【試し読み】貴族嫌い令嬢は策士な公爵様に振られたい!

作家:こいなだ陽日
イラスト:雪ことり
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2022/3/29
販売価格:800円
あらすじ

「俺をこんな男にしたのは君だ」──大富豪の令嬢・ユステナ。国内で流通している野暮ったいドレスが気に入らない彼女は自らがデザイナーとなり、女性を艶やかに見せるドレスを作っていた。ある日、商談に訪れた娼館で見目麗しい貴族男性が逃げている場面に遭遇。貴族嫌いなユステナだけれど彼を助けることに。狭い場所に身を隠したふたりはぴったり密着! 身じろぎが刺激になり快感に襲われ──彼の足で思わず絶頂を迎えてしまったユステナは悔しさからやり返し、名前も告げずに立ち去った。しかし数日後、彼がユステナの家にやってきた。名前はディードメルス。公爵である彼に交際を申し込まれ、断れずに承諾したけれど……!?

登場人物
ユステナ
大商家の令嬢でドレスデザイナー。女性を艶やかに見せることを信条にドレスを作る。
ディードメルス
王族ゆかりの公爵。娼館で助けられたのをきっかけに、ユステナに交際を申し込む。
試し読み

第一章「貴族嫌いの乙女は密室で乱れる」

 女性の身体は美しい。
 細い首から肩にかけての曲線は女性の麗しさを表しているし、うっすらと浮き出た鎖骨は男性と違った繊細な色香がある。きゅっと絞った細い腰から臀部にかけてのしなやかな流れは艶やかで芸術的と表現しても過言ではない。
 それを隠してしまうのは勿体ないとユステナは常々思っていた。
 ユステナが着ているドレスは胸元が大きく開いている。腰は絞って細さを強調し、スカートはレースとリボンをふんだんにあしらって広がりを持たせた。デコルテが露わになっていても、落ち着きのある濃紺の布地が上品に見せてくれる。
 このドレスはユステナが自分でデザインしたものだ。女性の身体を美しく見せる衣装だと自負している。
 しかし、このドレスを見た貴婦人たちは皆一様に眉をひそめた。
 本日、用事があってユステナは大通りを歩いていた。さらさらな薄茶色の髪が風でなびく。意志の強そうな目は藍色で、今日のドレスと同じ色だった。
 通りの向かいから六歳くらいの女の子と、その母親と思われる二人連れが歩いてくる。女の子はユステナを見ると、目をきらきらと輝かせて母親に言った。
「あっ、ママ。あのドレスとっても素敵!」
 その子の指先がユステナに向けられる。しかし母親は眉間に皺を寄せた。
「見ちゃいけません。ああいうドレスはみっともないのよ?」
「えー? どうして? すごくかわいいよ? ママもああいうドレスを着ればいいのに」
 女の子はユステナのドレスに強い興味を持っているようだ。今日のドレスは自分でも会心の出来だと思っている。
 一方、母親はこのドレスを子供の目に見せたくないらしい。「ほら、あっちに鳥がいるわよ」と必死に娘の気を逸らそうとしている。
 もっとも、子供が親の思い通りに動くなど希有な話で、女の子はにこにこしながらユステナをじっと見てきた。
「かわいいよ、綺麗だよ。なんで? どうしてママはああいうドレスを着ないの?」
 女の子は血色もよく頬がふっくらと膨らんでおり、髪は綺麗に整えられていた。着ている洋服も上質の生地で仕立てられている。典型的な貴族の子供だ。
 そして、母親もいかにも貴族といったような高価なドレスを身に纏っていた。
 だが、首は詰め襟で隠され、膨らんだパフスリーブで肩のラインがわからない。腰回りももっさりとしていて、とても魅力的には見えなかった。
 ──これが、この国の貴族の服装である。
 肌を見せたり、身体の線を強調したりする服装ははしたないとされ、できるかぎり隠すのが美徳とされていた。ユステナはこのドレスを美しいと思ったことは一度もない。
(パフスリーブはかわいいけれど、肩にボリュームが出るからウエストを絞って、すっきりとしたシルエットにしないと。あんなふうに腰の線を見せないデザインだと太って見えるわ)
 貴婦人のドレスを見て、頭の中でそんなことを思ってしまう。
 ユステナがじろじろ見ているのが気になったのか、貴婦人はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべた。子供特有の「どうして? なんで?」という質問に、聞こえよがしに答える。
「だから、みっともないって言ったでしょう? ああいうドレスはとっても恥ずかしいのよ! レディが着るドレスじゃないわ」
 子供にだけ聞こえる声の大きさではない。ユステナへの嫌味もこめた台詞なのだろう。
(これって、喧嘩を売られたのよね?)
