裕福ではなかったので、奨学金をもらって通っていた苦学生というやつだ。
仕送りもなく、自分で生活費を稼がなくてはいけなかったので、大学の講義に加えてバイトを三つほど掛け持ちしていた。
その中に早朝のパン屋のバイトもあったので、現世でもこの仕事を選んだ。自分の経験を生かせる職業は、この異世界ではあまりなかったのでありがたい。
ポップもそうだが、パンも前世の知識を引っ張り出してきて、こういうのはどうだろうと店長に発案したりもしている。
それが客にうけて大人気になってしまったので、アーニャはこのお店では大変重宝される存在となった。
自分で言うのもなんだが、前世から器用なタイプだし何より働くことが好きなので、この現世でも生を満喫している。
──ひとつの不満を除いてだが。
「ねぇねぇ、アーニャ! 今度さ、魔術師たちの訓練場に行こ!」
休憩に行っていたスタッフが帰ってくるなり、そう言ってアーニャに詰め寄る。
一緒にこのパン屋で働く彼女は客がいないのをいいことに、はしゃぎながらカウンター越しに話しかけてきた。どうやら通りに出たさいに、何か嬉しい報せを見つけてきたらしい。
「訓練場?」
何故そんなところに? 何をしに? とアーニャは首を傾げた。
この世界は魔法も使える、いわゆるファンタジーのような世界だ。
アーニャが前世の記憶を取り戻したのは六歳の頃。その頃には魔法は身近で当たり前のものではあったが、前世では空想のものだったので不思議な感覚だった。
漫画やアニメで見たものが現実になった! と、凄く興奮したことを覚えている。
この国、タリアトーンは防衛機関として騎士団と魔術師団を保持している。この国の武術と魔術に秀でた人たちが集まり、大きな集団を形成していた。
魔術師団はその名の通り、魔術師たちの軍団。魔法を操り、この国を守るエリート集団でもある。騎士団とは違って少数精鋭なので、魔術師団に入れただけでもう人生勝ち組だ。
そんな彼らの訓練場は城の中にあって、もちろん部外者は立ち入り禁止。アーニャたちがフラッと行って見学できるはずがない。
それは彼女も知っているはずなのにと、不思議だった。
聞きたいことはたくさんあったが、とりあえず彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「さっきね、友達に会ったんだけど、魔術師たちの訓練場が見える場所を見つけたらしくて教えてもらったの! のぞき見し放題!」
「ふ~ん」
彼女は興奮気味で話をしてくれるが、アーニャは興味がなかった。
たしかに魔術師は国の守りと発展を担うエリート集団であり、この国の誉れだ。それ故に人気も高く、一定数のファンがついている。
騎士団派と魔術師団派に分かれ、どっちが強いか、どっちのほうが人気が高いかとよく議論になるくらいだ。
だが、彼らの姿を見ることは稀で、常に城の中の魔術師塔に籠っている。
もちろん、平民が城の中においそれと入れるわけもない。その姿を拝めるのは、催事があるときくらい。しかも顔が認識できないほど遠くから眺めるだけ。
魔術師たちを間近で見られる場所があるとしたら、それは何としてでも訪れたいだろう。……ファンの人たちにとっては、だが。
「明日さぁ、一緒にそこに行こうよ~」
「私はいいよ。別に魔術師とか興味ないし」
「そんなこと言わないで~! 一人で行くのは寂しいしぃ! ねぇ、アーニャ、お願い」
本音を言えば面倒くさい。
だが、彼女のその気持ちも分かるといえば分かる。
前世のアーニャにも推しの俳優がいて、テレビやネット、映画や舞台を逐一チェックしていたのだ。それはもう人生の生きがいだったし、大学とバイトに明け暮れる生活の中の潤いと言ってもいい。
お金も時間もなかったので隙間を縫うような推し活だったが、それでも幸せだった。推しのために生きていたと言っても過言ではない。死ぬまで人生の活力だった。
二十歳という若い身空で死んだ理由も、推しが主演を務めた映画の完成披露試写会に奇跡的に当選し、会場に向かう途中で交通事故に遭ったからだ。
推しが舞台挨拶もするとあって、それは凄い倍率の高い抽選だった。それを見事勝ち得たのだ。
生の推しに会える! 推しを生で浴びられる!
