【試し読み】悪役令嬢なのに攻略対象から溺愛されています

作家:北條三日月
イラスト:SHABON
レーベル:夢中文庫プランセ
発売日:2021/6/18
販売価格:700円
あらすじ

目覚めたら、夢中でプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢・アデルに転生!? どの攻略対象、どのルートでもバッドエンドを迎えるキャラだ。最悪、死亡エンド。それだけは避けたい、誰とも結ばれなくていい、悲惨な結末だけは回避したい! 今はヒロイン降臨前、まだなんとかなる! 穏便に過ごそうと必死なアデルだったが──「私から逃れられるなんて思わないことだ」 我儘だったアデルが急に大人しくなったら、攻略対象で婚約者の王太子・ノアが急接近! ヒロインの邪魔をすれば、破滅が――。悪役令嬢のままでいるわけにいかないのに、独占欲を隠そうともしないノアから愛され求められると、アデルも幸せになりたくなってしまって……

登場人物
アデル
転生後の姿であり、乙女ゲームの悪役令嬢。バッドエンド回避のため奔走するが…
ノア
攻略対象で婚約者。別人のようになったアデルに好意的になり、独占欲をのぞかせるように。
試し読み

「なんて醜い性根だ! まるで毒そのもののようだ! 反省するそぶりすら見せぬとは。貴様のような女を正妃にしようとしていたなんて、考えるもおぞましい!」
 グランツ王国は王太子──ノア・クリスティアン・フォン・グランツが、汚らわしいとばかりに私から顔を背け、吐き棄てるように叫ぶ。
 夜の闇のような艶めく髪に、色香に満ちた切れ長の双眸。そして、整った鼻梁に薄い唇。一分の隙もなく鍛え抜かれた体躯。
 立っているだけで人を魅了する──魔性の美貌と類稀たぐいまれなカリスマ性。
 床にへたり込んだまま私──アーデルハイド・フォン・ヴァルトシュタインは、何も言うことができずに唇を噛み締めた。
 反省など、できるはずもない。
 なぜなら、つい先ほど目の前で読み上げられた告発文の内容は、ほぼ事実無根だからだ。まったくもって身に覚えがないことばかりで、わずかに心当たりがあることも、それをそんなふうに受け取るのかと唖然としてしまうほど、大きく歪められてしまっている。
 これが『告発』だと言うのか。匿名の──出処も突き止めていない根も葉もない噂話や誹謗中傷を集めただけの、こんなものが?
「殿下……」
 同じく艶やかな漆黒の髪を揺らして、小柄で華奢な女性が王太子殿下に寄り添う。
 ユリ──百合・ローゼンクロイツ。異世界からやってきた聖なる乙女。
「お気を鎮められて……殿下。私なら大丈夫ですから……」
「ユリ……。自分を侮辱し傷つけた者にまで優しくする必要なんてないんだ。罪には、しかるべき罰を。これは当然のことだ」
「いいえ、殿下、もういいのです……。アデルさまも反省されていると思いますし……」
 百合がしおらしく俯いて、首を横に振る。
 彼女のいじらしい仕草に王太子殿下はそっと息をつき、その身体を優しく抱き寄せた。
「──わかった。争いが苦手な心優しいお前に免じて、この女はノイヴァン地方の神殿に生涯幽閉とする」
「っ……!? お、お待ちください……! 殿下……」
 思わず手を伸ばす。身に覚えのないことで、生涯幽閉だなんて!
 違うと、それは間違いだと、告発文にあったようなことはしていないと告げなければ。ちゃんと説明すれば、殿下も──後ろで黙ったままの私の両親も、わかってくださるはず!
 しかし、伸ばした手も、私の思いも届くことはなく──殿下は私に冷たく背を向けた。
「ユリに感謝するんだな。彼女が受けた傷を思えば、今この場で切り捨ててやりたいぐらいなんだからな」
「っ……で、殿下……」
「──温情に感謝いたします、殿下。娘は勘当し、生涯この王都の地を踏ませないことをお約束いたします」
 両親が申し訳ありませんと何度も頭を下げる。──待って。違う。謝らなくちゃいけないようなこと、私はしてない。罰を受けなきゃいけないようなことも。
 ブルブルと手が震える。鼻の奥がツンと痛くなって、涙が溢れそうになってしまう。
 どうして、こんなめにあわなくてはならないのだろう?
 私がいったい何をしたというの?
 わからない──!
 必死に歯を食い縛って涙をこらえていると、両側から腕を乱暴につかまれて、そのまま引きずり上げるように強引に立たされた。
「は、離しなさい!」
 思わず叫ぶも、私をつかみ上げた兵は一切意に介すことなく、そのまま殿下と百合に向けて一礼、私を捕らえたままきびすを返した。
「ま、待って! 放して! 違う! 私は何もしていません! ──殿下!」
 思わず振り返って叫ぶも、殿下はこちらを一瞥すらしない。
 その代わり、殿下以外の人はみな、私を見ていた。ひどく冷たい──まるで汚いものを見るような目で。
「っ……違います! 私は何もしていません! 信じてください!」
 ズルズルと大広間から引きずり出されながら、私は必死に訴えた。
「話を聞いてください! 私は何もしてない! お父さま! お母さま! ──殿下っ!」
『告発』されたようなことは何もしてない!
 すべて違うの! 誤解なの! 濡れ衣なのよ!
「殿下! 殿下ぁっ!」
 けれど、その言葉は届かなかった。
 無慈悲にも大広間の扉は閉ざされ──私の罪は確定した。