 気の強いユステナは貴婦人に声をかける。
「ごきげんよう、マダム。私を誰だかわかって、みっともないと仰っているのですね?」
 凜とした声が大通りに響き渡った。道行く人も何事かとこちらを見てくる。
「え? 誰って、そんなドレスを着るのはどうせ娼婦……、……って、ああ!」
 ユステナのネックレスを見て貴婦人が青ざめる。
 デコルテの開いたドレスにはアクセサリーが必須だ。そして今日つけていたネックレスは特注品で、ユステナの家の紋章があしらわれたデザインである。
「まさか、シーネリア商会の……!」
「ええ、そうですよ。ユステナ・シーネリアです。……ああ、あなたは確かダドレア夫人ですね。先日、うちに融資をしてほしいといらっしゃいましたよね?」
 そう言ってにこりと微笑む。
 ユステナの家が営むシーネリア商会は国内屈指の大商家だった。シーネリア商会の名前を知らない者など、この国にいないだろう。
 シーネリア家は貴族ではない。しかし、その辺の貴族が束になっても敵わないほどの財力があり、総資産は王族ゆかりの公爵家にも匹敵する。まさに大富豪だ。
 近年は法律が変わり国民への税金が下げられた。それに伴い貴族たちの領地収入が減ったのである。領地経営だけでは裕福に暮らせず、商売を始める貴族が増えた。
 商売にはお金が必要となるし、順調な滑り出しのためには後ろ楯も欠かせない。よって、莫大な資産を持ち方々に顔が利くシーネリア商会に融資や後援を頼む貴族が後を絶たない。
 この貴婦人の家もそうだ。実際に対談したのは父親と弟で、ユステナは屋敷に入ってくる人間の姿を窓からちらりと見ただけ。しかし顔を覚えるのは得意で、どこの貴族なのか後で父親に教えてもらった。
(聞いておいてよかったわ)
 誰がどんな顔をしているのか知っていて損はない。知識はあればあるほど武器になる。
 目の前の貴婦人も、ユステナが自分を認知していることに竦み上がったようだ。融資を依頼した家の令嬢を往来で侮辱したのだから無理もない。
「私をみっともないと言ったこと、父にもよく伝えておきますね」
「ま、待ってください! 今のは、その……」
「あら、謝罪よりも先に言い訳ですか? まあ、いくらお金があるとはいえ私は平民です。貴族であるあなたは私に頭を下げたくないのでしょうね。……ええ、その気持ち、よくわかりますわ」
「……っ」
 貴婦人は顔面蒼白のまま言葉を失う。ユステナは彼女の隣を通り過ぎるが、最後まで謝罪の言葉はなかった。
(貴族って矜持ばかり高いんだから。大嫌い!)