きっと神様が私の情熱を認めてくださって、ご褒美をくれたんだ。そう思い、送られてきた試写状に毎日手を合わせてお礼を言っていた。
だが、神はまた気まぐれでもあったようだ。
結局、前世のアーニャは生の推しに会えることもできず、転生してこの異世界にいる。
悪くない人生ではあったし、今のこの世界も人生も気に入ってはいるのだが、ひとつだけ不満があった。
それが、推しがこの世界にいないということだ。
俳優や歌手などはいるが、彼らの活躍場所は主に舞台だ。そこにはお金持ちしか入れず、もっぱら高貴な方々の娯楽でしかない。アーニャには覗き見ることすら許されなかった。
前世のようにテレビやネットがあるわけでもないので、どんな人がいるのかも分からない。
故に、今世においては潤いというものが足りない。枯渇してカラカラだ。
ときおり前世の推しの姿を思い出して潤いを得ているが、ただただ虚しい。
そんな経緯もあり、アーニャはまったく魔術師など興味はなかった。だが、少しでも推しを見たいと言う彼女の気持ちは痛いほど分かるので心が揺れ動いた。
「付き合うだけなら」
「本当?! いい! 全然いいよ! 一緒に行ってくれるだけで嬉しい!」
ちなみにアーニャの好みは、中性的な男性だ。溜息が出るほどに美しく、化粧も映える美男子系。
なので、フードを被って根暗な感じの魔術師や、筋骨隆々の騎士にも興味がなかった。
気楽に、本当にお付き合い程度に次の日に一緒に行ってみた。
それだけだったのに。
アーニャの世界が一変した。
──その日から、この国の若き魔術師リオ・サムジールがアーニャのすべてになったのだ。
第一章
リオは、一言で言うのであれば『魔術師界の期待の新星』だ。
強大な魔力に恵まれ、それを操る能力も多彩。大魔術師・ラドナの再来と言われるほどに有能な彼は戦争でも殿を務め、敵国の守りを魔法ひとつで突き崩すという偉業を成した。彼の働きを称賛するパレードが開かれたくらいだ。
言うまでもなく、彼のファンは多い。魔術師の中でも一二を争うほどだそうだ。
さらに特筆すべきはその容姿。
陽に当たると真っ白に透ける銀色の髪の毛に、まるで水晶を填め込んだかのような美しい瞳。中性的な顔立ちで、ときおり女性に見間違えられることもあるようだ。
だが、ローブを脱いだときに見える身体は男性らしくガッチリしていて、そのアンバランスさがまた魅力的だ。
まさにアーニャの好み。
一目で恋に落ちてしまった。
前世の推しと似ているというのも、またこの心を鷲掴みにされた要因のひとつだろう。
ようやく会えたね……と手を合わせて涙を流したくらいだ。一緒に行った彼女はその様子に引いていたようだが。
そんな彼に魅入られてしまったアーニャは、めでたくファンの仲間入りを果たした。
興味がないと、話半分に聞いていた頃が思い出せなくなってしまうほどに熱狂したのだ。
リオと出会ってから、常にその動向をチェックし、公の場に出ると聞けば一目散に駆けつけるようになった。訓練場が見える穴場は、いつの間にかファンの間で有名になってしまったらしく、連日大勢の人が押し寄せてきた。
アーニャも負けじと時間があるときには場所取り争奪戦に参加していたのだが、とうとう穴場の存在が魔術師団に知られてしまったらしく、魔術師団の団長の命令で目隠しがされてしまった。
そうなると、リオのご尊顔を拝めるときなどほぼないに等しくなる。
なので、広げに広げた情報網を駆使して魔術師たちの目撃情報を仕入れ、その場所に駆けつけるようになった。
唯一この推し活に邪魔になるのは、時間の融通が利かない雇われの身という立場だ。仕事中は何があっても抜け出してリオを探しに行くなどできない。
リオはアーニャのすべてだ。生きがいと言ってもいい。彼を拝むためならばどんなことでもするし、手段は問わない。