第一章

「ッ──!」
 私はビクンと身を震わせ、飛び起きた。
 ドクドクと心臓が激しく脈打っている。
「…………」
 言葉もなく肩で息をしていると、滲んで霞んでいた視界がクリアになってくる。
 間もなくはっきりと像を結んだのは──下肢を覆う布団だった。
「……布団……」
 私はブルリと身を震わせて両手で胸を押さえると、ほーっと大きく息をついた。
「なんだ……夢かぁ……」
 考えなくとも、当然だ。夢の中で、私は乙女ゲーム『溺惑のエフェメラル』の悪役令嬢──アーデルハイド・フォン・ヴァルトシュタインになってたんだもの。それが夢でなくてなんだというのか。
「昨日見た断罪シーンを、アデルさま目線で体験しちゃったよ……」
 昨夜もまた、乙女ゲーム『溺惑のエフェメラル』を遅くまで夢中でプレイして──そのまま寝落ちしてしまったせいだろう。ここのところ毎日だもの。これだけやっていたら、夢に見るのも当然だ。むしろ、見ないほうがおかしいぐらい。
 迫力と臨場感がありすぎてビックリしたけれど、キャラ目線でゲーム体験できるなんてなかなかできることじゃない。得しちゃった。
 私はクスッと笑って、時間を確認すべく視線を巡らせた。
「──ッ!?」
 視界を埋めたまったく見覚えのない光景に、私は大きく目を見開いた。
 白地にピンクや赤の小花が踊る可愛らしい壁紙に、何やら紋章のような模様が染め抜かれたワインレッドの絨毯。繊細優美な装飾が施されたマントルピース。そしてその前には、落ち着いたワインレッドのファイヤースクリーンと布張りのシングルソファー。
 大きな窓からは眩い陽光が差し込み、美しいレースのカーテンは風を受けて柔らかく揺らめいている。
 な、何? ここ……?
 もちろん、八畳1Kの私の部屋じゃない。
 優美な曲線が印象的な、白いライティングビューロー。同じく、曲線と背もたれのリボン結びの透かし彫刻が美しいチッペンデール様式の椅子。
 その隣には、金の装飾が素晴らしい白いロココ調のチェスト、同じシリーズのオーバルミラードレッサー。
 部屋の中央には、カブリオールレッグが素敵な白いセンターテーブルに、光沢のあるワインレッドのチェスターフィールドソファーまで。
 そして私が横たわっていたのは、クイーンサイズの豪奢な天蓋付きベッド。
 広くて、豪華で──まるで格式高い高級ホテルのスイートルームのような美しい部屋だった。
「…………」
 ここ、どこ……?
 どうして私、こんなところにいるの……?
「え……? 私……昨日は……」
 ハマり倒している乙女ゲームを夢中でプレイして、そのまま寝落ちした……はず。
 いえ、本当にそうだった? それが最近のデフォルトだったから、そう思い込んでしまっているだけじゃなくて?
 いや、むしろ昨日がいつもとまったく違っていたら、それはさすがに覚えてるか……。じゃあ、いつもどおりだったってこと? でも、だとしたら、なんで私、こんな見覚えがまったくないところにいるの?
「……? ……?」
 昨日のことを必死に思い出そうとしても、なんだか頭にもやがかかったようで、上手く思い出せない。
 思わず頭を抱えると、フワリと何かが肩から胸元へと零れ落ちる。
 反射的にその『何か』に視線を向けて──私はさらにギョッと目を丸くした。