 ユステナは溜め息を吐きながら歩く。
 大通りを抜け、細い路地を通った先に目的地があった。きらびやかな建物は、まるで王族の離宮のようである。
 しかし、こんな街中に離宮があるはずもない。
 まだ昼間だというのに、何人もの男性が吸いこまれるように建物に入っていった。ユステナも仕事道具を抱えながら中へと入る。
 そこにはユステナと同じように胸元の開いたドレスを着た女性が沢山いた。その姿を見て、やはりこのドレスは女性の美しさを際立たせると再認する。
 むせかえるような甘い匂いも、もう慣れた。ユステナはここが──娼館が大好きである。なぜならば、自分がデザインしたドレスを着た女性が沢山いるからだ。
「いらっしゃい、ユステナ。こちらに来てくれる?」
 娼館の副支配人が玄関ホールでユステナを迎えてくれた。かつて、この娼館で一番の娼婦だった彼女は十年前に引退し、今では裏方として働いている。しかしユステナがデザインしたドレスを気に入っており、今日も着てくれていた。
 彼女はもう五十近い。それでも露出の高いドレスを着こなしている。いい年の重ねかたをしていると思うし、彼女のようになりたいと考えるほどだ。
 ユステナは副支配人と一緒に応接室に入る。
「新しいデザインを持ってきたわ。それと布も」
 テーブルの上にデザイン画と布を広げると、副支配人が嬉しげに声を上げた。
「まあ、どれも素敵ね! ……あら、私はこれが一番好きだわ」
「ああ、それね。私も気に入っているの」
 デザイン画を見ながらあれがいい、これがいいと二人で相談する。
 ユステナはドレスのデザインを仕事にしていた。裕福な家に生まれたから働かなくても暮らしていけるけれど、この仕事を誇りに思っている。
 今から遡ること十年ほど前──第二次性徴期を迎えたユステナの身体は子供から女性へと変化しようとしていた。膨らみ始めた胸に、すらりとした手足。日に日に男の子とは違う作りになっていく自分の身体を鏡で見て綺麗だと思った。
 しかし、この国のドレスは身体の線を見せないものが主流である。成長にあわせて買い与えられたドレスはだぼっとしていて、どれも気に入らない。ユステナの柔らかな胸も細い腰もすべてを隠してしまう。
 そこでユステナは、「こういうドレスが着たい」と絵を描き父親に見せた。父親なら、自分が欲しいドレスを作ってくれると期待したのである。
 デザイン画を見た父親は、「才能があるかもしれないな」と呟くと、伝手つてを生かして有名なデザイナーを呼びよせ、ユステナの家庭教師にした。そして、デザインを学ぶことになったのである。
 そのデザイナーは常識を覆すようなデザインを馬鹿にすることはなかった。思うところはあっただろうが、父親の権力と金がデザイナーを従順にさせたのである。
 褒めて伸ばされたユステナは気持ちよくデザインの基礎を学ぶことができた。専門用語を覚えるのも楽しい。
 そしてデザインを習って二年後、ようやく自分のドレスを作れるだけの知識を得た。
 布の入手もドレスの仕立てもすべて父親が協力してくれる。有名貴族御用達の工房に依頼し、理想のドレスを作り上げることができた。
 肩があらわになったドレス姿を鏡で見て、やはり女性の身体の線は美しいと思ったのを覚えている。これは隠さずに見せるべきだ、と。
 家族も使用人も初めて作ったドレスを素敵だと褒めてくれた。だからユステナは、自分のドレスがこの国の価値観を変えると思いこんでしまったのである。
 ──しかし、待ち受けていたのは残酷な現実だった。
 それは、父親と一緒に社交会に参加した時のこと。初めて自慢のドレスで参加する表舞台にユステナの胸ははずんでいた。
 もちろん、一風変わったデザインのドレスは注目の的となった。このドレスが素晴らしいからみんな見ているのだと有頂天になったし、事実、近寄ってくる貴族たちはこぞって「素敵だ」と褒めてくれたのである。
 だが、それはユステナが「シーネリア商会の令嬢」なので、表立って悪く言う人間がいないだけだった。
 沢山褒められて鼻歌交じりにご不浄に向かった際、人気ひとけのない廊下で「みっともない」「はしたない」と陰口を叩かれているのを聞いてしまったのである。
「あんなの、娼婦みたいだわ」
 その言葉が深く胸に突き刺さった。父親の顔色を覗っているだけで、誰一人としてユステナのドレスを素晴らしいと思っていなかったのだと悟る。
 こうなることは父親も予測していただろう。世情を読むのがうまい人だ。ユステナのやりたいことを頭ごなしに否定するのではなく、身をもってわからせるために社交会に連れてきたのかもしれない。
