【試し読み】男装の皇帝妃候補~花族の少女は選ばれたくないんです!~
あらすじ
「残念ながら、俺は他の誰にも目がいかない」男装しているのに、どうして候補から落とされないの!? ――シュンランは帝国から特別な称号「花族」を与えられているロッカ家の分家の娘。彼女は「皇帝の妃候補を後宮に上げる」という本家の義務を、身ごもった一人娘の代わりに果たすべく後宮へ。〝男装〟し、男として行けばすぐ落とされるだろうと目論んでいたのだが、女性候補者が落とされていく中、何故か最終審査まで残ったうえにひょんなことから皇帝カイルにも気に入られてしまって!? 同性と思われているゆえか、気軽に触れてくるカイルの距離にシュンランはドキドキしてしまい――!? 孤独な皇帝と初心な男装少女のにぎやかな恋物語!
登場人物
皇帝の妃候補として〝男装〟し後宮へ上がったが、目論見がはずれ最終審査まで残ってしまう。
帝国の若き皇帝。天真爛漫なシュンランを気に入り、積極的にスキンシップをとる。
試し読み
序章
アウグスト帝国の山々の奥。
ひっそりとあるジアンの村は、どの砂利道にも花弁が積もっていた。ひっきりなしに村人によって降らされていて、村中が結婚の祝いで賑わっている。
この地の〝花族〟である、村長一族のロッカ家。
帝国貴族位、男爵であるそのロッカ一族本家の長女、サチ・ロッカに、先日めでたい懐妊が発覚した。
そこで本日、婿入りの婚姻式と祝儀が併せて執り行われたのだ。
「村長様! 娘様のご結婚おめでとうございます!」
「ようやくお婿様が決まって、良かったですね!」
「長老様達も安心されたでしょうね! ご懐妊もおめでとうございます!」
もう小さな村総出でのお祝い騒ぎだった。
実は、花族は〝吉兆をもたらす血族〟として知られている。
帝国の地と人々の繁栄のため、神から贈られたとして特別な貴族称号〝花族〟を与えられていた。
──暮らす土地は神に守られ、人と土地に恵みと幸せを運ぶ。
そう古くから伝えられている有り難い一族なのだ。
神に縁があるとされたのは、目鼻立ちが整った者も多いせいだろうか。この国で唯一の瞳の色である、花のような鮮やかな桃色の目が特徴だった。
この地伝統の花嫁衣装に身を包んだサチは、いつにも増して美しい。
結い上げられた柔らかな稲穂色の長い髪は、少しばかり顔周りに残されて、彼女の優美な美貌を飾っている。
「サチ姉さん、おめでとーっ」
「ありがとう」
屋敷までの花道を進む新郎新婦の二人に向かって、一際テンション高く叫んだのはロッカ一族分家の一人娘、十六歳のシュンランだった。
その大きな瞳は、珍しく本家と全く同じ鮮やかな〝花族の目〟だ。
だが、美しくおしとやかな本家の十九歳のサチと比べると、「美女と山猿」とたとえられているくらいに全然違った。
細っこいチビで、もう表情からして元気いっぱいだった。
天真爛漫なシュンランは、自由な風潮があるこの村で短い髪をしている。女性衣装は着ているが、落ち着きのなさでズボンも穿かせられていた。
「あっ、コレッ、やめんかシュンラン!」
「いいから貸して!」
シュンランは、元村長である本家の長老エビスの扇子を取ると、彼が移動してきた籠の上に飛び乗って花吹雪を豪快に放った。
「サチ姉さん! ほんっっっっとにおめでとう!」
扇子をぶんぶん振るシュンランに、村人達は呆れつつも温かく笑う。そこもまた愛らしさがあって場は更に和んだ。
分家のシュンランにとって、彼女は本当の姉みたいな存在だった。
本家と分家で、一人ずつの女の子。親同士も仲が良く、他に兄弟がいなかった二人は幼い頃からよく一緒にいて過ごしてきた。
美しく優しい本家のサチ。そして、愛らしさに溢れた元気なシュンラン。