「え、ええっ!?」
 それは──髪だった。輝かんばかりの金色で、しっとりと艶めいて、とても美しい。
 もちろん、私は金髪じゃない。そもそもロングヘアでもない。お金はすべてヲタ活につぎ込みたいからもちろん染めたりしていないし、手入れも簡単なボブカットだ。
 おそるおそるその美しい髪に指を絡めて引っ張ってみると、後頭部あたりにじんわりと痛みが走る。嘘……これ、私の髪?
「っ……」
 私は慌ててベッドを下りて、ドレッサーに駆け寄った。
「──ッ!」
 オーバルミラーに映っていたのは、とんでもない美少女だった。
 腰あたりまである黄金色のゴージャスな巻き毛に、最高級のサファイヤのごとき鮮やかな碧眼。肌は抜けるように白く、形がよくぽってりとして可愛らしい唇は艶めいた桜色。頬はふっくら柔らかなカーブを描き、だけど顎と首はほっそりと華奢。レースとフリルたっぷりのゴージャスなネグリジェから覗く鎖骨まで、見惚れるほど美しい。
 でも、驚くべきはその美しさだけじゃない。
 私は愕然として、鏡を覗き込んだ。
「アデル……さま……?」
 鏡に映っていたのは、アーデルハイド・フォン・ヴァルトシュタイン侯爵令嬢だった。
 ゴシゴシと目を擦ってあらためて鏡を覗き込むも、何も変わらない。鏡の中からびっくりまなこでこちらを見つめているのは、たしかに乙女ゲーム『溺惑のエフェメラル』の悪役令嬢──アーデルハイド・フォン・ヴァルトシュタイン。
「こ、これって……まさか……」
 呆然としたまま呟いたのと同時に、室内にノックの音が響く。
「おはようございます、アーデルハイドさま」
「っ……」
 息を呑んだ瞬間、ドアが開く。
 中に入ってきたのは、これまた見覚えのある人物だった。
「メ……メアリー……」
 ブルネットのまとめ髪に、琥珀色の瞳。襟と袖の白いレースが眩しいクラシカルなタイプの黒いワンピースに、白いレースのエプロンをつけている。年齢は二十代前半といったところだろうか。とてもおとなしそうで品のある女性──アーデルハイドの専属侍女、メアリーだ。
「……! もうお目覚めでしたか」
 ゲームで見たそのままの姿のメアリーは──ふっと口もとを綻ばせると、ティーポットなどが乗ったワゴンを押しながら、部屋に入ってきた。
「では、モーニングティーはソファーでお召し上がりになりますか?」
「……メアリー……」
「はい? なんでございましょう、お嬢さま」
「…………」
 なんの迷いもなく、疑いもなく、メアリーが私を『お嬢さま』と呼ぶ。
 自身が仕える『主人』であると──。
 ああ、これはもう間違いない。
「っ……」
 私はへなへなとその場にへたり込むと、両手で顔を覆った。
 わ、私、ゲームの世界に転生したんだ──!
 これ、漫画でもアニメでも人気の『悪役令嬢もの』展開! まさに、同人誌でも投稿系webサイトでもSNSでも百万回見たヤツ──!
 ま、まさか、自分の身にそれが起こるなんて!
 じゃ、じゃあ、私は一度……死んだ、の……?
 そんな私の疑問に応えるかのように、頭の中の靄が晴れてゆき──と同時に記憶が映像としてフラッシュバックし出す。