 しかし、ユステナの心は折れなかった。
(私の作るドレスは素晴らしいわ。世間の価値観が違うだけ)
 できあがったドレスを着て鏡を見た時、どれだけ舞い上がったことか。あの昂揚感を味わったユステナは、自分の価値観は間違っていないと信じていた。
(私は商人の娘。お金を稼ぐことで、このドレスの価値を証明してみせるわ)
 ユステナには商人の娘としての矜持があった。そして、「娼婦みたい」という台詞に気付きを得て、娼館に商売を持ちかけることにしたのである。
 父親に「このドレスを娼館に売りたい」と言ってみたところ、「それはいい」とあっという間に場を設けてくれた。
 娼館の主に見せたところ、ユステナのドレスはとても好評だった。娼婦たちは肌を露出するような衣装を着ていたが、どうしても品が足りなくなってしまうと困っていたらしい。
 そんな中、上品さを併せ持つユステナのドレスは娼館に高級感を持たせた。さっそくドレスを卸すと顧客の評判もよく、売り上げもよくなったらしい。
 娼館はユステナにどんどん仕事を依頼してくれた。金払いもよく、そこそこの儲けになっている。
 ──はたして、父親はどこまで計算していたのか? それともただの偶然か。
 ユステナは今、二十三歳。ドレスのデザイナーとしてそれなりに稼いでいる。生まれてこのかたお金に困ったことはないけれど、働くことの大変さと喜びを知った。
 ドレスショップも開いてはいるけれど普段は閑古鳥が鳴いていて、取引相手は娼館のみである。
 今日も馴染みのある娼館に新作のデザイン画を持ってきていた。流行りすたりがあるので、それを加味し布地やデザインの微調整をしてから仕立屋に発注するのだ。
「それでは、これで決まりね」
 打ち合わせも終わり、沢山あった案の中からいくつかを選び終える。使用する布も決まった。
 しかし、ユステナの仕事はこれで終わりではない。
「じゃあ、娼館の中をぐるっと回ってから帰るわね」
「ええ、好きに見ていってちょうだい」
 副支配人が優雅に微笑む。ユステナは応接室を出ると、入口とは反対方向へと歩き出した。
 仕事道具である布を抱えたまま歩いていると、沢山の娼婦とすれ違う。客と一緒の娼婦には話しかけないが、一人で歩いている娼婦とは顔を合わせると言葉を交わしていた。
「あら、ユステナ。あなたがいるってことは、また新しいドレスができるのかしら」
「そうよ。あなたの希望通りに薔薇をイメージしたスカートのドレスも作れるわ」
「まあ、素敵!」
 娼婦が嬉しそうに手を合わせる。
「ねえ、他にはどんなドレスを着てみたい?」
「レースをふんだんにあしらったのも好きだけど、もう少ししっとりとしたデザインのドレスも着てみたいわ」
「そうね……。腰回りをすっきりさせて、お尻の線を出すようなのもいいかもしれないわ。全体的にすらっとした感じで、でも足首には少し広がりを持たせて……うん、イメージがわいてきたわ」
 頭の中に新作のデザインがぱっと広がっていく。
 ユステナがデザインをしたドレスを着るのは彼女たちだ。自分が着たいと思えるような服であることは大前提として、実際に着用する女性たちの意見を取り入れるようにしている。
 そしてこの娼館には、ユステナがデザインしたドレスを着た娼婦たちで溢れている。それを見るのは気分がいいし、見ているだけで創作意欲がわいてくるのだ。
 だから、打ち合わせの後にこうして娼館内を見て回るのは大切な仕事の一部である。
 娼婦たちも男の使用人たちも、皆ユステナが娼婦ではなくデザイナーだということはわかっている。この娼館にとってユステナのドレスはなくてはならないものなので、皆が好意的だった。
 時折娼婦と会話をしながら娼館内を歩いていく。
 この娼館は宮殿のような造りだった。豪奢で非日常的だからこそ、ここでの出来事がより特別に思え、客が何度も足を運びたくなるのだ。
 鏡のように磨き上げられた床は美しく、ユステナはうっとりとしてしまう。この建物は本当に素晴らしい。
 視界に入るすべてを楽しみながら長い廊下をゆっくりと歩いていると、前方から一人の男性が小走りでやってきた。
(あら……?)
 彼は月の光にも負けないくらいに輝く金の髪を持っていた。あそこまで見事な金髪は珍しい。青と碧の中間のようなアクアマリン色の目も印象的だ。
 ずいぶんと綺麗に整った顔立ちだが額に汗がにじみ、髪も乱れている。息切れしているし、長いこと走ってきたのだろうか?