そんな身体の底から突き上げるような衝動のままに、勤めていたパン屋をやめて、特に趣味もなく使い道もなかった貯金をはたいて自分の店を持ち、身軽に動けるようにした。
これでいつ目撃情報が耳に飛び込んできてもすぐに駆けつけられる。
そういった時間の制約の少なさも利点のひとつだったが、さらにリオの役に立てればと思い店を構えた。
扱っているのは魔道具だ。
魔術を操るのは得意ではなかったが、家に残っていた魔道具を見よう見まねで作ったところとてもいい出来栄えだったので、これは商売になると閃いた。
念のため、曽祖父に使えそうかと聞いてみたところ、太鼓判を押してもらえたので勇んで店を開いた。
あまり立地はよくないこぢんまりとした店で、新規の客には見つかりにくいところにあるがそれはさしたる問題ではない。
アーニャのお店は、出張して売り込みに行くことを想定していたからだ。
自作の魔道具を城の魔術師たちに売り込めば、評判がいつかはリオの耳に届くだろう。興味を持った彼がアーニャの作った魔道具を買ってくれれば、これ以上ない幸せだ。
リオは強くなり、アーニャはリオの役に立てて幸せになれるという算段のもと城に売り込みに行った。するとこれが大好評で、オーダーメイドの注文もやってくるほどになった。
さてさて、評判という名の地固めも済んだので今こそリオにも営業をかけて、彼のためだけにアーニャ特製の魔道具を作ろうかと声をかけた。
「は? 魔道具? 僕にそんなものが必要だとでも?」
そして、けんもほろろに断られたのだ。
──そう、リオは実に愛想のない人だった。
特に女性に対してはつれなく、話しかけるなというオーラを放つどころか直接投げつけるくらいに冷ややかで、誰も寄せ付けない。
彼のファンは星の数ほどいるが、彼女たちに笑顔すら見せないつれない態度。
だが、そんなところがいい。
むしろ彼のそのクールさに惚れたのだ。見目の良さもそうだが、たとえ傾国の美女がしなだれかかっても顔を顰めて『邪魔』と一言でばっさり切り捨てそうなところがなおいい。
ただ、女性が嫌いというわけではないようだ。同僚の女性魔術師には普通に話しかけているのを何度か見たことがある。
つまりは、自分の周りで勝手に騒がしく黄色い声を上げている連中が嫌いなのだろうと結論付けた。故に、魔道具を作る魔技師になって仕事仲間として接しようと思ったのだが、どうやらそれでも警戒心を持たれてしまったようだ。
だが、そこで尻ごむほどアーニャは殊勝な人間ではなかった。
つれなくされようとも、邪険に扱われようとも、アーニャは必死にリオに魔道具を売り込みに行った。
「これは魔力不足を補うだけではなく、身体の負荷を軽減してくれる働きがあるんです!」
リオが求める性能を追求した新たな魔道具を作り、それを売り込みに行く。
アーニャが話しかけると嫌そうな顔をされるし逃げようとするが、それでも挫けなかった。むしろ、次こそは興味を持ってもらえるように改良を重ね、よりよい魔道具を作ることに勤しむ日々。
彼のために何か役に立ちたかった……というのは建前で、本当は自分の作った魔道具を身にまとった彼を見たいだけだ。
推しの戦力、そして装いの一端を自分が担う。
もちろん、リオの美しさを際立たせるための装飾を施し、造形も素材、模様のすべてにおいてこだわったものばかり。彼の身体に自分が作った魔道具が触れている。そう思っただけで卒倒しそうになる。
これ以上の僥倖があるだろうか。
それに、好かれはしなくとも、絶対に役立てるという自信があった。
「疲れたら寝る。だから必要ない」
ところが、リオは冷たい目でアーニャを射貫き、いつもどこかへ立ち去ってしまう。
この熱き思いは絶賛空回り中だった。
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