村人達にとって、十代の二人の花族はどちらも宝だった。ロッカ家の本家と分家も分け隔てなく、誰もが二人を愛した。
「アジト兄さん、ちゃんと立派な夫やれよーっ」
「相変わらず減らず口だなぁ!」
シュンランの口から豪快な励ましが飛ぶと、新郎のアジトが言い返した。途端に周りがドッと笑いに溢れる。
「わっははは! 良く言ったシュンランちゃん!」
「夫も大事だが、父親としても立派にな!」
彼女に続くように、男達の野次も飛び始めた。
サチがくすくす微笑む。言い返す騒がしいアジトも、けれど笑顔だった。これから生まれる子が楽しみであると、表情にも父親的な雰囲気が漂っていた。
二人を運ぶ祝いの籠が、祭事屋敷へ到着した。
サチとアジトが、壇上に上がって腰掛ける。彼女の父親である村長が、伝統にのっとった言葉を述べ始めた。
「──そして、二人を夫婦としてここに認める」
最後の言葉が締められると、シュンランを含めた村人達がワッと歓声を上げて、残っていた花吹雪を全部頭上へとぶちまけた。
そんな祝う言葉が飛び交っていた時だった。
一人の男が、大変慌てた様子で駆け込んできた。それはすぐ隣の村で、飛脚業をしている顔見知りの者だった。
「たっ、大変だぞ! て、ててて手紙が……!」
慌てすぎて言葉にならない。
すぐ近くにいたシュンラン達は、なんだろうと思った。しかし、彼がぶんぶん振っている高級紙に気付いてギョッとした。
それは帝国印が押された、国からの知らせだった。
後ずさった村人達を見て、シュンランは真っ先に飛び出した。男に礼を告げつつ慌てて手紙を開くと、みんながハッとして周りに集まってくる。
「う、嘘でしょ……?」
シュンランの目が、一同と共に見開かれる。
格式ばった手紙には、次のような命令が書かれてあった。
【若き皇帝の妃選びを行う。各地の花族は、一人を妃候補として後宮へ上げること──】
それは妃候補を一人、城へ向かわせろという指示だった。
アウグスト帝国の皇帝は、代々、統治の安寧と帝国の繁栄を祈願して、花族から皇帝妃と側妃を選んだ。
思えば数年前、第三十四代アウグスト帝国皇帝が誕生したと知らせが来ていた。けれど山奥でほのぼの暮らしていたジアン村の者達は、すっかり伝統を忘れていた。
──本日、この地の妃候補である本家のサチは結婚した。
そして、その腹には子だっている。
「ど、どうしよう!?」
周りにいた者達と、シュンランの叫びは重なった。
妃候補を一人出すことは、帝国より特別称号をもらった花族の義務だ。その地から出されなかった場合、一族もろとも罰せられてしまう。
直前の呑気な祝いムードも吹き飛んで、村中がパニックになった。
つわりも出ていて青い顔をしたサチを、アジトが慌てて支えた。卒倒した長老達へ近くの大人達が手を貸す。
本家には、子はサチしかいない。
でも……。
「……サチ姉さんを行かせるのは、だめだ」
シュンランは、手紙を持つ手に力を入れた。
今日せっかく結婚した。サチの腹には、シュンランだって会いたくてたまらない、彼女とアジトの子がいるのだ。
昔からサチは、身体が弱かった。初めての子だ。流産してしまう可能性も高いことを指摘されていたから、絶対に動かせられない……。
その幸せを、私が守らなきゃ。
考えろ考えろと、シュンランは度胸をもって頭をフル回転させた。
「…………これって、血が薄くても〝花族〟であればいいんだよね?」
シュンランは、覚悟を決めた眼差しで一同を見渡した。
唐突な質問に村人達が戸惑った顔をする。
「それは、どうかな。俺らも詳しくは知らないし……」
「ほら、私の目を見て。分家と分からないくらい、しっかりとした花色でしょ?」
追ってみんなに確認する。
その大きな瞳は、サチと瓜二つの鮮やかな花の色をしていた。確かにそうだが、という空気が漂ったところで、村長や長老達も揃ってハッとする。