 寿司より寿司詰めの満員電車。ホームから改札を抜け、オフィス街まで続く、暗い色のスーツを着た大勢の人間の大行進。立ち並ぶスタイリッシュな高層ビル群。そのうちの一つに構えられた無機質なデスクがズラリと並ぶオフィスでは、人の話し声よりもキーボードを叩く音のほうが耳につく。
 ボロボロに疲れて辿り着く、八畳の見慣れた部屋。漫画やアニメ、ゲームのグッズで溢れた机。ベッドの上には、ゲーム機と攻略本が置かれている。
 ああ、私の部屋だ……。そう思った瞬間、まったく違う記憶も流れ出す。
 緑鮮やかな森の中にある白亜のヴァルトシュタイン邸。美しく整えられたお気に入りの薔薇園。いつも夏を過ごす、湖の畔の離宮。そこには、お父さまからいただいた白馬が。ああ、そういえば、今年の夏のために乗馬服を新調したのだった。
 お母さまからいただいたヴァイオリンは、トロリとした黄金色のニスが美しくて、音色は深くて優しくて柔らかくて──大好きだ。
「っ……あ……」
 一気に溢れるあまりの情報量に、反射的に頭を抱える。
「お、お嬢さま? いかがなさいました?」
 王族の証である漆黒の髪と瞳の美しさ、そしてまだ幼いながらすでに見る者を圧倒するカリスマ性に一目惚れした──王太子殿下、ノア・クリスティアン・フォン・グランツ。
 これは、アーデルハイドとしての記憶だ。
 新作乙女ゲームのパッケージに描かれた王太子殿下に一目惚れして、その場で買って帰って夢中でプレイした──同じく一目惚れの記憶だけれど、こちらは以前の私のもの。
 王宮でのお茶会。遠目に王太子殿下のお姿を拝見し、胸を熱くした。
 ボーナスを手に『推し』を手にするために奔走した、同人誌即売会。
 メアリーが淹れてくれるミルクティーは、いつも心と身体を癒やしてくれる。
 行きつけの珈琲ショップの甘~いココアは、仕事で疲れた身体に染み渡る。
 雨の中、ゆっくりと黒い馬車が走り出してゆくのを泣きながら見ていた。
 そして──猛スピードで迫り来るトラックのヘッドライト。
「ッ……!」
 思わず、ギュッと目を閉じる。
 ああ、そうだ。思い出した。私に向かってトラックが突っ込んできた。歩行者信号は青だったはずなのに。
 そうか……。きっとそれで、私は死んだんだ……。
 そして、アーデルハイド・フォン・ヴァルトシュタインとして生きてきた。
 最初は混乱したけれど、どうやらその記憶もきちんとある。
 今はグランツ歴二〇七年の初春。ヒロインがこの世界に降臨する──つまりゲーム開始の少し前だ。
「お嬢さま? お加減が悪いのですか?」
 気づかわしげな声とともに、傍らにメアリーが膝をつく気配がする。
 記憶の洪水もなんとか治まって、私はゆっくりと顔を上げた。
「いいえ、ありがとう。大丈夫。少し夢見が悪かっただけ」
 メアリーの目を見て微笑んで、首を横に振る。
「本当でございますか? お加減がよろしくないのであれば、ベッドにお戻りになったほうが……」
「いえ、大丈夫。紅茶はソファーでいただくわ。今日はなぁに?」
 私はすくっと立ち上がると、チェスターフィールドソファーに腰を下ろしてにっこりと笑った。

※この続きは製品版でお楽しみください。

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