 彼の着ている服は上質な布で作られていることが一目でわかった。刺繍に使われている糸だってかなりのものだ。
 流麗な容姿といい、着ているものの豪華さといい、彼はかなり裕福な貴族なのだろう。この娼館は格式が高く、王族もお忍びでやってくるらしいから、彼のような貴族がいてもおかしくはない。
 しかし、彼はなにかから逃げているように見えた。ユステナの姿を見るなり駆け寄ってくる。
「ハァ、ハァ……。失礼、レディ。出口はどこかな? 裏口を教えていただければありがたい」
「ここからは少し遠いわね。一体、どうしたというの?」
 貴族は嫌いなので、ついきつい口調で答えてしまう。だが、彼は咎めることなく柔和に話してくれた。
「じ、実は、友人に騙されてここに連れてこられたんだ。俺はそんなつもりはなかったのに、筆下ろししてやってくれってそいつが勝手に娼婦にお金を払って……。俺は断ったんだが、もらったお金のぶんはきちんと働くって娼婦に迫られて……逃げたら迷ってしまった」
「あら……」
 筆下ろし。つまり、彼は女性経験がないということなのだろう。
 ユステナは驚きながら目の前の男性を見上げる。
 顔はいい。いい家の子息だろうし、ユステナへの態度も悪くはない。年は二十後半くらいだろうか? とても童貞には見えなかった。
(モテそうなのに……。もしかして初体験に理想を抱いている感じかしら?)
 値踏みするように彼を眺めてしまう。
「頼む。俺をここから逃がしてくれ」
「ここの娼館は美女揃いよ。なにが不満なの? 筆下ろししてもらったらいいじゃない」
「事情があって、結婚するつもりがない女性と子供ができるような行為をするわけにはいかないんだ。説得しようとしても、相手の娼婦が話を聞いてくれなくて困っている。金ならいくらでも払うから助けてくれ。君が望むならこの娼館から身請けして自由にすることもできる」
 必死な形相で頼まれる。
 しかし、ユステナは娼婦である以前に大富豪の娘だ。お金程度で心は揺れない。
「残念だけど私は娼婦じゃないの。ここには別の仕事で来ているだけよ。それに、ここで働く娼婦はみんな誇りを持って仕事しているし、お金に困っているわけではないわ。上から目線で身請けしてやるなんて、失礼も甚だしい」
 嫌味な言い回しだと思うが、貴族が嫌いなので態度に出てしまう。
 すると、彼は驚いたように目をみはった。ユステナのドレスはまさに娼婦が着るデザインのものである。
 どこからどう見ても娼婦なのに違うと言い張ったユステナに対し、彼は頭を下げた。
「そうか。それは君にも娼婦の方々にも失礼なことを言ってしまったようだな。すまなかった」
「……っ!」
 あっさり謝られて呆気にとられる。
(平民相手に簡単に謝れるなんて)
 貴族が嫌いとはいえ、彼には失礼な態度をとってしまった。自分の言動に罪悪感を覚え、ちくりと胸の奥が痛む。
(貴族のくせに……なんだか、調子が狂うわ)
 少し話しただけだが、目の前の男性からは今まで接してきた貴族とは違うものを感じた。おののいていると遠くから声が聞こえる。
「お客さーん。どうせ逃げられないわよ? 諦めて出てきなさーい」
 その甲高い声に、目の前の男性がびくりと肩を跳ね上げる。どうやら、筆下ろしを頼まれた娼婦が彼を探しに来たらしい。
「くっ……」
 走り出そうとしたので、ユステナはとっさに彼の腕を掴んだ。
「……っ、離してくれ! 俺はすぐにでも逃げたいんだ」
 力づくで振りほどけばいいものを、彼はユステナに乱暴をしなかった。きちんと人として、女性として扱ってくれている。
 感心したユステナは彼を助けてあげることにした。
「こっちよ」
「え?」
 近くにあった大きな柱の模様に指を差しこむ。カチリと音がして、ゆっくりとドアが開いた。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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