「シュ、シュンランや。もしやお前、とんでもないことを考えているのでは──」
「エビスお爺ちゃん! ならっ、私がサチ姉さんの代わりに後宮に行く!」
「はあああああ!?」
向こうの方から、アジトまで大声を上げた。
エビスの後ろで、現村長であるサチの父親が目を剥いた。シュンランの両親がふらりとひっくり返り、エビスも今にも卒倒しそうな顔だった。
「し、しかしだなシュンラン、お前はまだ十六歳で」
「この国では、十五歳から嫁入りできるんでしょ」
「でもシュンランちゃん、都会なんて行ったことがないだろ」
「そうだぞ。もし審査をクリアしていったら、しばらくこっちに帰ることもできな──」
「大丈夫! 絶対に審査に落ちるためにっ、男として行くから!」
「えぇえぇぇっ!」
短い髪をいかして男装しよう。そう自信を付けたシュンランの突拍子もない〝作戦〟に、村人達は仰天した。
一章 シュンラン、度胸で後宮へ
帝国が認めた吉兆の血族。特別な貴族称号〝花族〟が与えられ、皇帝の花嫁選びが行われる際、必ず一族から一人を出さなければならないと定められた。
花族は、帝国貴族に定められている他の納税、軍事貢献が課せられていない。妃選びで顔を出すことが唯一無二の義務だ。
その世代に女児がいない場合は、男児が選出され王城へ向かう。
弱小帝国貴族位であるシュンラン達のような一族にとっては、それが〝恒例の貴族挨拶〟の代わりのようなものでもあった。
村単位であると、総人数の申告のみで個々の住民登録がない。
──そのおかげで、シュンランの作戦が可能だったわけだが。
父と伯父が若い頃使用していた物の中から、そこそこ見られる外着が選ばれた。そしてサイズが若干余っている男性衣装にシュンランは身を包んだ。
「さっすが首都ガラシャ! どこもかしこも、建物や人だらけだなぁ」
呑気に彼女は、馬車から街並みを観賞した。
知らせが来たのち、速やかに迎えがあり帝国の首都ガラシャに入った。そこに帝国皇帝の王城が建てられていた。
どこの方角からでも拝める、巨大な城壁と城の各屋根。増改築を繰り返された王城は、お山のように段差となって首都の中心を占めている。
「天下の、皇帝とその仕える者達の城、かぁ」
長い階段が設けられ、その遥か上に城門が見えた。そこへ審査のため続々と花族達が向かっていた。
階段まで来ると、運び籠へと移し換えられる。
下車したシュンランは、二人の兵が用意した前でごっくんと唾を飲んでしまった。
これ、私無理。すんなりと乗ることなんてできない……こんなに長い階段の上まで、人力で運ばせるの?
「あの、さすがにそこまで運ばせるのは悪いのですが」
「大丈夫ですよ。あなた様はお小さいですし」
すっかり身が竦んだ彼女を前に、兵達はにこやかに言った。
衣装に着られているみたいな華奢な少年が、涙目でぶんぶんと首を横に振る様子に、周りにいた者達の間には微笑ましい空気が増す。
「小さくはないですっ。そこそこ体重もある十六歳です!」
「大丈夫大丈夫。さ、行きましょうか」
「そこを華麗に断る方法はないのですか!?」
思わず、シュンランは反射的に逃げに入った。
だが、まるで可愛い弟でも捕まえるみたいに、その様子を近くから見ていた兵の一人が胴体をキャッチした。
「ひぇっ」
「ぶくくっ──失礼。その時点で華麗ではないです」
「大人しく籠に乗りましょうね」
「きっと楽しいですよ」
「そんなの信じられませんっ。罪悪感で胸がどうにかなっちゃいますよ!」
ぎゃいぎゃいと珍しく賑やかな一組の籠が、通る人々や兵に目で追われながら、ようやく上へと向けて運ばれ出した。
──案の定、全然楽しくなかった。
人に運ばれるってめっちゃ怖い、罪悪感半端ない……。
※この続きは製品版でお楽しみください。